日本官能評価学会誌
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研究報文
油脂を添加したマッシュポテトの飲み込み特性と力学的特性に及ぼす温度の影響
大須賀 彰子岩崎 裕子高橋 智子大越 ひろ
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2013 年 17 巻 2 号 p. 101-111

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I.緒言

高齢者施設や病院などでは,マッシュポテトにマヨネーズやバターなどの油脂類を加えることでなめらかで飲み込みやすい形態にする工夫がされている.油脂は,それ自体はほとんど味を持たないが,食品の口あたり,硬さ,すなわちテクスチャーに影響するといわれている(山崎ら,2011).

これらの油脂の特性をふまえ,今まで著者らは,常温で性状の異なる油脂を添加したマッシュポテト試料について,添加濃度の影響(大須賀ら,2012a),飲み込みやすさに及ぼす影響(大須賀ら,2013)を検討してきた.その結果,液体状の水やサラダ油,ことにサラダ油をマッシュポテトに添加すると軟らかく,飲み込みやすくなるが,固形脂を添加すると,べたつき感と残留感が多く,飲み込みにくくなることを明らかとした.しかし,これらは調製および試料温度を20°Cとした場合の結果である.

油脂の特性として,液状油の場合は温度を上昇させると粘度が低下し(久保田ら,1982),固形脂の場合は固体脂部分の融解が起こり,固体状からポマード状,さらに温度を上げていくと液体状となる.このことより,温度が油脂の力学的特性に影響を及ぼすことは明らかである.また,食べ物の温度はおいしさの物理的な要因の一つと考えられている.

そこで,本研究では,油脂およびマッシュポテト試料の温度を変化させ,油脂を添加したマッシュポテトの飲み込み特性と力学的特性に及ぼす温度の影響について検討し,若干の知見を得たので報告する.

II.方法

1.試料

1)油脂

固形脂は既報(大須賀ら,2013)と同様,介護食向けに開発されたキャノーラ油由来のゲル状油脂(日清オイリオ(株)製:以下固形脂Fと称す)とショートニング(雪印メグミルク(株)製:以下固形脂Sと称す)とした.また対照として市販のサラダ油(日清オイリオ(株)製:以下液状油Oと称す)を用いた.

2)マッシュポテト試料

マッシュポテト試料の調製は既報(大須賀ら,2013)に準じて行った.試料温度は,日本介護食品協議会のユニバーサルデザインフードのかたさ測定法にある測定温度20±2°Cに準じた20°C,体温(36~37°C)に近い温度として40°C,さらに試料の水分蒸発を考慮し,固形脂SとFの性状の違いがみられる50°Cの3段階とし,以下のように調製した.

20°Cマッシュポテト試料は,乾燥ポテトフレーク(ディハイスタンダードポテトフレーク:米国ポテト協会)に対して3倍量の温水(75°C)を添加し,手動(ガラス棒)により60回/分で1分撹拌し,20°Cの恒温器に60分間静置した後,蒸発した水分を補正し,さらに手動により60回/分で1分撹拌し,20°Cの基準マッシュポテトを調製した.ただし,できあがりの基準マッシュポテトの0.2%に相当する食塩を溶解させた食塩水を温水とした.基準マッシュポテトに,副材料として,20°Cの固形脂Fと固形脂S,また対照として液状油Oをできあがりのマッシュポテト試料の10%(w/w)にあたる量を添加し,手動により60回/分で2分撹拌し,20°Cの恒温器で60分静置した.

同様に,乾燥ポテトフレークに対して3倍量の温水(75°C)を添加し,手動で60回/分で1分撹拌し,40°Cの恒温器に60分静置した後,蒸発した水分を補正し,40°Cの基準マッシュポテトを調製した.この40°Cにした基準マッシュポテトに40°Cの液状油O,固形脂F,固形脂Sをできあがりのマッシュポテト試料の10%(w/w)にあたる量を添加し,手動により60回/分で2分撹拌し,40°Cの恒温器で60分静置したものを40°Cマッシュポテト試料とした.50°Cマッシュポテト試料も同様に調製した.ただし,調製時における基準マッシュポテトの硬さは,20°Cでは3.25±0.10(×104N/m2),40°Cでは2.34±0.09(×104N/m2),50°Cでは2.22±0.09(×104N/m2)であった.

