日本血栓止血学会誌
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トピックス
COVID-19関連血栓症アンケート調査の最終結果報告
合同COVID-19関連血栓症アンケート調査チーム:厚生労働省難治性疾患政策研究事業「血液凝固異常症等に関する研究」班,日本血栓止血学会,日本動脈硬化学会堀内 久徳森下 英理子浦野 哲盟横山 健次
著者情報
キーワード: COVID-19, thrombosis, D-dimer
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2021 年 32 巻 3 号 p. 315-329

詳細

1.概要

2020年8月31日までに入院したCOVID-19患者を対象として,全国の399病院にCOVID-19関連血栓症に関するアンケートを送付し,111病院から,6,202症例について回答が得られた(回収率27.8%).そのうち人工呼吸器まで要したのは333例,体外式膜型人工肺(Extracorporeal membrane oxygenation: ECMO)まで要したのは56例であり,死亡は212例(3.4%)であった.D-dimerは75.0%で測定され,入院中に基準値の3~8倍の上昇を認めた症例はその9.2%,8倍以上の上昇を認めた症例は7.6%であった.血栓症は108例(解析対象の1.86%)に発症し,発症部位は(重複回答を可として),症候性脳梗塞24例,心筋梗塞7例,深部静脈血栓症41例,肺血栓塞栓症30例,その他の血栓症22例であった.血栓症は,軽・中等症の症例での発症が32例(軽・中等症症例の0.59%),人工呼吸器・ECMO使用中の血栓症発生が52例(人工呼吸・ECMO症例まで要した重症例の13.5%)であった.症状悪化時に血栓症を発症したのは67例であったが,回復期にも26例が血栓症を発症していた.抗凝固療法は,COVID-19入院患者の14.6%に実施され,その施行理由の多くはD-dimer高値や症状の悪化であった.

2.背景

2020年にパンデミックとなった新型コロナウィルス感染症COVID-19の病態の重症化に血栓症が深く関わっていることが欧米の研究で指摘されている.例えば,オランダのデータでは,ICU入院症例184例中,中央値14日の観察期間において,75例(40.8%)に血栓症の発症(肺血栓塞栓症65例,その他の静脈血栓症3例,脳梗塞5例,末梢動脈塞栓症2例)が報告されている1.しかし,我が国におけるCOVID-19関連血栓症についてはほとんど把握されていない.そこで,我が国におけるCOVID-19関連血栓症の病態及び診療実態を明らかにすることを目的として,厚生労働省難治性疾患政策研究事業「血液凝固異常症等に関する研究」班,日本血栓止血学会,日本動脈硬化学会の3つの組織が合同して,2020年8月31日までに入院したCOVID-19症例を対象とし,全国のCOVID-19診療病院にアンケート調査を行った.2020年8月31日はいわゆる第2波のピークがほぼ収束に向かった時期であり,厚生労働省のデータによれば,我が国ではその日までに累計67,865例がCOVID-19と診断されている.そのアンケート調査の結果の第一弾については,2020年12月8日に研究班および2つの学会のホームページに公開したが,その後に届いた回答の結果を加え,また,第一弾の報告書で取り上げなかった課題についての結果も含めて,この最終報告書を作成した.なお,英文の最終報告書は,日本動脈硬化学会誌J Atherosclerosis Thrombosisに発表しており2本報告書はその日本語版である.

3.方法

東北大学等関係する各研究施設の倫理委員会の承認を得て,COVID-19関連血栓症についてのアンケート(図1)を399病院に送付し,その回答を解析した.

図1

アンケートの内容

図1

アンケートの内容(続き)

4.結果

1)解析対象

アンケートに対する回答を111病院(回答率27.8%)から得た.その111病院は東北・北海道10病院,関東・東京35病院,中部・北陸・甲信越28病院,近畿18病院,中国・四国9病院,九州11病院と全国に分布していた.51病院は人工呼吸・ECMOを要した重症例が0例の病院,21病院は重症例1~2例の病院,24病院は重症例3~10例の病院,15病院は重症例11~26例の病院と,診療したCOVID-19重症症例数も広く分布していた.なお,回答には解釈を要するものがあったが,そのような場合,データの取り扱いに関しては研究チームで協議して決定した.

