2023 年 30 巻 8 号 p. 198-202
CRPS患者が静脈路確保で新規にCRPSを発症し,治療介入に時間を要した.本症例を契機にCRPS患者に対する侵襲的医療行為時の対応策を検討したため報告する.29歳女性,左上肢のCRPS type IIに対して当科外来に通院していた.左上肢のCRPS発症後も,気管支喘息治療目的で右手背に静脈路確保を行うことが複数回あった.当科初診から3年後,喘息重責発作が出現したため,ステロイド投与目的で右手背に静脈路確保を行った.その際,穿刺部に強い痛みを訴え,改善しないため8日目に当科紹介となった.右手全体に浮腫とアロディニアを伴う痛みがあり,静脈路確保12日目にCRPSと診断,治療を開始した.専門家の介入が遅れた主因は,医療従事者間のCRPSの認識の低さと考えられた.そこで対応策として,当科受診中のCRPS患者は,電子診療録上に侵襲的医療行為を行う際の注意点を掲示し,院内情報共有体制を構築した.
We experienced a case in which a complex regional pain syndrome (CRPS) patient developed new CRPS after intravenous catheterization and it took 8 days for intervene due to delays in information sharing. The patient was a 29-year-old woman diagnosed with type II CRPS of the left upper limb. She had a history of asthma. Three years after the first consultation, she was secured the eighth intravenous access to the right dorsum of hand for the purpose of administering steroids because of severe asthma attack. She complained of severe pain at the puncture site, followed by edema and allodynia. On day 12 after puncture, she was diagnosed with CRPS of the right upper limb. The main cause of delays in intervention was low awareness of the risk of developing CRPS among medical staff. In order to expedite intervention, we shared information on CRPS patients with all medical staff on the electronic medical record, and alerted them when performing invasive medical procedures.
複合性局所疼痛症候群(CRPS)患者は健常者に比べ,他部位にも新規のCRPS発症のリスクが高いことが知られている1).侵襲的医療行為の際は,慎重な観察と,強い痛みの出現時には専門家の迅速な介入が必要である.しかしCRPSはまれな疾患であり,専門家以外の医療従事者間での認識が高いとはいえない.今回,左上肢のCRPS患者において,右手背の静脈路確保により新規のCRPSを発症した1例を契機に,早期介入を実現するための対応策を検討したため報告する.
本症例報告に関して,患者から書面で同意を得た.
29歳女性.身長155.6 cm,体重50 kg.
既往歴:7年前,自転車同士の接触事故を契機に,他院で左上肢CRPS type IIと診断され,3年前,疼痛コントロール目的に当院を紹介された.当科初診時,左肘関節以遠の痛みと浮腫,左手関節以遠の異常感覚とアロディニアを認めた.静脈内区域麻酔(intravenous regional anesthesia:IVRA)を1週間おきに計10回行い,薬物療法,リハビリテーション,精神科での認知行動療法・心理士による面接・復職プログラムを受講し,他院脳神経外科で脊髄刺激電極(spinal cord stimulation:SCS)を挿入され(8極電極2本,電極上端:C5レベル,刺激レベルC5~C7),当科ペインクリニック外来で治療中であった.左上肢は初診時と比較し,浮腫は軽減し,痛みの11段階数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で持続痛/発作痛/誘発痛が5/6/8から4/0/4まで低下し治療満足度は高く経過していた.また,気管支喘息で当院呼吸器内科通院中であった.
左上肢のCRPS発症後も,気管支喘息発作発症時には,治療目的に右手背から静脈路確保が過去7回行われたが,静脈路確保に伴う問題は生じなかった.7回目の静脈路確保を行った発作後は喘息のコントロールは良好であった(呼気一酸化窒素値30 ppb,一秒量2.76 L,一秒率99.3%,ピークフロー値7.07 L/s).
当科からの内服薬:プレガバリン75 mg×1,セレコキシブ100 mg×2,トラマドール徐放錠100 mg×1,トラマドール25 mg×2,メコバラミン500 µg×2,テプレノン50 mg×2,酸化マグネシウム250 mg×3,ナルデメジン0.2 mg×1,ドンペリドン10 mg×2.
