日本ペインクリニック学会誌
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症例
血管穿刺を契機に発症した好酸球性筋膜炎の1症例
中谷 将仁木村 哲朗鈴木 興太中島 芳樹
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2025 年 32 巻 9 号 p. 193-196

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Abstract

61歳女性.好酸球増多症候群(hypereosinophilic syndrome:HES)に対しステロイドを内服中であった.末梢静脈路確保のため右前腕橈側遠位部を複数回穿刺された際,痛みを訴えた.1カ月後より右前腕に腫脹,しびれ,電撃痛が出現し,次第に増悪した.複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)を疑われ,神経内科から当科に紹介受診したが,痛みと腫脹以外の所見に乏しく,厚生労働省研究班によるCRPS判定指標を満たさなかった.超音波検査では,筋腫大,筋・筋膜の高輝度所見を認め,MRIでも同様に筋腫大と筋・筋膜の高信号所見を確認し,筋・筋膜病変を疑った.麻酔科が主体となり,神経内科および皮膚科と協議を進め,筋および筋膜の生検によりHESによる好酸球性筋膜炎と診断した.直ちにステロイドパルス療法を開始したところ,右前腕の緊満および腫脹は速やかに改善した.

Translated Abstract

A 61-year-old woman was taking steroids for hypereosinophilic syndrome (HES). The patient experienced pain when the distal radius of the right forearm was punctured multiple times to secure the peripheral venous line. One month later, she developed swelling, numbness, and electric pain in her right forearm, which progressively worsened. She was referred to our department for differential diagnosis of complex regional pain syndrome (CRPS). Clinical findings other than pain and swelling were limited, and she did not meet the diagnostic criteria for CRPS. Ultrasonography revealed muscle hypertrophy and hyperechoic changes in the muscle and fascia. Similarly, MRI showed muscle hypertrophy and high signal intensity in the muscle and fascia, suggesting a muscle and fascial lesion. A biopsy of the muscle and fascia confirmed eosinophilic fasciitis caused by HES. Steroid pulse therapy was immediately administered, leading to rapid improvement in the tension and swelling of her right forearm.

I はじめに

好酸球増多症候群(hypereosinophilic syndrome:HES)は,末梢血の好酸球数が増加し,臓器障害を呈する疾患群である.今回,血管穿刺後に遷延した右前腕痛の病態として複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)が疑われたが,麻酔科主導で行った超音波検査などによりHESに伴う好酸球性筋膜炎と診断し,早期治療介入により良好な経過を得た1症例を経験したので報告する.

本報告に際し,本人から文書による同意を得ている.

II 症例

61歳女性,148 cm,52 kg.60歳時にHESと診断され,皮膚症状(蕁麻疹),呼吸器症状(気管支喘息),消化器症状(好酸球性胃腸炎)を呈し,内科通院中であった.血液検査で好酸球数1,801/µl,総IgE 2,683 IU/ml,自己抗体陰性.プレドニゾロン6 mg/日,アセトアミノフェン1,200 mg/日,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤16単位/日,メコバラミン1,500 µg/日を内服し,ブテソニドを1日2回吸入していた.

末梢静脈路確保のため,右前腕橈側遠位部を複数回穿刺された際に痛みを自覚した.その後,痛みは軽減したものの残存し,1カ月後より右前腕腫脹と鈍痛が出現した.2カ月後には腫脹が増悪し,しびれも自覚するようになった.4カ月後に神経内科を受診した際にCRPSの可能性を疑われ,麻酔科(以下,当科)を紹介受診した.

当科初診時,右前腕の腫脹,緊満感,しびれおよび右肩から前腕にかけての発作性電撃痛(numerical rating scale:NRS 7/10)が認められた.国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)のCRPS判定指標1)では,罹患期間中に浮腫,皮膚温異常,発汗異常のいずれかを認めればCRPSと判定される.本症例では浮腫を認めたが,その他の自覚症状や他覚所見は認めず厚生労働省研究班によるCRPS判定指標2)は満たさなかった.

当科での超音波検査では,健側の左前腕と比較して右前腕の筋腫大および筋・筋膜の高輝度像を認めた(図1).MRI(STIR法)では,右前腕筋群の筋膜肥厚,筋腫大,筋・筋膜の高信号が認められ(図2),筋・筋膜病変が示唆された.基礎疾患としてHESを有していたことから,HESに起因する局所症状としての筋・筋膜病変を疑った.CRPSよりも筋・筋膜病変が疑われたため,当科を中心に神経内科・皮膚科と協議し,診断確定のために局所の組織生検が必要との結論に至った.局所麻酔下で右前腕部の皮膚全層および筋・筋膜の生検を採取し,病理所見にて皮下組織直下の筋膜肥厚と高度な好酸球浸潤を認め,HESによる好酸球性筋膜炎と診断した.

図1

当科初診時の超音波画像

左側が左前腕(健側),右側が右前腕(患側)の超音波画像を示す.患側で皮下の筋・筋膜の高輝度像を認め,筋膜直下の筋が腫大していた.

図2

右前腕部(患側のMRI画像STIR法)

右前腕筋群の筋膜肥厚と筋腫大,筋・筋膜の高信号を認めた.

診断後直ちにステロイドパルス療法を実施したところ,右前腕の緊満と腫脹は2日以内に改善した.プレガバリン150 mg/日の内服を開始し,5日後には電撃痛も軽快(NRS 1/10),わずかなしびれ(NRS 1/10)のみ残存し,その他の症状はほぼ消失した.治療開始から9日目で退院し,当科での治療は終了とした.

III 考察

本症例では,右前腕橈側遠位部の血管周囲を複数回穿刺された後,右前腕に不釣り合いな持続痛と腫脹を認め,IASPの判定指標1)を満たしていたことからCRPSが疑われ当科に紹介された.しかし,関節可動域制限や知覚過敏を認めず,浮腫以外の他覚所見が乏しかったため,厚生労働省研究班によるCRPS判定指標2)は満たさなかった.

CRPS(特に明らかな神経損傷を伴わないtype1)では,95%で運動障害を呈し,筋肉および筋膜の超音波検査が有用であるとの報告がある3,4).CRPS type1患者18名の上肢における超音波所見では,骨縁および筋肉輪郭の不明瞭化,内部構造の均質化,筋肉の厚み減少などが特徴として挙げられている3,4).特に筋肉の厚み減少は,慢性神経筋疾患でもみられるため特異性は低いものの,CRPS type1では94.4%と高率で認める所見である4).一方,本症例では,健側と比較して右前腕部の筋肉が腫大していた.さらにMRIでは,右前腕筋群の筋膜肥厚,筋腫大,筋・筋膜の高信号が確認され,筋・筋膜病変が示唆された.これらの所見から,筋萎縮を特徴とするCRPSではなく,HESの局所症状を疑った.

臨床症状および皮膚,筋・筋膜生検結果を踏まえ,日本皮膚科学会の好酸球性筋膜炎診療ガイドライン5)に基づき,穿刺側の右前腕部の皮膚症状が強く四肢の左右対称性を欠いていた点を除き,大項目と小項目1・2を満たしていたため,好酸球性筋膜炎と診断を確定した(表1).本ガイドラインでは,MRIおよび超音波検査による筋膜の浮腫や炎症の評価が好酸球性筋膜炎の診断および病勢・治療反応性の評価に有用であるとされている(推奨度1D)5).HES患者が四肢の腫脹,硬化,痛みを呈した場合,本症を鑑別に挙げ,画像検査を考慮する必要があると考えられる.

表1好酸球性筋膜炎の診断基準

大項目
 四肢の対称性の板状硬化
 ただし,レイノー現象を欠き,全身性強皮症を除外しうる
小項目1
 筋膜を含めた皮膚生検組織像で筋膜の肥厚を伴う皮下結合織の線維化と,好酸球,単核球の細胞浸潤
小項目2
 MRI等の画像検査で筋膜の肥厚

大項目および小項目1ないし大項目および小項目2で診断を確定する.

本症例では,皮膚症状は穿刺後の右前腕部の症状が強かったため四肢の左右対称性が乏しかった点を除いて,大項目および小項目1・2に該当するとの判断から好酸球性筋膜炎と診断を確定した.

好酸球増多症とは,骨髄における好酸球の増殖により末梢血中の好酸球数が持続的に500/µlを超える状態を指す.特に,末梢血好酸球数が1,500/µlを超えて持続的に増加し,好酸球による臓器障害を伴う場合は,好酸球増多症候群(hypereosinophilic syndrome:HES)と呼ばれる6).好酸球増多症の多くはアレルギー反応,アトピー性疾患,寄生虫感染などに続発する「二次性」であるが,幹細胞の遺伝的異常による原発性も存在する7,8).本症例では,二次性の原因となりうる基礎疾患が認められず,血液検査では好酸球およびIgEの上昇のみが確認された.骨髄穿刺の結果でも好酸球数増加以外に芽球増加や異常なT細胞集団は認められなかったことから,原発性特発性HESと診断した.

HESは,好酸球増多により心臓,肺,皮膚,神経系など多彩な組織や臓器に障害を引き起こすことが特徴である.HESに伴う筋膜病変である好酸球性筋膜炎は,1974年にShulmanが末梢血および組織での好酸球増多を伴うびまん性筋膜炎として初めて報告した9).本疾患は,四肢の対称性または片側の板状皮膚硬化と腫脹を特徴5)とし,好発年齢は30~60歳,男女比は2:1で男性に多い9).好酸球性筋膜炎の約30~46%では,発症直前に激しい運動や労作,打撲などの外傷既往がみられることから,筋膜の損傷部位での非特異的炎症や流出抗原に対する自己免疫反応が発症機序の一つと考えられている5,1012).本症例では1年前にHESの診断を受け,皮膚,呼吸器,消化器症状を伴っていた.今回,末梢血管穿刺が誘因となり好酸球性筋膜炎を発症した可能性が示唆される.軽微な外傷後に不釣り合いな痛みや腫脹が出現する点はCRPSと共通しており,両者の鑑別には注意が必要である.

好酸球性筋膜炎の治療には,プレドニゾン内服の増量やステロイドパルス療法が用いられる.Lebeauxらの報告によると,好酸球性筋膜炎32例中15例にステロイドパルスが施行され,未施行群と比較して完全寛解率が高く(87% vs 53%),免疫抑制薬の併用率が有意に低かったとされる5,13).本疾患は一般的に予後良好であるが,治療が遅れると皮膚硬化や関節拘縮が残存する可能性があるため,診断後は速やかな治療介入が重要である14).本症例では,超音波所見を契機にHESに伴う好酸球性筋膜炎を早期に診断し,不可逆的な筋変性に至る前にステロイドパルス療法を施行することで,良好な経過を得ることができた.

IV 結語

血管穿刺後に遷延する右前腕部の腫脹と緊満を伴う持続痛がCRPSと疑われたが,超音波を含む画像所見によりHESに伴う好酸球性筋膜炎と早期に診断し,速やかな治療介入が可能となった1例を経験した.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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