日本ペインクリニック学会誌
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症例
当初転移性仙骨腫瘍を疑った仙骨疲労骨折の1例
福重 哲志
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2025 年 32 巻 4 号 p. 75-79

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Abstract

仙骨疲労骨折は運動選手や骨粗鬆症の高齢者でみられるが,今回50歳代男性で当初転移性仙骨腫瘍を疑った症例を経験した.患者は身長173 cm,体重100 kg(1年間で20 kgの体重増加).初診4カ月前にごみ収集の仕事を開始し,1日100~200回のごみ収集車の乗降を繰り返す.初診1カ月前ごろから尾骨部の痛みが出現し右臀部から下肢後面に痛みが広がり,歩行困難となり疼痛が強いため当ペインクリニックへ紹介された.腰椎MRI T1強調仙骨冠状断像で転移性仙骨腫瘍を疑い,A大学放射線科に紹介し骨生検を施行,疼痛に対して放射線科でオキシコドンが導入された.生検で骨髄炎が確認されたが,感染徴候はなく,オキシコドンの投与で経過を観察.初診後51日に撮影したCTで仙骨疲労骨折が判明.その後,疼痛は次第に軽減し,オキシコドンも減量中止でき初診後236日に終診となる.坐骨神経痛を伴う臀部痛患者では仙骨疲労骨折の鑑別も必要である.仙骨疲労骨折の診断では生活歴の把握も重要で,仙骨部を十分に撮影するMRI撮影が必須である.

Translated Abstract

Sacral fatigue fractures are often seen in athletes and elderly patients with osteoporosis, and we have experienced a case of man in his 50s in whom we initially suspected metastatic sacral tumor. The patient was 173 cm tall, weighed 100 kg, started working as garbage collector. He had pain in the coccyx around. The pain spread from his right hip to the posterior of his lower extremity, making it difficult for him to walk. He was referred to our pain clinic due to severe pain. A lumbar spine MRI T1-weighted sacral coronal sectional image was taken, and a metastatic sacral tumor was suspected. A CT scan taken revealed a sacral fatigue fracture. The patient's pain gradually decreased, and the oxycodone dose was reduced and discontinued, and the patient was finally diagnosed. The diagnosis of sacral fatigue fracture requires a thorough history of the patient's life, and MRI imaging is essential to obtain adequate views of the sacral region.

I はじめに

仙骨はその解剖学的特徴から体幹からの荷重と股関節を介した下肢からの床反力を常に受け,繰り返す荷重負荷は仙骨に疲労骨折を生じることがある.仙骨疲労骨折の多くは陸上や球技などの運動選手に認められる1,2).また,最近では骨粗鬆症に起因する高齢者の仙骨脆弱性骨折も増加し3,4),妊娠・産褥期にも認められることがある5).今回50歳代男性で,当初転移性仙骨腫瘍を疑った仙骨疲労骨折症例を経験したので報告する.

なお,本症例報告では本人から文書で同意を得ている.

II 症例

症 例:50歳代男性.身長173 cm,体重100 kg(運動不足で1年間に20 kgの体重増加).

主 訴:右臀部から下肢後面にかけての激痛.

既往歴:30歳代でうつ病を発症し現在も内服治療中である.骨粗鬆症の合併なし.

現病歴:初診4カ月前にごみ収集の仕事を開始,1日100~200回のごみ収集車の乗降を繰り返し,降車時には必ず右足で着地した.初診1カ月前ごろから尾骨部の痛みが出現し,右臀部から右下肢後面の痛みで歩行困難となる.このため当院整形外科を受診し,腰椎X線写真とmagnetic resonance imaging(MRI)が撮影されたが痛みが強いため神経ブロックによる鎮痛が必要と判断され,明確な診断がないままペインクリニック紹介初診となった.

初診時現症および血液検査所見:松葉杖歩行で座位維持困難,疼痛強度はnumerical rating scale(NRS)で9/10であり,straight leg raising testは左右60度で,触覚は右L5領域で6/10に低下,筋力は正常,右アキレス腱反射消失,右仙腸関節部に圧痛と叩打痛あり.鼠経部痛,夜間痛,排尿障害は認めず.

血液検査で,LDH 298 U/L,CRP 2.6 mg/dlが異常値としてあり.

初診時画像検査所見(図1):腰部X線写真(図1A),右仙骨部に骨折線(白矢印)があり,病的骨折も否定できない.腰椎MRI矢状断T2強調画像(図1B),坐骨神経痛を生じる所見は認めず.仙骨部冠状断T1強調画像(図1C),右仙骨を中心に低信号領域あり.仙骨部冠状断T2強調画像(図1D),仙骨の広範囲で信号増強あり.このため強い疼痛と併せて転移性仙骨腫瘍を疑った.

図1

初診時画像検査所見

A:初診時腰椎正面X線写真.右仙骨部に骨折線を思わせる所見(白矢印)あり.B:腰椎MRI矢状断T2強調画像.変形性腰椎症の所見.C:仙骨部冠状断T1強調画像.右仙骨を中心に低信号領域あり.D:仙骨部冠状断T2強調画像.仙骨の広範囲で信号増強あり.

