日本血栓止血学会誌
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特集:脳梗塞と闘う
超急性期静注血栓溶解療法の普及
豊田 一則
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2021 年 32 巻 3 号 p. 264-270

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Abstract

脳梗塞超急性期の静注血栓溶解療法は,病的血栓を遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータの力で溶解して,血栓で詰まった脳動脈を再開通させ,脳の組織が決定的に傷む前に十分な脳への血流を戻す治療である.発症後4.5時間以内に治療開始可能な患者に適応があるが,最近の知見に基づき,発症時刻不明の患者でも頭部画像診断の異なる撮像法による虚血所見出現具合の差(DWI-FLAIRミスマッチ所見)やペナンブラ所見を確認できれば治療を行えるようになった.国内施行率は脳梗塞発症者の1割前後と推測されるが,治療対象となるべき患者はこれより遥かに多く,更なる治療の普及が必要である.アルテプラーゼが世界で承認された唯一の血栓溶解薬であるが,近年血栓への親和性が高いテネクテプラーゼを用いた臨床試験が海外で多く行われ,オフラベルで使用を始めた地域も増えた.国内でも同薬の早期導入が望まれる.

はじめに

急性期脳梗塞への治療手段としての遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(recombinant tissue-type plasminogen activator: rt-PA)であるアルテプラーゼを用いた静注血栓溶解療法は,発症から4.5時間以内に治療可能な脳梗塞で慎重に適応判断された患者に対して,国内外の治療指針で強く推奨される.同じく推奨度の高い治療である急性期脳血管内治療としての機械的血栓回収療法とともに,急性期再灌流療法として脳梗塞の標準治療に位置づけられる.しかしながら依然として改善すべき点も多い.

ここでは,静注血栓溶解療法の最新の話題を中心に解説する.

1.静注血栓溶解療法の機序と効果

脳梗塞急性期には不可逆的損傷を被った虚血巣中心部の周囲に,機能障害を来しているが不可逆的損傷に至っていない虚血性ペナンブラが存在し,発症数時間以内に梗塞巣へ移行する.血栓溶解薬はプラスミノゲンをプラスミンに変換してフィブリンの分解活性を高め,血管内の病的血栓を溶解し得る(図11.超急性期にこのような血栓溶解薬を用いて途絶した脳血流をごく早期に再開させ,不可逆的障害を回避することが,血栓溶解療法の目的である.不可逆的損傷に陥った神経細胞を再生させる治療が確立していない現在において,超急性期の再灌流療法がもっとも転帰改善効果の高い治療といえる.

図1

脳虚血の進行と血栓溶解療法の仕組み.文献1より改変引用

A:梗塞巣とペナンブラの位置関係.ペナンブラは梗塞巣と同じ血管領域の梗塞巣周辺に現れる.B:時間経過と脳血流量.脳動脈閉塞により脳血流量が一定レベル以下に低下すると,脳は機能障害(ペナンブラ)に陥り,さらに短時間に,虚血侵襲のより強い部位から梗塞巣(完全虚血)に置き換わる.発症後の超急性期(静注血栓溶解療法の場合は4.5時間以内)に急性再灌流療法(静注血栓溶解療法ないし機械的血栓回収療法)によって閉塞動脈を再開通させ,完全虚血に到る前に正常の脳血流量に戻せば,梗塞を回避できる.C:遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(rt-PA)はフィブリンへの親和性が高く,病的血栓内でフィブリンに結合したプラスミノゲンを活性化するので,効率よく血栓を溶かす.

静注血栓溶解療法の臨床化に向けて,1990年代初めには日本が世界を牽引していた時期もあったが,結局米国で開発されたアルテプラーゼのみが脳梗塞治療用に承認され,現在に至るまで同薬が脳梗塞患者に公式に承認された唯一の血栓溶解薬である.日本では諸外国に遅れて,2005年に同薬が脳梗塞へ適応追加された.国内多施設共同登録事業である日本脳卒中データバンクの情報によれば,近年では脳梗塞患者全体の1割強が静注血栓溶解療法を受けている(図22.ただしこの情報は専門性の高い施設を中心としたものであり,薬剤の出荷量などから推測するに,2018年時点での治療件数は約17,000件,脳梗塞全体の7~8%程度で(国内での脳梗塞発生件数もまた推測値であるが),十分に普及した治療とはまだ言い難い.

図2

脳梗塞患者における急性期再灌流療法の施行頻度:日本脳卒中データバンク.文献2より引用

2000年~2018年に登録された脳梗塞患者125,722例を解析対象とする.

