2025 年 32 巻 1 号 p. 19-23
26年持続した歩行時の痛みに超音波ガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)が著効した症例を経験した.症例は80代男性,X−26年の頸椎症に対する手術後より歩行時の右大腿外側部の痛みを自覚した.さまざまな医療機関で神経ブロック等の治療を行ったが,有効な鎮痛は得られなかった.X−3年に当院ペインクリニック外来を自ら受診し,プレガバリン50 mg/日の内服を開始して歩行時痛は軽快したが,眠気等の副作用を認めた.X年に歩行時痛がさらに増悪した際の診察で痛みと同部位に筋硬結と圧痛があり,超音波で右外側広筋の筋膜重積を認めたため,診断的治療として重積部周囲に0.025%リドカイン20 mlでUS-FHRを行ったところ痛みが完全に消失した.効果は1週間程度持続し,US-FHRを繰り返し行い,計9回施行した.ミロガバリン5 mg/日に変更して痛みのコントロールが可能となり,副作用は認めなかった.本症例は筋硬結や圧痛,超音波上の筋膜の重積を認め,筋筋膜性疼痛を疑い施行したUS-FHRにより副作用なく有効な鎮痛が得られた.
This report describes a case of ultrasound-guided fascia hydrorelease (US-FHR) used to treat persistent pain on walking of more than 20 years' duration. The patient, a man in his 80s, developed pain on walking in the right lateral femoral area after surgery for cervical spine disease more than 20 years earlier. Nerve blocks and other treatments were ineffective. He visited a pain clinic at Asahikawa Medical University Hospital and started taking pregabalin 50 mg/day, which decreased the pain, but caused side effects such as drowsiness. When the pain on walking worsened, we found muscle stiffness and pressure pain in the same area, and ultrasound showed a fascial overlap of the right vastus lateralis muscle. US-FHR with 20 ml of 0.025% lidocaine around the overlap resulted in complete disappearance of the pain for a week. US-FHR was repeated and long-term pain improved. Finally, satisfactory pain control was achieved with only a low dose of mirogabalin.
fasciaハイドロリリースを行い,難治性の痛みが改善した報告がある1).
20年以上持続した歩行時の痛みに超音波ガイド下fasciaハイドロリリース(ultrasound-guided fascia hydrorelease:US-FHR)が著効した症例を経験した.
本症例報告に際し,患者本人より書面で承諾を得た.
症 例:83歳,男性.
主 訴:歩行時の痛み.
既往歴:狭心症,腰部脊柱管狭窄症(L4/5).
現病歴:X−26年に頸椎症に対して頸椎前方固定術と右腸骨採取を行った.手術後から右大腿外側部の歩行時痛が出現し,腸骨採取後の痛みとしてアミトリプチリン内服を開始したが改善しなかった.さまざまな医療機関でレーザー治療や神経ブロック等を行ったが効果は持続せず,痛みのため自動車販売会社の仕事を退職した.X−15年,当院整形外科で右大腿骨転子部滑液包炎として大腿骨転子部へのステロイド等の局所注射を行っていた際は痛みが軽快したため,数年間継続していた.その後は立位時の左下腿の痛みも認め,同科でL4/5腰部脊柱管狭窄症のフォローをしていた.X−7年に歩行時の痛みが増強し,近医で股関節内注射を行ったが改善せず,ドクターショッピングを繰り返していた.X−3年に当院ペインクリニック外来を自ら受診した.
初診時現症:右大腿外側部に歩行時のみ剣山で刺されたような痛みを訴えていた(図1).数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)10.歩行開始時より痛みを認めており,歩行につれて徐々に痛みは増強するため,100 m以上の歩行は困難だった.安静時痛やしびれ,感覚低下はなく,スクワット等の歩行以外の運動では痛みはなかった.患者は痛みのため思うように歩けず,外出や運動等に支障があることに強いストレスを感じていた.
