日本血栓止血学会誌
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特集:血小板の産生,数に関連した最新トピックス
血小板代替物H12-(ADP)-liposomeを用いた新しい止血救命戦略
萩沢 康介木下 学武岡 真司
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2020 年 31 巻 5 号 p. 505-514

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Abstract

我々は長期保存可能で緊急での使用も可能な血小板代替物として,H12-(ADP)-liposomeを開発してきた.これは,血小板凝集の要であるフィブリノゲンγ鎖のカルボキシ末端を構成する12個のアミノ酸(400 HHLGGAKQAGDV411:H12)をリポソーム膜の表面に組み込み,リポソーム内部に血小板活性化作用があるアデノシン5’-二リン酸(adenosine diphosphate: ADP)を含有している.まず,急性大量出血後の希釈性血小板減少病態による易出血モデルで,H12-(ADP)-liposome投与による止血救命効果を明らかにした.次に,血小板減少のない個体での衝撃波による致死性肺出血モデルで,H12-(ADP)-liposomeの投与で肺胞傷害の低減と救命効果を確認した.さらに,出血性ショックに対してのプレホスピタルでの新しい治療戦略として,リポソーム内にヘモグロビンを含有した人工酸素運搬体Hemoglobin vesicle(HbV)との併用による救命効果を明らかにした.H12-(ADP)-liposomeは血栓症等の副作用もなく,出血早期に単回投与することで凝固障害が制御可能になり,重症外傷の救命率向上が期待される.

はじめに

血小板の量的・質的異常に起因した出血の予防や治療に使用される血小板濃厚液は,有効期限が4日程度と短くしかも保存に際して20~24°Cで振盪を要するため,緊急時の輸血に対応することは極めて困難である.また血小板製剤は,赤血球製剤に比べて血漿成分を多く含むため免疫学的反応が起こりやすいことや,製剤保存中にサイトカインが製剤内に放出されて貯留し,それが輸血されてしまうことなどで副作用が出現することも多い1

これらの課題を克服するため,様々な人工血小板製剤が開発されてきた.その歴史は半田誠博士らによる本学会誌の総説2に詳述されている.そして,長期保存可能で緊急での使用も可能になる人工の血小板代替物としてH12-(ADP)-liposome(平均径210 nm)が半田,武岡,池田らによって開発された.血小板凝集は活性化した血小板膜GPIIb/IIIa複合体(受容体)への結合を介して,血漿中のフィブリノゲン(リガンド)が細胞同士の架橋となって引き起こされる3.フィブリノゲン分子のGPIIb/IIIa複合体との結合部位は3カ所あり,そのうち2カ所はα鎖上のRGD配列に,あとの1カ所はγ鎖のカルボキシ末端を構成する12個のアミノ酸(400 HHLGGAKQAGDV411:H12)に限定される.H12-(ADP)-liposomeは後者のH12をリポソーム膜の表面に組み込むとともに,リポソーム内部に血小板活性化作用があるアデノシン5’-二リン酸(adenosine diphosphate: ADP)を含有させた血小板補助剤である 3.H12-(ADP)-liposomeはリポソーム水溶液としてバイアル内に密封しておけば長期保存が可能である.これまでの検討で,4°C冷蔵庫内に静置した場合に,少なくとも1年間は,血小板補助機能が安定であることを確認している4

H12-(ADP)-liposomeは活性化血小板が存在する出血部位にH12部分を使って集まり,そこで血小板同士の凝集を補強するとともに内包したADPを放出する(図1).H12-(ADP)-liposomeの投与により,ブスルファンで惹起した慢性的な血小板減少症を呈した動物の止血凝固能が回復し救命効果が認められている2.さらに単なる止血補助剤としてだけでなく内包ADPのドラッグデリバリキャリアとして機能させることも可能である.すなわちADPは,P2Y受容体を介した血小板凝集促進作用だけではなく,速やかにアデノシンに代謝され臓器保護作用を発揮するなど多面的な作用が期待されている.

図1

血小板代替物:H12-(ADP)-liposomeとは

H12-(ADP)-liposomeはFibrinogen架橋とADP刺激で血小板凝集を補助し人工血小板として働く.