現病歴(図1):当科初診から3年後,喘息重責発作が出現し,当院呼吸器内科外来で,ステロイド投与目的に右手背に8回目の静脈路確保を行った.翌日入院治療のため9回目の静脈路確保を行ったところ,穿刺部に今までにない強く鋭い痛みが生じ,直ちに針を抜去した.薬液の血管外漏出および手の痺れ,運動障害はなかった.その後,右前腕に静脈路を再確保し,喘息治療目的にベタメタゾンを1日2~4 mg計5日間投与した.患者は,静脈穿刺時の痛みの性状が,左上肢CRPSの痛みと酷似していたことに不安を感じたが,その後痛みが消失したため経過観察していた.入院中に対応した医療従事者も,通常の静脈穿刺に伴う痛みであったと判断した.しかし,ステロイド投与を終了した6日目から右手の痛みが再燃し,患者からの強い要望により,穿刺後8日目に当科を再診した.右手関節以遠全体のアロディニアと,NRS 10の自発痛を右手から前腕にまで認めた.新規のCRPS発症の可能性を懸念したため,プレガバリンを150 mgに増量し,さらに右星状神経節近傍に経皮的に低反応レベルレーザー照射(半導体レーザ治療器SheepTM,株式会社ユニタック,広島)(SGレーザー)を行った.12日目には右手全体の浮腫と手関節の可動域制限も出現してきた.本邦におけるCRPSの判定指標2)の,関節可動域制限,不釣り合いな痛み,浮腫の3項目を満たすため右手CRPSと診断した.同日より5日間,プレドニゾロン5 mg/日の内服を行った.また,自宅でのセルフリハビリテーションを励行した.同日および3日後に1%メピバカイン5 mlを用いた右星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を行い,穿刺21日目にはNRSは6に低下した.しかし治療に対する患者満足度は低く,IVRAにより既存の左上肢CRPSの痛みが軽減した経験があるため,右手に対するIVRAを患者が強く希望した.右手背への静脈路確保を契機に発症したCRPSであり,前腕や肘の静脈路確保によるIVRAを検討したが,患者の身体特性上,手背以外の静脈の視認が困難であった.静脈路確保による症状の増悪が懸念されたため,患者にその可能性を十分説明し,再度患者の希望を確認したうえで,右手背に静脈路確保し,IVRA(リドカイン50 mg+ベタメタゾン6 mg+生理食塩水20 ml)を行った.静脈路確保による症状の増悪は認めなかった.穿刺後21日目から222日目までに合計5回のIVRAを行った.右手の痛みは一時の増強を認めたものの次第に低下した.IVRA終了後はNRS 6~7で推移し,痛みは右手関節以遠に縮小し,浮腫も発症時と比べ軽減した.右手関節の動きも円滑となった.

現病歴
IV:静脈路確保,SGレーザー:星状神経節レーザー照射,SGB:星状神経節ブロック,IVRA:静脈内区域麻酔,NRS:数値評価スケール.
右手CRPS発症後3年経過し,患者は現在も当科外来に通院中であるが,右手の痛みや所見はIVRA終了後と著変なく,右手は初診時に比し浮腫は軽減している.痛みは残存するものの,左上肢と同程度の満足度となっている.
当院では本症例を機に,当科受診中のCRPS患者は,電子診療録上で病院の全医療従事者に情報を提供し,侵襲的医療行為を行う際の注意喚起を行うこととした.具体的には,診療録を開くと最初に表示される患者掲示板に,CRPS発症の高リスク患者であることを太字で大きく表示し(図2),全医療従事者の目に留まるようにした.また,患者にもそのリスクを通知している.

CRPS患者の電子診療録上の注意喚起の文章
発症リスク:CRPS患者は健常者に比べ,他部位にもCRPS発症のリスクが高い1).健常者に対するCRPSの罹患率は0.07%程度である3)が,CRPS患者が他部位に新規のCRPSを発症する割合は10~48%1,4,5)と報告されている.その理由は明確ではないが,Rijnらは複数部位のCRPSに進展する患者の特徴として,初回のCRPS発症年齢の若さ(平均34歳)と罹病期間の長さ(平均8.1年)を挙げている4).本患者は初回のCRPS発症が23歳と若く,罹病期間7年と長いことがこの報告に一致していた.
予防法:予防法は確立されていないものの,発症のきっかけは,外傷,手術,処置などの侵襲的医療行為が47~75%と多い1,4–6).そのため,これらは可能な限り回避し,不可避な場合は細心の注意を払う必要がある.特に,本症例のように,増悪時に侵襲的医療行為を必要とする基礎疾患を持つCRPS患者では,より厳格な基礎疾患のコントロールが重要となる.本症例では,喘息のコントロールは専門科により厳格になされていたが,突発的な重責発作の回避は困難であった.喘息は,発作が中等度以上となればステロイドの全身投与が勧められており7),今回の静脈路確保は避けられなかった.