回答のあった111病院にはCOVID-19のため6,202症例が入院していた.病状悪化による転院は108例(1.74%),死亡は212例(3.4%)あった.症例の重症度に関する回答のあった6,188例中,酸素投与なし・酸素投与までの軽・中等症者が5,786例(93.5%),非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation: NPPV)までの症例が13例(0.21%),人工呼吸器による治療まで施行された症例が333例(5.4%),ECMOまで施行された症例が56例(0.90%)であった.CHDF等の人工透析は82例(1.33%)に施行されていた(図2).なお,本報告では重症例を人工呼吸器あるいはECMOを使用した症例とした.

図2

患者の重症度:重症度について回答のあった解析対象者6,068例の重症度.

2)D-dimer値

D-dimerは完成した(架橋された)フィブリン線維の分解産物であり,FDP(fibrin(ogen)-degradation product)はD-dimerと未架橋フィブリンの分解産物およびフィブリノーゲンの分解産物を合わせて測定した値である.D-dimerは二次線溶(一旦形成されたフィブリン糸の分解)の指標である一方,FDPは線溶系をより強く反映する活性化指標である.海外では,専らD-dimerが測定され,血栓形成の指標としてだけでなく,COVID-19重症化の指標となることが報告されている3

D-dimerとFDPのいずれを重視するかという質問には108病院から回答があった(3病院が重複回答).そのうち,85病院(78.7%)がD-dimerを重視,1病院(0.93%)がFDPを重視,20病院(18.5%)が両方を重視,5病院がその他(4.6%)という回答であった.

D-dimerは,4,523症例(D-dimer値に関する回答のあった病院の解析対象6,028症例の75.0%)で測定された(図3A).入院期間中の最高値を問うたが,基準値の3~8倍まで上昇した症例が418例(D-dimer値測定症例の9.2%),基準値の8倍以上に上昇した症例が343例(7.6%)存在した(図3B).FDPは,1,430症例(解析対象症例の23.7%)で測定され,基準値の3~8倍まで上昇した症例が測定した症例の116例(FDP値測定症例の8.1%),基準値の8倍以上に上昇した症例が112例(7.8%)存在した(図3C).D-dimerやFDPが基準値の100倍を超えたのは,39例で,そのうち,血小板数が10万/μL以下に低下せず,酸素分圧低下を伴わなかったのが8例,血小板数低下はなかったが,酸素分圧低下を伴ったのが17例,血小板が低下したが酸素分圧低下を伴わなかったのが2例,血小板が低下し,酸素分圧低下も認めたのが12例であった(図4).

図3

D-dimer値,FDP値の分布:入院中のD-dimer値の測定率(A)と,入院中のD-dimer値(B)とFDP(C)の最高値の分布.

図4

D-dimer値あるいはFDP値が基準値の100倍を超えた症例:D-dimer値あるいはFDP値が基準値の100倍を超えた症例は39例存在した.

3)血栓症発症症例の検討

血栓症は108例(血栓症に関する回答のあった5,807症例の1.86%)に発症していた.重複を可として部位を問うたが,症候性脳梗塞24例(血栓症症例の22.2%),心筋梗塞7例(6.5%),深部静脈血栓症41例(38.0%),肺血栓塞栓症30例(27.8%),その他の血栓症22例(20.4%)であった(図5).‘その他’ では,下肢動脈血栓症や脾梗塞等の記載があった.

図5

血栓症の内訳:血栓症は108例(血栓症に関する回答のあった5,807症例の1.86%)に生じていた.その内訳(重複回答可)

次に,発症状況を問うた.酸素投与までの中等症あるいは酸素投与なしの軽症例での血栓症発症は31例(軽・中等症症例の0.59%)であった(図6).人工呼吸・ECMO中の血栓症発症例は52例(重症例中の13.5%)であった(p<0.0001,χ2乗検定).

