日本血栓止血学会誌
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特集:多機能な線維素溶解(線溶)系
脳神経系におけるプラスミノゲンアクチベータ-プラスミン系の役割:神経生理から病態へ
河下 映里
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2020 年 31 巻 4 号 p. 381-387

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Abstract

線溶系の中心的役割を担うプラスミンは,フィブリンや細胞外マトリックス,神経栄養因子などの細胞外タンパク質を分解することで,血液中での血栓溶解のみならず,脳神経機能においても重要な役割を担っている.プラスミノゲンアクチベータ-プラスミン(plasminogen activator-plasmin: PA-Plm)系は,神経可塑性や記憶,神経細胞の生存に対して促進作用と抑制作用を併せ持つことから,正常な神経機能の発揮にはプラスミノゲンアクチベータインヒビターやα2-アンチプラスミンなどによるPA-Plm系バランスの維持が重要である.また,アルツハイマー型認知症では,PA-Plm系の抑制によるアミロイドβタンパク質のクリアランスの破綻やフィブリノゲン/フィブリンの沈着がその発症や病態進展の要因として明らかにされている.本稿では,線溶系因子の脳における役割や認知症を含む精神疾患に対する治療標的としての可能性について概説する.

1.はじめに

プラスミノゲンアクチベータ-プラスミン(plasminogen activator-plasmin: PA-Plm)系は,組織型PA(tissue PA: tPA)およびウロキナーゼ型PA(urokinase PA: uPA)によりプラスミノゲン(plasminogen: Plg)が限定分解されPlmが生成される反応である.一方,PAインヒビター(PA inhibitor: PAI-1)およびα2-アンチプラスミン(α2-antiplasmin: α2AP)は,それぞれPAまたはPlmと1:1で複合体を形成することで各プロテアーゼの活性を阻害し,PA-Plm系の作用を抑制する.

1950年に初めてヒトの脳で線溶活性が報告されて以来,マウスの海馬や大脳皮質,小脳においてPA,Plg,PAI-1およびα2APの発現が確認され13,さらに遺伝子欠損マウスを用いた研究により,脳神経系における線溶系因子の役割が明らかになった.tPAはPlm生成を介さず,N-methyl-D-aspartate型グルタミン酸受容体やplatelet-derived growth factor-CCなどに直接作用し,脳神経機能に関与することが明らかになっているが,この詳細は他の総説を参考にされたい4.本稿では,PA-Plm系の脳神経機能,脳老化,およびアルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease: AD)における役割について概説する.

2.PA-Plm系と脳神経機能

1)Plmによる脳神経機能の調節

PA-Plm系はその活性化程度により脳神経機能に対して保護的にも障害的にも作用するといえる.Plmは神経細胞の足場となるラミニンや,ペリニューロナルネットの構成成分であるニューロカンなどの細胞外マトリックスを基質として分解するが5, 6,この細胞外マトリックスの分解によって神経突起の形成や樹状突起スパインの運動性が促進されることから7, 8,Plmが神経の可塑性を亢進することが示唆される(図1).また,Plmは神経細胞の分化促進および生存に関わる脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF)や神経成長因子(nerve growth factor: NGF)の前駆体を切断し活性化型に変換することが示されており9, 10,さらに,PlmによるBDNFの成熟化が後期長期増強(late phase long-term potentiation: L-LTP),すなわち神経細胞間シグナル伝達の持続的な向上に不可欠な因子であることが明らかにされている10図1).これらの知見から,Plmが神経の可塑性を亢進し,長期記憶の成立に関与することや,神経機能を保護することが示唆される.

