日本血栓止血学会誌
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
特集:がんと線溶
悪性腫瘍と凝固線溶マーカー
山田 真也朝倉 英策
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 33 巻 3 号 p. 329-337

詳細
Abstract

悪性腫瘍には,静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)や播種性血管内凝固などの血栓性病態(凝固線溶異常)の合併が多いことが知られている.また,悪性腫瘍に対する治療に伴い凝固線溶異常を呈することもある.近年では悪性腫瘍治療の進歩が目覚ましく,長期的な生存率が上昇しているため,「がんの診断を受けた時から死を迎えるまでのすべての段階にある人」と定義されるがん “サバイバー” が急増しているが,サバイバーにおける心血管イベントやVTEの発症に注目が集まっている.悪性腫瘍治療前から治療中,治療後,また終末期においても,凝固線溶病態は著しく変化する.悪性腫瘍診療においては,凝固線溶検査を駆使した凝血学的な病態の評価を行い,最適な治療を選択することが必要である.

1.はじめに

担がん患者は,凝固活性化状態にあることが知られている1, 2.深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)や肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism: PTE)といった静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の発症頻度が高いのみならず,究極の血栓症とも言える播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)の合併も多い.悪性腫瘍診療において凝固線溶異常に着目するのみならず,一方で,凝固線溶異常を認めた場合,背景に悪性腫瘍が潜んでいないか検査する必要がある.また,悪性腫瘍に対する治療に伴い生じる凝固線溶異常も,治療の安全性や治療強度に影響を及ぼしうる.近年では,がんサバイバーにおける心血管イベントやVTEへの関心も高まっている.悪性腫瘍診療の様々な段階で生じる凝固線溶異常と凝固線溶マーカーの変動について論じたい.

2.悪性腫瘍診療と凝血学的検査

日常臨床でよく用いられる凝血学的検査として,プロトロンビン時間(prothrombin time: PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT),フィブリノゲン(fibrinogen: Fbg),フィブリン/フィブリノゲン分解産物(fibrin/fibrinogen degradation products: FDP),D-dimerが挙げられる.その他,トロンビン-アンチトロンビン複合体(thrombin-antithrombin complex: TAT)もしくはプロトロンビンフラグメント1+2(F1+2),プラスミン-α2プラスミンインヒビター複合体(plasmin-α2 plasmin inhibitor complex: PIC),α2 PI(α2 plasmin inhibitor),プラスミノゲンも重要な凝血学的評価の検査項目である.

一般に,D-dimerは血栓症関連マーカーとして知られているが,正確にはフィブリン分解産物,つまり血栓溶解の程度をみる検査である.そのため,血栓症を生じていても線溶が抑制されていれば上昇が目立たないこともある.ただし,D-dimerの上昇を認めた際には血栓症の存在を疑い,下肢静脈超音波検査や造影CTでの血栓症評価を行いたい.なお,D-dimerはVTE診断における感度は高いが特異度は低いマーカーであることが知られている3.つまり,D-dimerが全く正常であれば活動性のVTEはほぼ否定できるが,D-dimerが上昇しているからと言ってVTEとは限らない.

凝固活性化を反映するマーカーとしてはTAT,F1+2,可溶性フィブリン(soluble fibrin: SF)などが知られている.TATはトロンビンとその代表的な阻止因子であるアンチトロンビン(antithrombin: AT)が1:1で結合したものである.トロンビン産生量,つまり凝固活性化の程度を間接的に評価できる.F1+2は活性型第X因子によってプロトロンビンがトロンビンに転換する際に,プロトロンビンから遊離するペプチドであるため,トロンビン産生量を反映する.SFはフィブリンモノマーがFbgと複合体を形成したものである.これらの凝固活性化マーカーは血栓症発症時に,D-dimerよりも早期に上昇する4.ただし,TATやSFはD-dimerに比べてartifactが出やすく,検査結果に乖離がある場合には採血手技の適格性を検討する必要がある5.D-dimerやTAT,SFは凝固活性化や血栓の存在を示すのみならず,悪性腫瘍の予後不良因子でもある68