以下,Table 1に示すように,液状油O添加試料POにおける20°Cの試料をPO20,40°Cの試料をPO40,50°Cの試料をPO50,同様に固形脂F添加試料PFにおける20°Cの試料をPF20,40°Cの試料をPF40,50°Cの試料をPF50,固形脂S添加試料PSにおける20°Cの試料をPS20,40°Cの試料をPS40,50°Cの試料をPS50と称す.

Table 1

Abbreviation of the samples with temperature

2.官能評価

マッシュポテト試料について官能評価を行った.官能評価は,シェッフェの一対比較法(芳賀変法)(芳賀,1962)により,両極7点評点法を用いた.試料の一口量は5gとし,室温22~23°Cの個室法により行った.パネルは訓練された本学食物学科学生のべ48名で,試料の提示温度は20°C,40°Cおよび50°Cとした.評価項目は,かたさ(非常にかたい:-3←→+3:非常にやわらかい),なめらかさ(非常に少ない:-3←→+3:非常に多い),べたつき感(非常に多い:-3←→+3:非常に少ない),飲み込みやすさ(非常に飲み込みにくい-3←→+3:非常に飲み込みやすい)の4項目とした.

3.力学的特性

1)テクスチャー特性の硬さ

油脂およびマッシュポテト試料のテクスチャー特性の測定は,レオナー(高分解能型レオナーModel Re-3305:(株)山電)を使用し,圧縮速度10mm/secで,定速1回圧縮試験を行い,硬さを算出した.測定は,試料を直径40mm,高さ15mmのガラスリングに充填し,圧縮量10mm(圧縮率66.7%),直径20mmのディスク型プランジャーを使用した.測定温度は,20°C,40°Cおよび50°Cとした.

2)バネ緩和法による降伏応力

油脂およびマッシュポテト試料の降伏応力の測定は,コーンプレート型回転粘度計(R-U型,R-H型およびR-L型:東機産業(株))を用い,バネ緩和法により行った.液状油Oについては,ニュートン流体であるため,降伏応力は0.00N/m2とした.測定には,3°×R14のコーンを使用し,ローターのひねり角度60°(θ=100%)で120秒間の測定を行い,バネ緩和記録曲線を得た.測定温度は20°C,40°Cおよび50°Cとした.既報(中濱ら,2011a)に従い,得られたバネ緩和記録曲線が平衡になった残存指度θRより,(1)式を用いて降伏応力Syを算出した.

   SyK1×θR   (1)   

なお,(1)式で用いたK1はずり応力換算定数(N/m2)である.

3)みかけの動的粘性率

油脂およびマッシュポテト試料の動的粘弾性の測定は,ARES100FRT-N1(Rheometric Far East Ltd.)を使用した.測定には,油脂試料では直径50mm,マッシュポテト試料は直径25mmの平行板治具を用いた.ギャップ(試料厚)2.0mm,周波数ωは1.0rad/secに固定し,ひずみ量εを0.01%から300%まで変化させた.測定温度は20,40および50°Cとした.

また油脂の温度依存性は,動的粘弾性と同様にARES100FRT-N1(Rheometric Far East Ltd.)を用いて,測定した.測定には50mmの平行板治具を用い,ギャップ(試料厚)1.0mm,周波数ωを1.0rad/sec,ひずみεを0.05%に固定し,15°Cから60°Cまで1.0°C/minで昇温させた.

測定より得られた動的粘弾性定数から,粘性要素である損失弾性率G″を求め,(2)式(中濱ら,2011b)より,みかけの動的粘性率η′appを算出した.

