日本ペインクリニック学会誌
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症例
精索静脈瘤切除術後の慢性陰嚢痛に対して超音波ガイド下精索ブロックが奏功した1例
黒川 達哉伊藤 智樹宮田 和磨森本 裕二
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2024 年 31 巻 6 号 p. 115-119

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Abstract

有痛性の精索静脈瘤に対する顕微鏡下精索静脈瘤切除術は有効率の高い治療ではあるが,術後も陰嚢痛が残存する例は少なくない.今回,超音波ガイド下精索ブロックが奏功した慢性陰嚢痛症例を経験したので報告する.症例は40歳代男性.陰嚢痛を伴う精索静脈瘤に対して顕微鏡下精索静脈瘤切除術が施行されたが,術後も痛みは遷延していた.鈍い持続痛だけでなく座位で誘発される突出痛により日常生活に支障をきたしていた.鎮痛薬や漢方薬への治療反応性に乏しく,超音波ガイド下に精索ブロックを施行したところ,治療後より持続痛の軽減と突出痛の頻度が減少した.精索ブロックは精巣摘出術や精索静脈瘤切除術の鎮痛に有効とされている神経ブロックだが,精索ブロックは薬物療法が無効な慢性陰嚢痛に対しても治療選択肢となりうる.

Translated Abstract

Although microscopic varicocelectomy is a highly effective treatment for painful varicocele, scrotal pain remains after the surgery in many cases. Here we report a case of chronic scrotal pain in which ultrasound-guided spermatic cord block was successful. The patient was a man in his 40s. Microscopic varicocele removal was performed for a varicocele with scrotal pain, but the pain persisted even after the surgery. Not only was the patient suffering from dull continuous pain, but also breakthrough pain induced by sitting, which was interfering with his daily life. The patient was unresponsive to analgesics and herbal medicines. After ultrasound-guided spermatic cord block, the persistent pain was relieved and the frequency of breakthrough pain decreased after treatment. Spermatic cord block is a nerve block that is effective for analgesia after vasectomy or varicocelectomy, and may be a treatment option for chronic scrotal pain that does not respond to pharmacological therapy.

I はじめに

慢性陰嚢痛(chronic scrotal pain:CSP)は,3カ月以上続く陰嚢の持続的または断続的な痛みと定義され1),精索静脈瘤を有する患者の約10%が陰嚢痛を認めているとの報告がある2).精索静脈瘤を有する陰嚢痛に対する顕微鏡下精索静脈瘤切除術の有効率は約80%程度だが,痛みが残存する例も少なくない3).CSPは患者の日常生活に支障をきたし,生活の質を著しく低下させるが,CSPを有する患者の35~45%では明らかな原因が特定されておらず,しばしば治療に難渋する2).精索ブロックは1960年代に鼡径ヘルニア手術に対する鎮痛手段としてEarleらによって報告されて以降4),精巣摘出術や精索静脈瘤手術に対する鎮痛としての有用性が報告されているが5),CSPに対する有効性は確立していない.今回,超音波ガイド下に精索ブロックを施行し,慢性陰嚢痛が改善した症例を経験したので報告する.

本症例の発表については,患者本人の承諾を得ている.

II 症例

患 者:40歳代,男性.174 cm,61 kg.

主 訴:左陰嚢痛.

既往歴:20歳代に両側気胸の手術歴.

現病歴:X−4年11月ごろより誘因なく左陰嚢の違和感と痛みを自覚された.近医を受診し,慢性前立腺炎として投薬治療を受けたが改善は認められなかった.翌年には左陰嚢の違和感は持続的な痛みに変わり,別の医療機関で精索静脈瘤と診断された.ロキソプロフェンの内服でも痛みの改善がないため手術療法を希望され,X−2年4月に顕微鏡下左精索静脈瘤切除術が施行された.術後に精索静脈瘤の消失は確認されたが,左陰嚢痛は持続していた.アミトリプチン30 mg/日で眠気の副作用が見られたため,ロキソプロフェンのみ内服していた.X−1年1月に当院泌尿器科に紹介受診された.MRIと超音波検査でも精索静脈瘤は確認されず,セルニチンとロキソプロフェンに加えて漢方薬が処方されたが,痛みの改善は得られなかった.X年1月,痛みの治療目的に当科紹介となった.

