日本ペインクリニック学会誌
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症例
ロピバカインによる創部浸潤麻酔でアナフィラキシーショックを起こした1例
宅野 結貴辻川 翔吾渡邉 亮太末廣 浩一矢部 充英森 隆
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2025 年 32 巻 7 号 p. 174-178

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Abstract

周術期のアナフィラキシーはまれに生じるが,アミド型局所麻酔薬によるアナフィラキシーはほとんど報告がない.今回,創部浸潤麻酔に用いたアミド型局所麻酔薬によりアナフィラキシーショックに至った症例を経験した.症例は46歳男性,腹腔鏡下結腸切除術の閉創時にロピバカインを用いて創部浸潤麻酔をしたところ,体幹に膨疹を認め血圧が軽度低下した.アレルギー反応を疑い抗ヒスタミン薬を投与した.エフェドリン投与で血圧は維持され,気道内圧の上昇や酸素化能の低下がないためアドレナリンは投与せず抜管した.術後回復室で二相性アナフィラキシー反応予防のためステロイドを投与し,皮膚症状は持続していたが全身状態は安定していたため帰室した.病棟帰室20分後(創部浸潤麻酔2時間)に血圧が低下したため,アナフィラキシーショックと判断しアドレナリンを筋肉内注射した.以降,全身状態は安定し症状の再燃はなかった.後の皮膚テストでロピバカインへの陽性反応を認め,アナフィラキシーの診断へ至った.

Translated Abstract

Perioperative anaphylaxis caused by amide-type local anesthetics is rarely reported. We experienced a case of anaphylactic shock following wound infiltration anesthesia with an amide-type local anesthetic agent. The patient, a 46-year-old man, underwent an elective laparoscopic colectomy. Wound infiltration anesthesia with 40 ml of 0.33% ropivacaine resulted in urticaria on the trunk and slight decrease in blood pressure. Despite suspecting an allergic reaction to ropivacaine, blood pressure was maintained with the administration of ephedrine. As there was no increase in airway pressure, tracheal extubation was successfully performed without administering adrenaline. However, 20 minutes later returning to the ward, the patient's blood pressure decreased, leading to a diagnosis of anaphylactic shock. An intramuscular injection of 0.3 mg of 0.1% adrenaline was administered, and there was no recurrence of symptoms. A diagnosis of ropivacaine-induced anaphylaxis was made based on a positive skin test to ropivacaine performed later.

I はじめに

アナフィラキシーは「抗原暴露により急速に進行する重篤な全身性の過敏反応」と定義される.本邦での周術期アナフィラキシーは全身麻酔5,000例に約1例と頻度は低いが1),重篤な症状に進行する恐れがあり,迅速な判断と対応が求められる.周術期アナフィラキシーの原因はさまざまだが,一般的に筋弛緩薬,抗菌薬,ラテックスの頻度が高い.局所麻酔薬によるアレルギー反応は非常にまれであり,薬剤バイアル瓶に含まれる保存液やラテックスの頻度が高く,局所麻酔薬そのものによるアナフィラキシーは少ない.さらに代謝経路の違いからエステル型局所麻酔薬でのアナフィラキシーの報告が多く,アミド型での報告はほとんどない.今回われわれは,手術中に使用したアミド型局所麻酔薬によりアナフィラキシーショックを起こした症例を経験したので報告する.

なお,本報告について,患者から文書による同意を得ている.

II 症例

46歳男性,身長173 cm,体重85 kg.下腹部痛精査の腹部CT検査で,偶発的にS状結腸がんを指摘され手術となった.既往歴,嗜好歴にはアトピー性皮膚炎と喫煙習慣があるが,アレルギーや喘息は指摘されたことがなかった.手術前の評価では,血液検査や心電図,呼吸機能検査を含めて麻酔管理上の問題点はなかった.

