日本官能評価学会誌
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研究報文
においに対する感受性と年齢及び食嗜好との関係
國枝 里美澤野 清仁
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キーワード: におい, 感受性, 嗜好, 識別, 年齢, 食品
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2002 年 6 巻 1 号 p. 28-35

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1. はじめに

においに対する感受性について我々は幾つかの調査からその実体について検討してきた(Kunieda, 1994;峰平等,1999;國枝等,2000a)が, 成人の感度は一般的に60歳前後を境に高年齢になるほど鈍くなり(峰平等, 1999;國枝等,2000a), その減退レベルによっては日常生活に影響を及ぼし, 食欲にも関与してくることが指摘されている(Wysocki and Pelchat, 1993;斉藤等, 1995). 一方で, においに対する学習は胎児の頃から始まり, 生まれてからのにおいの好みに影響を及ぼすことも示唆されている(Mannella, et al., 1991;1996). これらのことは, においに対する感受性が単に嗅覚器官の感受性に依存するのではなく, 我々の経験, 体験或いは訓練, 学習が関与し決定づけられる嗜好や識別能力と密接な関係にあることを示すものである.

そこで, 我々は年齢及び食嗜好を要因としてにおいに対する感覚強度及び嗜好性について検討することとした. 調査は我々が独自に行ってきた調査方法に基づき行うこととし, パネルは広い年代層の一般人をターゲットとするため, 公共施設の香りのイベント来場者から無作為に選ばれた6歳以上70歳代までの男女を対象とした. 提示した6種類のにおいに対する感覚強度, 好み, 識別力(においと対象物とのマッチング)について調査を実施し, 年齢及び食品の好き嫌いとの関連性について考察した.

2.方法

2. 1 調査概要

調査は広島健康科学館に於いて, 2000年3月中旬~4月上旬に開催された香りのイベント時の来場者のうち, 無作為に選ばれた6歳~76歳の男女280名に実施された. パネルの内訳は小学生から40代初めまでに比べ, それ以降の年代のパネル数は少ないことから, 後の結果と考察のために, 年齢による群別では. 6才~41才までを6才毎にまとめ6グループとし, 42才~59才, 60才~76才を各グループとして計8グループで検討することとした(Fig. 1).

2. 2 提示したにおい及び調査用紙

パネルに提示した6タイプのにおいには, 中高齢者のにおいに対する感度調査において日本人にとって馴染み深く, 具体的な食品等を想起させやすいにおいであるとともに, 単純な単一或いは2物質を混合した香料組成からなるものとして選定した香料(國枝等, 2000a, 2000b)に準じ選んだ. ある食品が特定され, 且つ単純な香料組成のにおいを選んだのは, フレーバータイプが天然物の品種や食品の形態によって大きく異なるためであり, 調合が複雑になる場合, その成分処方に関する詳細なデータの開示がない限り, 同等のにおいによる後の研究は不可能になるためである.

特に, パネルの年齢層が幅広くなることが予測されたことから, 食品のにおいについては小学校の給食メニューや菓子類なども参考にしてパネルのどの年代でも認知できるにおいを選んだ. 今回, 調査したにおいのタイプは全部で6種であり, 食品のカテゴリーに則り, 野菜, 果物, 菓子, スパイスなどの分類から5種を選んだ. また, 食品と対照的なにおいとして花様の香料を一点加えた(Table 1).

提示したにおい物質の形態は, 多くの幅広い年代層の人々が簡便ににおいを嘆ぐことができるようにシールとして提示した. においのシールは香料成分の濃度を印刷インクと同等の粘度に調整すると同時に各においの強度を同等にするため, 中鎖のトリグリセライド, ワセリン及び流動パラフィンによって流度を調整し, 凸版印刷株式会社にてシール加工を施した(Fig. 2).