図6

軽・中等症者と人工呼吸・ECMO中症例の血栓症頻度

全身状態の悪化時の症例が67例(血栓症を発症した108例中62.0%:以下同様に表示)である一方,回復期の症例も26例(24.1%)あった(図7).70歳以上の高齢者は42例(38.9%),男性は65例(60.2%)であった.血栓症発症者108例の中では,入院時血清クレアチニン値2 mg/dL以上を認めた症例が14例(13.0%),入院中に血清クレアチニン値2 mg/dL以上の上昇を認めた症例が27例(25.0%),持続的血液濾過透析(Continuous hemodiafiltration: CHDF)等の人工透析例は13例(12.0%)あった.血栓症(心筋梗塞,脳梗塞の既往や深部静脈血栓症等)の既往のある症例は9例(8.3%),body mass index(BMI)が30以上の肥満者は12例(11.1%),担癌者は10例(9.3%)であった.妊娠中の症例や経口避妊薬服用中の症例はいなかった.なお,抗凝固療法中の症例が27例(25.0%)存在した.

図7

血栓症を発症した108例の発症状況(重複回答可)

血栓症に関して最後に,深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症発症患者を診ている施設にその診断法について,軽・中等症者と重症者に分けて,複数回答を可として訊いた.

深部静脈血栓症について,軽・中等症者に関しては18病院から回答があり,片側下肢腫脹等の臨床症状で6病院,D-dimerの上昇で12病院,下肢静脈エコーで5病院,造影CTで10病院が診断していた.重症者に関しては,11病院から回答があり,片側下肢腫脹等の臨床症状で診断は1病院,D-dimerの上昇で6病院,下肢静脈エコーで5病院,造影CTで7病院が診断していた.

肺血栓塞栓症については,軽・中等症者に関しては,12病院から回答があり,酸素濃度低下等の臨床症状で診断は5病院,D-dimerの上昇で8病院,心電図変化1病院,心エコーで0病院,造影CTで9病院が診断していた.重症者に関しては,9病院から回答があり,酸素濃度低下等の臨床症状で診断は3病院,D-dimerの上昇で5病院,心電図変化0病院,心エコーで1病院,造影CTで8病院が診断していた(図8).

図8

肺血栓塞栓症の診断法:肺塞栓を診断した施設に,重複回答を可とし,軽・中等症例(A)と重症例(B)毎に診断法を訊いた.軽・中等症例に関しては12病院から,重症例に関しては9病院から回答を得た.

4)抗凝固療法の施行実態

抗凝固療法について回答のあった6,119症例のうち893症例(14.6%)に抗凝固療法は実施されていた(図9A).重複を可として抗凝固療法の内容を問うたが,893症例のうち,未分画ヘパリン604例(67.6%),低分子量ヘパリン114例(12.8%),ナファモスタット(フサン®)234例(26.2%),トロンボモジュリンアルファ42例(4.7%),上記の併用138例(15.5%),直接経口抗凝固薬(DOAC)が91症例(10.2%),その他42例(4.7%)であった(図9B).

図9

抗凝固療法の施行頻度(A)と使用薬剤(B):(A)抗凝固療法に対する回答のあった6,119例のうち,893例に抗凝固療法が施行されていた.(B)その使用薬剤について,重複回答を可として訊いた.

抗凝固療法を開始した理由としては,血栓症発症が45例(5.0%),D-dimer値高値253例(28.3%),FDP値高値41例(4.6%),酸素分圧の低下などの臨床症状226例(25.3%),予防投与444例(49.7%),その他64例(7.2%)であった(図10).複数の病院からの回答にあったが,「その他」の中には入院中の心房細動発症者が少なからず含まれていると考えられる.

図10

抗凝固療法を開始した理由:抗凝固療法を開始した893例について,重複回答可として開始理由を訊いた.

どのような症例に予防投与を行っているかという問い(重複回答可)には,51病院から回答があった(図11).D-dimer高値が最も多く24病院(47.1%)であったが,予防投与施行の基準はD-dimer値が基準値の1倍以上から,10倍以上まで様々であった.NPPV・人工呼吸器装着症例に予防投与を行う病院が20病院(39.2%),酸素投与症例に行う病院が16病院(31.4%)あった.血栓症の既往症例には10病院(19.6%),全員に行うという病院が9病院(17.6%)あった.予防投与を行う ‘その他の理由’ では,重症化リスクの高い症例が7病院(13.7%),ステロイド投与中が2病院(3.9%)であった.

