日本血栓止血学会誌
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特集:血栓性微小血管症(TMA)の臨床
aHUSの病態と臨床
加藤 規利立枩 良崇丸山 彰一
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2020 年 31 巻 1 号 p. 45-54

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Abstract

非典型溶血性尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome: aHUS)は,主に補体第2経路の異常活性化によって発症する血栓性微小血管障害症(thrombotic microangiopathy: TMA)である.補体関連遺伝子の変異,補体制御因子に対する自己抗体が発症に関わっているが,既知の遺伝子異常が認められないケースも少なからず存在する.全身性の予後不良性疾患として知られるが,抗C5モノクローナル抗体(エクリズマブ)の登場により予後改善が期待される.昨今,徐々にaHUSを取り巻く知見が蓄積してきているものの,未だその定義や分類,早期診断につながる適切なバイオマーカー,遺伝子背景の意義や治療方法の選択,および治療の中止基準など明確でない点も多い.今後さらなる疫学的な調査や詳細な遺伝背景の解析により,上記問題点の解明が期待される.

1.TMAの分類とaHUSの定義

血栓性微小血管障害症(thrombotic microangiopathy: TMA)は,微小血管内での血栓形成と血管内皮細胞障害を主病態とする病理学的な診断名であり,この病態を引き起こす原因として多くの疾患が含まれる.TMAの分類には時代による変遷および,国際的な差異が存在するのが実情である.

TMAを引き起こす代表的な疾患として,溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は,後天性溶血性貧血,急性腎障害,血小板減少を3徴とされる疾患群である.乳児から小児に好発し,下痢などの消化器症状を伴い,志賀毒素産生性病原性大腸菌(Shiga toxin-producing Escherichia coli: STEC)感染が病態を形成するSTEC-HUSを従来の「典型的な」HUSと捉えるのに対し,小児にとらわれず幅広い年齢層に発症し,また臨床的に下痢を伴わない「非典型的」なHUSも存在することが知られており,D(diarrhea)(–)HUSとして病因論とは別の次元で呼称されていた時代があった.ただし消化器症状の有無だけでは,両者を完全に区別できない事,また家族性にHUSを発症する症例も報告されるようになり,それらは非典型溶血性尿毒症症候群(atypical HUS: aHUS)と分類されるようになるにつれ,徐々にD(+)-HUSおよびD(–)-HUSの呼称は使用されなくなった.一方でaHUSの原因として,補体関連の遺伝子異常が次々に報告されるようになり,aHUSには補体関連因子の機能的な異常が関与していることが示唆されるようになった.

こうした背景のもと,2013年に日本小児科学会と日本腎臓学会から合同で「非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診断基準」が発表され,TMAをSTEC-HUSと,von Willebrand因子(vWF)の特異的切断酵素であるADAMTS13(a disinetegrin-like and metalloproteinase with thrombospondin type 1 motifs 13)が著減する特徴を持つ血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP),そしてその2つ以外であるaHUSと言うように3種類に分類した.この時点ではaHUSの認知度を高めることに主眼が置かれ,aHUSはSTEC-HUSとTTPを否定した除外診断となり,補体制御異常による「狭義の」aHUSを補体関連aHUS,それ以外に代謝性,感染症,薬剤性,妊娠関連,自己免疫疾患,膠原病関連,骨髄移植,臓器移植関連を含む疾患概念であった.その後補体関連のHUSに対する治療薬としてeculizumabが登場したが,この分類であると他のTMA疾患もaHUSとなってしまい,薬剤の適用をミスリードしてしまう可能性があること,また国際的な論調とも異なってきたことから,「非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診療ガイド2015」において,aHUSは先天性および後天性の補体制御異常によるaHUSのみを「aHUS」または「補体関連HUS」(complement-mediated HUS)と定義し,二次性TMAと区別されるようになった(図11

図1

aHUS疾患概念の変遷

非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診療ガイド2015より引用

一方で二次性TMAの基礎疾患には補体活性化を惹起するものも多く含まれている為,国際腎臓病ガイドラインであるKDIGO(Kidney Disease: Improving Global Outcome)においては二次性aHUSという概念を採用していたり,志賀毒素が証明され,消化器症状を伴う典型的なSTEC-HUSとしてTMAを発症するが,後に補体制御因子の遺伝子異常が明らかとなる症例の報告も存在したり,TMAおよびaHUSの分類,概念は国際的にもまだ確実には定まっていないという問題点がある24.現在本邦では,二次性aHUSというKDIGOの分類が用いられることは少なく,「非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診療ガイド2015」に沿って分類を行っている.

