Abstract
生体内を循環する末梢血中の血小板数は,外界からの様々なストレス・需要に応じて綿密にコントロールされていると考えられるが,造血システムという観点から考えたとき,血小板産生とその前駆細胞である巨核球分化はどのように制御されているのだろうか.従来,巨核球は,造血幹細胞(hematopoietic stem cell: HSC)から骨髄球系共通前駆細胞(common myeloid progenitor: CMP),Bipotentな巨核球/赤芽球系共通前駆細胞(megakaryocyte/erythrocyte progenitor: MEP)へ分化した後,最終的に赤血球分化能を失って産生される終末分化細胞として考えられてきた.このようなHSCを頂点とした階層(ヒエラルキー)を形成する分化モデルは概念的に理解しやすく広く受け入れられてきたが,一方で分化の階層で最上位に位置するHSCと最下層に位置するはずの巨核球の分子学的共通性が以前から指摘されてきた.近年のシングルセル解析技術の発展により,同一の表面抗原を有する集団として捉えられてきたHSC・前駆細胞を,機能的にヘテロな集団の混在として捉える事が可能となった.その結果見えてきたものは,HSCと定義していた細胞の一部は高い巨核球分化能を有しており,生体の需要に応じた巨核球産生制御はHSCとその近傍レベルで行われているという,従来型の階層型血球分化モデルでは説明できない新しい血球分化モデルである.本稿では最近のHSCレベルでの巨核球分化制御に関する報告を解説し,その結果導かれる新規巨核球分化モデルに関して議論したい.
1.造血幹細胞と巨核球の分子学的共通性(TPO/MPLシグナルを中心に)
造血幹細胞(hematopoietic stem cell: HSC)と巨核球の分子学的共通性は,以前から指摘されてきた1).HSCと巨核球に共通する代表的なサイトカインシグナルとして,トロンボポエチン(thrombopoietin: TPO)シグナルが挙げられる.当初TPOは血小板産生に必須のサイトカインとして同定されたが,後に巨核球から血小板を産生する最終過程には関与しておらず,主に巨核球分化・成熟に作用している事が明らかとなった2).その一方でTPOレセプターであるMPLの遺伝子欠損マウスの解析から,Mpl欠損HSCの造血再構築活性は著しく低下している事3, 4),マウスHSCの試験管内増幅にもTPOシグナルは必須の役割を担っている事から5),TPOはHSCの維持にも重要であり,巨核球造血とHSC維持という異なる2つの作用点を持つことが明らかとなった.また,マウスの実験結果のみではなく,再生不良性貧血患者に対するTPO受容体アゴニストにより血小板造血のみでなく造血不全自体が改善しうる現象や6),逆にMPL遺伝子変異疾患であるCAMT(congenital amegakaryocytic thrombocytopenia)患者が高い頻度で骨髄不全へ進行する現象は1),TPOシグナルがヒトHSCでも重要な役割を担っている事を示唆している.
さらに近年ではTPO/MPLシグナルは細胞増殖・分化に関わるのみならず,Genetic stabilityを促進するという研究結果も報告されている7).通常,DNA損傷に対する修復機構は,娘染色体を用いた相同組み換えを利用するが,細胞分裂をあまり起こさないHSCにとって有利なDNA修復システムではない.そのためHSCではNHEJ(non homologous end joining)と呼ばれる,相同組換えを必要としないDNA修復機構が重要であると考えられているが,NHEJに必須の酵素のDNA protein KinaseはTPO/MPLシグナルにより制御されている事が明らかとなった.すなわちTPOはHSCの遺伝子安定性を維持する役割も担っており,単純な分化成熟サイトカインではなく多様な役割を担っているという事を示唆している.MPLが主にHSCと巨核球にしか発現していない事を考慮すると,TPO/MPLシグナルによる遺伝子安定性は,安定した血小板産生にも重要な役割を担っている可能性がある.他にもCXCR4/CXCL12シグナル8),Notchシグナル9),c-Kit/SCFシグナル 10),GABAシグナル11)など様々なサイトカイン・ケモカインシグナルをHSCと巨核球は共有している事が報告されている.
