日本官能評価学会誌
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研究報文
文字の下部における縦画の美的強調
平 田 光 彦
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キーワード: 楷書, 縦画, 美的強調
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2013 年 17 巻 2 号 p. 112-119

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1.はじめに

文字は造形によって伝達される言葉であることから,その視覚性の評価ではしばしば読み易さが観点とされる.また文字は視覚によって感受される際に,美醜などの感覚をともなうこともある.よって文字造形は美的な評価の対象にもなる.本研究は,文字の美について感性評価による検討をおこなうものである.

文字の美に関しては,書を学ぶ者にとっては必須の教養として,識者の批評を基にした中国の書論などが読み継がれてきた.この背景に支えられて豊富に存在する文献研究に比べると,感性評価による研究は少ない.実際,文字の美を計量的に評価した研究の少なさが述べられ(池田,2008),またその困難さが,個人の審美的要素や好みの影響とともに指摘されてきた(小谷,2011).一方筆者は文字の美が,書体や字形,線質や線色など,多要因が絡み合って成立することに評価の困難さがあると考える.現に文字の美を対象とした実証研究では,多要因が混交した条件での調査がいくつか報告されてきたが(禰津,1989古性・平野等,2001),今後は文字の美的印象に関わる要因効果を個別に実証していくことで,知見を整理して積み重ね,将来的な体系化に繋げていく研究が必要である.

筆者は,これらの研究動向と問題意識を契機として,まずは字形,とりわけ点画構成がもたらす美的印象について調査をおこなうこととし,先行研究において評価尺度を構成した(平田・阿久津,2013).構成した尺度の有用性は「折・月」の文字サンプルに適用することで実証されたが,その際,縦画同士の関係において,縦画終筆の形状が点画構成の美的評価に影響を与える可能性を推察した.

そこで本稿では,この推察の確認も含めて,研究対象を文字の下部で左右に配された縦画の美的強調とした.整斉を基調とする文字の点画構成では,多くの場合,右側に配された縦画を左の縦画より下に長く伸ばして強調する構成がとられる.この強調構成の造形的根拠について,視覚的印象の客観化によって美的側面から明らかにすることが目的である.実験刺激となるサンプル文字には,右側の縦画を下に長く伸ばして強調した標準構成のサンプルと,左右の縦画を揃えて強調効果を消した変形構成のサンプルを用意した.標準構成および変形構成のサンプル文字を視た印象を,SD法による質問紙を使って採集した.評価尺度には筆者らの先行研究において構成した3因子17項目の尺度を使用した.文字の脚部における縦画同士の美的関係は,縦画の形状などに着目して詳細に調査した.

2.方法

【材料】

検討の対象は,整斉を基調として書かれた楷書である.毛筆で書かれた文字を根底として涵養されてきたこれらの点画構成を美意識から研究することが,本研究の目的である.対象範囲と目的から,文字サンプルには,鈴木翠軒と井上桂園の執筆による国定教科書書方手本の毛筆文字を使用した(鈴木,1987井上,1942).国定第4期鈴木本は晋唐の高韻(藤原・加藤,1973)と評価され,第5期井上本は穏健にして中正不偏な書風(水野,1941)と評価されている.いずれも整斉の構成を古典から近現代へと書き継いだ毛筆文字と言える.

調査対象とした文字は,4つのグループに分けた「降,仲,新」「行,開」「青,有」「舟」の8文字であった.材料とした文字の選定とグルーピングは,縦画の形状や縦画間の距離によって結果に違いが表れる可能性を考えて計画された.その具体的な観点は【結果】において後述する.サンプル文字は,原本の文字をスキャナーでデジタル画像に変換したものであった.スキャンした8文字の構成は共通して,左右に配された縦画のうち右側にある縦画が左より下に長く強調されている.整斉を基調とする楷書に多く採用されるこの右長の構成を標準構成とする.この縦画の強調構成がもたらす美的効果を調査するため,対象となる右側の縦画を短縮して左と揃えたサンプルを作成して,標準構成との評価比較をおこなえるようにした.変形には,Adobe Systems社のPhotoshop CS3を使用し,該当画の終筆部を切り離して短縮する位置に配置した.継目はペイントで平滑にした.点画構成の要因効果のみを抽出するために,線質(線の太さ・抑揚,点画の丸み・角張り)や文字の構え(背勢・向勢)など,他の部分には手を加えなかった.作成したサンプルは,右長の標準構成である元字をType A,右の縦画を左と揃う位置まで短く変形した同長の構成をType Bと呼び分けた(Figure 1357).

