2022 年 33 巻 1 号 p. 69-74
最初の報告から20年以上経つ凝固波形解析(clot waveform analysis: CWA)は,実用化に向けてまだ研究途上にある.本稿ではその概要,利点と課題,実際の研究例について概説する.
CWAは,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)やプロトロンビン時間(PT)などの測定において,フィブリン生成に伴う検体の濁度の時間的変化の光学的検出に基づき作成される凝固反応曲線を,時間で逐次微分して得られる凝固波形とそれに由来するパラメータを利用する包括的凝固関連情報解析である(図1)1).トロンボエストグラフィ(TEG),ローテーショナルトロンボエストメトリー(ROTEM),トロンビン形成試験(TGT)と比べると非生理的な凝固ではあるが,それらと違って専用の機器試薬を必要とせず,APTTやPTの自動分析の際に同時にデータが取得されるという利便性ゆえ,検査現場への導入には極めて有利である.横軸は時間,縦軸は濁度を表す吸光度または透過光量であるため,凝固反応曲線はフィブリン生成量を反映し,1次微分はフィブリン生成速度(凝固速度)を,2次微分はフィブリン生成加速度(凝固加速度)または生成減速度(凝固減速度)を反映することになる.透過光量を利用する機器によるCWAでは透過光量の減少が,吸光度を利用する機器によるCWAでは吸光度の増加がそれぞれフィブリン生成に相当する.どちらにせよ,フィブリン生成の方向を陽性とすれば混乱を回避できる.
APTT-CWAの概略
得られた波形ピークの形状,ピークまでの時間(ピーク時間),ピークの高さ(ピーク値)に着目して解析を行う.これらのパラメータは検査試薬間差があり,異なる試薬を用いて得られた結果と単純には比較できない.ピーク値については,1次微分における最大値(Max1)は最大凝固速度に,2次微分における最大陽性値(Maxp2)は最大凝固加速度に,最大陰性値(Maxn2)は最大凝固減速度に相当する.
凝固抑制ならばピーク時間は延長,ピーク値は減少を呈するが,実際には前者の延長を伴わない後者の減少,または後者の減少を伴わない前者の延長というパターンがしばしば存在する.凝固反応曲線の高さは,基本的にフィブリノゲン濃度に比例する.このためフィブリノゲン濃度が異なる検体間では,凝固反応曲線の高さが違うゆえ当然逐次微分で得られるピーク値も異なる.そのような検体間差の影響を排除するべく,凝固反応曲線の高さを標準化してピーク値補正を行うことがある.しかし,フィブリノゲン濃度自体も凝固関連情報であると踏まえると,そのような補正が一律に最善とは言い難い.フィブリノゲン濃度の高濃度域や低濃度域では凝固反応曲線の高さが比例相関から逸脱することが知られている.さらに,抗凝固薬の使用,フィブリノゲン以外の凝固因子の異常でも凝固反応曲線の高さが変化する.このように,凝固反応曲線の高さの標準化の是非については引き続き検討するべき課題の1つである.
フィブリン生成までの一連の凝固活性化経路はセリンプロテアーゼ反応の連鎖である.1つの反応の生成物(活性化凝固因子)は次の反応の酵素または補酵素となる.個々の反応の基質は恒常的に存在する凝固因子である.フィブリン生成速度(凝固速度)は当該酵素であるトロンビン生成量に比例する.さらに時間で微分して得られるフィブリン生成加速度(凝固加速度)はトロンビン生成速度に比例し,トロンビン生成を触媒するプロトロンビナーゼ(IIase)の生成量に比例する.IIaseは活性化凝固第V因子(FVa)との複合体として存在するFXaである.フィブリン生成加速度を時間で微分すれば(3次微分),トロンビン生成加速度に比例し,トロンビン生成加速度はIIaseの生成速度に比例する(図2)2).内因系におけるFXa生成速度は,それを触媒するXase(FVIIIaとの複合体として存在するFIXa)の生成量に比例する.このように酵素反応速度論的な考え方に則って,凝固反応曲線を時間で逐次微分することで下流から上流へ順次遡って,個々の凝固因子活性化反応に数理的に解体することができる.
