日本ペインクリニック学会誌
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症例
HIV関連末梢神経障害による難治性足底部痛に対して仙骨硬膜外ブロックが有用であった1症例
山田 千晶前田 愛子江里 朋香亀山 希浅田 雅子山浦 健
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2024 年 31 巻 5 号 p. 85-88

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Abstract

【症例】55歳の男性.現病歴:X−7年にHIV感染症と診断され,多剤併用療法を開始された.診断時より両足底部の痛みがあり,徐々に日常生活に支障が生じたことからX年当科紹介受診となった.初診時現症:常に両足底部に剣山で刺されるような痛みとしびれがあり,歩行時の数値評価スケール(numerical rating scale:NRS,0~10)は10であった.四肢末梢の温度覚と振動覚の低下がみられた.治療経過:HIV関連末梢神経障害と診断し,薬物療法を開始したが改善に乏しい状態であった.仙骨硬膜外ブロック(0.5%メピバカイン10 ml)を施行したところ最大のNRS(歩行時)は7まで低下し,その状態が数週間持続した.その後も仙骨硬膜外ブロックを1回/月で継続し,X+5年のNRSは0~2となり長距離歩行も可能となった.【まとめ】HIV関連末梢神経障害はHIVウイルスによる慢性的な末梢神経炎および薬剤性末梢神経障害が原因と考えられている.本症例では仙骨硬膜外ブロックによる末梢血流改善や抗炎症作用が痛みを改善したと推測し,本ブロックは簡便で有用な治療である可能性が示唆された.

Translated Abstract

Case presentation: A 55-year-old male was diagnosed with HIV infection and had pain in both plantar. As his symptoms gradually progressed and eventually led to gait disorder due to the pain, he was referred to our pain management clinic. He complained of persistent stabbing pain in his plantar (maximal pain score was 10 on the numerical rating scale: NRS; 0–10), which severely interrupted the patient's quality of life (QOL). He was diagnosed with HIV-associated peripheral neuropathy (HIV-PN), and his pain symptom was refractory to conservative medication therapy. As a trial sacral epidural block (0.5% mepivacaine 10 ml) reduced his pain to NRS 7 for several weeks, we performed it repetitively once a month. Five years later from the first visit, his pain was in NRS 0–2 and his QOL was significantly improved. Conclusion: Although symptomatic control of HIV-PN is often challenging, repetitive sacral epidural block may be an effective treatment.

I はじめに

HIV(human immunodeficiency virus)関連末梢神経障害の主な症状は手袋靴下型の痛み,しびれ,感覚低下である1).特に足底部の痛みが強いことが多く,緩徐に進行し重症例では歩行障害を呈し,生活の質(quality of life:QOL)は著しく低下する.今回,HIV関連末梢神経障害による難治性足底部痛に対して,仙骨硬膜外ブロックが著効した症例を報告する.

本症例を報告するにあたり患者から書面にて承諾を得た.

II 症例

55歳の男性.

既往歴:帯状疱疹,甲状腺腫,睡眠時無呼吸症候群.

現病歴:X−7年に口腔カンジダ症を契機に当院総合診療科でHIV感染症と診断され,X−6年より多剤併用療法(antiretroviral therapy:ART)(ラミブジン,アバカビル,ラクテグラビル,マラビロク)が開始された.治療開始前より軽度の両足底部痛,両手指痛がみられた.その後徐々に増悪し,痛みのため歩行や日常生活に支障が生じたことからX年当科紹介受診となった.

初診時現症:両足底部に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で10の剣山で刺されるような痛みとしびれがあり,歩行で増悪するためほとんど歩いていなかった.痛み部位は手袋靴下型で両下腿にNRS 3,両手にNRS 2の痛みを訴えた(図1).感覚は,四肢末梢の温度覚と振動覚の低下があり,上肢より下肢に症状が強くみられた(図1).両側アキレス腱反射は低下し,Romberg徴候は陽性であった.筋力は上下肢ともに正常であった.末梢神経伝導検査(nerve conduction study:NCS)では,正中神経と尺骨神経は運動・感覚ともに正常範囲であったが,脛骨神経の運動神経伝導速度の軽度低下を認め,両側腓腹神経の感覚神経活動電位は導出されず,下肢優位の感覚性軸索障害が示唆された.

図1

残存温度覚と痛みの程度

灰色塗り部分:温度覚低下の分布を示す.正常を10とした場合の残存温度覚を十分率数値で示す.

斜線部分:痛みの分布を示す.痛みの程度はnumerical rating scale:NRSで示す.

治療経過:アルコール多飲や糖尿病など神経障害の原因となる他の疾患が除外されたため,HIV関連末梢神経障害と診断した.X年当科外来で薬物療法を開始した.徐々に増量し,プレガバリン(525 mg/日),デュロキセチン(60 mg/日),セレコキシブ(200 mg/日)の内服,フェンタニルクエン酸塩貼付剤(2 mg/日)の使用を行ったが症状の改善に乏しかったため,X+1年より仙骨硬膜外ブロック(0.5%メピバカイン10 ml)を開始した.1回目の施行で最大の両足底部痛はNRS 7に改善しその状態が数週間持続したため,仙骨硬膜外ブロックを1回/月で継続することとした.8カ月後のNRSは5に改善し30分程度の歩行が可能となった.その後も仙骨硬膜外ブロックを1回/月で継続し,X+5年のNRSは0~2となり長距離歩行が可能となった.鎮痛薬は今後漸減予定である.