   η′app=G″/ω   (2)   

4)水平方向の抵抗力

マッシュポテト試料の水平方向の抵抗力の測定には,クリープメータ2軸物性試験システム(RE-33005B(XZ):(株)山電)を使用した.測定は,既報(大須賀ら,2013)に準じて,マッシュポテト試料を測定用容器(縦50mm×横100mm×厚さ5mm)に約30gを平らになるように充填した状態で行った.測定温度は20°C,40°Cおよび50°Cとした.測定条件は,プランジャー接触面積200mm2(縦20mm×横10mm),垂直負荷力0.1N,摺動距離10mm,摺動速度1.0mm/secとし,抵抗力-摺動距離記録曲線を得た.

4.統計解析

統計解析は,統計解析ソフト(Excel統計2007)を用いて,一元配置分散分析を行い,Tukeyの方法により群間の検定を行った.

5.倫理性の配慮

官能評価の実施に際し,パネルに本研究の趣旨を説明し,事前に理解,同意を得た上で行った.なお,本研究は日本女子大学「ヒトを対象とした実験研究に関する倫理委員会」の承認を得て,実施した.

III.結果

1.官能評価

Fig. 1に各評価項目の主効果のF値とともに官能評価結果を示した.

Fig. 1

Average score based on Sheffé’s paired comparison, and F value for analysis of variance in the sensory evaluation

PO:mashed potato with 10% oil, PF:mashed potato with 10% Fat F, PS:mashed potato with 10% Fat S

□:mashed potato samples at 20°C △:mashed potato samples at 40°C ○:mashed potato samples at 50°C

**p<0.01 p<0.05, n=48

1)かたさ

かたさは,POでは温度が高い方が有意にやわらかいと評価された.PFでは,20°C試料(PF20)が他の温度試料(PF40とPF50)に比べて有意にかたいと評価された.また,PSでは,試料間に有意差は認められなかったが,20°C試料(PS20)が他の温度の試料(PS40とPS50)に比べて,かたいと評価される傾向を示した.

2)なめらかさ

なめらかさは,POでは温度が高い方が有意になめらかであると評価された.また,固体添加試料(PFとPS)では,いずれの温度間においても有意差は認められなかった.

3)べたつき感

べたつき感は,POでは,温度が高い方がべたつき感は少ないという傾向を示し,ことに50°C試料(PO50)が20°C試料(PO20)に比べて,有意にべたつき感が少ないと評価された.一方,固体添加試料(PFとPS)では,いずれの温度間においても,有意差はみられなかった.

4)飲み込みやすさ

飲み込みやすさは,POでは,50°C試料(PO50)が他の温度試料(PO20とPO40)に比べて,有意に飲み込みやすいと評価された.また,PFでは,50°C試料(PF50)が20°C試料(PF20)に比べて,有意に飲み込みやすいと評価された.しかし,PSではいずれの温度間においても有意差は認められなかった.

2.マッシュポテト試料と油脂の力学的特性

1)テクスチャー特性の硬さ

マッシュポテト試料と油脂について,各温度における硬さをTable 2に示した.

Table 2

Hardness of the samples

マッシュポテト試料の硬さは,いずれの試料も温度が高くなるに従い,有意に低値を示した.

油脂の硬さは,液状油ではいずれの温度においても有意な差はみられなかった.しかし,固形脂Fと固形脂Sは温度上昇に伴い,有意に低値を示し,ことに固形脂Sの硬さは顕著に低値を示した.

2)降伏応力

マッシュポテト試料と油脂について,各温度の降伏応力をTable 3に示した.

Table 3

Yield stress of the samples

マッシュポテト試料の降伏応力は,液状油O添加試料では,いずれの温度試料間においても有意差は認められなかった.しかし,固形脂F添加試料では,50°C試料(PF50)が他の温度の試料(PF20とPF40)に比べて,有意に低値を示した.PSでは,温度が高くなるに従い,有意に低値を示した.