aHUS診療ガイド2015においては,aHUSを

(1)先天性の補体関連遺伝子としてCFH,CFI,CD46(MCP),C3,CFB,THBD,DGKEの7遺伝子異常例

(2)後天性のaHUSとして抗H因子抗体陽性例

(3)TMAを呈し,STEC-HUS,TTP,二次性TMAが否定的で,上記既知の遺伝子異常は認められないが臨床的にaHUSが疑われる例

としている.

2.補体活性化経路とaHUSにおける制御異常

補体の役割には侵入した微生物もしくは異物に対するオプソニン化や,活性化の過程で切り取られる小分子がアナフィラトキシンとして働き,白血球を局所へ動員させる作用に加え,補体活性化カスケードの最終産物としての膜障害性複合体(membrane attack complex: MAC)形成による細胞や微生物の破壊が挙げられる.これらの補体の働きは,古典経路,レクチン経路,第2経路といった3つの経路によって発動される.古典経路は抗体が抗原を認識し構造変化をきたしたIgGやIgMのFcを認識することで,またレクチン経路は病原体上のマンノースを認識することでカスケードが始まるのに対し,aHUSにおいて重要な第2経路は病原体の認識機構を持たず,常時C3が低いレベルで加水分解による活性化をきたしているという特徴がある(図2).あたかも常にアイドリング状態な経路であり,適切なブレーキ(補体制御因子)が存在することが前提の活性化反応と言える.加水分解されたC3はComplement factor B(CFB)と結合しC3転換酵素を形成し,C3を切断しC3aとC3bに分解する.図に示すようにC3bは3つの経路の中心をなしており,C3bが微生物の細胞膜上に結合すると再度CFBと反応し,C3転換酵素(C3bBb)を形成し,さらなるC3の分解を経てC5変換酵素となり,MAC(C5b-9)形成へ進む.C3転換酵素はC3から更にC3bを生成するため,第2経路は古典経路,レクチン経路を含めた増幅機構と考えることも出来る.

図2

aHUSに関わる補体経路

前述の通り第2経路には病原体の認識機構がないため,このままでは細胞膜上や,液相中で補体活性が高まり,病原体のみならず宿主組織への損傷につながってしまう.そこで補体活性は各段階で綿密な制御を受けている.細胞膜上で主に機能する分子としては,membrane cofactor protein (MCP)/CD46を代表とする複数の補体制御因子が存在するが,外部から侵入した微生物にはこの制御因子が存在せず,また種によっても膜上補体制御因子の特異性があるため,異物排除の選択に役立っている.Complement factor H(CFH)は液相中でC3b分解酵素であるComplement factor I(CFI)のco-factorとして働くと同時に,細胞膜上でもC3bの不活化を担っているとされる(図2).

aHUSは補体活性化因子の機能獲得変異もしくは補体制御因子の機能喪失変異により補体系が異常活性化状態となって発症する.補体活性化因子の機能獲得変異の例としては,CFB変異,C3変異が挙げられ,補体制御因子の機能喪失変異の例としては,CFH変異,CFI変異,MCP変異,トロンボモジュリン(THBD)変異,または後天的なCFHに対する抗体(抗CFH抗体)出現によるCFH機能低下が挙げられている.

また,最近ではdiacylglycerol kinase ε(DGKE),PLG(Plasminogen)などの凝固関連因子異常の関与も報告されている58.THBD変異は当初は凝固因子に関与すると考えられていたが,後にC3bの不活化能低下が判明し,補体系にも関与すると報告された9

成人でのaHUSの発症には感染症,妊娠,がん,加齢など補体経路の活性化につながる契機存在し,本邦の疫学調査でも,75%の症例で感染症を始めとする何らかの契機が確認されている10

