日本ペインクリニック学会誌
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症例
三環系抗うつ薬が有効であった脊髄損傷後の痛みに対し脊髄刺激療法が奏功した1症例
中村 瑞道八反丸 善康大岩 彩乃濱口 孝幸川村 大地大橋 洋輝倉田 二郎
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2023 年 30 巻 4 号 p. 79-83

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Abstract

脊髄損傷後の難治性慢性疼痛に対して脊髄刺激療法は適応とされるものの,一般論として外傷性の脊髄損傷例に対しては,硬膜外腔の癒着もあるため,脊髄刺激療法自体の施行も難しく,また効果予測は非常に困難である.本報告の症例は交通事故による第12胸髄以下の不全麻痺と両下肢痛のため三環系抗うつ薬を内服していた.薬物治療は効果的であったが副作用による不整脈が出現したため,減薬を目的に脊髄刺激療法を導入した.三環形抗うつ薬の鎮痛機序は下降性抑制系の賦活であるため,脊髄刺激療法の選択においても下降性抑制系にも作用するとされるburst刺激を選択した.結果,良好な疼痛緩和が得られ,内服薬の減量が可能となり不整脈が消失した.本症例は脊髄不全損傷であり,後索機能の賦活化により本治療の効果を得た可能性がある.

Translated Abstract

The efficacy of spinal cord stimulation (SCS) for pain after spinal cord injury (SCI) has not yet been determined. We experienced a case of chronic pain after SCI which was successfully treated with Burst-SCS. The patient suffered from paraplegia below the traumatic 12th thoracic spinal cord injury and severe pain in both lower limbs. She had been treated with a tricyclic antidepressant, but intolerable arrhythmia had appeared. Therefore, SCS was performed for reducing the dosage of medication. The high potency of tricyclic antidepressants indicates that they can activate the descending inhibitory system of the spinal cord. It was considered that the provability of the high efficacy of Burst-SCS also reflects the remaining function of the descending inhibitory system.

I はじめに

脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は国内外において慢性難治性の痛みに幅広く適応があり,特に神経障害性疼痛,末梢血管障害に有効である.British Pain Societyが提唱するSCSの疾患に対する推奨1)では脊髄損傷後の痛みについても適応疾患とされる.

脊髄損傷患者のうち約3分の1が日常生活動作(activities of daily living:ADL)に支障が生じるほどの激痛を伴うが2),脊髄損傷例に対しどのようなSCS刺激を選択すべきかは未確立であり,臨床上の大きな課題である.われわれは,脊髄損傷後の痛みに対して三環系抗うつ薬に対し有効性が高かった症例に対し,burst刺激を用いたSCSを実施し,著効した症例を経験した.

本症例の報告には書面で患者から同意を得ている.

II 症例

症例:40歳代,女性.高校生の時に交通事故で第1腰椎の破裂骨折を受傷し,緊急で胸腰椎2椎間固定術を施行されたがFrankel分類Bの第12胸髄以下の不全麻痺が残存した(図1).受傷10年後から両下腿の感覚の回復と同時にnumerical rating scale(NRS)10/10の痛みが出現した.受傷20年後から当科に受診し,内服治療を行っていた.動悸以外の既往歴は指摘されていなかった.

図1

術前画像

左:腰椎レントゲン,Th12–L2間で椎体間固定が施行されている.

右:MRI(T2強調像),脊髄はTh12,L1で損傷を受けている(L1レベル水平断面).

現症:膝周囲のNRS 9/10の電撃痛があり,気候の変化で増悪した.また,左下肢優位の筋力低下と第12胸髄レベル以下の感覚障害,腱反射の消失がみられた.ADLは車椅子移動であった.内服薬はノルトリプチリン90 mg/日,クロナゼパム0.5 mg/日,セレコキシブ100 mgを1日1~2回頓用,ビソプロロール2.5 mg/日であった.

治療経過:内服療法により疼痛は増悪なく経過していた.神経障害性疼痛治療薬(プレガバリン,デュロキセチン,トラマドールなど)を試した中で,一番効果が高かったノルトリプチリンを継続していた.しかし,心室性期外収縮(premature ventricular contraction:PVC)を検診で指摘され,Holter心電図でLown分類4a(総心拍131,944拍/日,PVC 45,181拍/日)の重症PVCを認め,動悸や胸部不快感といった自覚症状がみられた.三環系抗うつ薬の副作用による不整脈と考えられたこと,また,循環器内科からも内服継続困難と判断されたことから,薬剤減量のためSCSを提案した.