全身麻酔下に腹腔鏡下S状結腸切除術が施行された.全身麻酔はレミフェンタニル(0.3 µg/kg/min),チオペンタール(375 mg),ロクロニウム(50 mg)で導入し,維持はフェンタニル,レミフェンタニル(0.1~0.3 µg/kg/min),セボフルラン(1~1.5%),ロクロニウム(7 µg/kg/min)で行った.手術終了30分前に創部周囲に0.33%ロピバカイン40 mlを用いて皮下注射による浸潤麻酔を行い,アセトアミノフェン1 g静脈投与とフェンタニル自己調節鎮痛法を開始した.数分後に創部周囲に発赤が出現し収縮期血圧が95から80 mmHg程度へ低下したため,薬剤に対するアレルギー反応と判断したが,昇圧薬(エフェドリン5 mg)のボーラス3回投与で血圧は維持された(図1A).また酸素飽和度が軽度低下したが,頭低位の解除とともに速やかに改善した.

図1

麻酔記録

手術終了30分前に創部浸潤麻酔0.33%ロピバカイン40 mlを施行(①),数分後に創部周囲に発赤が出現し収縮期血圧が軽度低下した.薬剤に対するアレルギー反応と判断したが,エフェドリンの単回投与で血圧は維持されたため,麻酔深度を調整して対応した.酸素飽和度は99から95%に軽度低下したが気道内圧の上昇や気道狭窄音などはなく,頭低位が解除されるとともに速やかに改善した(A).手術終了後,体幹を中心に広がる膨疹を確認した(B).

手術終了後,創部から全身に広がる膨疹を認めたため(図1B),クロルフェニラミン5 mgを投与し,呼吸・循環動態は安定していたためスガマデクス200 mgで残存筋弛緩薬を拮抗し抜管した.術後回復室では遅発性アレルギー反応予防に,メチルプレドニゾロン125 mgを投与した.全身状態が安定し,皮膚所見の増悪もなく約40分後に一般病棟へ帰室した.

病棟帰室20分後に非観血的収縮期血圧が65~70 mmHgへ低下し,乳酸リンゲル液500 ml急速投与や下肢挙上に反応が乏しかった.ドレーン排液の増加や貧血の進行,他の新規薬剤投与はなく,アナフィラキシーショックによる血圧低下と判断した.0.1%アドレナリン0.3 mgを筋肉内注射後,血圧は15分程度で改善し掻痒感や膨疹も徐々に消退した.以降,呼吸・循環動態の変容は認めず経過した.回復室での血清トリプターゼ値は129 µg/lであった.手術6週間後の皮膚テストではロピバカインのみ陽性であった(表1).

表1当院検査実施基準に則り施行されたアレルギー検査

薬 液 プリックテスト 皮内テスト
濃度(mg/ml) 判定 膨疹(mm) 濃度(mg/ml) 判定 膨疹(mm)
生理食塩液 0 1 0 7
ヒスタミン 10   7      
ロピバカイン 0.1 4 1 11.5
リドカイン 10 1.5 10 6
プロピトカイン 30 1.5 30 7.5

プリックテストは15~20分後に膨疹径が3 mm以上もしくは陽性コントロールの半分以上の反応を陽性,皮内テストは15~20分後に膨疹径が9 mm以上の反応を陽性とした.ロピバカインのプリックテストでは100倍希釈液が陽性となり,皮内テストでも同濃度を使用したが陰性であった.一般的ではないが安全面に配慮しながら,プリックテストよりも高濃度となる10倍希釈液を使用したところ陽性となった.

III 考察

局所麻酔薬に対する有害反応は1%程度と報告されており,その多くは治療を要しない迷走神経反射や心因性反応など非アレルギー性の反応である.アレルギー反応はその内の1%未満であり,遅延型のアレルギー性皮膚炎が80%以上を占め,IgE型アナフィラキシーは非常にまれである2).局所麻酔薬によるアナフィラキシーは代謝産物の抗原性の違いによりエステル型が多く,本症例で使用したロピバカインを含むアミド型では非常にまれである.

