2021 年 32 巻 5 号 p. 607-612
経口避妊薬(oral contraceptive: OC)とホルモン補充療法では,いずれもエストロゲンに伴う血液凝固亢進より静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の発症リスクが高まる.VTEの発症率は,OCでは3~5倍,ホルモン補充療法では1.3~3倍上昇し,開始後比較的早い時期に発生しやすい.エストロゲン含有量が多いほどVTEのリスクが上昇する一方で,肝通過効果のない経皮投与ではリスクを回避しうる.配合されるプロゲスチンの種類とVTEのリスクについては一定の結論が得られていない.女性ホルモン剤使用時のVTEのリスク因子として,肥満,年齢(40歳以上),喫煙,家族歴などが知られているが,現時点では発症を予測する有効なバイオマーカーはない.遺伝性血栓性素因には人種差があり,日本人ではプロテインS欠乏症が最も多い.女性ホルモン剤使用による凝固線溶系の変化は1周期目には生じていることから,開始後早期より注意が必要と考えられる.
経口避妊薬(oral contraceptive: OC)はエストロゲンとプロゲスチンの配合剤であり,本邦では,避妊目的として自費診療で用いる場合にはOC,月経困難症や子宮内膜症の治療目的として保険診療で用いる場合には低用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤(low dose estrogen-progestin: LEP)と区別されているが,実質的には同一の薬剤であり,本稿では海外と合わせてOCと表記する.最新のコクランレビューによると,OC服用によって静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)のリスクは3~5倍増加し,7~10例/1万人の発症頻度と報告されている1).これらの多くは欧米からのデータに基づいているが,本邦におけるOC服用中のVTE発症頻度は1例/1万人という報告もあり,欧米人と比べてVTEリスクが低い可能性がある2, 3).ただし,調査方法の限界や症例数が少ないことから,今後さらにデータを集積して検討していく必要がある.血栓症イベントは,OC服用開始後,初めの3ヶ月以内が最も発症しやすいことが知られており4),その後,発症頻度は徐々に減少するが,OCを服用していない場合に比べると高い状態が維持される.これらの傾向は人種によらず共通のようである.実際のOC服用に際して注意すべき点として,1周期(4週間)以上休薬した後にOC服用を再開した場合には,初回投与と同等のVTEの発症リスクを伴うことから,比較的短い期間で休薬・再開を反復することは避けるべきである.
現在市販されているOCに含まれるエストロゲンは,すべてエチニルエストラジオール(EE)である.EEの含有量に相関してVTEリスクが上昇することから,EE 50 μg以上を含有するOCは世界的にも使用されなくなり,現在ではEE 30 μgの低用量OC,さらにEE 20 μgの超低用量OCが開発・販売されるに至っている5).一方で,OCに含まれるプロゲスチンの種類によって第1~4世代に分けられているが,VTEリスクとの関連性については,現時点では結論が出ていない.デソゲストレル含有OCはノルエチステロンまたはレボノルゲストレル含有OCよりVTEリスクが高くなるという報告が複数あるが,いずれも後方視的研究であり,前方視的研究ではプロゲスチンの種類とVTEリスクとの関連性は否定的である6, 7).
OC服用によるVTE発症のリスク因子としては,肥満,高齢(40歳以上),喫煙,VTEの家族歴が挙げられる5).また,OC服用により動脈血栓塞栓症のリスクも上昇し,高血圧,喫煙で心筋梗塞のリスクが,高血圧,片頭痛で脳卒中のリスクがそれぞれ高くなる.いずれの場合においても,OC服用後の血栓関連イベントの発症を予測可能なマーカーは現時点では存在しない.血栓症のリスクが危惧される場合のOCの代替療法として,プロゲスチンのみを服用する方法がある.プロゲスチン単剤では血栓症リスクが上昇しないことが知られている8).ただし,不正性器出血が起こりやすいこと,避妊効果がやや低いことなどの問題点がある.
ホルモン補充療法(hormone replacement therapy: HRT)は,更年期に現れるほてりや発汗などの血管運動神経症状に対してエストロゲンを補充する治療であり,主として天然型エストロゲンが用いられ,結合型エストロゲン(主にE1),17β-エストラジオール(E2),エストリオール(E3)の3種類がある9).エストロゲン単独投与では子宮内膜癌の発症リスクが増加することから,子宮を有する場合にはプロゲスチンの併用が必要となる.