調査用紙は計6枚とし, 一枚ごとににおいのシールを一枚添付し, そのにおいの強度, 好み, 識別について回答することを課題とした. 対象となるパネルの年代層の幅が広いことが見込まれたため, 主観強度では「におわない1~強すぎる5」, 嗜好では「とても嫌い1~とても好き5」の5段階尺度にそれぞれの段階に適した顔表情を絵で添えてスケールの意味づけを強調した(Stone and Sidel, 1993). においの識別では, 対象物とのマッチングを目的とするため, 対象物の絵を提示し, 該当する絵に印を付けてもらうこととした. パネルは一人につき6つのにおいシールを一枚ずつ剥がし, においの強度, 嗜好, 識別(食品などとのマッチング)の順で確認を行った.

尚, においの評価に取り掛かる前に, パネルに好きな食品名と嫌いな食品名を各3点まで自由に記述してもらい, これを食品に対する好き嫌いの指標とした. このとき, 該当する食品がない場合は無理に記入しないこととした.

Fig. 1

Demographics of panelists (age and gender).

Two hundred eighty panelists were classified into eight age groups.

The figure shows the composition of age and gender of each group.

3. 結果

効果の関係因子について主観強度と嗜好に対する要因について3元配置の分散分析を行い確認したところ, 感覚強度に対する効果については年齢, においのタイプの主効果及び年齢と性別の交互作用が有意に認められた. また, 嗜好に対する効果については, 年齢, においタイプの主効果及び年齢とにおいタイプの交互作用が有意に認められた(Table 2). このことから, 感覚強度や嗜好には, におい成分の香質が関わるだけでなく, 年齢要因が大きく関与していることが示唆された. においタイプについては, チーズのにおいを想起させるn-butyric acidに対する反応が他のにおいとは大きく異なっており, 感度強度は強いが嗜好性は低いことが確認された(Fig. 3).

識別力については, 6つのにおい全てが対象物と一致したパネル数は全体の56.0%であった. 識別力に欠けることを示唆する正解数が少ないパネルは20才前半までと60歳以降に多いことが確認できた. これを年齢とにおいタイプの交互作用グラフで確認すると, 小児から成人に向かっての識別率の向上, 逆に成人では60代後半から識別率の低下が確認された. また, 識別率が低い層ほど, 標準誤差も大きくもパネルの個体差が識別力に関わっていることが示唆された(Fig. 4). 性別で比較すると, 女性は男性に比べどのにおいのタイプにおいても正解率は高く, 物質との対応付けにおいては女性優位の傾向にあることが認められた.

次に食品の好き嫌いとにおいの感受性について検討を行った. パネルから挙げられた好きな食品(最高3食品まで)及び嫌いな食品(最高3食品まで)を, 各フレーバータイプ毎に大きく分類した. 分類したフレーバータイプはフルーツ(柑橘類, 果物類, トロピカルフルーツなど), 発酵食品(納豆, チーズ等), 卵, 魚介類, 肉類, スパイス・ハーブ類, 甘い菓子(小豆系, ミルク系, チョコレート), きのこ類, 野菜類等となった.

このうち, 最も基本的な食嗜好の構造に関与すると考えられる肉, 魚, 菓子, 果物, 野菜について, 好きな食品の場合には1, 嫌いな食品の場合には-1の得点を与え, その他該当しない箇所には便宜上0を与え, 好き嫌いに基づく数量化データを作成した. このデータを基にパネルを分類する目的で階層的クラスタ分析を行った. また, このとき食品群についても分類することとした. グループ間平均連結法によりクラスター化し, 平方ユークリッド距離により間隔をとることとした.

クラスター分析の結果, パネルは7つのタイプに大別された. 分類された各パネル群の特徴を示す(Table 3). また, このときの食品群のクラスタでは, パネルの肉類と菓子類に対する好みが近似している一方で, 野菜類の好みについては他の食品群の嗜好とは大きく離れて独立していることが示唆された(Fig. 5).