DICの診断においても凝血学的検査を正確に理解することが必要である.日本血栓止血学会DIC診断基準2017年版9図1表1に示す.悪性腫瘍では通常基本型を用いてDICの診断を行うが,化学療法の影響や造血器腫瘍,骨髄癌腫症などで造血障害を生じている場合には造血障害型,感染症を認める場合には感染症型を用いてスコアリングし,DICの診断を行う.DIC診断のための検査で重要な点は,一般止血検査や分子マーカーなど複数の項目での評価が必要な点である.PT,APTTは凝固検査として有名であるが,これら2マーカーが正常であったとしてもDICを否定できない10, 11.実際,国際血栓止血学会DIC基準で診断されたDIC症例の約4割でPT,APTTがともに正常であったとの報告もある12.つまり,PT,APTTのみでは,DICをスクリーニングすることは不可能である(DICを診断も否定もできない).必ずFbg,FDP,D-dimerや凝固活性化マーカーも併せて検査を行わねばならない.また,DICの病型診断も臨床上必須である.通常,固形腫瘍では凝固活性化と線溶活性化が均衡した線溶均衡型DICの病型を呈する.ただし,急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia: APL)などの造血器腫瘍や前立腺がん,血管肉腫,悪性黒色腫,骨髄癌腫症や消化管がんの一部では線溶亢進型DICを呈することがある11.線溶均衡型DICでは凝固活性化と線溶活性化のバランスが保たれており,通常出血症状や血栓による臓器障害は認めにくい.ただし,基礎疾患が進行してその均衡が破綻した場合には血栓症や出血症状を呈する.線溶亢進型DICでは,凝固活性化を上回る線溶活性化がみられ,出血症状が前面に出る.DICの各病型による検査値の比較を表2に,また線溶亢進型DICの病態診断を行うための指針を表3に示す13.凝固活性化マーカーTATはいずれの病型においても著増するが,線溶活性化マーカーPICは敗血症に合併したDICに代表される線溶抑制型DICでは軽度上昇にとどまり,線溶均衡型DICでは上昇,線溶亢進型DICでは著増する.ただし,PICのみでの確実な病型分類が難しく,表23の検査所見や,基礎疾患,身体症状も組み合わせて病型診断を行う.DICの病型や凝血学的検査異常の特徴は,悪性腫瘍の病期や治療介入,感染症の併発などにより容易に変化するため,定期的な凝血学的評価を行うように心がけたい.

図1

DIC診断基準適用のアルゴリズム

(※1)DICの基礎疾患を有する場合,説明のつかない血小板数減少,フィブリノゲン低下,FDP上昇がある場合,静脈血栓塞栓症などの血栓性疾患がある場合など.(※2)骨髄抑制・骨髄不全・末梢における血小板破壊や凝集など,DIC以外の血小板数低下の原因が存在すると判断される場合に(+)と判断,寛解状態の造血器腫瘍は(-)と判断.DIC: disseminated intravascular coagulation, FDP: fibrin/fibrinogen degradation products.(文献9より引用)

表1 日本血栓止血学会DIC診断基準2017年版
項目 基本型 造血障害型 感染症型
一般止血検査 血小板数(×104/μL) 12 < 0点 12 < 0点
8 < ≤ 12 1点 8 < ≤ 12 1点
5 < ≤ 8 2点 5 < ≤ 8 2点
≤ 5 3点 ≤ 5 3点
24時間以内に30%以上の減少(※1) +1点 24時間以内に30%以上の減少(※1) +1点
FDP(μg/mL) < 10 0点 < 10 0点 < 10 0点
10 ≤ < 20 1点 10 ≤ < 20 1点 10 ≤ < 20 1点
20 ≤ < 40 2点 20 ≤ < 40 2点 20 ≤ < 40 2点
40 ≤ 3点 40 ≤ 3点 40 ≤ 3点
フィブリノゲン(mg/dL) 150 < 0点 150 < 0点
100 < ≤ 150 1点 100 < ≤ 150 1点
≤ 100 2点 ≤ 100 2点
プロトロンビン時間比 < 1.25 0点 < 1.25 0点 < 1.25 0点
1.25 ≤ < 1.67 1点 1.25 ≤ < 1.67 1点 1.25 ≤ < 1.67 1点
1.67 ≤ 2点 1.67 ≤ 2点 1.67 ≤ 2点
分子マーカー アンチトロンビン(%) 70 < 0点 70 < 0点 70 < 0点
≤ 70 1点 ≤ 70 1点 ≤ 70 1点
TAT,SFまたはF1+2 基準範囲上限の 基準範囲上限の 基準範囲上限の
 2倍未満 0点  2倍未満 0点  2倍未満 0点
 2倍以上 1点  2倍以上 1点  2倍以上 1点
肝不全(※2) なし 0点 なし 0点 なし 0点
あり –3点 あり –3点 あり –3点
DIC診断 6点以上 4点以上 5点以上

注)脚注が存在するが,文献9)または日本血栓止血学会HP(フリーで閲覧可能)を参照のこと.

DIC: disseminated intravascular coagulation, FDP: fibrin/fibrinogen degradation products, TAT: thrombin-antithrombin complex, SF: soluble fibrin

表2 DICの病型分類と特徴的な検査所見
検査所見 線溶抑制型DIC 線溶均衡型DIC 線溶亢進型DIC
代表的疾患 敗血症 固形腫瘍 APL,前立腺がんなど
大動脈瘤,血管奇形
重症COVID-19の一部
臨床症状 臓器症状 目立たない 出血症状
PLT 低下 低下 低下
PT 延長 延長 正常~延長
APTT 延長 延長 軽度短縮~延長
Fbg 正常~上昇 低下 著減
FDP 軽度上昇 上昇 著増
D-dimer 軽度上昇 上昇 上昇
FDP/D-dimer比 約1 約1~2 約2~5
AT 低下 低下~正常 正常
TAT or F1 + 2 著増 著増 著増
PIC 軽度上昇 上昇 著増
α2 PI 正常(※) 軽度低下 著減
Plg 低下 軽度低下 低下
PAI-1 著増 軽度上昇 正常

文献1011より引用改変.

DIC: disseminated intravascular coagulation, PLT: platelet, PT: prothrombin time, APTT: activated partial thromboplastin time, Fbg: fibrinogen, FDP: fibrin/fibrinogen degradation products, AT: antithrombin, TAT: thrombin-antithrombin complex, PIC: plasmin-α2 plasmin inhibitor complex, α2 PI: α2 plasmin inhibitor, Plg: plasminogen, PAI-1: plasminogen activator ihbitor-1, APL: acute promyelocytic leukemia, COVID-19: Coronavirus Disease 2019.

(※)肝不全があれば低下する.

表3 線溶亢進型DICの病態診断を行うための指針
1.必須条件:TAT ≥ 20 ng/mLかつPIC ≥ 10 μg/mL*
2.検査所見:下記のうち2つ以上を満たす
  A:FDP ≥ 80 μg/mL
  B:フィブリノゲン < 100 mg/dL
  C:FDP/D-dimer比の上昇(D-dimer/FDP比の低下)
3.参考所見:下記所見を認める場合,重症出血をきたしやすい
  A:血小板数低下(< 5万/μL)
  B:α2 PI活性低下(< 50%)

* この必須条件を満たす場合は典型例である場合が多い.ただし,TATやPICが上記の7~8割程度であっても,線溶亢進型DICの病態と考えられることもある.

文献13より引用.

DIC: disseminated intravascular coagulation, TAT: thrombin-antithrombin complex, PIC: plasmin-α2 plasmin inhibitor complex, FDP: fibrin/fibrinogen degradation products, α2 PI: α2 plasmin inhibitor.

3.悪性腫瘍診断前・診断時の凝固線溶異常

初発VTE患者の約2~3割に悪性腫瘍の合併がみられたとの報告がある14.逆に,悪性腫瘍の診断時点におけるVTEの合併を評価した報告も多く存在する.担がん患者では,がん以外の背景を一致させたコントロール群と比較した検討では,VTE発症の相対危険度は4.7であったとされる15.悪性腫瘍の臓器によってVTE発症頻度に差があることも知られており,膵臓,脳,肺,卵巣では高頻度にVTEの合併を認め,悪性リンパ腫,骨髄腫,胃,骨では中程度,乳がんや前立腺がんではVTE合併の頻度は低い15, 16.がんの病期とVTE発症率の相関も知られている.VTE発症の相対危険度は,コントロール群と比較して,ステージI,II,III,IVでそれぞれ2.9,2.9,7.5,17.1であったとされている17.また,VTE発症率と死亡率にも正の相関を認める18.各種凝血学的マーカーと病期や治療反応性,予後の関連も報告されている.例えば,結腸直腸がんの病期と血中D-dimer値が相関したり19,肺がんにおけるTAT高値は治療反応性が不良であったとの報告もある20

DICに関しては本邦で2009年に疫学調査が行われており,DIC症例数の多い悪性腫瘍として,造血器腫瘍(APLなど),肝細胞癌,胃がんが,また,DIC発症頻度の高い悪性腫瘍として,APL(67.7%)や急性単球性白血病(acute monocytic leukemia: AMoL)(44.4%)などの造血器腫瘍が上位を占める.固形腫瘍におけるDICの合併率は6.8%であったとの報告もあり21,本邦で新規に悪性腫瘍と診断される件数が年間約100万例22であることを考えると,かなりの人数のDICを合併した悪性腫瘍患者が存在すると推定される.前述のとおり,固形腫瘍では線溶均衡型DICを呈するが,一部の固形腫瘍や造血器腫瘍では線溶亢進型DICを呈する.悪性腫瘍によりDICをきたすメカニズムとして,1)腫瘍細胞表面および腫瘍細胞中に含まれる組織因子(tissue factor: TF)による外因系凝固活性化,2)腫瘍細胞に対する免疫応答により単球/マクロファージが活性化し,それらの細胞からTFが産生されたり,腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor: TNF)やinterleukin(IL)-1といったサイトカインが血管内皮細胞にダメージを与える,3)腫瘍細胞から放出されるcancer procoagulantが第X因子を直接活性化するといった機序が考えられている.特にcancer procoagulantは正常細胞には発現しておらず悪性腫瘍に特異性が高いとされている.Cancer procoagulantは凝固活性化に働くのみならず,腫瘍の転移にも関係しているとの報告もある23.また,内因系凝固活性化に関与する活性型第XII因子の高値は一部のみの悪性腫瘍症例で認めたのに対して,外因系凝固活性化に関与する活性型第VII因子は約半数の悪性腫瘍症例で異常高値であったことも24,TFによる凝固活性化機序を支持する.しかしこれらの説明は凝固活性化機序に関するものであり,一部の腫瘍で認める線溶活性化機序については説明できていない.APLや一部の固形腫瘍で認める線溶活性化機序として,アネキシンIIの意義が指摘されている.アネキシンIIは組織プラスミノゲンアクチベータ(tissue plasminogen activator: tPA)とプラスミノゲンの両者に結合し,tPAによるプラスミノゲンの活性化を飛躍的に亢進させ,線溶活性化を増強する25.アネキシンIIはAPLや一部の固形腫瘍25, 26で発現しているのみならず,がんの浸潤,転移,血管新生との関連も注目されている27

悪性腫瘍患者の診療においては,悪性腫瘍と診断した時点で症状の有無にかかわらず必ず凝血学的検査を行うようにしたい.また,症状や検査値異常に応じて,血栓症や出血検索のための画像検査も行う必要がある.

4.悪性腫瘍の治療と凝固線溶異常

悪性腫瘍に合併したDICにおいても,DIC治療の大原則はまず原疾患に対する治療である.出血/血栓による臓器障害を呈していたり,DICによる血小板数減少を含む凝血学的異常により原疾患への治療が実施困難または治療強度を保てない場合がある.背景に大動脈瘤とそれに伴う線溶亢進型DIC(血小板減少)を呈しており,肺がんに対する化学療法が困難であったが,適切な抗凝固療法の導入により血小板数が回復し化学療法が可能となった症例も存在する28.DICに対する一般的な治療法を表4に示した.