【評定尺度】

筆者らの先行研究において構成した評価尺度(平田・阿久津,2013)を使用した.第1因子「均整美」が7項目,第2因子「開放性(活動性)」が5項目,第3因子「力量性」が5項目からなる3因子17項目(Table 1)である.先行研究では,因子分析によって構成したこの17項目に項目反応理論を適用して,3つの因子ごとに識別力と困難度を算出し,不適切な項目がないことを確認した(Table 2).本研究は,先行研究で得られたこの項目母数を尺度得点の算出に使用した.先行研究および本研究で項目反応理論を適用した全ての計算は,Rのltmパッケージにより潜在特性(因子)毎に独立しておこなわれた(Rizopoulos, D.,2006).質問紙はSD法形式で,回答は4つの反応カテゴリーから1つを選ぶ4件法とした.左右の軸に配された反対語について「あてはまる」「ややあてはまる」の二段階が対応した.

Table 1

Questionnaire items sorted by each factor

Table 2

Item parameter estimation

【調査参加者】

調査参加者は,日常の興味関心に関わらず,調査時点で文字の形を評価することへの心的準備があることが条件であると考えた.この条件を満たしつつ,幅広い年齢層から調査に協力していただける参加者が確保できることを期待して,書道展の鑑賞者を対象とした.多くのデータを採集するため,2つの書道展会場で実験がおこなわれた.展覧会は一般に広く公開されたもので,参加者はランダムに選ばれた.実験参加者108名のうち,欠損値や全項目を一様に評価した不信値をもつ回答者を分析から除いた結果,計87名の回答データが分析対象となった.分析対象となった参加者の年齢構成は16歳から76歳,平均年齢は34.29歳,標準偏差は17.19歳であった.性別構成は,男性17名,女性70名であった.書道経験を調べると,経験ありが66.7%,なしが33.3%であった.高等学校芸術科目での履修者や習い事などの経験を「あり」として,義務教育で9年間必履修されている書写科目のみの経験者は「なし」とした.文部科学省による経年調査(文部科学省,2008)によると,習い事で習字経験のある者は小中学生全体で,1985年が男子42.3%,女子45.0%,1993年が男子36.4%,女子45.9%,2007年が男子16.3%,女子28.6%であったことから,書道経験のある調査参加者がやや多いと言える.ただし本研究は多様な参加者による感性評価を企図しており,また,にじみやかすれなどの味わい,不均衡を基調とした高度なバランスや技法の看取などを対象とした調査ではないこと,小中学校の書写学習や活字(教科書体)等で見慣れている整った楷書を対象としていること,特定の画を伸ばすか揃えるかの単純な調査であること,書写や高等学校芸術科目書道の教科書に楷書構成の美的な説明根拠は示されていないことなどから,経験の有無は評価の傾向に大きく影響を与えないと仮定し,調査目的の範囲であると考えた.

【手続き】

調査の場所と時期は,京都橘大学書道コース展覧会の会場(2013年2月)と,岩手大学書道コース展覧会の会場(2013年3月)であった.実験調査は個人でおこなわれた,紙に印刷されたサンプル文字と質問紙を使用して,データを採集した.印刷された文字のサイズは,国定鈴木本の大きさを基調として,各々約5.5~7cm(高さ)×5.5~8cm(幅)であった.調査用紙セットの表紙に実験協力の依頼文と回答方法などを印刷した.元字とその変形によるサンプル文字の提示順序は,ランダムとした.

3.結果

縦画終筆の形状と,縦画間の距離によって,文字サンプルを4つのグループに分けて検討した.それぞれを調査1から4とし,調査ごとに概要と結果を記述する.文字サンプルは,右の縦画が長く強調された元字を標準構成とし,Type Aとよぶ.左右が揃う位置まで右の縦画を短縮して,強調効果をなくした変形構成をType Bとよぶ.概要の「変形率」は,Type Bで変形した縦画の短縮率を%で記したものである.また評価集団の一致性を示す指標として[(全平方和-誤差平方和)/全平方和]の値を「集団一致性」に記した.各調査とも個人のばらつきが大きかった.各文字Typeの評価値の算出には項目反応理論を用いた.先行研究で求めた項目母数に本調査のデータを適用し,Rのltmパッケージによって因子別に計算された尺度値の平均値を使用した.二元配置分散分析による検定をおこない,Type間の評価値の差によって縦画の強調効果を客観的に把握した.各文字タイプごとに評価値と標準誤差を描いたプロットをあわせて報告する(Figure 2468).