6種類のにおいに対する7タイプのパネルの反応において, 強度ではGroup.6が若干他のグループとはにおいのタイプに対する反応が異なっていたが, 大きな違いは認められなかった(Fig. 6). 嗜好についてもパネルのグループによる顕著な違いは認められないものの, Group.6が他のグループよりもほとんどのにおいについてやや嗜好得点が低いことが伺えた(Fig. 7). 識別力は対象物とのマッチングによる正解率で示すが, ここで, Group6が他のグループに比較し, ほほ全てのにおいに対して正解率が低いことが確認された(Fig. 8).

Table 1

Six types of odor samples

Fig. 2

Preparation of the odor sticker sheet used as the test sample.

Odor substances were diluted with MCT (middle chain triglyceride) in appropriate concentrations. The aromatic inks were prepared by adding vaseline and liquid paraffin to adjust the viscosity as same as generally used for printing ink. Then they were poured using a heat-sealer.

Table 2

The result of ANOVA showing the effects of odor type, age and gender on perceived odor intensity

Fig. 3

Relationship between odor type and sensitivity.

Left figure shows the response of panel to the intensity of each odor. Intensity was scored using a five-point scale from 1: do not feel to 5: feel very strong. Right figure shows the response to odor preference. Preference was scored using a five-point scale from 1: dislike very much to 5: like very much. The mean scores are shown in each group.

Fig. 4

Relationship between the rate of correct answer in discrimination test and age.

Table 3

The result of ANOVA showing the effects of odor type, age and gender on odor preference

Fig. 5

Dendrogram showing average linkage obtained by hierarchical cluster analysis.

Five categories of foods were clustered by means of food preference of panelists.

Fig. 6

Relationship between odor intensity and food preference.

Groups 1-7 were classified by cluster analysis of the food preference (See Table 3). Intensity was scored using a five-point scale from 1: do not feel to 5: feel very strongly. The value represents the mean score of each group.

Fig. 7

Relationship between odor preference and food preference.

Groups 1-7 were classified by cluster analysis of food preference (See Table 3). Preference was scored using a five point-scale from 1: dislike very much to 5: like very much. The value represents the mean score of each group.

Fig. 8

Relationship between odor discrimination and food preference.

Groups 1-7 were classified by cluster analysis of food preference (See Table 3). The discrimination is expressed by the rate of correct answer in corresponding each odor sample to the genuine material.

4.考察

6種のにおいに関する感受性について, 感度, 嗜好ともに年齢が要因として挙げられた. 特に, 年齢要因では小児から成人に向かって識別率の向上が認められ, 経験や学習効果も影響することを示唆していると考える. 一方, 60代以降の識別率については低下する傾向にあった. パネルの構成から, 60代以降のパネル数が少ないことから明確には言えないが, 加齢に伴う嗅覚減退及び認知能力の低下からにおいの識別・同定に影響し, 健常人においても60代以降, においの感度は低下することが確認されている(Shiffman and Pasternak, 1979 ; Wysocki and Pelchat, 1993;斉藤等, 1995;國枝等, 2000)ことから, 今回の識別率の低下も加齢の影響があるものと推察する.

また, 性別でみると, 6種類のにおいのタイプに対する感度は一般的に女性優位であり, 年齢を要因とする感度低下の傾向においても女性よりも男性で, より顕著であることが示唆された. この結果は基本的には我々のこれまでの数々の官能評価の結果と一致するところである. 感覚強度, 嗜好に性差が大きな要因になることはないことに対し, 実際の対象物との一致性, すなわち識別力については女性優位であることは興味深い. しかしながら, 今回の調査結果ではパネル数で男性が少ないこともあり, 今後パネルを新たに集め慎重に結論づける必要があると考える.

一方, においの感度と食品の嗜好との関連について, 今回の調査では, 食品の嗜好については, 食品数が無限に近くある状況の中, 何のインフォメーションも一切行わずに, 好きな食品と嫌いな食品を単純に3つまでに限定し挙げてもらうだけとした. この場合, パネル個人の嗜好傾向を考察するには無理があるであろう. しかしながら, 300近い食品に対する好き嫌いの調査と嗅覚テストによるにおいに対する感度と食品の嗜好との関係では, 果物, チーズ, 紅茶に対する嗜好と各々の食品と関係の強い香りの識別の関連性を示唆する(kunieda, 1994)一方で, においに対する強度や嗜好とそのにおい成分が特徴となる食品の好き嫌いとの関連性については複雑であることが示唆されている(國枝等, 2000b). そこで, 一般パネルの現実的な感覚を重視し, 年代によってフレーバータイプは同じでも食品カテゴリーが異なることも想定し, パネルの食品に対する嗜好をより強調, 単純化することで, フレーバーと食の嗜好に関する関係を大きく捉えようと試みた.