治療法:治療方針も確立されたものはなく,一般的なCRPSの治療に準ずる.早期診断とリハビリテーションが最も重要であり,薬物療法,心理学的アプローチ,神経ブロック,SCSなどを組み合わせる2).本症例ではもともと左上肢のCRPSに対して,可能な限りの治療を行っており,右手のCRPSに対して新たに行う治療としては神経ブロックとステロイド内服しか選択肢がなかった.上肢のCRPSに行う神経ブロックとしては主にSGBとIVRAが挙げられる.急性期で浮腫の強い症例ではIVRAの有効性が示されている2)が,本症例は静脈穿刺で生じたCRPSであり,まずはSGレーザー,SGBを選択したものの無効であった.結果的に,患者の希望に沿ってIVRAを実施したところ,右手の痛みは左上肢と同程度まで改善し,患者の満足度も上がった.しかし,IVRAの適応と静脈路確保部位は患者ごとに検討が必要である.また,皮膚温度の上昇や浮腫など炎症機転が関与していると考えられる症例ではステロイド内服も推奨されており2),本症例でも内服を行った.一般的にCRPSに対するステロイド治療としては,IVRAの場合,局所麻酔薬と併用しベタメタゾン6~20 mg/回を週1~2回投与するとされている2).またステロイドの内服については,推奨量や期間は定まっていないが,急性期と亜急性期のCRPS患者に対して60 mgのプレドニゾロンを28日かけて漸減し投与する方法が有用であったという報告8)や,罹患3カ月以上のCRPS患者には高容量ステロイドは有用ではないという報告9)があり,炎症機転が関与している症例では推奨されているが,漫然と長期投与するのは避けるべきとされている2).本症例では,図らずも当科介入前に喘息の治療目的でベタメタゾンを1日2~4 mg連続で5日間静脈内投与されており,これも結果的に右上肢の症状の鎮静に功を奏した可能性がある.また,もともと左上肢のCRPSに対して行われていたSCSや精神科でのフォローが右手CRPSに対しても引き続き有用であった可能性はある.
2. 介入が遅れた原因の検討新規のCRPS発症後,当科の介入が遅れた一番の原因は,他科との情報共有の遅れである.そもそもCRPS自体がまれな疾患であり,特に内科系診療科の医療従事者の認知度は,より低いと思われる.そのため,CRPS患者が侵襲的医療行為を受けると新規のCRPS発症のリスクが高まるということも,おそらく認知されていなかった.また,患者自身も新規CRPSのリスクに関して教育を受けていなかった.さらに,発症原因が今まで問題なく複数回行ってきた静脈路確保という日常的な診療行為であったことも穿刺時の異常な痛みを看過された原因の一つと思われる.また,本症例では,発症の契機となった静脈路確保の前日からステロイドが投与されており,それによると思われる一時的な痛みの消失があったことも当科への連絡が遅れた一因になったと考えている.
3. 今後の対応策CRPSの治療は,早い段階で開始することが望ましいとされており2,10),侵襲的医療行為で通常の痛みを上回る痛みや痺れなどの異常所見がみられた場合,早急に専門医が介入することが必要である.そのため他科との情報共有体制の構築と患者教育が重要である.今後の対応策として,当院では電子診療録上で全病院スタッフにCRPS患者に対する注意点を情報提供する取り組みを開始した.しかし,CRPS自体の認知度が低いため,まず,院内広報や講演会などで,全診療科,全医療従事者対象のCRPSの基礎的な情報の発信と周知を試みる必要がある.また,現在の対応策では,注意喚起の対象が当科で把握しているCRPS患者に限られてしまうため,CRPS患者の診療に従事しているリハビリテーション科,整形外科,精神科などとも連携した,対応の一元化を検討中である.今後もこの取り組みを継続,検証し,さらなる改善を行っていく予定である.
左上肢のCRPS患者への右手背の静脈路確保で,右手もCRPSを発症し,その介入が遅れた症例を経験したため,遅れの原因を分析し今後の対応策を検討した.CRPS患者の健常肢に対して侵襲的処置をする際は,過去に同様処置で異常がなくても新規のCRPSを発症するリスクがあることを認識し,患者および医療従事者間の情報共有を行うことが必要である.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.