1.大量出血時の凝固障害への効果

重症外傷では時に大量出血を合併することがある.これに対する初期治療としては,まず細胞外液量を補充して体循環を安定させることを目的に,晶質液やコロイド含有液を投与する.さらに出血量に応じて,濃厚赤血球輸血を適宜追加することが多い.このような病態では出血部位局所で止血凝固系が活性化・消費されるとともに,全身的には大量輸液・輸血(赤血球輸血)により凝固因子や血小板が相対的に希釈されるため凝固障害が生じ易出血性となる.救急領域においては,外傷から続発する凝固障害を防止すべく,大量出血患者には,赤血球輸血とともに血小板輸血や血漿輸液を当初から行うことで急性期予後の改善が図られている5

急性大量出血に対する大量輸液・輸血を施した後の急性血小板減少病態による易出血モデルを家兎で作製し,H12-(ADP)-liposomeが血小板輸血を代替できるか,1)予防的にH12-(ADP)-liposomeを投与して臓器出血を止血し救命効果が得られるか,2)臓器傷害を作成して致死的出血が生じたのちにH12-(ADP)-liposomeを投与して救命可能かについて以下の検討を行った.

1)H12-(ADP)-liposome予防的投与による救命効果

体重2 kg前後の家兎で一方の大腿動脈にカニュレーションを施し,脱血用と動脈圧測定用とした.対側の大腿静脈にも同様のカニュレーションを行い,輸液および輸血,薬物投与用とした.まず大腿動脈より12.5 mL/kgの脱血を行い,大腿静脈より等量のLactated Ringerを投与した.脱血した動脈血を遠心分離し血小板が豊富なPlatelet Rich Plasma(PRP)を採取し,さらに残りの検体を遠心分離し血小板がほとんどない血漿成分であるPlatelet Poor Plasma(PPP)を採取した.残った血球成分を生理食塩水で洗浄し洗浄赤血球とした.続いて12.5 mL/kgの脱血を大腿動脈より同様に行い,これと同時に先程の洗浄赤血球を5% albumin液で12.5 mL/kgに調整した後に大腿静脈より輸血(返血)した.以後,この脱血と輸血を繰り返し,最後は8回目の脱血血液から作製した洗浄赤血球の輸血のみを行った.血小板数が50×103/μL以下になったことを確認して,H12-(ADP)-liposome 20 mg/kgをPPPで15 mL/kgに溶解し,静脈内投与した[H12-(ADP)-liposome群].陽性対照群としてPRPを15 mL/kg[PRP群],陰性対照群としてPPPを15 mL/kg投与した[PPP群].その後,開腹し肝臓に直径5 mmのDerma punchを用いて穿孔性組織損傷を作製し自由出血させた.急性期の生命予後と出血量への影響を比較するとともに,肝損傷部位でのH12-(ADP)-liposomeの集積と止血凝固効果を透過型電子顕微鏡で観察した.脱血・輸血により血小板減少(<50×103/μL)と耳介出血時間の顕著な延長(>10 min)を認めたが,H12-(ADP)-liposome投与で,PRP投与に匹敵する肝臓からの臓器出血量の減少を認めた(図2A).PPP群では肝損傷後の止血制御が不能で10例中9例が出血死したが,PRPとH12-(ADP)-liposome群は10例全例の止血に成功し救命できた(図2B).電子顕微鏡による観察(図3)では,H12-(ADP)-liposomeが損傷臓器表面の凝血部にフィブリン網と連接して集積し,血小板機能を代替していることを確認した6

図2

H12-(ADP)-liposome投与後の肝臓出血量と急性期予後(48時間)

H12-(ADP)-liposome投与はPRP投与と同様に,肝臓からの臓器出血量を減少させ,全例の止血に成功し救命できた.(文献5より改変し引用)

図3

H12-(ADP)-liposome投与後の肝臓出血部位の電子顕微鏡像

H12-(ADP)-liposomeが損傷臓器表面の凝血部にフィブリン網と連接して集積し,血小板機能を代替している.(文献5より改変し引用)