SCSの施行にあたっては,脳神経外科とも充分な議論を重ね,本人にも危険性をよく話した上で,まず経皮的アプローチで試験刺激して効果の有無を判断し,留置が困難であればすぐ中止すること,効果が得られれば埋め込み術はパドルリードを全身麻酔下で留置することとした.

試験刺激では,膝周囲の両下肢痛をターゲットとして8極リードを2本,固定術部位より1椎間上であるTh11/12間から硬膜外腔へリードを挿入した.皮膚穿刺はそれより下のL1より行った.トライアルのリードの最終位置は,先端がTh9下端,尾側がTh11になった.癒着のためリードは2本とも左側に偏り刺激は左側優位となったが,鎮痛効果が得られ有効と判断した.本埋め込みでは,より両側に刺激を行うため,パドルリード(ArtisanTM,Boston Scientific社,米国)を選択し,全身麻酔下で脳神経外科と合同で第10,11胸椎レベル黄色靱帯の癒着を剝離して留置した.また,パルスジェネレータ(Precision MontageTM MRI,Boston Scientific社,米国)は左背部に留置した(図2).試験刺激で有効であった40 Hz,知覚閾値以下の強さでburst刺激を開始したところ,NRS 5/10への疼痛緩和が得られた.最終的にburst刺激と800 Hzの高頻度刺激を併用し,NRSは1/10まで減少した.現在ノルトリプチリン20 mg/日の内服となり,PVCは約550発/日と減少を認め,動悸や胸部不快感は消失している(図3).

図2

植え込み型パルスジェネレータ留置後

パドルリードはTh9下端に留置.

図3

SCS留置後のNRS,PVCの回数,ノルトリプチリン量の推移

III 考察

SCSは脊髄後索を刺激することで下行性疼痛抑制系を賦活化し,後角内の広作動域(wide dynamic range:WDR)ニューロンの異常活動を抑制するという順行性伝導作用機序と,Aβ線維の側副枝を電導し,後角の抑制性介在細胞を活性化してWDRニューロンを抑制するという逆行性伝導作用機序の二つにより疼痛を抑制すると考えられている3).また,Aβ線維の後根内を伝わり,より末梢にも作用するといわれている3).脊髄損傷後の疼痛については適応とされるものの1),推奨度は高くない4).また,脊髄後索や後角の機能がSCSの効果を得る上で重要と考えられている5)

International Spinal Cord Injury Pain Classification6)によれば脊髄損傷後の疼痛は,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,それ以外の疼痛に分けられる.脊椎固定術などの外科的治療に加え,神経障害性痛治療薬を中心とした薬物療法,他にリハビリテーションなどが総合的に行われる7).脊髄損傷後のSCSの適応は,痛みの要因が複雑であるため判断が難しく,長期的効果に関しても結論が出ていない8).若年者では,電池交換など長期的管理も問題となりうるが,ADL改善により得られる時間的価値などを判断した上で,個々に導入の時期を検討する必要がある.

burst刺激は,神経障害性疼痛モデル動物において,脊髄後角のGABAを介さずWDRニューロンの抑制を示し9),ヒトでは従来tonic刺激が作用する脊髄視床路(外側系)ではなく,内側系や下行性疼痛抑制系を調節しているという説がある10).ノルトリプチリンの作用機序は,主に脊髄後角にあるα2-アドレナリン受容体へのノルアドレナリン再取り込み阻害である11).本症例におけるノルトリプチリンによる疼痛緩和効果は,脊髄後角機能や下行性疼痛抑制系の機能維持を示唆する可能性があると考え,burst刺激を試行するに至った.

脊髄損傷患者に対するtonic刺激の既報12)と異なり,本症例は先行した三環形抗うつ薬の有効性からburst刺激を選択した点において,新奇性のある貴重な症例と考えられるが,さらなる知見の蓄積が求められる.

IV 結語

三環形抗うつ薬が著効した脊髄不全損傷後の下肢痛に対しSCSを導入し,良好な鎮痛効果を得ることができた.今後も脊髄損傷の症例でのSCS適応の判断や適切な刺激法の検討を重ねていく必要がある.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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