【調査1】

調査1の概要は,次の通りである.

材料:「降,仲,新」(Figure 1

変形率:降(82.0%),仲(88.3%),新(75.6%)

観点:左右の縦画が離れている.左の縦画にはらいがない.右の縦画にはねがない.

評価者:33名.

集団一致性:均整美0.35,開放性(活動性)0.29,力量性0.16

結果は,3因子すべてにおいて,右の縦画を下に長く強調したType Aの評価が高かった(Figure 2).二元配置分散分析による検定でTypeの主効果は,均整美(F(1,60)=29.24,p<0.001),開放性(活動性)(F(1,60)=19.1,p<0.001),力量性(F(1,60)=7.03,p<0.05)で有意であった.交互作用と文字の主効果は有意でなかった.

なお書道経験の有無で評価に違いがあるのかを三元配置分散分析によって確認したところ,経験に有意差はなかった.

Figure 1

As for the sample characters used in research 1, a vertical stroke of the right side is separate from that of the left side. The former one ends with a full stop or a sweeping.

Type A:A vertical stroke of the right side is accentuated longer than that of the left side.

Type B:A vertical stroke of the right side is not accentuated.

Figure 2

The plot of the means of factor scores of character type(A, B)(research 1) in each factor. Error bars indicate±1 SE.

【調査2】

調査2の概要は,次の通りである.

材料:「行,開」(Figure 3

変形率:行(88.3%),開(94.3%)

観点:左右の縦画が離れている.左の縦画にはらいがない.右の縦画をはねる.

評価者:22名.

集団一致性:均整美0.16,開放性(活動性)0.17,力量性0.12

結果は,開放性(活動性)の評価において右の縦画を下に長く強調したType Aの評価が高かった.均整美では「行」と「開」で結果に違いがあらわれ,「行」ではType Aの評価が高く,「開」ではTypeによる評価の差は表れなかった(Figure 4).

二元配置分散分析による検定で,均整美では,交互作用(F(1,40)=4.06,p=0.05)と,Typeの主効果(F(1,40)=3.55,p=0.07)で有意傾向を示した.グラフからも「行」の評価に差があることが看取されたため,有意水準を95%として単純主効果の事後検定をおこなったところ,「行」でTypeの差が有意であった(F(1,20)=15.57,p<0.05).開放性(活動性)はTypeの主効果が有意(F(1,40)=7.36,p<0.01)であったが,交互作用は有意ではなかった.力量性では,Typeの主効果,交互作用とも有意でなかった.

なお書道経験の有無で評価に違いがあるのかを三元配置分散分析によって確認したところ,経験に有意差はなかった.

Figure 3

As for the sample characters used in research 2, a vertical stroke of the right side is apart from that of the left side. The latter one ends with a full stop. On the other hand, the former one ends with a sweeping upward.

Figure 4

The plot of the means of factor scores of character type(A, B)(research 2) in each factor. Error bars indicate±1 SE.

【調査3】

調査3の概要は,次の通りである.

材料:「青,有」(Figure 5

変形率:青(90.7%),有(93.2%)

観点:左右の縦画が近い.左の縦画にはらいがない.右の縦画をはねる.

評価者:22名.

集団一致性:均整美0.25,開放性(活動性)0.04,力量性0.11

結果は,均整美と力量性の評価において,右の縦画を下に長く強調したType Aの評価が高かった(Figure 6).二元配置分散分析による検定でTypeの主効果は,均整美(F(1,40)=12.73,p<0.001),力量性(F(1,40)=4.58,p<0.05)で有意であった.交互作用と文字の主効果は有意でなかった.

なお書道経験の有無で評価に違いがあるのかを三元配置分散分析によって確認したところ,経験に有意差はなかった.

Figure 5

As for the sample characters used in research 3, two vertical strokes are close in the same part of a character. The vertical stroke of the left side ends with a full stop. On the other hand, the vertical stroke of the right side ends with a sweeping upward.

Figure 6

The plot of the means of factor scores of character type(A, B)(research 3) in each factor. Error bars indicate±1 SE.

【調査4】

調査4の概要は,次の通りである.