2)臓器傷害後の致死的出血に対するH12-(ADP)-liposomeの救命効果

次に前投与ではなく,外傷後の投与によるH12-(ADP)-liposomeの投与効果をみた.①の実験と同様に,血液交換による希釈性急性血小板減少状態の家兎の肝臓に直径5 mmの穿孔性組織損傷を作成した.Damage control surgeryを模してバルーンによる5分間の圧迫止血を試みながら,その間にH12-(ADP)-liposome 20 mg/kgをPPPで15 mL/kgに溶解し,これを静脈内投与した[H12-(ADP)-liposome群].陽性対照群としてPRPを15 mL/kg[PRP群],陰性対照群としてPPPを15 mL/kg投与した[PPP群].バルーン解放後10分間の出血量,および出血時間を最大120分間計測した.止血を確認後,重度の貧血に対して赤血球(Hb濃度およそ16.2 g/dL)を輸血し,血行動態の改善を試みた.生存率は術後48時間まで観察した.家兎は脱血・洗浄赤血球返血の繰り返しにより血小板値と平均動脈圧がそれぞれ38×103/μLと36 mmHgへ低下した.PRP投与群が43分で止血し,H12-(ADP)-liposome投与群が66分で止血したのに対し,PPP投与群は全例止血不可により3時間以内に死亡した.また,肝損傷作製から10分間の出血量はPRP投与群,H12-(ADP)-liposome投与群でそれぞれ17.5 g,16.0 gであった.止血完了後の赤血球輸血により血行動態が維持ないしは改善され,PRP投与群,H12-(ADP)-liposome投与群の生存率はそれぞれ63%,50%であった.PRP投与群,H12-(ADP)-liposome投与群の止血時間には有意傾向があったが,出血量,赤血球輸血後平均動脈圧,生存率に統計学上の有意差は無かった7

【小括】

H12-(ADP)-liposomeが外傷性大量出血時の輸血に伴う血小板減少病態において,出血部位に集積して血小板機能を代替し,止血制御に直接貢献していることを確認した6, 7

2.レーザー衝撃波によるBlast Lung Injuryに対するH12-(ADP)-liposome投与による救命効果

急性の血小板減少病態におけるH12-(ADP)-liposomeの効果は明らかとなったが,実際のプレホスピタルでは血小板減少を確認する前に治療が行われると考える.では,血小板減少のない状態での致死的な出血に対してH12-(ADP)-liposomeはどのような効果があるのか,Blast Lung Injury(衝撃波肺損傷)に注目して検討した.Blast Lung Injuryは爆発事故などにおいて頻発する.肺は鼓膜に次いで爆発・衝撃波による損傷を被りやすい臓器である.それは衝撃圧が肺胞と毛細血管の境界を通過する際に,肺胞壁の破断を生じ,出血,肺挫傷,気胸などを引き起こすためである.現在に至るまでBlast Lung Injuryに対する効果的な治療法は確立されておらず,治療ガイドラインは頸椎保護,気道確保,酸素供給,呼吸管理,出血の制御と循環管理を推奨しているに過ぎない8.Blast Lung Injuryの病態生理は,いくつかの急性肺傷害の病態が複合している.肺胞壁の機械的過進展という点では,人工呼吸による肺損傷(ventilator induced lung injury: VILI)に類似している.また低酸素症/低血圧の遷延という点では,虚血再灌流傷害モデルに類似している.これらに共通するのは肺胞への出血と滲出液・炎症細胞の浸潤である.その病態制御に,内因性アデノシンの産生とアデノシン受容体の活性化が重要であることがわかってきた9.そこでH12-(ADP)-liposomeを止血の補助剤としてだけでなく,内包ADPのDDSキャリアとして利用して,傷害部位でADPをアデノシンに代謝させて臓器保護作用を発揮させうるか検討した.

1)レーザー衝撃波によるBlast Lung Injury

波長694 nmのQスイッチ・ルビー・レーザーをマウス右側背に密着させた天然ゴムとアクリル板で合成された円形標的(直径12 mm・厚さ0.5 mm)に単発照射し,プラズマ現象による衝撃波を形成すると,融合性出血が直下の右肺下葉に生じ,びまん性の点状出血が右肺および左肺門部に生じた(図4).照射対側の左肺門病変は衝撃波が気管分岐部を越えて伝播したと考えられる.病理学的には肺胞壁の伸展と毛細血管の破壊に伴う肺胞出血の所見は,Tsokosらによって報告されたヒトのBlast Lung Injuryの病理所見10と合致した.胸部X線でもBlast Lung Injury出血により右肺に浸潤影を示した.びまん性の出血が右葉および左肺門部に生じ,融合性の出血が右肺下葉に生じた.衝撃波強度による死亡閾値の検討では,8J以上で鼻出血(喀血)があったマウスでは窒息により全て1時間以内に死亡した.よって以後の生存率の検討では鼻出血(喀血)のない場合を除外した.

図4

レーザー衝撃波による肺傷害の作成

レーザー照射で誘起された衝撃波によって,融合性出血がマウスの右肺下葉に生じ,びまん性の点状出血が右肺および左肺門部に生じた.(文献13より改変し引用)

2)H12-(ADP)-liposome投与による救命効果

レーザー照射直前に,H12-(ADP)-liposomeやH12が付いていないADP-liposome,ADPが内包されていないPBS-liposome,H12は付いているがADPが内包されていないH12-PBS-liposomeを各々20 mg静脈内投与したところ,H12-(ADP)-liposome投与で有意に生存率が上がった.さらに注目すべきは,レーザー照射直後にH12-(ADP)-liposomeを投与しても救命効果が得られた(図5).H12-(ADP)-liposome投与群でも右肺には融合性の出血が生じたが,左肺は軽度の散在性出血が見られるに過ぎなかった.Yelvertonsらが提唱している病理学上の重症度分類であるPathological injuryスコア11はH12-(ADP)-liposome投与群(35.2±2.3)がH12-PBS-liposome投与群(40.0±​2.0)と比べて有意に軽減しており,Yelvertonsらが36点以上を重症肺傷害と定義していることとも合致している.さらに,肺胞における好中球集積も,H12-(ADP)-liposome投与群で有意に軽減していた.さらに特筆すべきは,血小板数が正常な個体へのH12-(ADP)-liposomeの投与では,血小板凝集能が過亢進せず過凝固状態に陥らなかったことである.では,どのようにしてH12-(ADP)-liposomeによる救命効果がもたらされたのであろうか.

図5

肺傷害マウスの急性期予後

H12-(ADP)-liposomeを肺傷害作成前に予防的に投与した場合でも,肺傷害作成後に治療的に投与した場合でも,他群に比較して有意に生存率が向上した.(文献13より改変し引用)

3)H12-(ADP)-liposome投与による臓器保護のメカニズム解明

H12-(ADP)-liposomeは出血部位に集まる性質があるので,出血局所でADPがどう作用するかについてADPの代謝産物であるアデノシンに着目した.その受容体拮抗剤であるアデノシンA2A受容体拮抗薬(ZM241385),もしくはアデノシンA2B受容体拮抗薬(PSB 1115)を衝撃波受傷の1時間前に投与し,その後,H12-(ADP)-liposomeやADP-liposome,PBS-liposome,生理食塩水を各々尾静脈から投与しレーザー衝撃波8Jを右肺に照射した.3時間後にマウスから気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid: BALF)を採取したところ,BALF中へのアルブミン漏出はH12-(ADP)-liposome投与群においてのみ有意に減少していた(図6A).さらにH12-(ADP)-liposome投与は,BALF中のTNF-αおよびMIP-2の上昇を有意に抑制していたが,アデノシンA2A受容体拮抗薬は,H12-(ADP)-liposome投与によるBALF中のTNF-α抑制効果を阻害した.また,アデノシンA2B受容体拮抗薬はH12-(ADP)-liposome投与によるBALF中のMIP-2の減少効果を阻害した(図6B,C).すなわち,H12-(ADP)-liposomeは本来の止血作用の他に,局所で放出されるADPが病変部で代謝されアデノシンとなり組織保護効果を発揮する作用もあると考えられた.一般的に,生理学的濃度でアデノシンはA1,A2AおよびA3受容体を活性化する.対照的に,アデノシンA2B受容体は高濃度アデノシンで作用すると考えられている12.特に低酸素病態を伴う場合にアデノシンA2B受容体作用が活性化することが報告されている13

図6

肺傷害マウスの気管支肺胞洗浄液中のタンパク質およびサイトカイン定量

(A)* p<0.05 vs. Normal Saline.BALF中へのアルブミン漏出はH12-(ADP)-liposome投与群においてのみ有意に減少した.