図1

神経可塑性と細胞生存におけるプラスミンの役割

① 神経細胞のシナプス後膜において,ラミニンがインテグリンに結合すると,スパインや樹状突起の形態が安定化され,また,神経細胞の生存が維持される.② プラスミンはラミニンを分解するため,インテグリンシグナルが抑制され,スパインの運動性の亢進と樹状突起の形態変化が引き起こされる.③ プラスミンは,BDNFおよびNGFの前駆体を限定分解し,成熟体へと変換する.成熟型のBDNFおよびNGFがそれぞれの受容体であるTrkBまたはTrkAに作用すると,神経細胞の生存が維持され,神経突起成長や神経可塑性が亢進される.

一方,Plmの作用により,LTPが障害されることや,神経変性および神経細胞死が誘発されること,海馬の苔状線維の軸索ガイダンスが破綻することが報告されており,このメカニズムとしてはPlmによるラミニンの分解や単球遊走因子であるmonocyte chemotactic protein-1の活性化が示唆されている1114.これらのPlmによる神経毒性作用は,tPAやPlmの発現が誘導される神経興奮毒性モデルや15,培養細胞に対するPlmの添加実験系で示されていることから,Plmの過剰な細胞外タンパク質分解作用によるものと考えられる.また,脳内での過剰なtPA-Plm系の活性化は小脳のプルキンエ細胞の樹状突起形成やシナプス形成を抑制することが明らかにされている16.tPAあるいはPlm欠損マウスが拘束ストレス誘発性の記憶学習能力低下に対して耐性を示すことや17,拘束ストレスにより少なくとも扁桃体におけるtPA活性が増加することから18,ストレスによるtPA-Plm系の亢進が記憶学習過程でのシナプス活動を障害すると考えられる.また,扁桃体基底外側部でのPlm活性の阻害により社会的敗北ストレスによる社会的回避が減少することから19,Plmは抑うつ関連行動を誘発する神経回路の形成あるいは再編成にも関与していると推測される.

2)PA-Plm系の抑制因子による脳神経機能調節

前述のように,PA-Plm系が脳神経機能に対して相反する作用を有することから,PA-Plm系の作用を抑制するPAI-1やα2APが両作用のバランスを保つ重要な因子であると考えられる.以前に我々は,海馬神経細胞における樹状突起の発達がα2APの欠損によって抑制されることを見出した20.Plmが過剰に作用するとプルキンエ細胞の樹状突起形成が抑制されることからも16,α2APがPlmを介する樹状突起形成の決定的調節因子であることが示唆される.我々はまた,野生型マウスに比しα2AP欠損マウスの空間記憶や恐怖条件付け記憶などの記憶学習能力が低いことを明らかにしたが21,α2APによるPlm作用の調節が破綻すると,神経発生や脳発達期における神経回路網形成の障害を招くことが推察される.Plmは,発達期の脳で高発現しているニューロカン以外にも,神経発生における細胞移動や神経突起の伸長に不可欠な細胞接着分子であるneural cell adhesion moleculeや,神経軸索形成を調節する受容体型タンパク質チロシンホスファターゼZも分解基質とするが22, 23,これらの分子の過剰な分解がα2AP欠損マウスにおける脳機能障害に関与しているかもしれない.一方,最近の我々の研究で,中和抗体による脳内α2AP機能の阻害によって記憶保持力が向上し,過剰のα2APを投与した場合では記憶保持力が低下することが示唆されているが,記憶の形成過程においてはPlmの一過的な活性上昇が必須であり,α2APはそれを調節していると考えられる.さらに,我々はα2AP欠損マウスが強い不安様行動や新奇性恐怖様行動を示すことも見出した21.tPA阻害因子であるニューロセルピン(neuroserpin: NS)の遺伝子欠損マウスでは新奇環境での自発行動量の低下や不安様行動の亢進がみられるが,NS過剰発現マウスにおいてもNS欠損マウスと同様の新奇性恐怖様行動および強い不安様行動がみられることからも24,PA-Plm系の調節破綻は情動機能障害の要因となる可能性がある.