脳梗塞急性期治療の成績は慢性期の患者自立度で評価されることが多く,修正ランキン尺度(modified Rankin Scale: mRS)が世界全体で広く用いられ,0から6までの7段階で示される(0:無症状,1:問題となる障害なし,2:軽度障害,3:中等度障害,4歩行や日常生活に介助を要する比較的高度の障害,5:高度障害でベッド上生活,6:死亡).図3に,静注血栓溶解療法および機械的血栓回収療法の無作為化比較試験の参加者毎データの統合解析(individual participant data[IPD]メタ解析)における治療成績を示す.上段は静注血栓溶解と偽薬ないし対照治療90日後(一部180日後)のmRS値を比べている3, 4.完全自立と考えられる0または1の割合は,静注血栓溶解によって5.1%増えている.一方下段は,血栓溶解を含めた標準治療に機械的血栓回収を追加することで,0または1の割合が14%増えており,両治療の成果に相当の差が生じている5.ただし上段のIPDメタ解析は,開発初期の成功しなかった臨床試験も全て含めており,臨床の場で実感する静注血栓溶解療法の効果(大雑把に1割強の改善が見込めそう)を必ずしも反映していないと思える.いずれにせよ,静注血栓溶解療法は普及率と治療効果の2点で,まだ発展途上といえる.

図3

急性期再灌流療法に関する無作為化比較試験のIPDメタ解析結果(修正ランキン尺度).文献45より改変引用

上段:Stroke Thrombolysis Trialists’ Collaborators Groupによる9試験,6,756例の統合解析4.静注血栓溶解療法施行群と,偽薬ないし対照治療群の比較.このうち8試験は発症後3ないし4.5時間以内に治療を開始し,90日後に評価を行っている.IST-3試験(3,035例)のみは発症後6時間以内に治療を開始し,180日後にOxford Handicap Scaleを用いて評価を行っている.下段:HERMES collaboratorsによる5試験,1,287例の統合解析5.静注血栓溶解療法を含めた標準治療群と,さらに機械的血栓回収療法を追加した群の比較.90日後に評価を行っている.

2.静注血栓溶解療法における「時間」の問題

虚血侵襲を受けた脳組織は時間が経過するほど二次的な出血を起こし易くなるため,静注血栓溶解療法を広く普及させるうえで安全性を担保するために,治療開始可能時間の厳しい制限を要した.国内外で本治療が承認された当初は発症後3時間以内の治療開始が治療適応要件とされ,欧州でのECASS-3試験で新知見を得た後6,国内では2012年に発症後4.5時間以内まで治療開始可能と変更された.脳卒中発症が疑われる患者が必ずしも速やかに緊急受診しないこと,地域によっては治療可能な施設への搬送に時間を要すること,脳梗塞診断,特に頭蓋内出血との鑑別のためには診察所見に加えて頭部画像所見が不可欠であることなどを考え併せると,この時間制限は本治療を普及させるうえでの大きな阻害要因となる.とくに,睡眠中発症例や発症時目撃者不在のコミュニケーション障害例は正確な発症時刻が分からず,静注血栓溶解療法を受けられないことが多いが,このような例は脳梗塞患者全体の2割を占めると言われる.

しかしながら脳への虚血侵襲の程度は,本来個人差や脳梗塞機序や部位による差が大きく,一律の時間制限が科学的に最善の治療適応決定手段とは言い難い.頭部画像診断技術を駆使することで侵襲程度や救済可能範囲を同定し,事例ごとの治療適応の可否を決めることが可能かもしれない.この考えに基づき,適応拡大へのさまざまな試みがなされてきた.

MRIの各種撮像法のうち,拡散強調画像(diffusion weighted image: DWI)が発症後1時間以内の早期虚血変化も描出できるのに対して,fluid-attenuated inversion recovery(FLAIR)画像は描出までに3~6時間程度を要す.DWIで陽性の病巣がFLAIRで描出されていない状況(DWI-FLAIRミスマッチ,FLAIR陰性所見,図4)が発症後4.5時間以内を示す有用な指標となり得ることが幾つかの観察研究で確認された7.DWI-FLAIRミスマッチ所見をもって発症時刻不明脳梗塞患者(発見から4.5時間以内)を登録し,静注血栓溶解療法群と偽薬ないし標準治療群に無作為に割り付けた比較試験が国内外で行われ,このうち欧州を中心としたWAKE-UP試験では静注血栓溶解療法群の90日後転帰良好(mRS 0ないし1)率が有意に高かった8.国内医師主導試験THAWSは全体では有効性の群間差を得なかったが9,梗塞巣のごく小さい例を除外して行った事後解析で,静注血栓溶解療法群の90日後転帰良好(mRS 0~1)率が有意に高かった10.またMRIやCTの灌流画像で描出される灌流異常域と虚血コアの差を用いて,虚血変化を呈していない可逆性の灌流異常域,いわゆる虚血性ペナンブラのサイズによって患者を登録し(図511,静注血栓溶解療法の効果を調べる無作為化比較試験も,近年報告された12.これら2種類の画像診断基準を用いた無作為化比較試験のIPDメタ解析で,発症時刻不明脳梗塞患者への静注血栓溶解療法の有効性が示され13,国内の治療指針でもDWI-FLAIRミスマッチ所見を有する発症時刻不明脳梗塞患者に本治療が推奨されている14