図11

予防的抗凝固療法を開始した理由:予防的抗凝固療法の施行理由を複数回答可として病院毎に訊き,51病院から回答を得た.

抗凝固療法の中止理由について,重複を可として問うた.50病院(606例)から回答があった(図12).血栓症の改善で36例(606例の5.9%),D-dimer値の低下で197例(32.5%),症状改善で287例(47.3%),退院・死亡のためで124例(20.5%),その他の理由で22例(3.6%)が,抗凝固療法を中止されていた.また,出血のため21例(3.5%)が抗凝固療法を中止されていた.出血部位では,頭蓋内出血3例,腸腰筋内出血4例,また,上部消化管出血1例,下血1例,血尿1例の記載があった.

図12

抗凝固療法の中止理由:回答のあった50病院における603例の抗凝固療法の中止理由(複数回答可).

血栓症を起こした108症例のうち,新たにDOACが処方されて退院した症例が40症例(37.0%),抗血小板薬2例(1.9%)であった.退院後の血栓症発症について問うたが,発症したとの回答は2例のみであった.

5.考察

全国各地の,軽症者を対象とした病院から重症者を対象とした病院まで,111病院(アンケート送付の27.8%)から,6,000例を越える症例に関する回答があった.そのため,このアンケートの結果は我が国のCOVID-19関連血栓症の病態や診療実態を少なくとも一定程度反映していると考えられた.

1)D-dimerについて

D-dimerは全体の75.0%の症例で測定されていた.D-dimerは血栓形成の動向を評価するためCOVID-19症例で測定が推奨される項目である.多くの症例で測定されており,我が国で診療にあたった医師の多くがD-dimer値を診療の参考にしていることがうかがえる.一方,FDPは,全体の約4分の1の病院で,D-dimerとともに重視するという結果であった.線溶活性をより強く反映するFDP値を診療の参考とするためであろう.

D-dimer値およびFDP値の測定法は未だ標準化されていない.すなわち,測定機器や測定キットによって基準値が異なる.そのため,本アンケートではD-dimer値およびFDP値の血漿中の濃度は問わず,基準値の何倍かを問うた.なお,D-dimerの基準値は我が国では1.0 μg/mL未満であることが多いが,アンケートで送られてきた病院の基準値は,0.33~1.0 μg/mL未満と幅があった.

D-dimerは陰性適中率(negative predictive value)が高い指標と考えられている.炎症や腫瘍,あるいは動脈硬化など,明らかな血栓症以外でも時に数倍程度まで上昇することがある.そのため,上昇が見られないときに血栓がないと判断するという使い方が最も理にかなっている.一方,深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症では,しばしば基準値の10倍を超える.本アンケートでは,D-dimerの濃度は問わず,入院中の最高値が,基準値の3~8倍に上昇した症例と8倍以上に上昇した症例数を問うた.臨床的に血栓症と診断されたのは,後述のように全体の1.86%に留まったが,D-dimer値を測定された症例の9.2%は3~8倍,7.6%は8倍以上までD-dimer値が上昇した.D-dimer値から考えれば,COVID-19入院症例の中には血栓傾向をもつ症例が少なからず存在する可能性がある.FDPも同様の傾向であった.COVID-19では,微小循環系における微小血栓 ‘microthrombi’ の形成が報告されている4.D-dimer値が上昇している症例では臨床的な血栓症が診断されなくとも,微小血栓等が多発している可能性も否定出来ない.

なお,国際血栓止血学会のCOVID-19における凝固異常の対処法に関する暫定ガイダンスではD-dimerが基準値の3~4倍あれば,無症状でも抗凝固療法の施行を推奨している5.日本血栓止血学会でも,我が国でのエビデンスはないものの,D-dimerが基準値の2倍以上で抗凝固療法を推奨している(http://www.jsth.org/wordpress/wp-content/uploads/2020/05/20200513_2.pdf).

