日本ペインクリニック学会誌
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短報
直腸がんによる肛門痛に対しフェノールグリセリンの製剤作成までテトラカインによるサドルブロックを行った1例
中村 繭子加藤 隆文小寺 志保渡辺 天志保科 蓮
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2023 年 30 巻 2 号 p. 32-33

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I はじめに

がんによる会陰痛・肛門痛はADLに障害をきたすことが多く,薬物治療での鎮痛が困難な場合,くも膜下フェノールブロック(subarachnoid phenol block:SAPB)は良い適応である1).一方,フェノールグリセリン(以下,PG)液は市販薬がなく院内製剤作成を要する.今回,院内製剤を作成するまでの間に高濃度テトラカイン(以下,TC)によるサドルブロックで鎮痛効果を得た症例を経験したので報告する.

なお,本報告に関し患者本人は逝去されていたため当院倫理委員会より許可を得た(受付番号0328).

II 症例

患者は70代男性.身長162.5 cm,体重49.3 kg.数年前から血便を自覚.2年前に当院初診時に肛門から陰部にかけ広範な潰瘍を認めた.精査で直腸がんと診断,肝転移および肺転移も指摘され,人工肛門造設術が施行された.また膀胱直腸ろうがあり,直腸から排尿が続くため尿道留置カテーテルが挿入された.その後,化学療法を行っていたが,初診から1年8カ月後に左頭頂葉に転移性腫瘍を指摘され,開頭腫瘍摘出術が施行された.術後1カ月ごろから数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)5程度の持続する肛門痛が出現したが,突出痛はなく,非ステロイド性鎮痛薬の内服によりNRS 1から2にコントロールされ,3カ月後に退院となった.

1カ月後に化学療法目的に入院した際,座位が全く取れないほどの肛門痛があった.患者はがんの進展のためにせん妄を認め,このときはNRSで痛みを表すことができなかった.非ステロイド性鎮痛薬の内服に加え塩酸モルヒネ速放性製剤5 mg,オキシコドン速放性製剤5 mgなどが投与されたが効果が低く,緩和ケアチームを通して神経ブロックの適応について当科に紹介初診された.排泄経路の変更後であるためSAPBの適応が考えられたが10%PG製剤が当院にはなく,院内製剤の調整及び使用に関する指針2)に従うと製剤作成完了までに1カ月を要する見通しであった.仙骨硬膜外麻酔は病変部と近接しており感染の懸念があった.そこで高濃度TCによるサドルブロックで調剤までの期間の鎮痛を行うこととした.溶液の作成にあたり,神経炎や新規の痛みの出現等の合併症を起こさないTCの濃度が4~20%と記載された文献や3),1%TCで鎮痛が4週間持続した報告4)を参考にし,局所麻酔中毒などの合併症を懸念してTCの安全使用量内5)で行うことにした.神経破壊領域をなるべく第五仙骨神経領域にとどめるために容量を0.5 ml以内とし,脳脊髄液より高い比重にするため溶解液は20%ブドウ糖液を選択した.TC 20 mgを20%ブドウ糖液0.5 mlに溶解し4%TC溶液を作成した.患者は疼痛で座位が困難なため立位で穿刺せざるを得なかった.上半身は前傾し上腕で体を支え,下部腰椎から仙椎はなるべく地面に垂直になるような姿勢とし,22Gの脊髄くも膜下麻酔針をL4/5から刺入し,4%TC溶液0.4 mlをゆっくりと投与した.施行直後より痛みが軽減し座位が取れるようになり,1時間座位で安静とした.副作用や合併症は認めなかった.同日化学療法を行い,2日後に退院.この際のNRSは1から2であった.12日後に化学療法目的で再入院した際は痛みを訴えなかった.高濃度TCサドルブロック施行1カ月後,再び化学療法目的に入院.「前回の退院後,痛みが強くなり歩けなくなった.横になれば我慢できる.」とのことであった.この際には10%PGの院内製剤が作成済みであったため,10%PG 0.25 mlを使用しL4/5からサドルブロックを施行した.非ステロイド性鎮痛薬の内服を完全に中止すると腹部の張るような不快感が残ったため,以降もセレコキシブ400 mg/日の内服は継続した.痛みはNRS 0から1となり数カ月後に療養型病院へ転院となった.

III 考察

悪性疾患に伴う難治性の会陰部・肛門部の痛みにはPGによるサドルブロックがしばしば施行される.鎮痛効果に優れ,合併症として運動機能障害は頻度が少ないが排尿障害は比較的高いとされる1).本症例は排泄経路の変更後であり,PGによるサドルブロックが良い適応と考えられた.

指針2)によれば,PG製剤を含む注射剤は主薬として治療・診断目的にヒトを対象に使用する場合はクラスIとなり,倫理性を審査する委員会での承認と文書による患者への説明,自由意志による同意を要する.当院での倫理委員会の開催は月に1度であった.また実際の製造に際しても製剤の設計・製造プロトコールの作成,必要な薬品や設備・備品の確認や購入,試作・検証など多くの工程があり,完成までに1カ月を要することが予想された.そのため,代替鎮痛手段として市販薬剤であるTCによるサドルブロックを選択した.

高濃度局所麻酔薬は神経破壊薬として応用され,1%ジブカインを三叉神経痛への神経ブロック治療に用いて,有効期間は6カ月から1年程度,治療後の知覚脱失は軽度であり神経炎などの合併症は経験しなかったとの報告がある3).TCはアミノエステル型の長時間作用性の局所麻酔薬で,粉末結晶を溶解して脊髄くも膜下麻酔では通常0.5%以下の濃度で使用する5).神経毒性はジブカインに次いで強く,椎原らは間質性膀胱炎後の自己導尿時痛に対し1%TC(5~10 mg)でサドルブロックを行い,鎮痛の最大持続期間は4週間程度であり膀胱直腸障害は認めなかったと報告している4).Igarashiらの報告では10%または20%TCを40~130 mg使用し再発直腸がんの会陰部痛にサドルブロックを行っており,最大9カ月の鎮痛を得ている6).高濃度TCによる鎮痛効果や合併症はまだ確立されていないが,溶媒や濃度を工夫することで効果範囲・期間を調整できる可能性がある.また今回のようにPGがすぐに入手できないときにも鎮痛手段として有用である.

文献
 
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