また,表面抗原分子に関する共通性も知られており,CD150,CD41,CD9等のマウス巨核球単離に頻用される分子は,HSCにも発現している12–14).CD41(αIIbインテグリン)は血小板・巨核球表面では血栓形成に必須の役割を担っているが,マウスHSC/多能性前駆細胞(multipotent progenitor: MPP)を有する分画であるcKit+Sca1+Lin–(LSK)分画の10%前後でも発現を認め15),また加齢によってLSK分画のCD41陽性率が増加する事が知られている13, 16).分化能としては,CD41+LSK分画の細胞は骨髄球系へ分化能が傾いた細胞集団であり,さらにその一部は高い巨核球分化能を有していると考えられており,後述するMK-biased HSCの重要な表面抗原マーカーと考えられている.von Willebrand factor(vWF)も巨核球/血小板または障害血管内皮で発現する分子として知られているが,単一細胞レベルのmRNA発現解析では,やはりHSCの一部はVwfを発現している17).vWFのレセプターであるCD42b(GPIbα)もまた代表的な巨核球・血小板特異的機能分子であるが,unipotentな巨核球前駆細胞のマーカーとして有用で,特に化学療法後の造血回復期骨髄ではLSK分画の一部でCD42bを発現する巨核球系へ分化能が傾いた細胞集団が出現する15).また定常状態でも単一細胞レベルでの遺伝子発現解析を行うとCD41+LSK分画の一部ではCD42b mRNAが発現している事が複数の報告で明らかとなっており,HSCのシングルセルRNAシークエンスでは,VwfやCD42bのみならず,様々な巨核球関連遺伝子を高発現する集団が存在する事が明らかとなっている18).このような多様なHSCと巨核球の分子学的共通性は,HSCもしくはその近傍で巨核球系列への分化運命が決定づけられる可能性を示唆しており,巨核球分化モデルの改変が以前から議論されている19).
2.幹細胞レベルでの巨核球・血小板分化制御
定常状態の成体マウスにおいてHSCはCD34–/lowLSK20)またはCD150+CD48–LSK分画12)に高い純度で存在する事が知られている.従来受け入れられてきた分化モデルでは,まずリンパ球系前駆細胞(common lymphoid progenitor: CLP)と骨髄球系前駆細胞(common myeloid progenitor: CMP)へと分かれた後,CMPは顆粒球系前駆細胞(granulocyte/monocyte progenitor: GMP)と赤血球/巨核球共通前駆細胞(megakaryocyte/erythrocyte progenitor: MEP)を経て,更に赤血球分化能を失った結果,最終的に巨核球へと分化運命が決定づけられる(図1A)21).しかしCMPを単一細胞レベルで解析すると,CD42b陽性集団が存在し,これらは巨核球系列へのみの分化能を持つ機能的に均一な巨核球前駆細胞である事が示された15).シングルセルRNAシークエンスの結果でもCMPは極めてヘテロな集団であり,特にCD42b+分画は巨核球特異的遺伝子を高発現する巨核球前駆細胞であることが明確に示された22).これらの実験データは,表面抗原発現が類似し均一な骨髄球系の分化能を有する細胞と捉えられていたCMPは,分化能が限定された複数の前駆細胞の混在であり,より未分化な段階で各血液細胞への分化運命は決定付けられているという説を支持している.
実際,純化したHSC分画のシングルセル培養では,約10%程度で巨核球単一コロニーを形成する事が報告されており,タイムラプス顕微鏡での観察やPaired daughter assayの結果からは,第一分裂の段階で巨核球へ分化する細胞がHSC分画に存在する事が示されている23, 24).
更に,シングルセル移植の結果でも高度に純化したHSCも単一細胞レベルでは,各系列へと分化能力が偏ったもしくは限定された細胞集団に分かれる事が示された24).HSC分画の細胞にも関わらず血小板を長期間にわたって産生し続けるMKRP(megakaryocyte-restricted repopulating cells)の存在は,より未分化な段階で既に巨核球系列への分化運命が決定づけられている事を示唆しており,従来の血球分化モデルの改変の必要性を支持する実験結果と言える.