3.補体活性化異常と腎障害

腎臓は補体異常の影響を受けやすい臓器と言われている.液性および細胞膜上の補体制御蛋白の遺伝的な機能異常は,理論的には全身の臓器に影響を及ぼすはずであるが,なぜ腎臓に障害が起きやすいかは,はっきりとわかっていない.ひとつの仮説として,腎臓の生理学的,生化学的特性に原因があるとされる.つまり腎臓は血流が豊富で様々な抗原や,産生された抗体にさらされやすい臓器と言える.また,濃縮器官であるため,補体蛋白が高濃度になりやすいといった特性を持つ.さらに低いpHや,尿細管が産生するアンモニアは,それ自体補体第二経路を活性化すると考えられている11.他にも補体制御蛋白の局在に関して,糸球体基底膜や,尿細管の管腔側には発現がないとも言われ,補体系が活性化しやすい原因の一端となっている可能性がある.ループス腎炎やIgA腎症のように補体の関与する腎疾患は数が多いが,多くの場合は免疫複合体の形成が引き金となって古典経路が活性化する疾患である.しかし本稿のaHUSおよびC3腎症は,第二経路(alternative pathway: AP)の制御異常,異常な活性化が引き金となる疾患で,補体異常が関与する(associate)というよりは,積極的に介入する(mediate)疾患である.

CFHは,CFIのco-factorとして働く液相中での第2経路の制御因子のひとつであるが,この機能の喪失は重篤な腎障害につながることがわかっている12.CFHが強く関与する第2経路の異常による腎疾患として,C3腎症が挙げられる.C3腎症は腎炎症状で発症し,病理学的に膜性増殖性糸球体腎炎を引き起こす疾患でaHUSとは区別されるが,同じ第2経路の異常によってなぜ腎疾患の表現系への違いが生じるのであろうか.分子構造的に,CFHの補体制御機能はN末端に集中している一方で,C末端はC3bへの結合及び,多糖類への結合に寄与していて,液相のみならず細胞膜上で補体系の活性化から細胞を守っている役割を持っている.aHUSにおけるCFHの遺伝子変異の多くはC末端に集中しており,また抗H因子抗体の影響もC末端の機能を抑制すると考えられている.それにより,糸球体血管内皮細胞の細胞膜上で補体第2経路の活性化を抑制出来ない事が病因に関与しているとされる.一方でC3腎症に関わる遺伝子変異,自己抗体産生異常は主にH因子のN末端に影響すると考えられており,C3の液相においての活性化が病因に関与するとされる.補体関連因子の遺伝子異常に関わる臨床研究,動物実験モデルにおいても検証が続けられており,これら補体第二経路活性化による腎疾患のさらなる病因解明が期待される13

4.疫学・予後

欧州の疫学データでは,成人における発症頻度は毎年人口1千万人にあたり2~3人とされる5.臓器症状としては腎障害が最多で約50~70%とされ,末期腎不全への進展も50%に至るとされる14.その他にも,中枢神経症状,心血管障害,消化器症状,呼吸不全と多臓器不全を呈するが,これらの臓器障害が腎障害より先行する場合があることにも留意を要する.

本邦の疫学データでは1998~2016年の間に118例がaHUSと診断されている.発症時年齢は生後3か月~84歳(中央値は6歳)で,18歳未満の割合は65%であった.予後は他国より比較的良好で,総死亡率は5.4%,腎死亡率は15%であった.エクリズマブ導入後の成績は,さらに改善する見通しである.

本邦の遺伝子解析結果からは27のバリアントが発見された.その中ではC3変異例の割合が高く(31%),欧米で多いとされるCFH遺伝子変異の割合は低かった(10%).また,欧米と比較してC3変異例および抗CFH抗体陽性例の予後が良いことが判明した10