(B,C)* p<0.05 vs. Normal Saline, ** p<0.05 vs. H12-(ADP)-liposomes+PSB 1115.H12-(ADP)-liposome投与は,BALF中のTNF-αおよびMIP-2の上昇を有意に抑制した.アデノシンA2A受容体拮抗薬は,H12-(ADP)-liposome投与によるTNF-α抑制効果を阻害した.アデノシンA2B受容体拮抗薬はH12-(ADP)-liposome投与によるMIP-2の減少効果を阻害した.(文献13より改変し引用)

【小括】

Blast Lung Injuryの病態に近似した致死性のマウス肺出血モデルをレーザー衝撃波で作製し,H12-(ADP)-liposomeの投与でBlast Lung Injuryの低減・救命効果が得られた.アデノシン受容体拮抗薬を使った薬理学的検討では,Blast Lung Injuryによる好中球誘導性ケモカインであるMIP-2放出亢進と好中球の遊走浸潤をH12-(ADP)-liposome投与がA2B受容体を介して抑制し,急性期の予後改善につながっていたことが示唆された14

3.人工酸素運搬体との併用による出血性ショックの治療

近年,救急医療の現場ではHemostatic resuscitationの概念が導入され,大量出血患者には過剰な輸液を排し,赤血球輸血とともに血小板輸血や血漿投与を当初から行うことで急性期予後が改善すると報告されている15.その際,血漿:血小板:赤血球を1:1:1の単位比率で投与することが推奨されている16.酒井らが開発を進めている人工酸素運搬体Hemoglobin vesicle(HbV)(図7)はリポソーム内にヒト由来のヘモグロビンを含有した平均径250 nmのナノ粒子である.HbVは,Hb値として10 g/dLに相当する酸素運搬能を有している17, 18.このHbVとH12-(ADP)-liposomeを併用することで,これまで有効な手段がなかったプレホスピタルでの蘇生輸液(輸血代替)を確立しようと考えた.

図7

人工酸素運搬体Hemoglobin vesicle:HbVとは

赤血球からHbを精製し,一酸化炭素結合(HbO2→HbCO)処理を行ったうえで,リポソーム化する.HbVは,赤血球表面にあるような血液型抗原がないために,血液型に関係なく投与でき,最長2年間は室温保存が可能である.(文献17より改変し引用)

家兎から循環血液量の2倍以上に相当する計200 mL/kgを脱血し,血小板並びに血漿成分を遠心分離した後,赤血球成分のみを返血することで,大量出血・大量輸血による希釈性凝固障害を生起させた.その後,肝臓に直径5 mmの穿孔性の組織損傷を作製した.肝臓穿孔部位に対し前述と同様にバルーンで圧迫止血を行いながら,血小板(PRP 15 mL/kg:力価として米国の濃厚血小板液6単位に相当),H12-(ADP)-liposome(脂質量として20 mg/kg,容液量としては1 mL/kg)とPPP(15 mL/kg)の混合液,またはPPP(15 mL/kg)を静脈内投与した.5分後にバルーンを除去し,止血が達成されるまで経過を観察した.止血が達成された家兎では,平均動脈圧を50 mmHg以上にすることを目標に,HbVまたはドナーからの濃厚赤血球を10~20 mL輸血した.その後,急性期の生命予後と血行動態への影響を比較した.