HRTにより,VTEの発現リスクが1.3~3倍上昇し,とくに投与初年度のリスクが高いことが報告されている10, 11).エストロゲン単独投与と比較して,プロゲスチンを併用投与した場合に,血栓症の発症リスクが約2倍に高まると報告されている12).エストロゲンとプロゲスチンの経口剤の組み合わせでは,結合型エストロゲンとメドロキシプロゲステロンが最もVTEリスクが高く,エストラジオールとジドロゲステロンではVTEリスクは増加しなかった13).一方で,エストロゲンを経皮投与した場合(貼付剤,ゲル剤)には,VTEの発症リスクを上昇させないという報告がある14).エストロゲンの経口投与では肝代謝時に凝固因子の産生が促進されVTEリスクを増加させるが,経皮投与では肝初回通過効果を回避することでVTEリスクを増加させないと考えられている.50 μg/日未満の経皮E2と天然型プロゲスチンの組み合わせでは,VTEの発症リスクをさらに低下させるという報告もある15).HRTに伴うVTEの発症リスクは,患者の年齢,肥満,VTEの既往や家族歴の有無により異なる可能性があることから,個別にHRTの種類や継続期間を判断することが重要である.加齢とともにVTEの発症リスクは上昇し,とく閉経後10年以上経てHRTを開始する場合には,可能な限り短期間,低用量で使用することが推奨される15).
血液凝固反応において重要なトロンビンは,内因系と外因系の2つの経路より凝固因子が順次活性化されることで産生され,フィブリン血栓形成に至る(図1).エストロゲンとプロゲスチンの投与により,凝固因子であるフィブリノゲン,第II因子(プロトロンビン),第VII・VIII・X因子が増加する一方,凝固制御因子であるプロテインS(protein S: PS),アンチトロンビン(antithrombin: AT),組織因子経路インヒビターが減少することで凝固系が亢進し16),二次的にプラスミノーゲン活性化制御因子1(plasminogen activator inhibitor 1: PAI-1)が減少することで線溶系も亢進する(表1)17).PSは活性化プロテインC制御系および組織因子経路インヒビターの補因子として重要な役割を担っている18).近年,PS遺伝子(PROS1)のプロモーター領域においてエストロゲンが直接発現を抑制する機序もあることが報告された19).健康な日本人女性を対象としたコホート研究で,凝固線溶系および凝固制御因子の変化はOC服用後1周期目(1ヶ月以内)より生じていることが確認された20).従って,OC開始後早期から過度な安静や脱水を避けるなどの注意が必要と考えられる.
凝固カスケードにおける凝固制御因子の役割
内因系と外因系の経路より凝固因子が順次活性化されトロンビンが産生され,フィブリン血栓形成に至る.過剰な血栓形成を抑制するための凝固制御機構として,①活性化プロテインC制御系(プロテアーゼ系),②組織因子経路インヒビター(プロテアーゼインヒビター),③ATがあるが,PSは活性化プロテインC制御系および組織因子経路インヒビターの補因子として重要な役割を担っている.
増加 | 減少(短縮) |
---|---|
フィブリノゲン 第II因子(プロトロンビン) 第VII・VIII・X因子 PC抗原量・活性 D-dimer |
PS抗原量・活性 AT抗原量・活性 組織因子経路インヒビター PAI-1 PT-INR aPTT |
女性ホルモン剤服用中は,フィブリノゲン,第II因子(プロトロンビン),第VII・VIII・X因子が増加,PS抗原量・活性,AT抗原量・活性,組織因子経路インヒビターが減少することで,活性化プロテインC抵抗性を呈する.線溶系の主要な阻害因子であるPAI-1が減少し,線溶系も亢進する.
AT, antithrombin; PAI-1, plasminogen activator inhibitor 1; PS, protein S
VTEは環境因子や遺伝因子など複数の因子が重なることで発症すると考えられている.遺伝性血栓性素因としてPS,PC,ATの欠乏症が知られており,凝固制御が十分に機能しないことによりVTEが発症しやすくなる(表2).遺伝性血栓性素因には人種差があり,第V因子ライデン変異やプロトロンビンG20210A変異は白色人種に特有で日本人では検出されず,凝固因子活性の増加を呈し,OC服用によりVTE発症リスクは約35倍増加する21).一方で,アジア系人種においては,PS欠乏症の有病率が高く,なかでも日本人特有の病的バリアントとして,PS p.K196E(PS徳島変異とも呼ばれる)が知られており,VTE発症リスクが約3~8倍増加すると報告されている22).PS p.K196Eでは,PS抗原量は正常範囲内だが,PS活性は低値を示し,OC服用1ヶ月後にさらに低下することが確認された(図2)20).