凝固活性化経路を踏まえたCWAパラメータの意味付け
PL: Phospholipid.
しかし,ここで若干の注意が必要である.Michaelis-Menten式に基づく教科書的な酵素反応速度論は,初濃度の酵素が与えられた単一の反応を前提にしている.一方,APTTやPTの測定系に用いられる凝固活性化経路では,酵素,すなわち活性化凝固因子は最初には存在せず,時間経過とともに生成されるので,酵素濃度は定数ではなく時間に伴う変数である.したがって,CWAで得られるパラメータの値をそのままMichaelis-Menten式,Lineweaver-Burkプロット,Dixonプロットに代入するのは不適切である.凝固因子の活性化カスケードは,含まれる酵素反応の数だけ存在する連立微分方程式の解を体現しているのが凝固波形であり,最終的に凝固反応曲線となる3).そのような考え方に則って,CWAは凝固活性化経路全体の結果から個々の凝固因子活性化反応へ数理的に解体する情報解析法であると見なすことができる.
初期の研究では微分をせずに凝固反応曲線を観察して,正常血漿では単純な逆シグモイド波形となるのに対し,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)では特徴的な二相性の波形が出現することが報告された4).Downeyらの検討では,DIC症例における二相性波形の感度と特異度はともに約98%であった5).APTTが正常である敗血症患者の一部でも観察されることから,DICの早期診断マーカーとしての有用性が注目された.その後,逐次微分で得られるパラメータも駆使したDICの早期診断,重症度分類,転帰予測へのCWAの応用が検討されている6).
(2)凝固因子異常先天性および後天性の凝固因子異常について,CWAを利用した種々の研究が報告されている7–9).FVIII活性およびFIX活性の測定限界は概ね1 IU/dLであるが,CWAを利用することで1 IU/dL未満の微量FVIII活性を評価できる7, 8).FVIII活性が1 IU/dL未満のため重症血友病Aと診断されている症例の中には,臨床症状に乏しく,CWAのパラメータでは10 IU/dL相当であるものが含まれることが報告されており,FVIII活性測定値よりもCWAパラメータの方が臨床的重症度を反映することが示唆された9).
FVIII製剤に代わり,FIXaとFXにバイスペシフィックに結合しFX活性化をもたらす抗体医薬エミシズマブが血友病Aの新たな治療薬として登場した.NogamiらはCWAを利用したエミシズマブ治療のモニタリング法を開発した10).
(3)異常フィブリノゲン血症Clauss法の凝固反応曲線についてCWAを行い,得られるパラメータの所見とClauss法によるフィブリノゲン測定値を組み合わせることで異常フィブリノゲン血症のスクリーニングを可能にするアプローチが最近報告された11, 12).このように,APTTやPTだけではなくClauss法の凝固反応曲線におけるCWAも有用である.
(4)その他の病態・疾患蛇毒,肝硬変,川崎病等における凝固異常についてもCWAによる検討が報告されている13–15).最近ではCOVID-19症例を対象に検討が行われ,CWAにおけるピーク値の増加により過凝固が示唆される結果が複数のグループから報告されている16, 17)Tanらはデング熱についても検討し,対照的に凝固低下と出血性を示唆する結果を得ている18).Fanらは,軽症のCOVID-19ではCWAをはじめ凝固関連検査のいずれについても過凝固所見が観察されなかったことを報告した19).