3.脳老化と線溶系

近年,老化に伴う脳神経機能の低下への線溶系因子の関与が推察されている.老齢マウスの脳では,若齢マウスと比較して活性化型tPAの発現は低く,PAI-1やNSの発現が高いことから,PA-Plm系の抑制と脳老化との関連性が推測される25, 26.しかしながら,正常老化による脳神経機能の低下における線溶系因子の役割についてはほとんど明らかでない.最近の我々の研究において,脳内α2AP量が加齢に伴い増加すること,そしてα2APが脳での加齢による酸化ストレスを亢進することを示唆する結果を得ている.加齢に伴う酸化ストレスや神経炎症に起因して,シナプス可塑性や神経新生,記憶学習能力が低下することから,α2APが脳老化において重要な役割を担っていると考え,さらに研究を進めている.

4.ADと線溶系

1)AD病態におけるPA-Plm系の役割

本邦の認知症患者の6割以上を占めるADは,脳組織でのアミロイドβタンパク質(Aβ)の蓄積および沈着が引き金となり,脳炎症や神経原線維変化,神経脱落を招く進行性の神経変性疾患である.AD患者あるいは変異型アミロイド前駆体タンパク質過剰発現マウス(ADマウスと称する)の脳では,正常対照群と比較してPAおよびPlmの活性が低く,PA-Plm系作用の抑制因子であるPAI-1やNSの発現が高いことから2528,AD脳での線溶抑制状態が病態発現に関連することが示唆されている.これまでに,PA-Plm系がADでの脳内Aβクリアランス,神経機能の維持および神経変性や神経細胞死に関与することが明らかにされているので紹介する(図2).

図2

AD病態におけるPAI-1,プラスミンおよびフィブリノゲンの役割

ADの脳では,PAI-1発現の増加に伴いプラスミン活性が低下しており,これによりAβクリアランスおよび神経栄養因子の活性化が抑制され,神経可塑性の低下,神経変性および神経細胞死が誘発される.また,AD脳でのフィブリノゲン/フィブリンの蓄積によりミクログリアが活性化され,シナプス可塑性が低下する.

試験管内反応系で,PlmはモノマーおよびオリゴマーAβペプチドを分解するのみならずAβの凝集を防ぐことが示され29,さらにAβペプチドの脳内注入モデルやADマウスにおいて,tPAおよびPlmが脳でのAβプラーク形成を抑制することが示唆されている28, 30, 31.Plmが人工的に形成された凝集タンパク質を細胞外シャペロンと相乗的に除去することから32,Plmは直接的および間接的に脳内Aβ凝集塊を除去していると推測される.さらに,ADマウスでのPAI-1およびNS量を減少させることにより,tPA-Plm系の活性化およびAβプラーク量の減少がみられることから25, 30,ADでのPAI-1およびNS発現の増加が脳内Aβ量の蓄積および沈着を惹起することが示唆される.

BDNFがAβの細胞毒性から神経細胞を保護することや,BDNFシグナルの活性化によってADマウスでの記憶障害が改善することが報告されている33, 34.ADマウスに対するPAI-1阻害剤の投与により,前駆体型BDNFから成熟型BDNFへの変換が促進され,記憶学習障害が改善することから35,ADではPAI-1発現の増加に伴うPA-Plm系の抑制によって,BDNFの神経保護作用が減弱していると推察される.またAD患者脳では,神経細胞死を誘発する前駆体型NGFの発現が高いことから36,ADでのPA-Plm系の抑制により,成熟型NGFの生成抑制とその細胞保護作用の減弱に加えて,前駆体型NGFによる神経細胞死が誘発されている可能性がある.