本項の最後に,D-dimerあるいはFDPが基準値の100倍を超える症例について問うた.通常の診療ではD-dimerあるいはFDPが100倍を超えることはまれであるが,線溶亢進型DIC等で認められる.今回のアンケートでは,39例においてD-dimerあるいはFDPが基準値の100倍を超えた.COVID-19感染では線溶が著しく亢進するような病態が存在する可能性が考えられる.その約6割の症例では血小板の低下を伴っておらず,典型的なDICとは若干異なる.線溶亢進型DICの初期,あるいは非典型的なDICかも知れない.COVID-19に特徴的な病態である可能性も否定できない.

2)血栓症の発症について

血栓症に関しては,深部静脈血栓症や心筋梗塞,症候性脳梗塞等,それぞれの血栓症に関しては,明確な定義は設けていない.各施設の臨床診断であり,施設によって定義が若干異なっていることは否定できない.

血栓症発症に関する回答のあった107病院の5,807症例のうち108例(1.86%)が血栓症を発症していた.深部静脈血栓症は血栓症のうちの38.0%,肺血栓塞栓症の発症は27.8%と多かった.しかし,上述のオランダからの報告1では75例中,65例(86.7%)が肺血栓塞栓症と,肺血栓塞栓症が圧倒的に多く,そのデータと比較すれば,血栓症全体における肺血栓塞栓症の割合は低い.感染対策上,COVID-19重症者に造影CT等の検査施行へのハードルが高く,肺血栓塞栓症の発症をすべて診断しきれていない可能性も否定できないであろう.ただ,すべての症例に造影CTを施行しての確定診断が実施されているわけではないので,偽陽性症例が含まれている可能性は否定できない.

一方,心筋梗塞の発症は比較的少なかったが,症候性脳梗塞が24例(血栓症症例の22.2%)と多く,肺血栓塞栓症よりわずかに少ない発症数であった.我が国のCOVID-19関連血栓症の特徴として脳梗塞が多いのかもしれない.

米国より若年COVID-19症例での脳梗塞の発症が報告され注目された6.2020年3月の約1ヶ月間のニューヨーク市で入院した3,556例のCOVID-19入院症例中,32例(0.9%)に脳梗塞を認めたと報告されている7.また,救急受診あるいは入院したCOVID-19患者の1.6%に急性脳梗塞が発症したとする後ろ向き研究もある8.今回のアンケートでは,血栓症に対する回答のあった5,807例で脳梗塞発症は24例0.41%であった.図4でも示されているように,COVID-19に合併する血栓症の発症は,COVID-19の重症度に大きく依存するので,単純に比較することはできないが,脳梗塞発症の絶対数としては欧米と比べて多いということはないようである.

軽・中等症例での血栓症(動脈血栓および静脈血栓塞栓症)発症率は0.59%であった.一方,人工呼吸器・ECMOで治療中の血栓症発症率は,13.5%と高かった.人工呼吸器に移行前の症例や人工呼吸器が外れた後の回復期の症例は,「人工呼吸器・ECMO中」に当てはまらず,この13.5%には含まれていない.軽・中等症例以外をすべて重症者と仮定すれば,重症者(人工呼吸器・ECMOを施行した症例)における発症率は最大19.7%となる.このように考えれば,我が国での人工呼吸器・ECMOで治療された重症患者の血栓症発症率は13.5~19.7%と推測される.

米国のレジストリー研究では,動脈血栓・静脈血栓塞栓症が一般病棟入院症例229例中の2.6%に発症し,ICU入院症例170例中の35.3%に発症したと報告されている9.一方,最近いくつかのCOVID-19患者における静脈血栓塞栓症発症に関するメタアナリシスが報告された.Jiménezらは静脈血栓塞栓症発症に関する48の研究における18,093症例のCOVID-19入院患者における静脈血栓塞栓症発症を解析し,すべての症例では17.0%,一般病棟の症例では発症率は7.1%,ICU症例では27.9%と報告した 10.Malasらは,42の研究における8,271症例を解析し,静脈血栓塞栓症発症の発症率はすべての症例では21%,一般病棟の症例では発症率は5%,ICU症例では31%と報告した11

なお,静脈血栓塞栓症の診断率を比較する場合,臨床的に症状があって診断した時の診断率と,エコーやCTを用いて全例に検査を行った時の診断率に大きな差がある.最近の欧米のCOVID-19関連血栓症に関する報告で,68の研究(33,970例(ICU症例19.4%))のメタアナリシスの結果では,静脈血栓塞栓症は全体では14.1%であったが,エコーによるスクリーニングをすれば40.3%,スクリーニングなしでは9.5%であった12.そして,スクリーニングなしでの発症率は,一般病棟症例5.5%,ICU症例18.7%であった12.今回の我々のアンケート調査での症例のほとんどは,エコー等によるスクリーニングなしでの臨床的血栓症の比率と考えられるので,比較する場合は,スクリーニングなしの頻度と比較するのが適当であろう.

