日本ペインクリニック学会誌
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症例
腋窩アプローチによる腕神経叢ブロック後に末梢神経障害を呈したCREST症候群合併患者の1症例
及川 孔大西 詠子矢吹 志津葉鈴木 潤熊谷 道雄山内 正憲
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2024 年 31 巻 6 号 p. 106-109

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Abstract

41歳女性.3年前に全身性強皮症の一種であるCREST症候群と診断された.本疾患に伴う左中指石灰病変に対し,腋窩アプローチによる左腕神経叢ブロック下で腫瘤摘出術が予定された.超音波ガイド下に,正中神経と橈骨神経を中心に0.25%レボブピバカインを25 ml投与し,手術を施行した.穿刺時に異常感覚は認めなかった.術後,左前腕から手指の尺骨神経支配に一致する領域に痺れが遷延し,痛みを訴えた.また,尺側にアロディニアを認めたが,運動麻痺や感覚低下は認めなかった.本症例は,指ブロックにより指末端の著明な血流障害を認めた既往があり,レイノー現象を有していた.過去にCREST症候群を有する患者で末梢神経ブロック後に,血流障害による神経障害が疑われた症例が報告されている.本症例の腕神経叢ブロック後の末梢神経障害については,ブロック針による神経損傷,局所麻酔薬による神経虚血および術中,術後の体位による過伸展や圧迫などが原因と考えられた.

Translated Abstract

The patient is a 41-year-old woman diagnosed with CREST syndrome three years ago. A lumpectomy was scheduled under an axillary brachial plexus block for a finger calcification lesion associated with this disease. The ultrasound-guided nerve block was performed with 25 ml of 0.25% levobupivacaine, mainly on the median and radial nerves. No abnormal sensations were noted at the time of puncture. She complained of prolonged numbness and pain from the left forearm to the entire fingers after surgery. She exhibited allodynia on the ulnar side, with no signs of motor paralysis or sensory loss. She had Raynaud's phenomenon, and a history of marked ischemic changes at the finger ends after finger block. The cause of the peripheral neuropathy in the present case was thought to be nerve damage from the needle, nerve ischemia from local anesthetic, and hyperextension or compression due to intraoperative and postoperative positioning.

I はじめに

CREST症候群は皮膚石灰化,レイノー現象,食道機能障害,強指症および毛細血管拡張症を特徴とする限局皮膚硬化型全身性強皮症である.一般的にレイノー症候群を伴う痛みに対し神経ブロックが有効とされるが1),本症例では手指石灰化病変の腫瘤切除に対し腕神経叢ブロックを行った術後に,前腕から手指の痺れが遷延し,神経障害性疼痛を認めたため報告する.

なお,本報告を行うことについて患者本人から同意を取得している.

II 症例

41歳女性.10歳台の時に全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematous:SLE)と診断され加療を受けていた.

3年前に両手指疼痛,レイノー現象が出現した.CREST症候群と診断され,プレドニゾロンおよびヒドロキシクロロキンを投薬され,局所麻酔下で手指石灰化病変を7度摘出した.直近の手術の際,指ブロック後に腫瘤以遠に著明な血流障害を認め,チアノーゼが遷延した.血流障害に対してワルファリン内服が開始された.指ブロックによる手指虚血のリスクを踏まえ,今回の切除術の際に伝達麻酔による麻酔管理を依頼された.

麻酔経過:予定手術時間は2時間弱であり,ターニケットの使用は予定されなかった.切除部位は左中指の指尖掌側であり,正中神経の支配領域であった.そのため,腕神経叢ブロック腋窩アプローチで管理する方針とした.

手術室入室後,超音波画像で左腋窩動脈と正中・橈骨・尺骨神経を同定した.患者覚醒下に外側から平行法でブロック針(Ultraplex® 360 22G 80 mm,B Braun)を穿刺した.正中神経と橈骨神経の周囲にそれぞれブロック針を進めて0.25%レボブピバカインを合計25 ml投与した.穿刺時に感覚異常は認められなかった.手術開始時に痛みを訴えたため前腕でエコーガイド下に正中神経周囲に1%リドカインを4 ml投与し,手術を完遂した.手術時間は32分,麻酔時間は1時間1分であった.

術後経過:麻酔効果消失後も左前腕のしびれ感が残存し,術後10日目に当科外来を受診した.

初診時,左前腕から手指の尺骨神経支配に一致する領域にしびれ感,痛みと腫脹,左前腕尺側にアロディニアを認めた(図1).肘関節より末梢での感覚低下や明らかな運動麻痺は認めなかった.神経ブロック後の尺側優位の神経障害性疼痛と診断し,ミロガバリン10 mg/日を処方した.術後17日目の再診時にしびれ感や痛みは残存していたが,ミロガバリンによるふらつきを訴えたため,ミロガバリンを5 mg/日に減量した上でデュロキセチン20 mg/日,抑肝散5 g/日,トラマドール75 mg/日,アセトアミノフェン500 mg頓服を処方した.術後30日目の再診でアロディニアは軽快,さらに術後82日目の再診でしびれ感や痛みは軽快したため,ミロガバリン5 mg/日のみ継続としてペインクリニック外来は終診とした.