痛みの部位
初診時内服薬:デュロキセチン20 mg/日,セレコキシブ200 mg/日,アスピリン100 mg/日.
当院整形外科にて器質的疾患の評価のため股関節単純X線を撮像し,右腸骨稜に腸骨採取後の骨欠損を認めたが股関節の異常はなかった.痛みの性状から神経障害性疼痛を疑い,プレガバリン50 mg/日の内服を開始し,約2週間で痛みはNRS 3に軽快したが眠気やふらつきを認めた.X−1年に両下肢の脱力を認め,腰部脊柱管狭窄症に対しL4/5腰椎椎弓形成術を施行した.術後歩行時痛が消失し,プレガバリン25 mg/日に減量したが,3カ月ほどで術前と同程度の痛みとなり50 mg/日に戻した.
X年に主治医が執筆者に変わった時期に歩行時痛が増強し,30 mほどしか歩けなくなった.安静時痛や感覚障害は認めず,NRS 10.改めて痛みの部位を診察すると,手拳大の筋硬結と圧痛を認めた.超音波画像で右外側広筋の筋内膜に高エコーな重積を認めfasciaの異常や筋筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome:MPS)を疑い,診断的治療としてUS-FHRを行った.右外側広筋と平行にリニアプローブを当て,25 mm 25G針を用いて0.025%リドカイン20 mlを右外側広筋筋内膜の重積部位に注入した(図2).US-FHR施行直後に痛みが完全に消失した.筋内膜重積部は癒着がかなり強く,薬液による剥離はわずかで重積部以外にも薬液が広がっていた.効果は1週間程度持続し,NRS 0~2で経過した.US-FHRを2週間に1回の間隔で継続し,処置間隔を徐々に長くした.
本症例の患者のUS-FHRの超音波画像と健常者の外側広筋の超音波画像
(A),(B):US-FHR前.(C),(D):US-FHR後.(E),(F):健常者(若年男性)の外側広筋.
健常者の画像と比較すると外側広筋内に高エコーな重積部分がある.US-FHRにより外側広筋内に薬液が広がり,重積部にも広がっている.
痛みが消失したため長距離歩行をしてNRS 4まで増悪したがUS-FHRでNRS 0になった.プレガバリンによる下腿浮腫を認め,ミロガバリン5 mg/日に変更したところ改善した.US-FHRとミロガバリンで疼痛コントロールは可能で副作用は認めなかった.市販のフォームローラーで用手的fasciaリリースを継続し,リハビリテーション科で歩行や筋力維持の指導を行った.US-FHRは合計9回施行し,毎回施行直後からNRS 0となり,処置時に関連痛や局所単収縮反応はなかった.患者本人からUS-FHRの希望はなくなり,近医へ紹介してミロガバリンの内服加療を継続した.
US-FHRによる治療効果のメカニズムは十分に解明されていない2).注射の場合,①fascia同士の癒着を剥離し組織自体の伸張性,組織同士の滑走性が改善する,②液体注入による局所補液効果,鎮痛効果,発痛物質の洗い流し効果,③②によるfascia自体の凝集緩和,柔軟性改善,④血管や神経が豊富にあるため多くの病態の発痛源と考えられている皮下組織の潤滑性脂肪筋膜系機能の改善,⑤鍼刺激や液体注入自体による物理刺激等のメカニズムでUS-FHRの効果が現れると考えられている2,3).
超音波ガイド下ではmm単位で治療部位の同定ができ,治療の効果判定や再現性が担保される4).fasciaの重積が強いほど薬液注入時の抵抗は強いとされ5),本症例は長期の経過のためいつから筋硬結があったのかは不明だが,注入時抵抗はとても強かった.重積したfasciaが十分に剥離されることを期待してUS-FHRを実施したが,癒着が強く画面上は剥離がわずかとなった.しかし有効な鎮痛が得られ,発痛物質の洗い流し効果等が現れたと考えられた.また繰り返しUS-FHRを行うことでfasciaの層構造の剥離範囲が広がり,組織自体の伸張性が改善したと推察された.