実際の検討では,上記の血液交換過程で血小板数は40×103/μL以下になり,凝固指標は測定限界以下に達した.Hb濃度も6 g/dL前後でHct値も20%前後となり,Hct値の減少から算出される出血量は循環血液量の25%以上となり,米国外科学会が策定したAdvanced trauma life supportでの出血性ショックのクラス分類19でclass IIに至った.穿孔部の止血過程でさらに15 mL/kg出血し,平均動脈圧が40 mmHg以下で出血量も循環血液量の40%以上となりショックclass IVに陥った.しかしながらH12-(ADP)-liposome/PPPを投与した群では,PRPを投与した群と同様に全例で止血に成功した.一方,PPP(血漿成分のみ)を投与した群では止血ができず,全例失血死した.さらに,止血できた家兎に対して,赤血球輸血(力価として米国の濃厚赤血球液5単位に相当),またはHbVを投与することでショックから離脱でき,24時間後の生存率は60~70%に達した.これに対して,止血後に赤血球輸血やHbV投与ではなくAlbumin投与を行ったものはショックから離脱できず全例死亡した20

【小括】

H12-(ADP)-liposomeを出血早期にPPPとともに投与することで十分な止血が得られ,引き続きHbVを投与することによってショックから離脱できた.止血能や酸素運搬能を有した人工血液投与によって,外傷による出血性ショックと凝固障害を合併した治療困難な病態の救命率向上につながるものと考えられた.

4.考察

歴史的に,外傷性凝固障害は血小板や血漿を投与せずに晶質液および赤血球輸血を行ったことに起因する21.いっぽう,hemostatic resuscitationの根幹は,Damage control surgery,低血圧管理の許容,線溶管理,そして何よりも確実な止血である.換言すれば,晶質液や膠質液輸液による希釈性凝固障害を防止することである.しかし,実際の外傷治療の現場では赤血球輸血のほかには新鮮凍結血漿の使用に留まることが多いのが実情である.これはひとえに,血小板を緊急時の輸血用として大量に準備・管理することが困難であることに由来している.即ち,新鮮凍結血漿や濃厚赤血球が凍結もしくは冷所保存により製造からそれぞれ1年もしくは1か月程度は使用が見込めるのに対して,血小板は前述したように22°C恒温での振盪保存を原則とし,さらにその使用期限が数日以内に限られ,安定的に補給することが難しいためである.実際,米軍の野戦病院の基本方針22は,後方の医療施設からの濃厚血小板の補給はせずに全血を使用するか,または現場で成分献血を実施して血小板を準備し使用していることが多い.これは大規模な災害現場においても同様で,病態の進行に応じた医療提供が難しくなり,病院到着前に出血性ショックに陥る点で共通した課題である.

H12-(ADP)-liposomeの利点は,保存期間が長く温度管理等が容易であるのはもちろんのこと,ボーラス投与が可能であり,通常の血小板輸血に比べて投与ボリュームを抑え,速やかに血小板機能を補助することができる点でも優れている.前述の動物実験の結果からは,1 mL/kgのH12-(ADP)-liposomeは,力価として米国の濃厚血小板液6単位の輸血(本邦の濃厚血小板15単位:250 mLに相当)とほぼ同等の血液凝固機能を有することが示されており20,臨床使用時にはボリューム管理が容易になることも期待できる.

また,H12-(ADP)-liposomeが出血部位以外の臓器において血栓症等の副作用を生じることがないことも確認している.さらに,必ずしも血小板減少がない状況でH12-(ADP)-liposomeを投与した場合でも,過凝固状態を生じることはなかった.これはとくに患者の病態の全てを把握することが難しいプレホスピタルでの使用においても重要な知見であると考える.

結論

H12-(ADP)-liposomeは完全に人工合成した血小板代替物であり,長期保存が可能でプレホスピタルでの使用にも適している.血栓症発生等の副作用もなく,受傷後早期に単回投与することで外傷性凝固障害の病態を改善した.止血凝固を促進するのみならず,アデノシン作用による細胞保護効果も持ち合わせており,重症外傷の救命率向上が期待できると考えている.

謝辞

本研究は,JSPS科研費25462843ならびに16K11435の助成を受けました.人工酸素運搬体Hemoglobin vesicle(HbV)は奈良県立医科大学の酒井宏水先生より提供いただきました.ここに深謝申し上げます.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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