日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
短報
星状神経節近傍照射とブプレノルフィン貼付剤により壊死を伴うスチール症候群の手指の痛みが軽減した1症例
酒井 博生川口 大地小島 康裕
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 32 巻 2 号 p. 40-42

詳細

I はじめに

スチール症候群とは,透析用シャント作成後に手指への動脈血が静脈側へ過剰に流れる(盗血される)ことで発症する虚血性疾患であり,手指の疼痛やしびれ感,重症例では潰瘍や壊死に至ることもある.重症の虚血肢痛は非ステロイド性抗炎症薬では除痛困難な場合が多く,オピオイドや神経ブロックを必要とすることも少なくない.今回,壊死を伴うスチール症候群による手指の痛みに対して星状神経節近傍照射(stellate ganglion radiation:SGR)とブプレノルフィン貼布剤(buprenorphine tape:BT)で治療を行った症例を報告する.

本症例の報告については,患者家族および所属施設の承認を得ている.

II 症例

85歳男性,当科初診9年前より前医にて血液透析となった.心原性脳梗塞の既往がありワルファリン1 mg/日を内服していた.4カ月前に右前腕シャント閉塞をきたし,左前腕にシャント造設術を施行したところ,左環・中指に虚血症状が出現し,スチール症候群と診断された.2カ月前より中指末節部が黒色壊死化したが,外科的処置の適応はないと判断され,疼痛コントロール目的で当科紹介となった.初診時には,左中指にVAS 80 mmの持続痛としびれ感,左環指にチアノーゼとしびれ感がみられ,症状は安静時も持続し,夜間痛による睡眠障害を伴った.非ステロイド性抗炎症薬やアセトアミノフェンの効果はなく中止しており,また血液検査ではPT-INR 2.30と延長がみられた.疼痛治療としてトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン(T/A)2錠/日を開始し,血流改善目的に左側にSGRを併用した.照射治療には,直線偏光近赤外線治療器(SUPER LIZER PX®,東京医研)を用い,出力80%で10分間照射した.他院で透析治療を行っていたため,1回/週での通院となった.初診1週間後にT/Aを3錠/日へと増量した.SGRを継続施行することで3週間後にしびれ感とチアノーゼは消失したが,十分な鎮痛効果は得られなかった.適応外使用であることを説明し,同意を得た上でBT 5 mg/7日間へ変更したところ,徐々に改善がみられた.7週間後には痛みがなくなり,2週間ごとの照射治療とBTによる薬物療法で症状の安定が得られた(図1).

図1

当科受診からの経過

III 考察

スチール症候群の虚血症状に対する星状神経節ブロックの治療報告があるが1),PT-INR延長を認めたため施行は困難と判断した.代替治療として,類似効果のあるSGRを施行する方針となった.SGRは血流増加,自律神経安定化作用などが報告されており,非侵襲的で副作用が少ないことも利点である2).繰り返し照射することや過緊張状態において交感神経遮断作用があるとされ2),虚血症状(チアノーゼ,しびれ感)の改善が得られたと推察される.

本症例では虚血性疼痛に加えて,壊死に伴う侵害受容性疼痛の要素もあり,虚血症状改善後も疼痛が残存していると考えた.薬物療法に関しては,T/Aを3錠/日まで増量後も有効な効果は得られなかった.トラマドールは透析患者において,健常人と比較して血中濃度曲線下面積が2倍程度になるとされており,高齢者であることから,さらなる血中濃度上昇により呼吸抑制などの重篤な副作用の可能性も考え,これ以上の増量は困難と判断した.またCYP2D6遺伝的多型によって効果に個人差があるとされている.日本人において低活性型は1%以下とまれであるが,中間型活性型は20%程度みられ,鎮痛効果も正常代謝型より低下するとの報告もある3).遺伝的多型によって有効な鎮痛が得られない可能性および持続痛に対して血中濃度の安定する薬物療法が適していると考え,BTへ切り替える方針となった.本邦では変形性関節症と腰痛症の鎮痛に対して適応があるが,下肢潰瘍に伴う疼痛での有効性を示した報告がみられたことより4),本症例にてBTを開始した.安全を考慮し,5 mg/7日(トラマドール45~90 mg/日相当5))から開始とした.ブプレノルフィンは弱オピオイドに分類されるが,µ受容体に対する親和性が強く,モルヒネの25~50倍強い鎮痛作用を有する.高齢者や透析患者でも健康成人と比較して血中濃度に大きな差が認められないため,本症例でも比較的安全に使用可能であり,貼付剤においては安定した血中濃度が得られる.トラマドールで有効な鎮痛が得られない四肢血行障害による持続痛に対して,BTは選択肢の一つであると考える.

IV 結論

壊死を伴うスチール症候群の手指の痛みに対して,SGRおよびBTで治療を行った症例を経験した.SGRは星状神経節ブロックの代替手段として虚血症状の改善が期待できる.またBTは高齢者や透析患者でも比較的安全に使用できるオピオイドであり,安定した血中濃度により持続痛に対して有用な可能性がある.BTに血流改善効果のあるSGRを併用することで,壊死を伴うスチール症候群による手指の持続痛に対して治療の選択肢となりうる.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.

文献
 
© 2025 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top