アナフィラキシーの診断は抗原暴露から急性発症する臨床症状や血圧低下を基準としており3),本症例ではロピバカイン注入部位から広がる全身性蕁麻疹と血圧低下を認めたため,Ring and Messmer重症度分類Grade 2に相当するアナフィラキシーを疑った.酸素飽和度が軽度低下したが気道狭窄音や気道内圧上昇はなく頭低位解除とともに速やかに改善したため,気腹や体位による無気肺の影響と考えられた.

診断には発症後15分から3時間の血清トリプターゼ値が基準値と比較して,141%以上,あるいは15~25 µg/lの上昇を確認することが推奨されている4).本症例ではトリプターゼの基準値が測定されておらず診断には至らないが,33.6 µg/l以上であれば陽性的中率が86.4%との報告がありアナフィラキシーの可能性が示唆される5)

本症例では局所麻酔薬注入部位から広がる膨疹を認めたため,被疑薬はロピバカインが考えられた.アレルギー被疑薬の検索はin vitro検査では特異的IgE抗体検査などが一般的だが,安全性が高い一方で特定の物質しか検査できないという欠点がある.局所麻酔薬に対するin vitro検査の報告は少ないが,メピバカインアレルギーに対する好塩基球活性化試験の有用性が示されている6).その他にはin vitroで行う皮内テストの感度が最も高く,本症例では抗体量が回復する手術6週間後に皮内テストとプリックテストを施行した.両検査ともロピバカインのみ陽性反応を認め,同じアミド型のリドカイン,プロピトカインは陰性であった.エステル型と比較してアミド型局所麻酔薬間の交差反応は少ないが7),偽陰性の可能性があるため,他のアミド型局所麻酔薬を代替薬とするかは慎重に検討する必要がある.

アナフィラキシーの症状や重症度,進行はさまざまであるが,重篤なものは抗原暴露から5~10分程度で心停止,呼吸停止に至るため,疑った際は速やかに被疑薬を中止し,症状の程度や重症度に応じた迅速な治療が必要となる.本症例では皮下浸潤麻酔から約2時間後に循環虚脱に至ったが,致死性アナフィラキシーでは心停止時間までの中央値が静脈注射で5分,皮下注射で15分,経口投与で30分と報告されているため4),投与経路の違いにより症状の時間経過が異なることを考慮し,厳重なモニタリングを継続するべきであった.

特に循環管理については,第一選択薬であるアドレナリンの投与を遅らせてはならないが8),臨床ではその他の薬剤が優先的に投与されていることも少なくない.アドレナリン投与には重症化予防のエビデンスはないが,肥満細胞や好塩基球からの炎症性メディエーターの放出を阻害する根本的治療であるため,二相性アナフィラキシー反応の頻度を減少させることが報告されている9).本症例では抜管後,循環動態が安定していたためアドレナリン投与を行わなかったが,投与していればその後の循環虚脱を軽減,回避できた可能性がある.第二選択薬である抗ヒスタミン薬は皮膚症状を緩和,グルココルチコイドは二相性反応を予防する可能性がある10).二相性反応は初発症状に対する治療後,さらなる抗原への暴露がないにもかかわらず症状が再燃する.二相性反応の発生率は0.4~23%と差はあるが11),本邦で行われた前向き観察研究では6.3%と報告されている9).発症時期は抗原暴露後2~48時間(平均10時間)であり9),本症例のようにステロイドの投与は十分な予防法ではないため,アナフィラキシー発症後は呼吸,循環動態が安定していても,重症管理病棟での十数時間の厳重な経過観察が推奨される3)

IV 結語

創部浸潤麻酔で使用したアミド型局所麻酔薬であるロピバカインに対するアナフィラキシーショックの1症例を経験した.アミド型局所麻酔薬に対するアレルギー反応は非常にまれではあるがIgE介在型アナフィラキシーショックの報告もあるため,発症を疑った際は適切なタイミング,投与量,投与方法でアドレナリンを投与し,治療が成功した後も症状の再燃や二相性アナフィラキシー反応に備え,重症管理病棟での十数時間の厳重なモニタリング継続が必要である.

本報告の要旨は,日本区域麻酔学会第11回学術集会(2024年4月,仙台)において発表した.

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