他国との比較も含めた各遺伝子変異群の予後や特徴を列記する(表1215

表1 国別の疫学的データと遺伝子変異の頻度
本邦#1 Italy
Clin J Am Soc Nephrol. 2010 Oct; 5(10): 1844–59.
France
Clin J Am Soc Nephrol. 2013 Apr; 8(4): 554–62.
USA
Hum Mutat. 2010 Jun; 31(6): E1445–60.
aHUS患者数 146 273 214 144
罹患率(/106人口/年) 0.28 0.23≦
性別(男性比) 62.3% 40~50% 41.6%
家族歴 28% 15~30% 14%
異常因子特定率 56.8% 46~60% 60.3% 46.8%
遺伝子別症例数*(割合)
 CFH変異 10(6.6%) 20~30% 59(27.6%) 39(27.1%)
 CFI変異 0 4~10% 18(8.4%) 12(8.3%)
 MCP変異 9(6.2%) 10~15% 20(9.3%) 7(4.9%)
 C3変異 37(25.3%)* 5~10% 18(8.4%) 3(2.1%)
 C3 I1157T 23(15.7%)
 CFB変異 0(0.0%) 1~2% 4(1.9%) 6(4.2%)
 THBD変異 1(0.7%) 3~5% 0 4(2.8%)
 DGKE変異 2(1.4%)
 抗H因子抗体陽性 20(13.7%)* 3~7% 14(6.5%) 6(4.2%)
 複数変異(同遺伝子内の変異含む) 13(8.9%)* 3% 9(4.2%)

*重複含む

#1厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 血液凝固異常症等に関する研究より

 

表2 各遺伝子変異の特徴
異常因子 変異の影響 血漿治療に対する
反応性
長期予後 腎移植後
再発率
補体制御
因子
CFH ・細胞表面C3bやグリコサミノグリカンへのCFH結合障害 寛解率:
60%
死亡またはESRD:
70~80%
80~90%
・co-factor機能異常
CFH/CFHR hybrid ・細胞表面C3bやグリコサミノグリカンへのCFH結合障害 ESRD:
30~40%
20%
・CFHとの競合的相互作用
CFI ・co-factor機能異常 寛解率:
30~40%
死亡またはESRD:
60~70%
70~80%
・タンパク質分解活性の低下
MCP ・MCP発現減少 一般的に軽症 死亡またはESRD:
20%以下
15~20%
・C3bの結合低下やco-factor活性低下
anti CFH antibody ・CFH機能障害 寛解率:
70%
ESRD:
30~40%
20%
補体活性化
因子
C3 ・CFIを介するC3b不活化を抑制 寛解率:
40~50%(94%)
死亡またはESRD:
60%
40~50%
・C3 convertase活性化
CFB ・CFHによるC3転換酵素崩壊に対する耐性 寛解率:
30%
死亡またはESRD:
70%
再発報告有り
・C3 convertase活性化
凝固関連
因子
THBD ・co-factor活性の阻害 寛解率:
60%
死亡またはESRD:
60%
再発報告有り
・TAFI活性化減弱
DGKE ・血栓形成因子と血小板活性化のアップレギュレーション 不明 20歳までにESRD 再発率低い
PLG ・線溶活性減弱 不明 不明 不明
その他 INF2 ・不明 不明 不明 不明

PLG:Plasminogen,INF2:inverted formin 2,TAFI:thrombin-activatable fibrinolysis inhibitor

J Atheroscler Thromb 2019; 26; 99–110,NEJM 2009; 361: 1676–1687を引用,改変

5.診断

急性期においては,TMAの中からSTEC-HUSとTTPに加えて二次性TMAを除外し,経過・既往歴・家族歴などから総合的に臨床診断を行う.過去に患者本人や親族が原因不明のTMAと診断されたことがあるような症例においてはaHUSを強く疑う必要がある(図316

図3

TMAの鑑別診断

Laurence J, et al: Atypical hemolytic syndrome (aHUS): essential aspects of an accurate diagnosis. Clin Adv Hematol Oncol 14 : 2–15, 2016より引用,改変

具体的には,TMAの徴候(微小血管症性溶血性貧血,消費性血小板減少,微小血管内血小板血栓による臓器機能障害)を確認したら,STEC-HUSの鑑別のために食事歴の聴取,便培養検査,便中志賀毒素直接検出法,抗LPS-IgM抗体を提出し,TTPの鑑別のためにADAMTS13活性,ADAMTS13抗体(インヒビター)を測定する.詳細な身体診察や病歴聴取などから2次性TMAの原因がありそうであれば,その原疾患の治療を優先する.