材料:「舟」(Figure 7

変形率:94.9%

観点:左右の縦画が近い.左の縦画をはらう.右の縦画をはねる.

評価者:10名.

集団一致性:均整美0.36,開放性(活動性)0.1,力量性0.05

結果は,均整美の評価において右の縦画を下に長く強調したType Aの評価が高かった(Figure 8).F検定では均整美が等分散でなくWelchの検定をおこなったところ,Typeの主効果が(t(12.6)=3.2,p<0.01)で有意であった.開放性(活動性)と力量性では,t検定の結果,Typeの主効果は有意ではなかった.

なお書道経験の有無で評価に違いがあるのかを二元配置分散分析によって確認したところ,経験に有意差はなかった.

Figure 7

As for the sample characters used in research 4, two vertical strokes are close in the same part of a character. The vertical stroke of the left side ends with a sweeping. On the other hand, the vertical stroke of the right sides ends with a sweeping upward.

Figure 8

The plot of the means of factor scores of character type(A, B)(research 4) in each factor. Error bars indicate±1 SE.

4.考察

調査の目的は,整斉を基調とした楷書で多く採用されてきた構成の美的根拠を,感性評価によって客観化することであった.よって考察では「多く採用されてきた構成」とした部分について,実際の書字例も適宜参照することとした.参照例には,整斉を基調とした楷書の代表的な古典の一つである『九成宮醴泉銘』(以下,『九成宮』と略記する)を選び,標準構成の使用頻度を調べた.なお,考察における書字例の参照は,各ケースで10字以上の例がある場合に限った.

まず全ての調査において,いずれかの因子あるいは複数の因子でType Aの評価が高かったことから,結果の全体的傾向として右の縦画を強調した標準構成の評価が高いと概括することができる.『九成宮』においても,文字の下部において左右に縦画が配される文字全体の73%(84字/115字)が標準構成で書かれている.実際の傾向が,感性評価によって客観化された文字の美的側面から根拠づけられたと言える.

次に,調査では点画の形状と縦画間の距離で結果が変わる可能性に配意されたが,想定していたとおり,調査1から調査4のグループで強調効果があらわれる因子に違いがみられた.三因子の全てでType Aの評価が高かったのは「降,仲,新」であり,均整美を含む二因子でType Aの評価が高かったのは「行」「青,有」であった.「開」は開放性(活動性)で,「舟」は均整美で,右の縦画を強調したType Aの評価が高かった.『九成宮』をみると「降,仲,新」および「行」のように,左縦画にはらいがなく,文字が偏と旁に分かれた構成によって左右の縦画が離れている場合,82.5%(33字/40字)の文字が右の縦画を強調する標準構成で書かれている.また「青,有」のように「月」の左縦画をとめた部分形を文字の下部に含む場合では68.4%(13字/19字)が標準構成で書かれている.「門構え」や「同」など「冂」形で構成される文字で,左縦画がとめ,右縦画がはねで書かれる場合は,76.2%(16字/21字)の文字が標準構成で書かれている.書字場面における標準構成の使用頻度の高さと感性評価の結果が一致し,かつ多元的な説明が得られたといえる.

最後に「舟」は,筆者らの先行研究(平田・阿久津,2013)での「月」の結果への考察を確認する目的で調査された.観点は「月」で標準構成の優位性があらわれなかったことについて,左の縦画が払いの形状をとっていることが関わっているのかを検討することであった.まず『九成宮』で「月」を含む文字をみると,標準構成で書かれているのは36.4%(4字/11字)であり,感性評価の結果と実際のケースでの使用頻度は一致していると考えられる.一方「舟」では均整美で標準構成の優位性がみられたことから,左にはらいがあることのみが「月」での結果と関わっているのではないことが示された.『九成宮』では「月」を含む11字に,左縦画にはらいと右縦画にはねがつく「舟」「丹」「周」「用」を含む文字を加えてみると,標準構成の使用頻度は50%(9字/18字)となる.「舟」「丹」では長い横画が交差し,「用」「周」は「月」よりも含まれる横画がやや長いことに注目される.左にはらいと右にはねをもつ縦画同士の強調関係において,文字中に含まれる横画の状況が視覚的印象に変化を与えるのかについては,新たな検討課題である.

謝辞

本研究にあたり多くのご教示をくださいました,岩手大学阿久津洋巳先生に心より謝意を表します.

引用文献
 
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