日本ペインクリニック学会誌
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症例
高度肥満患者のRamsay Hunt症候群による末梢性顔面神経麻痺の後遺症への鍼治療が有用であった1症例
石幡 絵美子玉井 秀明篠原 貴子堀田 訓久中野 朋儀
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2024 年 31 巻 1 号 p. 19-22

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Abstract

Ramsay Hunt症候群(以下,Hunt症候群)に伴う末梢性顔面神経麻痺は,治療に難渋する場合がある.今回,鍼治療が後遺症の軽減とQOLの向上に寄与した高度肥満の1症例を経験したので報告する.症例は53歳女性.当院にてHunt症候群と診断され,麻痺スコアは柳原40点法で4点であった.ステロイドと抗ウイルス薬が投与されたが著変せず,発症17日後に麻酔科を紹介受診した.高度肥満のリスクにより星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)は行わず,直線偏光近赤外線治療,silver spike point(SSP)療法を実施した.発症7カ月後に14点に改善したが,その後は改善がみられず,右顔面のこわばり感が残り,発症9カ月後に鍼治療を開始した.1~2週間に1回の頻度で計10回実施したところ,こわばり感が軽減し,発症13カ月後には麻痺スコアは20点に改善した.鍼治療は,SGBの実施において,ハイリスクな背景因子を有する治療抵抗性の末梢性顔面神経麻痺の後遺症とQOLに対し,安全性の高い有用な治療法として,ペインクリニック診療で考慮すべき治療法の一つと考えられた.

Translated Abstract

We report a case of a 53-year-old super-obese woman who was treated with acupuncture for sequelae of peripheral facial nerve palsy associated with Ramsay Hunt syndrome. The paralysis score on the Yanagihara 40-point system at the first visit was 4 points. 17 days after onset, the patient was referred to the Anesthesiology Department, where she underwent polarized near-infrared light therapy and SSP therapy. 7 months after onset, the score improved to 14 points. However, since facial tightness did not improve, acupuncture was started 9 months after onset. A total of 10 treatments were conducted, once every 1 to 2 weeks. The accompanying symptoms such as facial tightness, stiff neck and shoulders, and cold feet improved, thereby relieving anxiety and increasing the score to 20 points. Thus, in pain clinics, acupuncture may be considered a safe and effective treatment for improving sequelae and quality of life in patients with peripheral facial nerve palsy and high-risk background factors.

I はじめに

Ramsay Hunt症候群(以下,Hunt症候群)による末梢性顔面神経麻痺の治癒率は50~80%とBell麻痺より低く,予後不良である1).麻痺が回復せずに顔のこわばり感や異常共同運動といった後遺症が生じると,しばしば生活の質quality of life(QOL)の低下を経験する2).今回,高度の肥満を有する慢性期のHunt症候群の患者に対して鍼治療を行い,麻痺の回復とこわばり感の軽減に加えて,足の冷えや不安感の軽減も得られた症例を経験した.その経過を振り返り,鍼治療の有用性と安全性に関して文献的考察を加えて報告する.

なお,本報告を行うにあたり,患者本人からの同意を得ている.

II 症例

53歳の女性.身長160 cm,体重130 kg(BMI:50.8 kg/m2).発熱,咽頭痛,右顔面の動きにくさを自覚し,近医神経内科から当院の神経内科と耳鼻咽喉科を紹介されて受診し,Hunt症候群による右末梢性顔面神経麻痺と診断された.柳原40点法による麻痺スコアは4点であり,プレドニゾロン(1回5 mg,1日2回,13日間)およびバラシクロビル(1回500 mg,1日2~3回,9日間)の内服治療が開始された.既往歴に尋常性乾癬と高度肥満に対するバイパス手術の手術歴があった.生活歴として飲酒歴はなく,1日1~2本の喫煙歴があった.内服治療後も麻痺に明らかな改善は認められず,発症15日後のelectroneurography(ENoG)値は0%であった.内服治療が終了したため,発症17日後に当科を紹介受診した.高度肥満のためSGBは手技の難易度が高く,血管誤穿刺等の合併症リスクが懸念されたため,直線偏光近赤外線治療およびsilver spike point(SSP)療法を行った.鍼治療も提案したが,この時点では希望しなかった.患者は遠方に在住しており,通院に片道車で1時間以上かかることから身体的負担を考慮し,本人と相談した結果,週1回の頻度で実施した.治療部位は,直線偏光近赤外線治療は右前頚部,SSP療法は右患側の前額部(陽白),こめかみ(太陽),頬部(下関),鼻翼外方(迎香),口角(地倉),おとがい部(承漿),右後頚部2カ所に施行した.また,自宅でのセルフケアとして,蒸しタオルを患部にあてる温熱療法と表情筋の伸長マッサージ3)を指導した.発症1カ月後に摂食時の嚥下が改善し,発症6カ月後には顔の違和感が減少した.発症7カ月後には麻痺スコアは14点まで改善した.しかしながら,その後の回復は停滞し,右顔面の麻痺だけでなく,右頬部,右口角のこわばり感や頚肩部の重だるさなどが強く,再度,鍼治療を提案したところ希望があり,発症9カ月後より治療を開始した.