2)抗凝固薬の特性解明 (1)直接トロンビン阻害薬および直接FXa阻害薬のin vitro抗凝固効果の評価筆者らは直接トロンビン阻害薬2剤(ダビガトランとアルガトロバン),ならびに直接FXa阻害薬3剤(いずれもDOACであるリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン)を対象に,添加血漿を用いてAPTT測定におけるCWA(APTT-CWA)を実施した(図3)20).いずれの薬剤についても,各ピーク最大値の濃度依存性減少とともに,トロンビンポジティブフィードバックの阻止が観察された.また,用量反応曲線として注目すると,各薬剤ともHillプロットで直線となる曲線性が認められた.直線の傾きの絶対値はHill係数,直線のX切片は,50%阻害濃度(IC50)の対数にそれぞれ相当する.Hill係数は用量反応曲線の急峻度を定量的に表現しており,IC50前後の濃度の変動に伴う阻害率の変化の大小を反映する(図4).CWAの各ピーク最大値の濃度依存性減少に関するHill係数は,直接トロンビン阻害薬2剤ではともに1より大きく,直接FXa阻害薬3剤ではいずれも1またはそれより小さかった.CWAではなくTGTを用いて抗凝固薬のin vitro薬理特性をHill係数で評価した報告もあるが,トロンビンによる蛍光生成を阻害して検出自体に干渉してしまう可能性がある直接トロンビン阻害薬については,CWAを利用するのが妥当である21).
直接トロンビン阻害薬およびFXa阻害薬における最大1次微分陽性値(Max1),最大2次微分陽性値(Maxp2),最大3次微分陽性値(Maxp3)の薬剤濃度依存的減少
Wakui M et al. 201920)より改変引用
Hill plot解析が適用される様相を呈するCWAパラメータの薬剤濃度依存的変化
アンチトロンビンに依存して効果を発揮する間接抗凝固薬の3剤,未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,フォンダパリヌクスについてもAPTT-CWAを用いて検討した22).これらはアンチトロンビンと複合体を形成し,標的の活性化凝固因子との間の共有結合を介して不可逆的阻害をもたらす.それを反映するように,或る濃度に達するとCWAの各ピーク値は漸近ではなくゼロに達する様相を呈した.また,波形そのものに着目すると,1次微分のピークの山は左右対称であり,非対称を呈するアンチトロンビン非依存性抗凝固薬である直接トロンビン阻害薬や直接FXa阻害薬とは対照的であった.2次微分の陽性ピーク値と陰性ピーク値の関係性がその対称性を規定することに着目し,抗凝固物質がアンチトロンビン依存性か非依存性かを推測できる定量的指標を提案した.
CWAの系に組織プラスミノゲン活性化因子(t-PA)の添加を導入することで凝固に続く線溶を惹起し,濁度変化として光学的に検出される凝固線溶反応曲線を微分して得られる凝固線溶波形を利用すれば,APTTやPTの系を流用して簡便に線溶を評価でき,出血異常の病態解明の応用が期待できることが最近報告された23).凝固線溶反応曲線の1次微分でフィブリン生成方向に対する陽性のピークの出現の後に陰性のピークが出現し,それぞれ最大凝固速度,最大線溶速度を表す.プラスミン阻害薬であるトラネキサム酸は凝固時間や最大凝固速度には影響せず,線溶時間を延長し,最大線溶速度を低下させた.一方,トロンビン阻害薬であるアルガトロバンは凝固時間を延長し最大線溶速度を低下させただけでなく,最大線溶速度を上昇させ,線溶促進が示唆された.
筆者らは,DOACの線溶への影響に関する検討へのCFWAを利用してDOACの線溶への影響について検討し,ダビガトランとリバーロキサバンについては低濃度域では最大線溶速度が低下し線溶抑制が観察されたが,高濃度域では逆に最大線溶速度が上昇し線溶促進が観察された.このように,薬剤濃度によって異なる影響がCFWAによって示唆された24).
微量の組織因子の存在下ではFVIIaはFXではなくFIXの活性化を惹起し,いわゆる細胞基盤凝固経路の活性化をもたらすので,APTTに反映される内因系やPTに反映される外因系よりも生理的状況に近い凝固反応によるCWAが可能となる25).
CWAはAPTTやPTなどの測定における凝固反応曲線の逐次微分による包括的凝固情報解析手法であり,様々な凝固異常や抗凝固薬の研究に応用されている.専用の機器試薬が必要なTEG,ROTEM,TGTと異なり,CWAは凝固時間ベースのルーチン検査の際に自動的にデータを取得できるという利便性がある.凝固異常や抗凝固効果のスクリーニングへの実用化に向けて,今後の発展が大いに期待される.
研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(ブリストル・マイヤーズスクイブ株式会社)