日本ペインクリニック学会誌
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短報
超音波ガイド下ブロックと漢方薬の併用が有効だった前皮神経絞扼症候群の2症例
山口 智子木村 哲朗小林 充中島 芳樹
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2023 年 30 巻 7 号 p. 184-185

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I はじめに

前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)は,脊髄神経前皮枝が腹直筋を貫く部位で腹壁に絞扼されて痛みを生じる1).今回,超音波ガイド下神経ブロックと漢方治療が奏功したACNESの2症例を経験した.

本発表に際し患者から書面で承諾を得ている.

II 症例

症例1:40歳代,女性.160 cm,58 kg.腹部手術歴なし.

現病歴:8月中旬,間欠的な右下腹部痛が出現した.痛みは数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)3/10,1日に数回1時間程度の痛みがあり,歩行時に下腹部に響いた.8月下旬に痛みが増悪し,前医を受診した.腹部CT検査で痛みの原因となる明らかな器質的異常は認めず,10月に当科を紹介受診した.

初診時現症:右下腹部に圧痛あり.Carnett's sign陽性.

治療経過:圧痛部位に一致し超音波で右腹直筋鞘前葉の外側部に約5 mmの高輝度結節を認めた.ACNESを疑い腹直筋鞘ブロック(rectus sheath block:RSB)で0.1%ロピバカイン5 ml投与と圧痛部位にトリガーポイント注射(trigger point injection:TPI)を行った.針を結節に進めると軽度の再現痛を認めブロック直後より痛みは完全に消失した.効果は3日間持続し,2週間後NRS 2/10となった.再度TPIを行い,疼痛時に芍薬甘草湯エキス2.5 g/包を頓服処方した.効果は5日間持続し,疼痛出現頻度が減少した.芍薬甘草湯の頓服を継続し,6週間後に軽快し終診とした.

症例2:50歳代,女性.167 cm,63 kg.婦人科手術歴あり.

現病歴:Y年5月に右下腹部痛が出現し,虫垂炎疑いで内服し症状は改善した.11月に右下腹部痛と左下腹部痛が出現し,寛解増悪を繰り返した.前医で血液検査や腹部CT検査を行うも,虫垂炎は否定され,痛みの原因となる器質的な異常は認めなかった.Y+1年1月疼痛が増強し,当科を紹介受診した.

初診時現症:正中臍下に10 cmの手術痕あり.臍の両外側10 cmに限局した圧痛あり.Carnett's sign陽性.NRS 8/10のチクチク,鈍重な痛みが3回/日,30分間持続,体動で増強した.

治療経過:超音波で,右腹直筋上外縁と左外腹斜筋内に約5 mmの圧痛部位に一致して高輝度結節を認めた(図1).ACNESを疑いRSBで0.2%ロピバカイン5 ml投与と疼痛部位にTPIを行った.針を結節まで進めると軽度の再現痛を認め,ブロック直後より痛みは完全に消失した.効果は1日で,突出痛は不変だった(NRS 8/10).2週間後,再度結節中心にTPI,右RSB,左腹横筋膜面ブロックを行った.ミロガバリンやトラマドールを試みたが,眠気と嘔気で継続困難だった.6週間後芍薬甘草湯エキス2.5 g/包の頓用を開始し,2週間後NRS 4/10,4週間後NRS 1/10まで改善し,疼痛出現頻度も減少した.桂枝加芍薬湯エキス7.5 g分3の定期内服に変更した後も痛みの軽減が得られ,14週間後終診とした.

図1

右側腹直筋鞘ブロック直後の超音波画像(症例2)

矢印:疼痛部位と一致する高輝度領域,矢頭:腹直筋鞘ロックによる局所麻酔薬.

III 考察

ACNESは腹腔内圧,神経周囲組織等により第7~12胸神経前皮枝が腹直筋貫通部位で絞扼されて腹壁痛を生じる1).腹壁痛は血液検査や画像検査で異常を認めず診断困難となる場合があり,慢性痛移行の危険が指摘されている1).今回の2症例は,疼痛部位を圧迫しながら頭部を挙上し腹壁を緊張させると疼痛が増強する場合に疼痛の所在が腹壁にあることを示唆するCarnett's signが陽性で,血液検査や腹部CT検査で器質的疾患が否定され,ACNESと診断した.

ACNESではTPIや神経ブロックが診断的治療となる1).慢性腹壁痛に対するTPIは8割の患者で直後から症状を改善させ,単回TPI後に約3割で持続的な症状改善を認め,約半数で完全寛解するなど,ブロックの有用性は高い2).本症例でも神経ブロック直後から疼痛の消失を認めたが,痛みが再燃したため繰り返しブロック注射をした.

近年の超音波装置の発展によりACNES患者の疼痛部位に一致する高輝度結節を指摘する報告が散見される3).超音波画像で筋肉は低輝度構造の内部に高輝度の線維組織が点状や線状に描出され,周囲は輝度の高い筋膜に包まれる.この結節は集積した線維結合組織と考えられ,ブロックによる液性剥離で前皮枝の絞扼が解除された可能性が示唆されている3).本2症例で疼痛部位に一致した高輝度結節を認め,ブロック針の刺入により再現痛が生じ,ACNESの病態に関連している可能性がある.

ACNESでは薬物療法は無効なことが多く1),漢方薬を使用した報告は少ない.今回,芍薬甘草湯を中心とした漢方薬を併用し,症状軽減に有効だった.芍薬甘草湯では,神経筋接合部の後シナプスでCa2+の細胞内流入を抑制するpaeoniflorinと神経筋シナプスでacetylcholine受容体を抑制するglycyrrhizinが筋収縮を抑制する4).症例1ではこの効果を期待して処方した芍薬甘草湯が疼痛発作時の腹直筋や外腹斜筋の緊張を緩和し,痛みが軽減したと考えている.症例2でも芍薬甘草湯が有用だったが,長期間の内服で甘草過量摂取による偽アルドステロン症を懸念した.桂枝加芍薬湯は,芍薬と甘草に加え,桂皮,生姜,大棗の混合生薬であり,筋緊張による腹部膨満や腹痛に処方される.症例2では,芍薬甘草湯の頓用が長期に及んだため甘草含有量の少ない桂枝加芍薬湯の定期内服に変更したが症状改善は持続した.薬物療法が無効であることが多いACNESに対し漢方薬は治療選択肢の一つとなり得ると考えられた.

本報告の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回東海・北陸支部学術集会(2022年2月,Web開催)において発表した.

文献
  • 1)   Shian  B,  Larson  ST. Abdominal wall pain: clinical evaluation, differential diagnosis, and treatment. Am Fam Physician 2018; 98: 429–36.
  • 2)   Chrona  E,  Kostopanagiotou  G,  Damigos  D, et al. Anterior cutaneous nerve entrapment syndrome: management challenges. J Pain Res 2017; 10: 145–56.
  • 3)  谷本綾子, 浅野孝基, 大野綾香, 他. 腹部超音波検査が診断に有用であった前皮神経絞扼症候群の2小児例. 日本小児科学会雑誌2020; 124: 1415–20.
  • 4)  木村正康. 漢方方剤による病態選択活性の作用機構. 代謝1992; 29: 9–35.
 
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