一般診療の中で可能な補体検査に関して,C3低値,C4正常値は補体第2経路の活性化を示唆する.aHUSにおいてC3の低値は,特にCFHの遺伝子異常が存在する際に低下する傾向が強いとされる.ただし,aHUS全体としては35~50%程度でしかC3低値が認められないため,低下が認められた際は診断の一助になるが,認められなくとも除外には繋がらない3

aHUS診療ガイド2015においては,臨床的診断基準として以下の3項目を挙げている.(1)微小血管症性溶血性貧血;ヘモグロビン10 g/dL未満,(2)血小板減少;血小板15万/μL未満,(3)急性腎障害 小児例では年齢・性別による血清クレアチニン基準値の1.5倍以上(血清クレアチニンは,日本小児腎臓病学会の基準値を用いる).成人例ではAKIの診断基準を用いる.

確定診断法としては遺伝学的検査及び抗CFH抗体の検出となる.遺伝的検索に関しどこまでが原因遺伝子と考え調べるかは一概には言えないが,一般的には既知の遺伝子として知られているC3,B因子,H因子,I因子,CD46,THBD,DGKE,CFHR5の遺伝子検索を行っている事が多い.また,これらの遺伝子異常の見つからない症例も30%程度存在するのが実情である.一般診療では即座に遺伝子的検索までは実施できないことが多く,aHUSが疑わしい場合には確定診断を待たずに血漿交換療法やエクリズマブによる治療開始を考慮する事になる.

また補助診断として,ヒツジ赤血球を用いた溶血試験が有用な場合がある.Yoshidaらは,非感作ヒツジ赤血球と患者血漿を混合させることでヒツジ赤血球の溶血の有無を判定し報告した17.通常ヒツジ赤血球とヒト補体を反応させても,ヒツジ赤血球上に結合したC3bはCFB等の結合によってC3bBb(C3転換酵素)を形成し反応が進む前に,主にCFHがC末端領域を介してヒツジ赤血球膜上へ結合し,さらなる補体系の活性化を抑制することで溶血反応は起きない.ところがCFHのC末端領域の変異,もしくは抗CFH抗体の存在下ではこの阻害反応が充分に見られず,赤血球の溶血が起こるとされ,CFH遺伝子異常,抗CFH抗体陽性例の検出にたける.現状ではaHUSの補助的な診断という立ち位置であるが,遺伝子変異の検索に比して早期に結果が得られるという点でメリットが有る.

6.治療

正常補体調節因子の補充,機能異常を呈する補体調節因子の除去,抗CFH抗体などの自己抗体除去を目的とし,血漿交換療法あるいは血漿輸注が唯一の治療法として実施されてきた18.急性期には一定の効果が示されていたが,特に小児においてバスキュラーアクセスの管理の困難さや,血漿製剤によるアレルギーなどが憂慮され,長期間の治療は困難であった.また,表2に示した通り治療反応性は変異群毎に様々であり,効果は限定的と言わざるを得なかった.

2013年9月に補体C5に対するヒトモノクローナル抗体であるエクリズマブが本邦でも保険適用となった.エクリズマブはC5に結合してその分解を抑制し,C5a・C5b-9の過剰産生を抑制することで効果を示す補体標的薬である.使用後1~2週間程度で血小板数の回復やLDHの低下といった溶血性貧血の改善が認められ,aHUSの治療方針は大きく転換し,治療成績も改善してきたと言える.Fakhouriらは,フランス国内で比較的小規模かつレトロスペクティブな評価を行い,補体制御因子の遺伝子変異によってエクリズマブ中止後の再発リスクを評価した.CFH変異(72%),及びMCP変異(50%)においてエクリズマブ中止後に再発率が高かったが,速やかに治療を再開することで,腎機能への影響はなかったとされる.また,一度再発を経験した症例は,中止によって再度再発する率も高いとされた.得られた知見より,エクリズマブ治療の中止に関わる提言を行っているが,まだ遺伝子変異の種類によっては症例数が少なく,遺伝的背景も偏っている事から,著者自身も限定的な提言と記載しているように,今のところエクリズマブの使用継続・中止に関するコンセンサスは存在しない(図419.治療を中断する際には,再発した際に早期発見する為に厳重な外来でのフォローと,患者自身においても自宅での定期的な試験紙による尿検査が行われるべきであろう.本邦でのエクリズマブ中断13症例のうち12例は,中央値1年間の再発がなく経過し,1年以内に再発した一例は,C3 p.I1157T変異であった10.この点でも欧米との差異が生じており,今後の知見の集積が待たれる.なお,抗H因子抗体陽性のaHUSにおいては,血漿交換療法に免疫抑制治療を併用する治療の有効性も提唱されている20

図4

aHUSにおけるエクリズマブ中止に関する提言(フランスaHUSワーキンググループ)

〈注意〉本提言は,単一の国における後方視的な小規模データをもとになされており,制約がある.日本人のデータは含まれていない.エクリズマブの中止に関して,未だ統一した見解は存在しない.