油脂の降伏応力は,液状油Oはニュートン流体であるため,降伏応力は0.00とした.固形脂Fは,50°C試料(F50)が他の温度の試料(F20とF40)に比べて,有意に低値を示した.固形脂Sは温度が高くなるに従い,有意に低値となり,マッシュポテト試料と同様の傾向を示した.

3)みかけの動的粘性率

① 油脂およびマッシュポテト試料のみかけの動的粘性率η′appのひずみ依存性

マッシュポテト試料と油脂について,各温度におけるみかけの動的粘性率η′appのひずみ依存性をFig. 2に示した.

Fig. 2

Strain versus of η′app for the samples

PO:mashed potato with 10% oil, PF:mashed potato with 10% Fat F, PS:mashed potato with 10% Fat SO:oil, F:Fat F, S:Fat S

□:mashed potato samples at 20°C △:mashed potato samples at 40°C ○:mashed potato samples at 50°C ■:oil and fats at 20°C ▲:oil and fats at 40°C ●:oil and fats at 50°C

マッシュポテト試料についてみると,液状油添加試料(PO)のη′appはひずみ10%付近までほぼ平衡状態であり,ひずみがそれより大きくなるとη′appは低くなる傾向を示した.また,試料の温度が高くなるに従い,低値を示した.

一方,固体添加試料(PFとPS)をみると,PFのη′appはいずれの温度においても,ひずみが大きくなるに従い,低値を示した.また,温度の影響をみると,η′appは温度が高くなるに従い,低くなる傾向を示した.PSは,20°C試料(PS20)と40°C試料(PS40)では,ひずみが大きくなるに従い,低値を示した.50°C試料(PS50)では,η′appはひずみ10%付近までほぼ平衡状態を示したが,それ以上のひずみでは低くなる傾向を示し,他の温度と異なる傾向を示した.温度の影響をみると温度が高くなるに従い,顕著に低値を示した.

油脂では,液状油Oのη′appはひずみ量に関わらず,平衡状態を示し,温度が高い方が低値を示した.

一方,固形脂Fのη′appはひずみ1%付近までほぼ平衡状態を示したが,それ以上のひずみでは低くなった.また温度の影響をみると,温度が高くなるに従い,低くなる傾向を示した.固形脂Sでは,20°Cと40°Cのη′appは,ひずみが高くなるに従い,低値を示した.しかし,50°Cでは,η′appはひずみ10%付近までほぼ平衡状態を示したが,それ以上のひずみでは減少した.温度の影響をみると,温度が高くなるに従い,顕著に低値を示した.

このことより,マッシュポテト試料のη′appは添加する油脂の性状により異なることが示唆された.また,油脂のη′appは,いずれも温度が高い方が低値を示し,温度の影響は油脂の種類により異なることが明らかとなった.そこで,油脂の温度上昇による変化を把握するために,油脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性を測定した.

② 油脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性

油脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性をFig. 3に示した.

Fig. 3

Temperature dependence of η′app for oil and fats

■:Oil ●:Fat F ▲:Fat S

液状油Oのη′appは温度が高くなるに従い,緩慢に低くなる傾向を示した.固形脂Fのη′appは15°Cから45°C付近まで平衡状態を示したが,それより温度が高くなると顕著に低くなった.一方,固形脂Sのη′appは,温度が高くなるに従い,低くなり,体温程度の35°C付近で変曲点を示した.温度上昇によるη′appの変化は固形脂Sに比べて,固形脂Fの方がシャープであり,異なる傾向を示した.