この結果, 感覚強度, 嗜好では各グループの特性からくる大きな差異は認められないが, 識別力の点で, 特に甘い菓子類だけを好むGroup6のパネルにおいて低くなることが確認されたが, このGroup6を構成するパネルは10歳代の小学校高学年から中学生が多く, 識別力の低下には偏った食生活や思春期の体調の変化の関与が予測される. また, Group6と同様に野菜嫌いが明らかなグループGroup4でも識別力はやや劣ることが確認された. 食品タイプのクラスターで肉類, 甘い菓子類, 魚類の嗜好は近似していることが示唆されたが, 肉や魚の好き嫌い, 甘いものの好き嫌いだけでは識別力の差に大きな影響は認められなかった. 野菜嫌いが明確なグループ, Group6とGroup4で識別力が劣ることは, むしろ, 野菜嫌いがフレーバーの識別力に影響している可能性が大きい. 一方で, 好き嫌いが特にないGroup2においてもにおいの識別力は特に高いわけではない. このことはフレーバーに対する感覚と食の嗜好との関係を否定するかのようにも見えるがそうではなく, むしろこのパネル群の食に対する意識の程度が関与しているのではないかと推測している. 今回のパネルの群別では, 食に対する意識, 食品への興味などについては考慮していない. 好き嫌いのないパネル群の多くが, 食に対して特別興味を示していない場合, 識別力の低下は起こりうると考える.

しかしながら, 現段階では, 食の嗜好性とにおいの識別力の因果関係について明確に結論づけるには至っていない. この関係については, さらに詳細な検討を加えていきたい.

6タイプのにおい成分と感受性の関係では, チーズを想起させるn-butyric acidの感受性が他群とは特異的な傾向を示し, これが感覚強度と嗜好の逆相関の傾向を促す結果となったが, 我々の先行事例では強度と嗜好の関係は香質によって異なり, 必ずしも逆相関でないことから恒常性はないものと考える(國枝等, 2000a, 2000b).

また, においの嗜好について, 今回用いたにおいは6つのうち5つが食品を想起させるにおいであったが, そのにおいが直接的に食品の質までを想起させ, においの嗜好に影響を及ぼしたかどうかについては, 提示したサンプルが同じタイプの変調品の比較ではなかったこと, 選定には予備テストを含む先行の調査結果をふまえたこと, においに関する調査がにおいの強度, 嗜好, 識別(食品などとのマッチング)の順で行われたことなどから, パネルが食品の質までを考慮に入れてにおいの嗜好度を決定したとは考えにくく, そのもののにおいの嗜好として位置づけているが, 必ずしも保証できるものではない. 今後, 確認すべきものと考える.

最後に, 今回, 幅広い年齢層に対する同一調査を試みたが, においをシールで提示し, これを剥がしてにおいを確認する作業と表情や対応する食品の絵を挿入した調査用紙に対し, いずれの年代のパネルも興味を持って評価に臨んでくれた. 特ににおいのシールは加工後のにおいの変質も少なく, マイクロカプセルなどの形態化と異なり, 香料物質の特性をほとんど問わないことから, におい評価の簡便性という点で利用価値があるものと考えられる.

Table 4

Profiles of panel groups classified by hierarchical cluster analysis.

The food preference of each group is shown by favorite foods or not favorite foods.

謝辞

この調査を実施するにあたり, 多大なご協力をいただいた広島健康科学館 辰巳元課長並びに職員の方々に深くお礼申し上げます.

引用文献
 
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