PlmがAD病態を軽減することが実証される一方で,血漿中のPlg/Plmは脳実質での単球・マクロファージ数の増加やAβプラーク形成を誘発するという報告もあり37,ADにおけるPA-Plm系の役割については,炎症誘発因子としてのPlg/Plmの作用を考慮して総合的に理解する必要がある.それでもなお,PAI-1阻害剤やPlm活性化物質のADマウスへの投与により,Aβクリアランスおよび成熟型BDNF生成が促進され,LTPおよび記憶障害が改善されることや29, 35, 38,rtPA(アルテプラーゼ)によるADマウス脳でのAβプラーク形成の軽減と記憶学習障害の改善が報告されていることから39,PA-Plm系の亢進はADの治療戦略となることが期待される.

2)AD病態とフィブリノゲン

AD患者およびADマウスの脳血管壁および血管周囲で,フィブリノゲン/フィブリン(Fbg/Fib)の蓄積および沈着が認められ40, 41,また,脳アミロイドアンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy: CAA)の誘発危険因子であるAPOEε4遺伝子をホモ接合体でもつAD患者では,より多くのFbg/Fib沈着が認められることから42,ADでのCAAとFbg/Fibとの関連性が示唆される.AD脳でFbg/Fibが蓄積および沈着する理由としては,血液脳関門機能の破綻による血液中からのFbgの流入43,Fbg-Aβ間結合によるPlm耐性Fibの形成41, 44,およびPA-Plm系の抑制によるFib分解抑制によって説明されている.

ADにおいて,Fbg/Fibが単独であるいはAβとの結合を介してCAAを引き起こすことが報告されている41, 45.また,FbgはCD11b/CD18インテグリンレセプターを介してミクログリアにおけるtumor necrosis factor-αなどの炎症性因子の産生を亢進し,神経細胞死を間接的に誘発する46.最近では,Fbgによるミクログリアの活性化が,ADでの樹状突起スパインの除去および記憶学習能力障害を招くことも明らかになった47図2).さらに,Fbgを標的とするAD治療についても検討され,ADマウスに対するFbg-Aβ間相互作用阻害剤の投与によるCAA,ミクログリオーシスおよび記憶学習障害の改善や45,Fbg-CD11b間相互作用の阻害ペプチドによるAβ蓄積の抑制と認知機能の改善48,抗Fib抗体を用いた免疫療法による脳炎症および神経変性の抑制49が報告されている.

5.おわりに

本稿では脳神経系における線溶系因子の生理的および病理的役割について概説した.PA-Plm系は,神経細胞の形態変化や移動,神経細胞死,シナプス可塑性,記憶および情動を含む脳の高次機能に関与しているが,正常な脳神経機能の発揮にはPA-Plm系と抑制系とのバランスの維持が重要である.我々はこのバランス調節因子としてα2APに着目しているが,α2APが全く機能しない場合,樹状突起の形成や脳高次機能の発達が障害される一方で,α2AP機能の一過的な抑制は記憶力を向上させる.また,加齢による脳内α2AP量の増加が脳老化を促進することから,脳内α2APの量および作用は加齢とともに揺らぎながら増加・亢進し,脳神経機能に影響を及ぼしていると考えている.PA-Plm系が時間的および空間的にどのように作用して脳の高次機能を制御するかについてはほとんど明らかではなく,今後の解明が必要である.また,AD病態がPA-Plm系の抑制に伴うAβクリアランス機構の破綻およびBDNFの神経保護効果の減弱によって惹起され,また脳でのFbg/Fibの蓄積および沈着がCAAや脳炎症を誘発することから,ADの治療戦略の確立には,血中および脳組織での凝固系と線溶系の役割に関する包括的な理解が重要である.今後,認知症のみならず,発達障害や精神障害など幅広い神経疾患におけるPA-Plm系の役割の解明が進むことで,線溶系と神経機能の新たな展開が期待される.

謝辞

本総説で紹介した著者の研究を遂行するにあたり,御支援および御協力を頂きました近畿大学医学部の松尾理名誉教授,同志社女子大学薬学部病態分子制御学研究室の菅野陽介助教,京都薬科大学病態生化学分野の秋葉聡教授および石原慶一准教授に感謝申し上げます.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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