III 考察

Keswaniら2)はHIV関連末梢神経障害を臨床的特徴や病因から遠位感覚神経障害,多発単神経炎,炎症性脱髄性多発神経炎,進行性多発神経根炎,その他に分類している.この中で最も頻度が高い遠位感覚神経障害は,運動障害を伴わない左右対称で下肢優位の感覚障害を生じ,振動覚の低下とアキレス腱反射の消失が特徴である3).また,NCSで腓腹神経の感覚神経活動電位が低下することが多い4)とされるが,診断は主に臨床症状に基づいて行われる.本症例も症状やNCS所見より遠位感覚神経障害と診断した.

遠位感覚神経障害の原因は,ウイルスとその生産物が原因となる遠位対称性多発ニューロパチー(distal symmetrical polyneuropathy:DSP)と抗HIV薬による薬剤性ニューロパチー(antiretroviral toxic neuropathy:ATN)の二つがあり,臨床症状はほぼ同一で鑑別が困難な場合が多い5).また,多発ニューロパチーの原因として,糖尿病性末梢神経障害やアルコール性神経障害,アミロイドーシス等の疾患を鑑別する必要がある6).本患者では他の疾患の既往はなかったが,鑑別診断のための詳細な病歴や生活歴聴取と検査は必要である.複数の疾患が重複した患者では神経障害の原因を特定することが難しい可能性がある.

DSPの病態生理については解明されていない部分も多いが,主要なメカニズムはHIV感染によって引き起こされる炎症促進状態と考えられている7).HIVに感染したマクロファージが炎症性サイトカインやHIV膜蛋白gp120を産生し,軸索変性を起こすと推測されている5,7).ATNは神経細胞のミトコンドリアDNAポリメラーゼの阻害が原因と考えられており,核酸系逆転写酵素阻害薬の中でdideoxynucleosides(DDx)といわれるザルシタビン,ジダノシン,スタブジンやプロテアーゼ阻害薬で特に生じやすいと報告されている5).これらの薬剤を使用中に神経障害を認めた場合,薬剤の変更や中止を考慮するが,本症例ではDDxやプロテアーゼ阻害薬を使用していなかった.本患者で使用されたARTにおいても末梢神経障害の可能性があると報告されているが,変更や中止はリスクが治療効果を上回ると判断され継続となった.

HIV関連末梢神経障害に対する普遍的なコンセンサスや証拠に基づいた治療ガイドラインは存在せず,神経障害性疼痛に使用される薬物療法や脊髄刺激療法,運動療法を含む他の対症治療が選択肢として挙げられている7).しかし,薬物療法では症状のコントロールに難渋することが多く,高用量のオピオイドは免疫抑制や副作用,オーバードーズを考慮すると望ましくないと考えられており,抗HIV薬によりメサドンの代謝は亢進,ブプレノルフィンの血中濃度は上昇し,トラマドールの効果は減弱することが報告されている8).カプサイシンパッチは,HIVに伴う遠位感覚神経障害による痛みを緩和させることが報告されている7).また,脊髄刺激療法は,保存的加療に抵抗性のHIV関連末梢神経障害による痛みに対して有効であることが示されている9)

HIV関連末梢神経障害に対する神経ブロックの有効性は示されていない.本症例では,歩行障害などのQOLを著しく低下させた両足底部痛に対して,仙骨硬膜外ブロックを行ったところ長期間の効果がみられた.これは本ブロックの交感神経遮断作用が,両下肢の血流を改善して炎症性サイトカインや発痛物質をwash outしたためであると考えた.また,自律神経が炎症の制御に関与していることも以前より報告されている10).Liuらは,急性期外傷患者において,交感神経である星状神経節をブロックすることで炎症性サイトカインを抑制し炎症反応を制御することを報告している11).また,慢性の炎症疾患である潰瘍性大腸炎においても交感神経遮断による炎症性サイトカインの有意な低減が報告されている12).HIV関連遠位感覚神経障害の主要な病態の一つが慢性的な炎症であることを考慮すると本患者では,仙骨硬膜外ブロックによる交感神経遮断が末梢血流改善や炎症の抑制を介して症状を緩和させた可能性が考えられた.1カ月の長期改善が得られた理由は,血流改善によるwash out後に蓄積する炎症性サイトカインの産生がARTにより緩徐であったことなどが推測された.

一般的にDSPは進行が緩徐であり,また,ATNは薬剤の中止により4分の3は改善すると報告されている13).したがって,本患者のように長期経過したHIV関連末梢神経障害であっても適切な対症療法を行うことで生活の質が改善する可能性があると考えられた.

IV 結論

HIV関連末梢神経障害による難治性足底部痛に対して,仙骨硬膜外ブロックが著効した症例を経験した.仙骨硬膜外ブロックは本疾患の簡便で有用な治療法である可能性が示唆された.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.

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