初診時所見:安静時にはnumerical rating scale(NRS)4の持続する鈍痛があり,座位で誘発されるNRS 6の鋭い突出痛を認めた.突出痛の頻度は毎日4~5回認められていた.左精巣を牽引すると強い鈍痛が誘発されたが,鼠径靱帯周囲や内転筋腱周囲に圧痛点は認められなかった.また,陰嚢表面の痛覚過敏や異常感覚は認められなかった.座位で誘発される痛みによって日常生活に大きな支障をきたしていた.突出痛は歩行や排尿では誘発されないが,射精によってNRS 5の突出痛を認めた.内服薬はロキソプロフェン60 mgを突出痛が出現した際に頓服していたが,内服しても痛みの改善は得られていなかった.

治療経過:これまでの内服鎮痛薬が無効であったことから神経ブロック治療を行う方針とした.初診時血液検査で血液凝固能に問題がないことを確認し,超音波ガイド下に精索ブロックを施行した.プローブにはリニアプローブを用いた.患者を仰臥位にし,超音波診断装置を用いて恥骨結節レベルで精索内の精管と精巣動脈を確認した(図1a図2).精索ブロックには25Gカテラン針を用い,平行法で針を描出しながら針の先端を精索内に誘導し,逆血がないことを確認してから1%リドカイン10 mlを注入した(図1b).薬液注入時の痛みの訴えはあったものの,直後より陰嚢痛は消失した.痛みの発生頻度や強さを日誌に記録をしてもらった(図3).ブロック後約1週間は持続痛がNRS 3程度に改善し,突出痛の回数も減少した.3週間後の外来受診日には,同様の手技で1%リドカイン5 mlと0.25%レボブピバカイン5 mlを使用し,精索ブロックを施行した.やはりブロック直後より陰嚢痛は消失した.その後の3週間では突出痛は1回のみとなり,持続痛もNRS 0~3程度に減少し,突出痛が消失したことで日常生活動作は改善した.以降は内服薬のみを調整し,症状の再燃は見られていない.

図1

超音波ガイド下精索ブロックのエコー画像

a–①:精索動脈のカラードップラー超音波画像.a–②:点線矢印はブロック針の刺入経路を示している.b–①:ブロック後の超音波画像.b–②:投与された局所麻酔薬が精索内に低エコーに描出されている.

図2

超音波ガイド下精索ブロックを施行する際の超音波プローブの位置

図3

治療経過

棒グラフ:突出痛の回数/日,点グラフ:numerical rating scale(NRS).

SCB:精索ブロック(spermatic cord block).

III 考察

CSPの原因となる病態は,精索静脈瘤,精巣上体炎,感染症,後腹膜腫瘍,鼠径ヘルニア修復術後など多岐にわたるが6),35~45%の症例ではCSPの原因となる異常病変が認められないことから診断に苦慮する慢性痛の一つである2).CSPは痛みによる身体的苦痛だけでなく,痛みが排尿や射精とも関連する可能性が高いため心理社会的にも悪影響を及ぼし生活の質を著しく低下させる.