他の研究グループからも巨核球系列へ分化能が偏ったHSC(Megakaryocyte-biased HSC; MK-biased HSC)に関する複数の報告がなされている.Vwfを遺伝子マーカーとした遺伝子改変マウスの実験結果では,確かにVwfがマウスHSC分画の一部に発現しており,これらが機能的にMK-biased HSCであり造血ヒエラルキーの頂点に位置すると主張している17).一方,MK-biased potentialを有するcKithigh+HSC25)やCD41+のHSC分画内に “HSCに類似した表面抗原発現・特徴を有しているが巨核球・血小板系列への限定した分化能を有するSL-MKP(Stem-like megakaryocyte lineage committed progenitors)” は細胞周期が進みより分化が進んだ細胞であると報告されており26),インターフェロンなどの炎症性シグナルによりこれらの蛋白翻訳が促進化され,巨核球分化が促される事を示している.後者2つの報告は,造血ヒエラルキーの頂点というよりは,より巨核球系列へ傾いた細胞集団と考えられ末梢の血小板需要に呼応した異なる巨核球分化経路の存在を示唆している.
これらの研究結果からは,これまで想定されていたよりも未分化な段階で巨核球系列への分化運命が決定づけられていると考えられるが,注意点としてこれらの研究結果は試験管内の培養実験や致死的放射線照射を行った後の骨髄移植モデルを中心とした実験結果であり,何らかの外部からの炎症反応に呼応したStress inducedの血小板造血を反映している可能性が高いという事である.その意味では移植モデルの結果から導かれた結果は,“生理的な分化経路” を表すというよりむしろ “分化能力” を意味していると考えたほうが適切である.この問題を解決するために近年では,トランスポゾンを用いた分子バーコードでLineage Tracingを行うことで,より生理的な造血分化経路の解析を行うシステムが考案されている 27, 28).この実験系で,各Lineageの由来をTraceすると,驚くべきことに赤血球系や骨髄球系の細胞と異なり,やはり巨核球系列の細胞は,HSCレベルの細胞から直接供給されていることが示された.さらに興味深いことに,巨核球へ選択的に分化していると想定されるHSC分画の細胞を別のマウスに移植すると他の成熟血球へ分化する,という結果が示された.
これらの実験結果は,HSCの分化能には “ゆらぎ” があり,一見巨核球系列へ分化能が限定されているように見えても,多分化能を保持していて環境に応じて,他系列の成熟血球を供給するHSCとしての能力を有していることを示唆しており,階層的な分化モデルでは説明できないHSCレベルでの双方向性の分化能力の変化により巨核球産生は制御されている事を示唆している(図1B)29).移植実験でも分子バーコードを用いた実験でもHSCから直接的に巨核球系列へ分化しやすい細胞集団の存在が示唆されたという結果は,HSCと巨核球の近接性は外界からの需要によらない普遍的な性質であることと考えられる.最近の研究ではTPO刺激がミトコンドリア代謝を促進して,HSCの巨核球分化誘導につながることを示されている30).巨核球分化には特別な代謝経路が存在し,そのバランスが “分化能のゆらぎ” を制御しているのかもしれない.
一方で,培養系等の実験結果から導かれた赤血球と巨核球系列への分化能を有するBipotentな前駆細胞の存在を完全に否定することは,赤血球と巨核球の遺伝子発現・転写因子制御機構の共通性を含む様々な実験結果を考慮すると困難であり,少なくともPotentialなBipotent MEPが存在しているのも事実であろう21, 31).Unipotentな巨核球前駆細胞へ至るまでの分化過程の詳細は更に複雑なメカニズムが存在している可能性がある.
3.まとめ
最近TPO受容体作動薬の開発により,臨床的にもTPOがHSCの自己複製と巨核球・血小板分化誘導の近接性が明らかとなっている.また近年のシングルセル解析技術の進歩により,従来受け入れられてきた階層型血球分化モデルでは説明できない,より複雑な分化制御システムがHSCとその近傍で存在していることが示された.更には骨髄以外に肺血管網が血小板産生の場であるという報告もあり32),HSCレベルでの巨核球系列への分化制御機構が,どのようにして末梢組織の血小板需要を満たすのかという疑問に答えるには更なる研究が必要であると考えられる.
著者の利益相反(COI)の開示:
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし
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