4)マッシュポテト試料の水平方向の抵抗力

Fig. 4に各温度におけるマッシュポテト試料の代表的な水平方向の抵抗力-摺動距離記録曲線を示した.曲線のパターンは,POではいずれの温度においても,試験開始から0.2mm移動したところで,初期抵抗力であるピーク点が認められ,ピーク点を過ぎると一旦抵抗力は低下し,その後の抵抗力の変化は小であり,ほぼ重なる傾向を示した.PFでは,試験開始から最初にみられるピーク点(初期抵抗力)は温度が高くなるに従い,低値を示したが,POと同様一旦抵抗力は低下し,その後の抵抗力の変化は温度が高い試料では大であり,摺動距離6.0mm付近からはほぼ重なるパターンを示した.PSでは,温度が高くなるに伴い,試験開始から最初にみられるピーク点(初期抵抗力)が低く,その後の抵抗力の変化は小であった.

Fig. 4

Resistance force-sliding distance plots

PO:mashed potato with 10% oil, PF:mashed potato with 10% Fat F, PS:mashed potato with 10% Fat S

□:mashed potato samples at 20°C △:mashed potato samples at 40°C ○:mashed potato samples at 50°C

次に得られた抵抗力-摺動距離記録曲線より,前報(大須賀ら,2013)と同様にマッシュポテト試料の初期抵抗力F0と平均抵抗力Fを求め,Table 4に示した.

Table 4

Resistance force of the mashed potato samples

POについては,初期抵抗力と平均抵抗力はいずれの温度でも有意な差は認められなかった.PFでは,初期抵抗力は20°C試料(PF20)が他の温度試料(PF40とPF50)に比べて,有意に高値を示したが,平均抵抗力はいずれの温度でも有意な差はみられなかった.PSでは,初期抵抗力と平均抵抗力は温度が高くなるに従い,有意に低値を示した.

IV.考察

1.口中で感じるかたさと力学的特性値

POでは温度が高い方が有意にやわらかいと評価された.PFでは,20°C試料(PF20)が他の温度試料(PF40とPF50)に比べて有意にかたいと評価された.また,PSでは,有意差は認められなかったが,20°C試料(PS20)が他の温度の試料(PS40とPS50)に比べて,かたいと評価される傾向を示した.また,マッシュポテト試料の硬さは温度が高くなるに従い,低値を示した.食べ物が口腔内取り込まれると舌背で受け取られ,すばやくこれを舌で口蓋に押し付け,その物性を評価し,硬いと判断された場合はすぐに,臼歯部に運ばれる(才藤と向井,2007).そのため,プリンのようにやわらかい食品でも必ず一回は咀嚼し,食べものの性状を調べるといわれている.

このことより,マッシュポテト試料のかたさは口に取り込まれると同時に判断されるため,各温度におけるテクスチャー特性の硬さと同様の傾向を示したと考えられる.

2.なめらかさと力学的特性値

なめらかさ(Fig. 1)についてみると,液状油添加試料(PO)は温度が高い方が有意になめらかであると評価された.しかし,固体添加試料(PFとPS)では,いずれの温度間においても有意な差は認められなかった.力学的特性をみると,POは降伏応力(Table 2),みかけの動的粘性率(Fig. 3)および水平方向の抵抗力(Table 3)において,温度による有意差は認められなかったが,固体添加試料(PFとPS)では,温度上昇に伴い,いずれも低値を示した.このことより,固体添加試料(PFとPS)の力学的特性,すなわち降伏応力,みかけの動的粘性率および水平方向の抵抗力は固形脂の温度による力学的特性の変化に反映されてはいたが,官能評価では逆の傾向を示し,一致しなかった.なめらかさについては,温度上昇に伴う試料表面の潤滑性や唾液との混合のしやすさなども考慮した測定方法の検討がさらに必要であることが示唆された.

3.べたつき感と力学的特性値

べたつき感(Fig. 1)についてみると,POでは50°C試料(PO50)が20°C試料(PO20)に比べて,有意にべたつき感が少ないと評価された.しかし,固体添加試料(PFとPS)ではいずれの温度間においても有意差は認められなかった.