図1

本患者の初診時における両側手指背側写真

左手背が右手背と比較して軽度腫脹している.また,両側手指は原疾患のためレイノー現象を呈している.

III 考察

本症例は,CREST症候群の患者であり,血流改善にも効果的と考えて行った腕神経叢ブロック腋窩アプローチの後に,前腕から手指の尺骨神経領域の神経障害を呈した.このような報告はなく,発症機序が問題となる.

CREST症候群を有する患者の膝関節全置換術に対し,アドレナリン添加の局所麻酔薬を用いた坐骨神経ブロックを施行し,術後に総腓骨神経麻痺が遷延した症例が報告され,アドレナリン添加による神経血流低下が神経障害に関与した可能性が推察されている2).また,CREST症候群による壊死性血管炎の神経虚血は単神経障害のリスクとなることが報告されている3).本症例ではレイノー現象および指ブロックによるチアノーゼ遷延を認め,潜在的に手指の血流障害と神経症状をきたしやすい病態であったと推察される.このような神経障害性疼痛に進展した原因として,以下の4つの機序が考えられる.

穿刺針または薬液圧迫による尺骨神経障害:本症例は最初に正中神経周囲を中心として局所麻酔薬を投与した.尺骨神経領域にも局所麻酔薬の効果が及んでいた場合,尺骨神経のブロック中に障害が生じても感覚異常を訴えなかった可能性がある.

局所麻酔薬による血管収縮作用:局所麻酔薬は臨床濃度では血管拡張作用を有するが,臨床濃度以下では血管収縮作用を有する4).一方でBouazizらは,ラットの坐骨神経への局所麻酔前後の血流変化をレーザードップラーで比較し,0.25%~0.5%のレボブピバカインを局注した場合,神経血流の減少を引き起こすと報告した5).本症例では,0.25%レボブピバカインを局注していることから,レボブピバカインの血管収縮作用が神経虚血を起こし,神経障害を生じさせた可能性が考えられる.

盗血作用:腕神経叢ブロックによる健常部位の広範な血管拡張により,虚血部位の血流障害が引き起こされた可能性がある.全身麻酔の際にイソフルランの強力な冠血管拡張作用が,拡張予備力のある冠血管を拡張させることで,虚血部位の血流が減少することが報告されている6).局所麻酔薬が盗血を促進させた報告はないが,局所麻酔薬の血管拡張作用が,盗血作用に類似した作用を引き起こした可能性はある.

術中・術後の体位:手術体位による末梢神経の合併症をまとめた西山の報告によると,上肢の末梢神経障害では尺骨神経障害が最も高頻度である7).本症例は患側上肢90度外転だった.肘部管症候群を疑うようなTinel兆候やFroment兆候は確認しておらず,鷲手や運動障害などは認められなかったが,上腕骨内側上顆の肘部管で尺骨神経が圧迫されていた可能性がある.手術操作では尺骨神経領域を圧迫する操作は認められなかった.術後も神経ブロックの効果が持続している数時間,自覚することなく尺骨神経が過伸展もしくは外部から物理的に圧迫されていた可能性がある.

これらの機序はそれぞれが単独で神経障害を生じさせるほどではなくても,背景としてCREST症候群による壊死性血管炎が神経虚血を生じていたとすれば,脆弱な尺骨神経の障害を誘発しやすかった可能性がある.虚血などの慢性的な障害がある神経に対し,直接的な機械的損傷など二次的な障害が加わった場合,単独の場合よりも重度の障害が起こる.これはダブルクラッシュ症候群として知られている.動物実験では糖尿病モデルラットで神経ブロックによる感覚低下の遷延と神経障害の悪化を認めたとする報告や8),神経毒性をもつシスプラチンによる化学療法中の患者で,腕神経叢ブロック後に広範な神経障害をきたしたという症例報告もある9).本症例でも2つ以上の障害による機序も想定される.

IV 結語

今回,明らかな原因が不明である尺骨神経領域の神経障害を経験した.活動性が疑われるCREST症候群患者への区域麻酔の適応は,全身麻酔も考慮した上で慎重に検討すべきである.末梢神経ブロックを行った場合,神経障害を防ぐための穿刺と薬剤の量,術中だけでなく神経ブロックの効果が消失するまで術後も神経障害の予防的体位を続けることが重要である.

本報告の要旨は,日本麻酔科学会 北海道・東北支部第13回学術集会(2023年9月,仙台)において発表した.

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