鍼治療は顔面の罹患部に対する血流改善や筋緊張緩和を目的に,患側の表情筋および顔面神経上に位置する経穴を使用した(図1).また,全身状態の改善も目的に,東洋医学的診断のもと上下肢の経穴も使用した(図1).使用鍼はステンレス製ディスポーザブル鍼(セイリン社製,直径0.20 mm,鍼長40.0 mm)を用いた.治療は約20分間の置鍼を行い,1~2週間に1回の頻度で3カ月半,計10回行った.初回の鍼治療後に「右目の開きが良くなり,帰りの車の運転がしやすかった」と自覚症状の変化があり,4週間後には右口角の引きつれ,頚肩部の重だるさが改善し,足の冷えの改善もみられた.鍼治療開始から4カ月後の麻痺スコアは20点となり,こわばり感が改善し,右目の開眼もさらに改善したことで,車の運転もより行いやすくなった.また,足の冷えもみられなくなり,QOLが向上した(図2).それらのことから,予後に対する不安感も減少し,患者希望により鍼治療は終了となった.鍼治療の実施期間中に有害事象はみられず,治療を安全に実施することができた.

図1

使用した共通治療経穴

同意を得たボランティアのモデルで,治療に用いた共通経穴の部位を示す.

図2

治療経過

III 考察

本症例は発症時の麻痺スコアが4点と重度の麻痺があり,発症約2週間後のENoG値が0%であったことから,予後は不良と予測された4).また,50.8 kg/m2の高度肥満があり,手技の難易度および血管誤穿刺などの合併症リスクが高いと判断し,SGBは行わなかった.内服治療と物理療法で麻痺スコアは14点まで改善したが,その後の回復が停滞したため,鍼治療を開始した.なお,現在,当院のペインクリニック外来では,顔面神経麻痺患者における病的共同運動および拘縮の増悪リスクを考慮し,低周波治療は控えている.

末梢性顔面神経麻痺への鍼治療は,回復が緩慢な症例において鍼治療を長期間行った場合,麻痺の回復程度の向上や顔面部の疲労感,こわばり感などの後遺症や頚肩部のこり感の改善とともにQOLの向上が期待できるとの報告がある2,58)

本症例は,鍼治療の開始時期が発症9カ月後と比較的遅い時期であったが,鍼治療開始後,麻痺スコアが14点から20点まで改善しただけでなく,後遺症である表情筋の拘縮による顔のこわばり感や,頚肩部の重だるさの明らかな改善がみられた.顔面部への刺鍼は体性−副交感神経反射による血流改善を促し,筋緊張を緩和させることで,麻痺筋の拘縮の軽減と二次損傷の予防効果が得られるとともに,三叉神経への刺激の入力が軽減することでこわばり感を改善したのではないかと推察される2,7,9)

先行研究では,顔面部の局所治療と上下肢の遠隔治療を組み合わせた鍼灸治療により,障害箇所の炎症,浮腫を改善し,血管拡張により血流が改善して虚血が消退し,麻痺が回復したと考察している9).本症例では,随伴症状として,頚肩部の重だるさ,足の冷えが認められたが,肩の筋緊張緩和などの不定愁訴の軽減は,顔面部のリラックス感向上に寄与することが示唆されている10)

西洋医学的視点で見ると,顔面部以外の経穴である天柱,肩井,合谷,足三里,陰陵泉,三陰交への鍼刺激効果は次のように考えられる.天柱と肩井は,僧帽筋などの筋緊張緩和による肩頚部の重だるさの軽減,合谷は,顔面部の血流増加による症状の改善11),足三里,三陰交,陰陵泉は,下肢の血流調整による足の冷えの改善効果があったと推察される12,13).さらに,下肢血流の改善とともに頚肩部の重だるさを軽減した可能性14)も推察され,今回の症例の経穴の組み合せとして,整合性がとれていると考えられる.

置鍼の効果については,以前より,置鍼時間の違いによる効果の差が議論されている.先行研究では,置鍼20分で昇温時間が長くなり,顔面部の血流改善効果に優れている可能性が考えられる15).この研究結果から結論付けることはできないが,本症例に行った同じ時間の置鍼処置は,適切なものであったことが推察される15)

患者は初回治療後に症状の変化を自覚し,諸症状の改善から鍼治療への意欲が高まり,継続して定期的に実施できた.その結果,後遺症の改善とともにQOLが向上し,セルフケアを行いやすい状況を維持できたと考えられる8).高度の肥満や出血傾向などSGBの実施が困難な治療抵抗性のHunt症候群による末梢性顔面神経麻痺に対して,鍼治療は有用な治療法の一つと考えられる.

IV まとめ

高度肥満患者の症状が遷延したHunt症候群による末梢性顔面神経麻痺に鍼治療を行い,治療開始直後から顔のこわばり感や頚肩部の重だるさといった後遺症が改善し,QOLの向上がみられた1例を経験した.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.

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