スポーツ社会学研究
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学力向上政策とスポーツ課外活動
テキサス州における No-pass, No-play の事例
白石 義郎
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1993 年 1 巻 p. 77-87

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抄録

本論文の目的は、スポーツ課外活動をめぐる「教育言説」の社会的機能とダイナミズムを、それを引き起こす社会構造に関連づけて事例分析することである。
正規カリキュラム (official curriculm) とスポーツ課外活動 (sports extra-curriculm) の間には常に微妙な緊張関係がある。この緊張関係の一つの結節点が生徒の学力問題である。「スポーツ課外活動への熱中は生徒の学力を低下させる」という言説は必ずしも事実ではない。しかし、学力問題が社会問題として提起されたとき、この言説が正規カリキュラムとスポーツ課外活動の微妙な緊張関係を一挙に顕在化させる。
(1) No-pass, No-play とは、生徒が定期試験を不合格の時は課外活動への参加を禁止するという規定のことである。テキサス州政府は「正規カリキュラムとスポーツ課外活動のどちらが優先するのか」という言説で問題の定式化をはかった。他方、No-pass, No-play に反対するコーチたちは、「スポーツは教育的である (“Athletics are educational”doctorin)」という言説で対抗した。結果は州政府の言説の圧勝であった。州政府の言説が勝利した理由は、教育水準低下への全米規模の危機感であった。この世論の動向こそ、スポーツ課外活動関係者の既得権を覆す力であった。
(2) ハイスクールのスポーツ課外活動には非教育的言説とそれを産み出す社会構造が存在していた。「スポーツ課外活動 -とりわけ対外試合- はビジネスだ。」という言説であり、ハイスクールを存立させているコミュニティの経済構造にその基盤があった。スポーツ課外活動にとって、この言説は「もろはの刃」である。この言説はその非教育性のゆえに攻撃され、コーチたちの教育言説の説得力を弱あた。しかし、他方、この非教育的言説こそがハイスクールのスポーツ課外活動に興隆をもたらす。すなわち、この非教育的なスポーツ言説の背後にある経済構造がスポーツ課外活動の最も強力な推進要因であり、多くのコーチのキャリアは学校教育の世界ではなく、このスポーツ・ビジネスの世界に開かれているのである。
(3) No-pass, No-play は伝統的な小規模校の白人系の生徒よりも、大都市部の大規模校のマイノリティの生徒に不利に作用した。後者は社会的にも教育的にも劣悪な環境条件にあることが原因である。スポーツ課外活動の教育言説には、生徒の学校への帰属意識を高めドロップァウトを減少させるという言説も含まれている。新保守主義の運動であった No-pass, No-play においては学力向上が全面に押し出され、この言説は第二義的とされた。しかし、都会の学校にとってスポーツ課外活動と学校への帰属意識との関連が最もホットな問題であり、スポーツ課外活動と学校教育との関連についての言説の争いの焦点であり、両者の新たなダイナミックスの震源地である。

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