欧米の一般病棟入院中の症例を,あえて軽・中等症者と仮定すれば,COVID-19軽・中等症症例における我が国の血栓症発症率は非常に低いと考えられる.後述のように,抗凝固療法が施行されていたのが全体で14.6%に留まっており,軽・中等症者の多くは抗凝固療法を受けていないと考えられるが,軽・中等症者の血栓症発症率は0.59%であった.軽・中等症者では,多少なりとも出血性合併症のリスクが高まる抗凝固療法を全員に施行するのではなく,血栓症の高リスク症例に選択的に実施するのが望ましいであろう.

一方,欧米でのICU入院症例をあえてCOVID-19重症者と仮定すれば,重症患者では,欧米に比べて我が国の血栓症が若干少ない可能性がある.ただ,上述のように,感染対策上COVID-19重症者に造影CT等の検査施行へのハードルが高く,血栓症の発症頻度は13.5~19.7%より高い可能性は否定できない.もしそうであれば,我が国における重症COVID-19症例での血栓症発症率は欧米とそれほど変わらないかもしれない.いずれにしても,重症例における血栓症の頻度は相当高く,可能な限り,予防的抗凝固療法を施行することが望ましいと考える.

血栓症症例108例のうち,症状悪化時に67例(血栓症を発症した108例中62.0%)が発症し,回復期に26例(24.1%)が発症していた.血栓症は重症症例に多く,重篤化に寄与している可能性がある.一方,回復期にも少なからず発症しており,臨床症状がピークを越えたとしても,血栓症発症に注意を怠ってはならない.

血栓症発症者108例のうち,70歳以上の高齢者は38.9%,男性は60.2%であった.また,血栓症の既往のある症例は9例(8.3%),BMIが30以上の肥満者は12例(11.1%),担癌者は10例(9.3%)と多く含まれていた.それらは我が国のCOVID-19関連血栓症でもリスクとなっている可能性が高いと考えられた.ただし,軽・中等症者における血栓症の発症頻度と,重症者における発症頻度には大きな差があり,今回のアンケート調査では重症化のリスクは,血栓症のリスクとして捉えられるのかもしれない.高齢や男性,肥満,担癌者等はCOVID-19重症化のリスクであるため,血栓症発症者の中で占める割合が高かったという考え方は否定できない.

COVID-19は腎機能障害をしばしばもたらす13.本アンケートの症例でも,CHDF等の人工透析が82例(1.33%)に施行されていた.血栓症発症108例のうち,入院中に血清クレアチニン値2 mg/dL以上の上昇を認めた症例が27例(25.0%),CHDF等の人工透析例は13例(12.0%)と腎機能悪化例に血栓症が目立った.上記のように,CHDF等施行症例が82例あり,また回答に維持透析施行中との記載があった症例が4例あり,合わせると86例となる.すなわち,人工透析を施行したCOVID-19症例の15.1%(86症例中13例)に血栓症が発症したことになる.CHDF等の透析は,人工呼吸と同程度の血栓リスクと考えられよう.なお,血栓症が腎機能悪化の原因となるのか,腎機能障害が血栓症を誘発するのか,あるいは重症化を招来するのかという関係については不明である.

血栓症発症例のうち抗凝固療法中の症例は27例(25.0%)であった.上述のオランダからの報告では,ICU入院中のすべてのCOVID-19患者が抗凝固療法を施行されていたが,40.8%の症例が血栓症を発症した1.抗凝固療法中といえども,特に高リスク症例には十分に注意を要する.一方,別な見方をすれば,今回のアンケート調査の症例では,血栓症を発症した約75%は抗凝固療法を受けていなかった可能性がある.血栓症高リスク症例には,D-dimer値や臨床症状等を参考に,積極的な抗凝固療法を考慮すべきであろう.