図4

MRI拡散強調画像(DWI)とFLAIR画像での超急性期脳梗塞所見

(A)DWIでの陽性所見に合致した部位に,FLAIRでも陽性所見を認める.(B)DWIでの陽性所見に合致した部位に,FLAIRでも陽性所見を認めない.DWI-FLAIRミスマッチないしFLAIR陰性所見と称される.

図5

MRI拡散強調画像(DWI)と灌流画像での超急性期脳梗塞所見.文献11より引用

DWIでの陽性所見は体積6 mL,灌流画像での陽性所見は114 mLで,両所見の差が108 mL,比が19.0であることが,示されている.主幹脳動脈の閉塞によって灌流が低下した部位は広域であるが,そのうち虚血に至った部位は少なく,相当の虚血性ペナンブラが存在することが示される.画像解析ソフトウェアRAPID®(RApid proceeding of PerfusIon and Diffusion)を用いた撮影.

3.静注血栓溶解療法における「薬剤」の問題

静注血栓溶解療法のもう一つの大きな問題点は,国内で脳梗塞患者に使える血栓溶解薬がアルテプラーゼのみであり,薬剤が更新されていない点である.アルテプラーゼの血栓溶解効果や血管再開通率は高くなく,また総量の10%を急速静注後,残量を1時間かけて持続静注するよう定められているため,投与方法が煩雑である.多くの新規血栓溶解薬が臨床の場で試され,アルテプラーゼを超える有効性を示せずに来た.近年,新たな候補薬としてテネクテプラーゼが注目される.テネクテプラーゼは遺伝子組み換え技術によってアルテプラーゼ分子296~299番目のアミノ酸(リジン,ヒスチジン,アルギニン)をアラニンに置き換え生成された薬剤である.フィブリン特異性を高め,半減期はアルテプラーゼより6倍長く(20~24分),プラスミノゲンからプラスミンへの活性化を阻害するplasminogen activator inhibitor(PAI)-1への抵抗性も高いため,静注単回投与で十分な血栓溶解作用を発揮する.

テネクテプラーゼは海外で急性心筋梗塞の治療薬として承認されている.豪州を中心に行われたEXTEND-IA TNK試験は,主幹脳動脈閉塞を認め機械的血栓回収療法を企図する発症4.5時間以内の脳梗塞患者を,テネクテプラーゼ群とアルテプラーゼ群に無作為に割り付け,投与後早期に行われた初回血管造影検査での再開通率,90日後のmRSを用いた転帰良好率ともにテネクテプラーゼ群が有意に高いことを示した(図6A,B)15.EXTEND-IA TNK試験を含めた5試験のメタ解析で,90日後の転帰良好率(mRS 0~1)はテネクテプラーゼ群が57.9%で,アルテプラーゼ群(55.4%)に対する非劣性が示された(図6C)16.最新の豪州および米国のガイドラインでは,脳梗塞患者への血栓溶解薬としてアルテプラーゼとテネクテプラーゼが併記され推奨されている.最近欧米でオフラベルでの使用が増え,需要過多に伴い,同じ企業が同じ生産ラインで時期を替えて製造しているアルテプラーゼが,今後製造縮小ないし中止されることも懸念される.

図6

急性期脳梗塞患者に対するテネクテプラーゼとアルテプラーゼの治療効果:EXTEND-IA TNK試験及び同試験を含めた5試験のメタ解析.文献1516より改変引用

(A)EXTEND-IA TNK試験で血栓溶解薬投与後早期に行われた初回血管造影検査での再開通率.テネクテプラーゼ群の再開通率が非劣性(P=0.003),有意性(P=0.02)とも有意に勝る.(B)EXTEND-IA TNK試験での90日後の修正ランキン尺度による機能転帰.テネクテプラーゼ群の転帰がシフト解析で有意に良好である(P=0.04).(C)メタ解析での90日後の修正ランキン尺度による機能転帰.

一方国内では現時点でテネクテプラーゼを取り扱う企業がなく,同薬の研究開発も進んでいない.近い将来の国内でのテネクテプラーゼ導入への道を開くべく,筆者らは厚生労働省や日本脳卒中学会などの支持と理解を得ながら,特定臨床研究としてテネクテプラーゼとアルテプラーゼの国内医師主導無作為化比較試験を企画中である.

著者の利益相反(COI)の開示:

研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(日本医療研究開発機構[AMED])

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