初診時の対応:0.5%メピバカイン10 mlとデキサメタゾン3.3 mgで仙骨硬膜外ブロックを行い,トラマドール・アセトアミノフェン配合錠4錠,ロキソプロフェン錠3錠,エソメプラゾール10 mg 1錠の投薬を開始した.ブロックはメピバカインの効果時間しか効果を認めなかったため1回しか施行しなかった.著者の判断で本人に転移性仙骨腫瘍の可能性を説明し,仙骨生検目的でA大学放射線科へ紹介した.

初診後10日:A大学放射線科で仙骨生検施行,痛みが強くオキシコドン20 mgが導入され翌日退院.

初診後13日:診察時のNRSは7/10でオキシコドンを40 mgに増量.

初診後21日:大学病院から生検結果が骨髄炎との連絡あり.この時点のNRSは6/10でオキシコドンを60 mgに増量.

初診後23日:血液検査でCRP 1.5 mg/dl,血液沈降速度1時間値18 mmで感染性骨髄炎は考えにくかった.

初診後51日:CT撮影の結果,仙骨疲労骨折と診断(図2).骨折は右第1仙骨孔に及び坐骨神経痛の原因であると判断した.

図2

初診後51日の仙骨CT像

A:冠状断像.B:水平断像.冠状断像では両仙骨翼部,右神経孔部から仙骨管部を横断するような骨折線が認められる(白矢印).

骨折部の離開が大きく手術の提案あるも同意されず.このため保存的に経過をみた.時間の経過とともに疼痛は軽減傾向を示し,オキシコドンは初診後21日から50日の60 mg/日を最高量とし以後漸減でき初診後76日には中止できた.以後トラマドール徐放錠200 mgに変更した.初診後110日のCT(図3A)では骨折の癒合は認められない.初診後138日からはトラマドール徐放錠を100 mgに減量し初診後215日には終了した.同日のCTで骨折は癒合している(図3B).初診後236日に治療終了とした.

図3

初診後110日,210日の仙骨CT像

A:初診後110日,仙骨冠状断CT像で骨折線あり.B:初診後210日,骨折は治癒.

III 考察

本症例では強い坐骨神経痛症状を認め,診察所見で仙骨部叩打痛,圧痛も認めたこと,腰椎MRI結果から当初転移性仙骨腫瘍を疑った.この時点で仙骨翼まで含めたMRI撮影,あるいは仙骨部CT撮影を行っていればより早く仙骨疲労骨折が診断でき,骨生検を回避できたと反省している.また著者には仙骨疲労骨折は運動選手に生じる障害との認識しかなかったことも診断できなかった要因と思われた.当科紹介後は当科のみで診断を行ったが整形外科との協議も必要であった.

仙骨疲労骨折の診断が遅れたため仙骨疲労骨折の初期治療で最も大切である安静臥床ができなかったことが治癒までの時間を長引かせたと思われた.また,骨生検の結果が骨髄炎であり,当初は化膿性骨髄炎を念頭に置いたためCT検査が遅れた.

仙骨疲労骨折の確定診断には画像検査が必須で,単純X線写真は骨折による骨離開が進行した症例以外での診断は困難といわれている6).MRIが診断には最も有用でT1強調画像,脂肪抑制T2強調画像が有用である7).通常の腰椎MRI撮影では仙骨部が十分に撮影されないため仙骨翼まで撮影することが大切である710)

本症例は仙骨疲労骨折による第1仙骨神経根症による痛みであったが,仙骨疲労骨折では仙骨翼部の骨折で第5腰神経根症を認める場合がある11).このため下垂足を示すこともあり12),第5腰神経根症の場合も仙骨疲労骨折を疑う必要がある.特に高齢者で第5腰神経,第1仙骨神経の神経根症の場合には脆弱性仙骨骨折の鑑別を必ず行う必要がある.初診時の右L5領域の触覚低下はL5神経根障害の可能性があった.

本症例での仙骨疲労骨折の発症原因は通常より20 kgの体重増加状態で,車高が高いごみ収集車の乗降を1日100~200回繰り返し,必ず右足から着地するという右仙骨部に対する繰り返す負荷のためと考えられた.

本症例のように骨の脆弱性がない成人でも体重増加や労働内容が原因となり運動選手でなくても仙骨疲労骨折を生じる場合がある.臀部痛,坐骨神経痛症状を認める患者では仙骨疲労骨折も鑑別する必要がある.

本症例での疼痛治療の中心はオキシコドンであった.特に副作用も認めることなく経過とともに漸減中止できた.骨折などで治癒が期待できる非がん性疼痛患者で非オピオイド鎮痛薬の効果が不十分な際にはオピオイド投与も有用であると思われた.

IV 結語

腰臀部痛,坐骨神経痛症状,第5腰神経根症による下肢痛や感覚障害を認める患者では仙骨疲労骨折も鑑別する必要がある.そのためには十分な生活歴の把握と診察による臨床所見の評価に加えMRIを始めとした適切な画像診断が必要である.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.

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