なお,ゲノム研究Genome-wide association study(GWAS)解析によって,A型は他の血液型に比べて1.45倍COVID-19感染症において呼吸不全が14起こりやすく,O型は0.65倍起こりにくいと報告されたことを受け,血栓症を起こした症例の血液型を訊いた.53例に関して回答を得たが,症例数が評価可能な症例数に達していないと判断した.

深部静脈血栓症の診断法について,軽・中等症者,重症者とも,多くはD-dimer上昇や,下肢静脈エコー,造影CTで診断されていた.肺血栓塞栓症でも同様に,D-dimer上昇が多くの病院で診断に用いられていた.一方,肺血栓塞栓症の診断で造影CTが用いられていたのは軽・中等症者では12病院中9病院,重症者では9病院中8病院と高率であった.感染対策上,COVID-19症例のCT検査はハードルが高い.その障壁にも関わらず多くの病院で診断のために造影CTが施行されたか,あるいは,造影CTを施行し得た症例にのみ肺血栓塞栓症と診断されていた可能性も否定できない.後者であれば,実際に生じた肺血栓塞栓症はさらに多い可能性がある.ただ,造影CTを施行せずに臨床診断された症例は,偽陽性である可能性は否定できない.

3)抗凝固療法について

抗凝固療法は約14.6%の症例が受けていた.海外では低分子ヘパリンが推奨されているが,我が国では保険診療の適応外であり,大半に未分画ヘパリンが用いられていた.また,ナファモスタット(フサン®)が用いられていた症例が多かったが,複数の病院からの回答に記載があったように,抗凝固作用を期待してというよりはCOVID-19感染症そのものへの効果15を期待しての投与であった可能性がある.

抗凝固療法を開始した理由としては,血栓症発症の他に,D-dimer高値および動脈圧酸素分圧低下を含む臨床症状の悪化,そして予防投与が多かった.予防投与の理由としては,D-dimer高値および臨床症状の悪化が多かった.この質問の二つは,若干内容が重なってしまったが,多くの血栓症未発症症例における抗凝固療法は,D-dimer高値および臨床症状の悪化のために施行されていた.なお,入院患者全員との回答のあった病院は,重症症例に特化した病院に多かった.

抗凝固療法の主な中止理由は,転院や退院(死亡退院を含む)を除いては,症状改善やD-dimer低下であった.一方,出血のため中止された症例は21例(3.5%)あった.出血の原因としては,抗凝固療法による出血リスクの上昇の他に,DICによる血小板減少・フィブリノーゲン濃度の低下や線溶亢進等も考えられる.また,ECMO治療は,強い抗凝固療法下に行われ,さらに,血小板減少・血小板機能低下や後天性フォンウィルブランド症候群が合併し,出血性合併症の頻度が高いことが知られている16, 17.今回のアンケート調査では出血症例におけるDICやECMO装着中の症例の割合を訊いていないためそれらの寄与度については不明であるが,抗凝固療法の実施に際しては常に出血性合併症の発症に留意すべきである.特に,軽・中等症者ににおける血栓症発症頻度は低く,抗凝固療法は血栓症ハイリスク症例に選択的に行うべきであろう.その際,臨床症状やD-dimer値の上昇などを参考にして血栓症ハイリスク症例を推定することになろう.なお,上述のようにD-dimer値は動脈硬化や炎症反応で数倍程度までは容易に上昇する.そのため,D-dimer値の評価に際しては,臨床症状および経時的変化を同時に評価するべきであろう.

血栓症を発症した108症例の37.0%に入院時には投与されていなかったDOACが退院時に投与されていた.ただ,その比率は血栓症を起こした死亡例,入院時(初回入院および他院からの入院受け入れ時)に抗凝固療法を受けていた症例を差し引いて計算すべきであり,実際の割合は37.0%より高いと考えられる.

退院後に血栓症を発症した症例,再発した症例について問うたが,2例の深部静脈血栓症の発症の記載があった.ただ,複数の病院からの回答に記載されていたように,多くの病院では,退院後にフォローされていない症例が多いため,すべてを把握できていない可能性は否定できない.