表4 DICに対する治療一覧
1.基礎疾患の治療
2.経過観察
3.抗凝固療法
  a 未分画ヘパリン
  b ヘパリン類(ダルテパリン,ダナパロイドナトリウム)
  c 合成プロテアーゼ阻害薬(ナファモスタットなど)
  d トロンボモジュリン製剤
  e 直接経口抗凝固薬(DOAC)
4.補充療法
  a 新鮮凍結血漿
  b 濃厚血小板
  c 第XIII因子製剤
5.抗凝固療法+抗線溶療法(出血症状が著明な線溶亢進型DICに限定)
  a ヘパリン類※※+トラネキサム酸※※※
  b DOAC+トラネキサム酸※※※

日本においてDICに対しては保険適応がないため使用時には注意を要する.

※※ヘパリン類:未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,ダナパロイド.

※※※トラネキサム酸はDICに対して原則禁忌であるが,出血症状が著明な線溶亢進型DICで抗凝固療法併用下に使用されることもある.ただし,血栓止血認定医などの専門家へコンサルトすべきである.

DIC: disseminated intravascular coagulation, DOAC: direct oral anticoagulant.

造血器腫瘍に合併したDICに対しては,遺伝子組換えトロンボモジュリン製剤が未分画ヘパリン29や低分子ヘパリン30と比較してDIC離脱率や全生存率を有意に改善したことが示されている.

また,出血症状を呈する線溶亢進型DICに対しては,抗凝固療法に抗線溶薬であるトラネキサム酸を併用することも一法である10, 11.ただし,DICに対する抗線溶療法は不適切な使用により致死的な血栓症を生じる恐れがあり3133,トラネキサム酸単剤での治療は禁忌である.さらに,APLにおける線溶亢進型DICではその治療介入の内容によっては,凝固線溶病態が大きく変動するために慎重になる必要がある.APLは線溶亢進型DICを呈する代表的基礎疾患に挙げられ,脳出血を含む致死的な出血をきたしうる34.通常APLの初回治療では,全トランスレチノイン酸(all-trans retinoic acid: ATRA)による分化誘導療法がおこなわれるが,APL細胞の分化誘導よりもはるかに早く,DICの改善を認める.これは,ATRAにより,APL細胞の分化誘導が行われるのみならず,APL細胞におけるTFやアネキシンIIの発現も抑制されるためと考えられる25.ただし,アネキシンIIの発現抑制は相当に強力なようであり,ATRA治療前は凝固活性化をはるかに凌駕する線溶活性化を認めていたものが,ATRA開始後は凝固活性化が線溶活性化を上回る逆転現象が生じるようである.そのため,抗線溶薬であるトラネキサム酸をATRA治療中のAPL症例に使用した場合には致命的な血栓症を生じる恐れがある3537.ATRA治療中のAPL症例に対しては遺伝子組換えトロンボモジュリン製剤による治療が望ましい34

悪性腫瘍の治療中の凝固線溶異常や血栓症/出血の原因として,悪性腫瘍そのもの以外にも,抗悪性腫瘍薬(プラチナ製剤,L-アスパラギナーゼ,血管新生阻害薬,免疫長節薬など),ステロイドやホルモン薬の使用,敗血症の合併,腫瘍崩壊症候群,長期臥床などが挙げられる.悪性腫瘍の増悪に伴って凝固線溶異常の合併率は上昇するが38,悪性腫瘍の病勢が落ち着いていても,これらの因子により凝固線溶異常を呈しうるため,定期的に凝血学的検査を行うようにしたい.

さらに,悪性腫瘍のコントロールが困難となった終末期における凝固線溶異常のコントロールも重要である.終末期の悪性腫瘍ではDVTの発症は0.5%にとどまる一方,1~2割で出血症状がみられたとの報告がなされている39.悪性腫瘍終末期患者の出血の原因として,繰り返された化学療法や骨髄へのがん浸潤に伴う血小板造血の低下,DICの合併などが考えられる.悪性腫瘍の改善が見込めないDIC患者に対して,輸血や抗凝固療法などの治療介入をどこまですべきかに関しては今後の検討が必要であるが,我々は固形腫瘍の終末期患者に合併した線溶亢進型DICに対して,ヘパリン類とトラネキサム酸を用いた抗凝固・抗線溶併用療法を施行し,原疾患で死亡するまでの間,出血症状,DICを改善させることのできた症例を複数例経験している(表5).これらの症例では,血小板数低下や凝固因子低下に対して大量の血小板輸血や新鮮凍結血漿輸注が行われていたが,ヘパリン類とトラネキサム酸併用療法の導入に伴い,これらの補充療法が不要になった症例が存在する点も特筆すべきである.