CSPの標準的な治療法は確立されておらず,Malagutiらの報告では,内科的治療としては非ステロイド性抗炎症薬,ノルトリプチンやアミトリプチンなどの三環系抗うつ薬,ガバペンチンなどの抗けいれん薬に併せて理学療法や認知行動療法を組み合わせることが推奨されている7).CSPに対するノルトリプチンの有効率は66.6%,ガバペンチンの有効率は61.5%という報告8)がある一方,精索ブロックの有効率は90%以上という報告もある6).しかし,局所麻酔薬を用いた精索ブロックでは痛みの軽減は局所麻酔薬の作用時間の間のみ見られるとされている9).また,Calixteらのレビューを参考にすると,2週間ごとに精索ブロックを4~5回繰り返し,痛みが改善しない場合には漫然とブロックを繰り返すことは推奨されていない10).精索ブロックが長期的に鎮痛効果を示したという報告は少ないが,Beamerらは,ブピバカインにコルチコステロイドであるトリアムシノロンアセトニドを加えて精索ブロックを施行した症例群を後ろ向きに調査し,平均3.6回の精索ブロックで36.2%が症状の完全な寛解が得られ,44.7%が症状の部分的な寛解が得られたと報告している9).また,精索ブロックが有効であった症例へのパルス高周波法もMoubasherらのレビューでは治療選択肢として提示されている8)

精索ブロックは古典的には恥骨結節の1 cm内側,1 cm尾側から穿刺を行うランドマーク法が主流であったが,血管穿刺による局所麻酔薬中毒や血腫形成の危険性があることや肥満患者では恥骨結節が触知困難であることなどの問題点がある.近年では,超音波ガイド下に精索ブロックを施行することでブロックの成功率を上げ,合併症を減らすことが可能となった5).超音波ガイド下に精索ブロックを施行する際には,恥骨結節と上前腸骨棘の間にプローブを置き,精索内を通る精管と精巣動脈を同定する(図2).血管穿刺を避けるように平行法でブロック針を描出しながら精索内に局所麻酔薬を注入する.局所麻酔薬の使用量とブロック針の選択はWipfliらの報告5)を参考にしたが,ブロック針は鈍針を用いることでより安全に施行できると考える.本症例ではブロックに関連する合併症は認められなかった.

精索内を通る求心性神経は腸骨鼡径神経と陰部大腿神経の陰部枝が主である.腸骨鼠径神経はL1神経根由来であり,精巣だけでなく陰茎の基部や陰嚢上部を支配する.陰部大腿神経はL1~L2神経根由来で精巣と陰嚢前外側部を支配する.また,陰嚢の後方部の感覚神経は陰部神経が支配しており,陰部神経はS2~S4神経根由来である.したがって,CSPに対する神経ブロック治療を施行する際には痛みの部位に応じて精索ブロック,腸骨鼡径神経ブロック,陰部神経ブロック,腰部硬膜外ブロック,仙骨硬膜外ブロックなどが選択できる.本症例では前医での治療経過から非ステロイド性抗炎症薬は無効であり,三環系抗うつ薬は眠気の副作用のため継続困難であったことから,薬物療法ではなく神経ブロックを行う方針とした.陰嚢の皮膚表面に痛みを認めず,異常感覚やアロディニアも認められなかったため,精索内を通る腸骨鼠径神経と陰部大腿神経の陰部枝をターゲットに精索ブロックを選択した.今回精索ブロックが有効であったのは,診察所見からCSPに関与している神経を推察することができた点や超音波ガイド下で確実に精索内に局所麻酔薬を注入できたことが要因と考えられる.また,本症例でのCSPは3年以上に及ぶ罹患期間があったため,侵害受容器や中枢神経系の感作だけではなく,心理社会的な要因も関わり病態を複雑にしていたと考えられる.精索ブロックによって異常な一次求心性疼痛刺激を遮断することで痛みの悪循環を断ち切り,生活に対する自信を取り戻し日常生活度や活動性の増加が症状の改善に寄与した可能性がある.

治療抵抗性のCSPに対して精索ブロックが有効であった精索静脈瘤切除術後の症例を経験した.精索ブロックの慢性痛に対する適応については不明な点も多く,今後さらなる症例の蓄積が必要である.CSP患者を診察する際には痛みの部位の詳細な診察を行うことで原因となる神経を推察し,精索ブロックの適応を考慮するべきであり,また精索ブロックを施行する際には超音波ガイド下で行うことで確実性が増すと考えられる.

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