6.まとめ

我が国のCOVID-19で入院した症例についてCOVID-19関連血栓症に関するアンケート調査を行い,111の病院(回収率27.8%)から,6,202症例についての回答を得た.

・血栓症は全体の1.86%に発症し,軽・中等症以下の症例では0.59%の発症率であったが,人工呼吸・ECMO中には13.5%と高率に発症していた.

・D-dimerは全体の75.0%の症例で測定され,入院中に基準値の3~8倍の上昇を認めた症例は9.2%,8倍以上の上昇を認めた症例は7.6%と,多くの症例で血栓傾向が窺われた.

・血栓症としては深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症が最も多かったが,症候性脳梗塞の発症が比較的多く,血栓症の22.2%を占めた.

・血栓症は症状悪化時に多かったが,回復期にもかなりの数が発症していた.

・抗凝固療法は,COVID-19入院患者の14.6%に,多くはD-dimer高値や症状の悪化のために施行されていた.

謝辞

本アンケート調査にご協力いただいた下記の病院に深謝申し上げます.北見赤十字病院,市立函館病院,小樽市立病院,東北大学病院,日本海総合病院,福島赤十字病院,一般財団法人大原記念財団大原綜合病院,公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター,いわき市医療センター,水戸赤十字病院,茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター,総合病院土浦協同病院,社会福祉法人恩賜財団済生会支部栃木県済生会宇都宮病院,芳賀赤十字病院,国際医療福祉大学成田病院,亀田総合病院,いすみ医療センター,千葉中央メディカルセンター,日本医科大学千葉北総病院,国立病院機構高崎総合医療センター,伊勢崎市民病院,富岡地域医療企業団公立富岡総合病院,さいたま市立病院,独立行政法人地域医療機能推進機構埼玉メディカルセンター,都立駒込病院,武蔵野赤十字病院,花と森の東京病院,東京逓信病院,国際医療福祉大学三田病院,東京都健康長寿医療センター,東京都済生会向島病院,森山記念病院,町田市民病院,青梅市立総合病院,聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院,東海大学医学部付属病院,平塚市民病院,北杜市立甲陽病院,新潟市民病院,新潟県立新発田病院,富山県立中央病院,富山赤十字病院,金沢大学附属病院,国立病院機構金沢医療センター,地域医療機能推進機構金沢病院,国民健康保険小松市民病院,加賀市医療センター,福井県立病院,浜松医療センター,名古屋大学医学部附属病院,名古屋市立大学病院,藤田医科大学病院,藤田医科大学岡崎医療センター,春日井市民病院,刈谷豊田総合病院,常滑市民病院,三重大学医学部附属病院,信州大学医学部附属病院,飯田市立病院,中濃厚生病院,岐阜市民病院,大垣市民病院,滋賀医科大学医学部附属病院,市立大津市民病院,近江八幡市立総合医療センター,地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院,京都きづ川病院,宇治徳洲会病院,国立病院機構大阪医療センター,大阪市立十三市民病院,近畿大学病院,神戸市立医療センター中央市民病院,兵庫県立淡路医療センター,日本赤十字社姫路赤十字病院,社会医療法人神鋼記念会神鋼記念病院,有田市立病院,岡山大学病院,広島市立舟入市民病院,福山市民病院,独立行政法人国立病院機構東広島医療センター,庄原赤十字病院,松山赤十字病院,愛媛県立新居浜病院,福岡大学病院,医療法人徳洲会福岡徳洲会病院,久留米大学病院,唐津赤十字病院,独立行政法人国立病院機構大分医療センター,琉球大学病院,沖縄県立南部医療センター・こども医療センター,沖縄中部徳洲会病院,他20の病院.

また,本アンケート調査を様々に支えていただいた日本血栓止血学会理事長・松下正先生(名古屋大),同前理事長・嶋緑倫先生,日本動脈硬化学会理事長・平田健一先生に深謝申し上げます.

本アンケート調査に要した経費は日本血栓止血学会および日本動脈硬化学会,厚生労働省難治性疾患政策研究事業「血液凝固異常症等に関する研究」研究費によってサポートされました.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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© 2021 日本血栓止血学会
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