表5 固形腫瘍終末期患者の線溶亢進型DICに対する治療介入
症例 1 2 3
年齢・性別 28歳男性 60歳男性 72歳男性
原疾患 原発不明がん 胃がん 胃がん
腫瘍マーカー CA19-9 16,946 U/mL
DUPAN-II 4,400 U/mL
CEA 106 ng/mL
CA19-9 52 U/mL
出血部位 鼻,皮下,血尿 点滴刺入部 ポート刺入部
治療介入 未分画ヘパリン+トラネキサム酸 ダルテパリン+トラネキサム酸 未分画ヘパリン+トラネキサム酸
DIC治療後死亡日数 day24 day32 day27
治療
検査項目 PLT(104/μL) 3.3 3.2 4.1 3.2 7.1 16.8
PT(秒) 15.2 17.3 15.4 14.3 12.9 11.4
APTT(秒) 30.4 73.8 35.5 34.6 21.3 26.0
Fbg(mg/dL) 152 256 125 145 129 215
FDP(μg/mL) 162.3 42.9 148.8 77.0 198.9 34.9
D-dimer(μg/mL) 35.1 13.8 31.8 20.2 38.7 9.1
TAT(ng/mL) 79.6 11.3 44.5 29.6 32.6 19.8
PIC(μg/mL) 12.3 8.1 14.9 10.8 19.2 8.1
α2 PI(%) 65 66 46 54 39 39
LDH(IU/L) 1,170 10,811 427 1,033 472 1,052
WHO出血グレード 2 0 2 0 2 0
輸血 RBC輸血を継続 PC輸血が不要に PC輸血,FFP輸注ともに不要に

DIC: disseminated intravascular coagulation, PLT: platelet, PT: prothrombin time, APTT: activated partial thromboplastin time, Fbg: fibrinogen, FDP: fibrin/fibrinogen degradation products, TAT: thrombin-antithrombin complex, PIC: plasmin-α2 plasmin inhibitor complex, LDH: lactate dehydrogenase, WHO: World Health Organization, RBC: red blood cell, PC: platelet concentrate, FFP: fresh frozen plasma.

5.がんサバイバーの凝固線溶異常

悪性腫瘍治療の進歩により,患者の生命予後は改善し,がんサバイバーが増加している40.それとともに,治療による長期的な合併症や晩発障害が問題となっている.近年,悪性腫瘍と循環器疾患の関連が注目を浴びており,本邦でも2017年から日本腫瘍循環器学会が発足している.長期サバイバーにおいて,冠動脈疾患や不整脈,心不全や心筋炎などの心血管イベントリスクが増加する可能性が示されている41.また,VTEのリスクが増加する癌腫として,膵臓がん,肝がん,卵巣がん,肺がん,乳がん,大腸がんなどが挙げられる41.小児を対象とした研究では,サバイバーにおけるVTE発症のリスク因子として,女性,シスプラチンやL-アスパラギナーゼの使用,肥満或いはるいそう,腫瘍の晩期再発や二次発がんなどが同定されている42.がんサバイバーの人数は多く,患者背景や原疾患,治療後の全身状態を総合したリスクの層別化が必要であるが,各がん腫の長期サバイバーにおける心血管イベントや血栓症発症に対して,何を指標にどれくらいの期間フォローアップを行うべきかなどについてはまだ十分な検討がなされておらず,今後の重要な課題である.

6.おわりに

悪性腫瘍の治療前,治療中,治療後また終末期における凝固線溶異常についてまとめた.悪性腫瘍では凝固線溶活性化病態がダイナミックに変化するため,常に凝固活性化,線溶活性化いずれにも細心の注意を払って診療にあたる必要がある.また,腫瘍循環器学は,悪性腫瘍治療の進歩とともに生じた新しい学際分野であり,さらなる発展が期待される.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

文献
 
© 2022 日本血栓止血学会
feedback
Top