末梢神経ブロックとUS-FHRとの違いは,前者は局所麻酔薬で神経伝導をブロックし神経興奮の抑制を目的としており,後者は痛み物質の洗い流し等により神経終末やコラーゲン繊維の興奮抑制が目的とされる2,3).US-FHRは生理食塩水を使用すると局所麻酔薬による副作用を避けることができ,安静時間短縮や自歩行での帰宅が可能であることが利点である3).本症例は高齢患者で処置前から歩行に支障をきたしており,末梢神経ブロックによる合併症を避け,MPSの診断目的にUS-FHRを選択した.
US-FHRにおいて重要な点は重積したfasciaを剥がすように液体を注入した結果の超音波画像上の形態変化である3).筋緊張や攣縮を生じるトリガーポイントに針を刺入し薬液を注入するトリガーポイント注射と異なる点であり,注入薬剤によって定義されるものではない.US-FHRで局所麻酔薬を選択する際は使い慣れたものを適宜使用してよく6),本症例は下肢へのUS-FHRで転倒等のリスクを避けるため長時間型局所麻酔薬ではなくリドカインを選択した.US-FHRの治療効果は局所麻酔薬の効果ではない可能性が高く6),初回は試験的に濃度を薄くしたところ良好な効果が得られたため,その後も同濃度で行った.一般的には1~5 mlほどの少量の薬液で剥離できることが多いが,薬液量は重積が剥がれるまで注入する必要があり,本症例では癒着が強く重積部の剥離には20 ml必要だった.
本症例の鑑別に外側大腿皮神経障害と腰部脊柱管狭窄症が挙げられる.外側大腿皮神経障害は自家腸骨採骨の合併症の一つであり,本症例と同じ腸骨稜前方部から骨採取した頸椎前方手術を受けた患者のうち36%に生じる7).外側大腿皮神経走行は個人差があり骨採取時に直接障害された可能性が示唆されている7).よって本症例では外側大腿皮神経障害による神経障害性疼痛でガバペンチノイドが有効であった可能性がある.しかし歩行時痛のみで感覚障害等の所見に乏しく,疼痛部位は手拳大と限局的かつ筋硬結に一致しており,痛みの要因は神経障害性疼痛のみではないと推測された.外側大腿皮神経は第2,第3腰神経に由来することからL4/5腰部脊柱管狭窄症が歩行時痛の主要因である可能性は低いと考えられた.術後一過性に痛みは消失したが短期間で再発した.その後のUS-FHRで良好な鎮痛を得られたことから手術を行ったという心理的影響,入院中の安静やリハビリ等が痛みに一時的に良い影響を与えた可能性がある.
本症例はUS-FHRが著効したことからMPSが考えられる.MPSは動作時の痛みを主とし,患者のADLやQOLを制限して労働生産性低下や医療費高騰に直結するため,皮膚痛に比べて臨床的,社会的重要度が高い8).本症例も痛みが改善せず,仕事を退職していた.本症例のMPSは長期経過の中で運動等での下肢や筋肉の酷使による影響が強いと推測された.
また,長期の経過でドクターショッピングを繰り返していた患者に対して,痛みが増悪した際に触診し,超音波診断装置で調べ対処したことが患者の治療に対する満足度につながり疼痛の軽減に関与したと考えられた.
20年以上持続した歩行時の痛みにUS-FHRが著効した症例を経験した.
本症例は痛みと同部位に筋硬結や圧痛,超音波画像上の筋膜の重積を認め,MPSを疑い施行したUS-FHRにより有効な鎮痛が得られた.
患者が痛みを訴える部位を実際に触り,超音波診断装置を当ててみることが重要であり,本症例はその対応が患者の満足度につながり疼痛の軽減に関与したと考えられた.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会 第4回北海道支部学術集会(2023年9月,Web開催)において発表した.