Fakhouri F, et al, Pathogenic Variants in Complement Genes and Risk of Atypical Hemolytic Uremic Syndrome Relapse after Eculizumab Discontinuation. Clin J Am Soc Nephrol. 2017 Jan 6; 12(1): 50–59.より引用,改変

先述の通りaHUSの急性期における診断は,臨床診断に頼る部分が大きいため,二次性TMAと考えられていた症例の中に,遺伝子検査の結果が出てaHUSと診断されることも少なくない(表3).血漿交換やエクリズマブによる治療反応性や,遺伝子検査の結果を確認し,症例が果たしてaHUSであったのか,その他の二次性TMAであったのか省察することが肝要である.また,その判断によって治療方針の変更も含めた再検討も必要となる(図5).

表3 二次性TMAの原因
a)妊娠関連TMA
HELLP症候群
子癇
先天性or後天性TTP・aHUSの妊娠契機とした発症
b)薬剤関連TMA
抗血小板剤(チクロピジン,クロピドグレルなど)
カルシニューリンインヒビター
mTOR阻害剤
抗悪性腫瘍剤(マイトマイシン,ゲムシタビンなど)
経口避妊薬
キニン
c)移植後TMA
固形臓器移植
同種骨髄幹細胞移植
d)その他
コバラミン代謝異常症
手術・外傷
感染症(肺炎球菌,百日咳,インフルエンザ,HIV,
水痘など)
肺高血圧症
悪性高血圧
進行がん
播種性血管内凝固症候群
自己免疫疾患(SLE,抗リン脂質抗体症候群,強皮症,
血管炎など)

芦田明・玉井宏 日本アフェレシス学会雑誌 34(1): 40–47, 2015より引用,改変

図5

aHUS治療の流れ

非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診療ガイド2015より引用,改変

エクリズマブ使用に際し,最も重篤な副作用としては髄膜炎菌感染が挙げられる.莢膜多糖体を形成する細菌の殺菌には補体活性化が重要とされており,補体制御能を有するエクリズマブ使用による髄膜炎菌感染症の発症が報告されている21.そのため,緊急投与時を除きエクリズマブ投与開始2週間前までに髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨される.予防接種には現在日本で使用可能である,4価髄膜炎菌ワクチン(メナクトラ®)を用いるケースが多いが,血清型Bに起因する侵襲性髄膜炎菌感染症を予防することは出来ないことを付記しておく.髄膜炎菌感染症においては,初期症状として発熱,頭痛,吐き気,筋肉痛など通常の感冒と区別のつかないケースがあり,発症後短時間に脳炎や敗血症の症状が悪化し死亡に至った症例の報告があり,疑わしい症状が認められた場合はすぐに医療機関に受診するよう,日頃から患者教育を行っておくことが肝要である.もし,エクリズマブ投与中に髄膜炎菌感染症の疑わしい症状が見られた場合は,直ちに細菌性髄膜炎診療ガイドラインに従い,第三世代セファロスポリン系抗生物質療法を行う.また緊急的にエクリズマブ投与がなされる場合,易感染性が示唆されるなど感染が危ぶまれるケースでは,抗生物質の予防投与も考慮が必要となる.小児にエクリズマブ投与を行う場合においては,髄膜炎菌ワクチンに加えて肺炎球菌,インフルエンザ桿菌に対するワクチン接種状況を確認する必要もある.

7.おわりに

本稿では,補体関連腎疾患の中のaHUSについて概説した.

その病態は解明されつつあるが,すべての原因遺伝子は判明していない.また,遺伝子異常と予後の関係も人種によって異なることが示唆されており,本邦独自のデータ蓄積が今後も必要である.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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