試料の力学的特性とべたつき感は,なめらかさと同様の傾向を示した.また,マッシュポテト試料を口腔内に入れると嚥下直前までに,20°Cの試料は30°C付近まで温度が変化し(大須賀ら,2012b),40°Cの試料は体温付近の温度のため試料温度とあまり変化がみられず,50°Cの試料は40°C付近まで温度が下がると考えられる.すなわち,食べる直前の試料温度から,実際に口腔内に入れてから試料温度は変化するといえよう.

そこで,べたつき感の評価に添加した油脂の温度の影響が反映されていると推測し,油脂の粘性要素(みかけの動的粘性率)の温度依存性との関係について考察することにした.

油脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性(Fig. 3)をみると,液状油Oは温度上昇に伴い,低値を示し,粘度が下がることが示唆された.また,固形脂Fのη′appは15°Cから45°Cまでの昇温過程では平衡状態を示し,それ以上の温度では急激に低くなった.このことより,固形脂Fは20°Cから45°Cまで昇温させても,含有する固体脂部分が融解しないが,45°C付近から固体脂部分が急激に融解し始め,60°C付近で液体状になることが示唆され,20°Cと40°Cでは,固体脂部分の温度による変化はほとんどみられない固体状,50°Cでは完全な液体状にはならずに高融点の固体脂がある状態(やわらかいポマード状)であることが示唆された.

一方,固形脂Sのη′appは温度上昇に伴い,低値を示し,固形脂Fの温度依存性と異なる挙動を示した.固形脂S,すなわち,ショートニングは温度を上げると低融点のトリグリセリドが液体になるが,高融点のトリグリセリドが固体状を保っているため,固形状を維持している(藤田,2011).さらに,温度を高くするとショートニングは流動し,一見液体のようにふるまうが,なお,固体脂をわずかに残している.また,ショートニング中の固体脂の融点が30°Cから40°Cの間にあるものは79.5%,40°C以上のものは20.5%であるといわれている(新谷,1989).本研究で用いた50°Cにおける固形脂Sの降伏応力,水平方向の抵抗力の結果は,液状油Oに極めて近い値を示したが,みかけの動的粘性率はひずみ10%付近までほぼ平衡状態を示したが,それ以上のひずみになると低くなった.これらのことから,固形脂Sは,20°Cでは固体脂部分がほとんど融解していない固体状,40°Cでは低融点の固体脂が約80%融解した状態のやわらかいポマード状,50°Cでは高融点の固体脂がわずかに残存した液体状に極めて近い状態であるといえる.

以上のことより,液状油O添加試料において,温度が高い方がべたつき感は少ないと評価されたのは,温度を上昇させたことによる液状油Oの粘性率の低下を鋭敏に口腔内で察知し,潤滑剤としての働きが大きくなったためと推察される.一方,固体添加試料(PFとPS)のべたつき感において,いずれの温度においても有意差が認められなかったのは,20°Cから50°Cまで温度を上昇させても,固形脂中の固体脂部分が溶けずに残存していることが要因の一つと考えられる.すなわち,口腔内で感じるべたつき感は,液状油では油脂の粘性率,固形脂では油脂の温度を上昇させても融解せずに残存した固体脂の存在が関係している可能性が示唆された.

4.飲み込みやすさと力学的特性値

飲み込みやすさにおいては,POは50°C試料(PO50)が他の温度の試料(PO20とPO40)に比べて,有意に飲み込みやすいと評価された.またPFは50°C試料(PF50)が20°C試料(PF20)に比べて,有意に飲み込みやすいと評価された.しかし,PSはいずれの温度試料間においても有意差は認められなかった.

試料の力学的特性と飲み込みやすさは,なめらかさとべたつき感と同様の傾向を示した.そこで,べたつき感と同様に,添加した油脂の温度の影響が反映されていると推測し,油脂の粘性要素(みかけの動的粘性率)の温度依存性との関係について考えてみることにした.