頻度(%) | VTE(リスク比) | ||
---|---|---|---|
PS欠乏症 | 日本人 | 1.12 | 3~8 |
欧米人 | 0.03~0.13 | 1.3~2.2 | |
PC欠乏症 | 日本人 | 0.13 | 6.5 |
欧米人 | 0.15~0.33 | 3.2 | |
AT欠乏症 | 日本人 | 0.15 | 5.6 |
欧米人 | 0.17 | 1.1 | |
第V因子ライデン変異 | 日本人 | 0 | 0 |
欧米人 | 3.6~6 | 21 |
第V因子ライデン変異は白色人種に特有で日本人では検出されず,一方でアジア系人種においては,白色人種よりもPS欠乏症の有病率が高い.PS欠乏症のなかでも日本人特有の病的バリアントとして,PS p.K196E(PS徳島変異)が知られている.
OCのPS抗原量・活性への影響およびPS p.K196Eの効果
Wild-typeではOC服用によりPS抗原量・活性ともに有意に低下した.PS p.K196Eを有する場合では,PS抗原量は正常範囲内で,OC服用後も著変ないが,PS活性は低値を示し(平均65%),OC服用1ヶ月後にさらに低下した(平均57%).*p<0.05
文献20(Int J Hematol 2019; 109: 641–649)より一部改変
OC服用中はエストロゲンの影響でPSおよびAT抗原量・活性が低下することから,通常の検査では血栓性素因の診断は困難である.その他,血栓症の急性期や抗凝固療法中にも,PSおよびAT抗原量・活性が低下するため,血栓性素因の検索はそれらの要因が解除された時点で改めて実施する,もしくは遺伝子検査を実施する必要がある.シノテスト社が開発したPS比活性測定法では,血漿を用いて自動分析法で迅速・簡便に測定でき,総PS蛋白量に対する総PS活性の比率が0.78未満の場合に,PS病的バリアント保有者(II型異常)を疑う23).また,国立循環器病研究センター分子病態部において,血漿を用いてPS p.K196Eを同定できるELISA測定法が開発された24).これらの検査法は,OC服用中にも使用できることが確認されている(図3)25).
OC服用後のPS比活性
PS比活性は,総PS活性を総PS抗原量で除して算出される.OC服用前も服用後も,0.78(–2.0SD)と0.69(–3.0SD)のいずれをカットオフ値とした場合にも全例でPS p.K196E(ヘテロ接合体)の検出が可能であった.
〇:PS K196E変異(ヘテロ接合体)あり
△:OC服用後にVTEを発症したが,病的バリアントを認めず
▲:OC服用前にPS比活性が–3.0SD未満であったが,病的バリアントを認めず
□:OC服用前にPS活性が55%以下であったが,病的バリアントを認めず
■:PS遺伝子(PROS1)に2ヶ所病的バリアントあり
文献25(Thromb Res 2020; 185: 1–4)より一部改変
OC服用前に血栓性素因のスクリーニングを実施することについては,OCの選択およびVTEの発症予防に有用であったという報告がある一方で,英国血栓学会は,ルーチンの実施は費用対効果も低く,不要な誤解を招く危険性があることから推奨していない26).いずれにしても,遺伝子検査を実施するに際しては,十分な説明および遺伝カウンセリングを提供できる体制の整備が必須である.また,女性ホルモン剤を服用する年代の女性においては,後天性の血栓性素因として,抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫疾患も常に念頭に入れ診療にあたる必要がある.
女性ホルモン剤服用中は二次的に線溶系が亢進しD-dimerが上昇する.そのためD-dimer上昇のみでは臨床的に意義のある血栓が検出されないことも多く,ルーチンでの測定は推奨されない.VTEを疑う症状がある場合には,臨床的にVTEの可能性を判断するWellsスコアで評価し27),VTEの可能性が高ければ血管外科・循環器内科へ紹介し,VTEの可能性が低い場合にはD-dimerを測定し,D-dimer高値であれば血管外科・循環器内科へ紹介,低値であれば経過観察とする.ただし,D-dimerの正常上限のカットオフ値は使用する試薬によって異なることに留意が必要である.VTEが否定できない場合は,超音波検査やCT検査などで精査することが望ましい.なお,VTEを疑う症状として,Abdominal pain(腹痛),Chest pain(胸痛,呼吸困難感),Headache(頭痛),Eye problems(視野狭窄),Severe leg pain(下腿の疼痛・腫脹)の頭文字を取ってACHESが提唱されている5).また,OC服用中という情報が伝わらないことは血栓症の診断と治療の遅れにつながりうるため,医療機関を受診する際には「患者携帯カード」を必ず提示するように指導することも重要である.
女性のヘルスケアを考える上で,OCやHRTなどの女性ホルモン剤により享受できるベネフィットは大きい.一方で,頻度は低いもののVTEをはじめとしたリスクも伴う.最新の科学的根拠に基づき,患者の年齢などVTEの発症リスクを考慮した上で,薬剤の種類・投与法を選択し,漫然と投与し続けないことも重要である.また,遺伝性血栓性素因には人種差があることから,本邦からの臨床情報を今後も発信していきたい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし