日本官能評価学会誌
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技術報告
官能評価による生ハムの食感品質と購買評価に関する研究
熊王 康宏鈴木 翔神宮 英夫
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2010 年 14 巻 2-2 号 p. 114-118

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1.緒言

食品の“安心感”,“健康感”は,偽装などの社会的な問題によって,多くの人々から疑問視されている.人は,食品のパッケージに掲載された成分表示を見て,その安全性を確認し購入している.成分表示に示された内容により食品の安全性は認識できるが,食品を食べたときの“安心感”,“健康感”は,食品のパッケージに掲載された成分表示からは確認しにくく,企業は,様々な偽装問題に対する方策として,コンプライアンスを重要視している.コンプライアンスとは,法令順守を強く意味しており,食品会社での遵守すべき法令としては,主に食品衛生法と景品表示法がある.これらの法令を守るために,食品会社では企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)のもとで行動基準を定めている.食品会社の行動基準には,景品表示法を意識した定まりが基本的項目として設けられ,誇大表示せずに中身の印象を的確に表現する必要性が説かれている.

一般的に,“もの”の総合評価は物理的・化学的特性に直結した個別評価によって規定されており,評価の階層性が存在している.食品に対する“おいしさ”,“食べたさ”などの総合評価は,評価の階層性でも上位評価となり,“塩っぽさ”などの評価は個別評価となる.人が,食品を評価する場合,様々な情報が影響している.過去の経験や時代の風潮などの外的情報が食品の評価に影響し,複雑な評価間の相互関係が存在していると考えられ,これは食感品質(Eating Quality)と捉えることができる(熊王,2005).外的情報として代表的なパッケージは,食感品質上の評価の関係性によって影響を受けており,官能評価を用いることで,中身の印象を的確に表現し,品質構成に適合したパッケージデザインを設計することが可能となった(藤田,熊王,神宮,2006).

食感品質上の評価の関係性は,購入するときの評価となる“買いたさ”,“安心感”,“健康感”に大きな影響を与えていると思われる.つまり,“買いたさ”,”安心感”,“健康感”といった購入するときの評価は,成分表示では確認できない重要な購買行動に直結する評価であり,食品を食べて強調される,いわば“購買評価”の主軸として捉えることができる.

食感品質上の評価の関係性を明らかにすることで,食品の特徴を特定することができ,食品の品質構成に反映させることで製造工程を特定でき,“よりおいしい”,“より食べたい”と感じる食品になる(熊王,神宮,2003).しかし,主成分分析により特定できた食品の特徴が,購入評価に影響する特徴かどうかを判断することは困難である.企業におけるCSR活動の目的は,「企業の持続的発展」であり,食品会社としては,官能評価により特徴として明らかにできた評価の関係性が,購買評価に対してどのように影響しているのかを判断する必要がある.

本研究の目的は,生ハムの官能評価によって得られた結果から,食感品質上の評価の関係性を明らかにし,さらに,これらの関係性が,“買いたさ”,“安心感”,“健康感”に対してどのように影響しているのかを判断することである.

2.実験方法

評価の方法は,5段階評価尺度を用いた.評価項目は,生ハムの食感品質に関係する評価調査を予め実施し,調査結果から15項目を選定した.これらの食感品質に関する評価を回答してもらった後で,購買評価である「買いたさ」,「安心感」,「健康感」に関しては,「感じる」,あるいは「感じない」を格付けしてもらった.

本研究で用いるサンプルは,物理的・化学的特性に変化がほとんど見られず,価格帯も同一の商品でなければならない.この条件に該当する商品としては,生ハムが考えられるため,本研究のサンプルとして,市販品の生ハム4種類(A,B,C,D)を用いた.

開封直後,パネルに食べてもらい,所定の評価用紙に感じた度合いを評価してもらい,「買いたさ」,「安心感」,「健康感」を感じるかどうか回答してもらった.

パネルは,20歳代前半の大学生33名(男性23名,女性10名)である.

パネルには,それぞれ1枚ずつのサンプルを食べてもらい,どの程度感じたのかを評価してもらった.評価尺度とその得点は,「感じない」(1),「あまり感じない」(2),「やや感じる」(3),「かなり感じる」(4),「とても感じる」(5)の5段階評価尺度を用いた.また,パネルに先入観を持たせないために,サンプルや実験に関する情報は実験後も含めて与えなかった.

各サンプルの物理的,化学的特性に差がある場合,官能評価の結果も大きく異なることが考えられる.生ハムの場合,各社の厚みは一定であり,物理的特性の計測は必要としない.各サンプルが,化学的にどの程度相違しているのかを把握するために,生ハムの基本的な化学的試験の項目である塩分,水分活性を計測した.

3.結果と考察

3.1 物理的・化学的試験

各サンプルにおける塩分濃度と水分活性を計測した.その結果,各サンプルの塩分濃度と水分活性に大きな違いは見られなかった(Table 1).この結果は,各サンプルが,ほとんど同一のものであることを意味している.

Table 1

各サンプルの塩分と水分活性

3.2 平均値とその95%信頼区間

各サンプルの評価項目について,評価の平均値とその95%信頼区間を算出した(Figure 1, 2, 3, 4).これは,100回同様の官能評価実験を実施しても,95回は上限値と下限値の間を平均値が推移することを意味している.各サンプルの評価の平均値とその95%信頼区間を算出した結果,各サンプルの評価項目間に有意差は見られなかった.

各社の生ハムは,「塩っぽさ」をかなり感じ,「苦さ」を感じないという評価であった.

サンプルとした生ハムは,食感品質上の評価の関係性が存在していると考えられえるため,官能評価の結果を主成分分析により分析した.

Figure 1

平均値とその95%信頼区間(サンプルA)

Figure 2

平均値とその95%信頼区間(サンプルB)

Figure 3

平均値とその95%信頼区間(サンプルC)

Figure 4

平均値とその95%信頼区間(サンプルD)

3.3 主成分分析

主成分分析の結果,固有値は1.0以上で5主成分抽出され,このときの累積寄与率は62.6%であった(Table 2).各評価項目において,主成分負荷行列の絶対値の最大を確認し,各主成分を解釈した.

主成分1は,「さらさら感」,「さっぱり感」,「うまみ」,「高級感」,「おいしさ」,「食べたさ」の評価項目から構成されており,総合評価となる「高級感」,「おいしさ」,「食べたさ」が主成分1の構造の中に含まれていた.したがって,「うまみと舌触りの良さによる総合評価」と解釈できる.生ハムを製造する際に,香辛料などをすり込み,低温で貯蔵することからも,このような特徴になったと考えられる.生ハムの「高級感」,「おいしさ」,「食べたさ」は,「さらさら感」,「さっぱり感」,「うまみ」により左右される可能性がある.

主成分2は,「しっとり感」,「塩っぽさ」,「味の濃さ」の評価項目から構成されており,「塩味の濃さによるしっとり感」と解釈できる.生ハムは,塩水に漬け込むことからも,塩の濃度が肉の「しっとり感」という評価に影響していると考えられる.

主成分3は,「甘さ」,「すっぱさ」,「苦さ」から「甘酸っぱさと苦さ」と解釈できる.生ハムの原料となる豚肉の甘酸っぱさと製造工程で用いられる殺菌用アルコールが影響している可能性がある.

主成分4は,「弾力感」と解釈できた.

主成分5は「香りのよさ」と「ふんわり感」から「香りによるふんわり感」と解釈できる.

このように解釈できた生ハムの各サンプルが,どの程度,評価されているのかを確認するために,算出された主成分得点の平均値を散布図上に布置した.この散布図は,横軸を主成分1,縦軸を主成分2として作成した(Figure 5).

Figure 5からも,「サンプルA」は他のサンプルと比較し,主成分1上での評価は低く,主成分2上では高く評価されていた.「サンプルA」は,主成分1である「うまみと舌触りの良さによる総合評価」を向上させるために,生ハム製造時に用いる香辛料と貯蔵する期間を見直し,主成分2である「塩味の濃さによるしっとり感」を低下させるために,塩分濃度を調整する必要がある.

Table 2

主成分分析の結果(主成分負荷行列,固有値,寄与率,累積寄与率)

Figure 5

主成分得点の平均の散布図(主成分1,主成分2)

3.4 判別分析

主成分分析により得られた結果では,食感品質上の評価の関係性は明らかにでき,各サンプルがどの程度,評価されているのかを確認できた.しかし,生ハムにおける食感品質上の評価の関係性が,どの程度,購買評価に影響する特徴となっているのかを判断する必要がある.そこで,主成分分析で算出した主成分得点と購買評価となる「買いたさ」,「安心感」,「健康感」を判別分析した(Table 3).

「買いたさ」,「安心感」には主成分1である「うまみと舌触りの良さによる総合評価」が大きく影響していた.「買いたさ」,「安心感」の主成分1のF比が非常に大きいことからも,主成分1である「うまみと舌触りの良さによる総合評価」の得点を向上させることで,「買いたさ」,「安心感」がより感じる商品となる.「健康感」には,主成分2である「塩味の濃さによるしっとり感」が大きく影響していた.

主成分得点を判別分析した結果,購買評価によっては,影響をもたらす食感品質上の評価の関係性が異なっていた.

Table 3

主成分得点の判別分析結果

4.結言

大学生をパネルとして用いた調査方式を一般のパネルに拡張することで,食品の安全性に対する評価を予測,保証できるものと考える.したがって,広く一般のパネルを用いた調査でも,十分な有効性をもつ調査法であることを検証することは,今後の課題となる.

生ハムの官能評価によって得られた結果を主成分分析することで,食感品質上の評価の関係性を明らかにし,品質構成に直結したリニューアルポイントを明らかにすることが可能となった.さらに,主成分得点を判別分析することで,影響をもたらす評価の関係性がどの購買評価に影響をもたらしているのかを判断できた.その結果,購買評価に基づくリニューアルポイントとして,「より買いたい」,「より安心感のある」,「より健康感のある」商品を実現するための手法を提案できた.

引用文献
 
© 2010 日本官能評価学会
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