添加した固形脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性(Fig. 3)をみると,固形脂Fは,15°Cから45°Cまでの昇温過程では平衡状態を示し,45°C付近から温度が高くなると顕著に低値を示す傾向を示した.固形脂Sのη′appは,温度が高くなるに従い,低くなり,体温程度の35°C付近で変曲点を示した.また,温度上昇によるη′appの変化は固形脂Sに比べて,固形脂Fの方がシャープであった.飯田ら(2007)は,ココアバターについて,貯蔵弾性率の温度依存性を検討しており,体温付近で顕著に低値を示す挙動により,口の中で温度が上昇すると溶けやすい,すなわち口どけがよいと報告している.同様に,佐藤ら(1993)もチョコレートは室温ではパリッと割れ,口中で速やかに溶けるのは,体温直下の30°Cで固体脂含量が急激に低下するからであり,これはチョコレートに含まれる固体脂であるココアバターの性質によるものと報告している.バターはココアバターに対して融解挙動がシャープではない(佐藤ら,1993)ため,チョコレートと口腔内での食感が異なるとしている.

本結果において,PFでは50°C試料が飲み込みやすいと評価されたのは,添加した固形脂Fのη′appが45°C付近から急激に低くなり,50°Cでは一部の固体脂が融解し始めるため,他の温度の試料(PF20とPF40)とは口腔内で感じる感覚が異なったと推察できる.一方,PSではいずれの温度においても有意差がみられなかったのは,体温付近(36~37°C付近)で固形脂Sのη′appの急激に低下していることが関係していると考えられる.すなわち,試料を口腔内に入れてから嚥下に至るまでの間に,試料の温度が口腔内の温度(体温)に近づくために試料の力学的特性も変化しやすく,そのことが飲み込みやすさの評価に反映されたといえよう.

このことより,液状油添加試料の飲み込みやすさはべたつき感と同様に液状油の粘性率,また固形脂を添加した試料では体温付近における固形脂のη′appの温度依存性の測定からみられる油脂の融解挙動と関係している可能性が示唆された.

V.総括

油脂の温度およびマッシュポテトの調製温度を変化させた場合の飲み込み特性を把握するためには,試料調製時および口腔内での温度の影響を考慮し,液状油を添加した場合は液状油の粘性率を,固形脂を添加した場合は,その温度における力学的特性と併せて,固形脂中の固体脂部分の有無と温度依存性の測定による油脂の融解挙動の把握が必要であることが示唆された.

また,常温においても添加する油脂の力学的特性が安定しており,かつ体温直下でシャープな融解挙動を示す油脂を添加することがマッシュポテトの飲み込み特性の改善に効果的であると考えられる.このことをふまえ,今後は,マッシュポテトに温度による融解挙動が異なる油脂を添加した場合の飲み込み特性と力学的特性の関係を検討していきたい.

VI.要約

本研究では,油脂およびマッシュポテト試料の温度を変化させ,油脂を添加したマッシュポテトの飲み込み特性と力学的特性に及ぼす温度の影響について検討した.

1)かたさはいずれの試料も温度が高い方が軟らかいと評価され,テクスチャー特性の硬さと同様の傾向を示した.

2)べたつき感は,液状油添加試料(PO)では,温度が高い方が有意にべたつき感は少ないと評価されたが,固体添加試料(PFとPS)では,いずれの温度試料間において,有意差は認められなかった.べたつき感は,液状油を添加した場合は液状油の粘性率,また固形脂を添加した場合は固体脂部分の有無が関係していることが示唆された.

3)飲み込みやすさは,液状油添加試料(PO)では温度が高い方が有意に飲み込みやすいと評価された.また固形脂F添加試料で50°C試料が飲み込みやすいと評価されたが,固形脂S添加試料ではいずれの温度でも有意差はみられなかった.飲み込みやすさは液状油を添加した場合は液状油の粘性率,また固形脂を添加した場合は体温付近における固形脂のみかけの動的粘性率η′appの温度依存性からみられる油脂の融解挙動と関係している可能性が示唆された.

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