日本血栓止血学会誌
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特集:DIC Up To Date
外傷急性期における外傷性DICの病態と治療戦略
早川 峰司
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2022 年 33 巻 5 号 p. 535-543

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Abstract

重症外傷における凝固障害の病態については,2020年に国際血栓止血学会の3つの学術標準化委員会が共同声明を発表しているが,いまだ,国際的な合意形成を得られておらず議論が続いている.我々は,外傷そのものを原因とする受傷直後の凝固障害(trauma induced coagulopathy)の病態を線溶亢進型DICとしてとらえている.このtrauma induced coagulopathyは,①凝固活性化因子が全身循環をめぐる凝固の活性化,②線溶亢進,③消費性凝固障害から形成される.また,このtrauma induced coagulopathyに対する治療は,①早期の抗線溶療法と②フィブリノゲンを中心とした凝固因子の積極的な補充が中心となる.重症外傷では,時間経過とともにDICの病型が変化するため,その病態理解と適切な治療介入が重要である.

1.はじめに

外傷死が,非高齢者の死亡原因の中心であること1,外傷急性期の死亡原因の中心が出血もしくは頭部外傷関連であること2は,想像に難くない.また,出血や頭部外傷を伴った重症外傷では,病院への搬入時に,既に凝固障害を認めていることが多数報告されており36,その病態に関する議論/研究が続いている710.この凝固障害への介入が患者の予後改善に寄与することが,近年,明らかになりつつある1116.本稿では,外傷そのものを原因とする受傷直後の凝固障害(trauma induced coagulopathy)の病態と治療について解説する.

2.受傷直後の外傷性DIC(trauma induced coagulopathy)の病態

2020年に国際血栓止血学会のfibrinolysis部会,DIC部会,perioperative and critical care thrombosis and hemostasis部会の3つの学術標準化委員会が合同で,trauma induced coagulopathyの定義と患者管理に関する共同声明を発表している7.この共同声明では,trauma induced coagulopathyの病態として,我々の主張する線溶亢進型DIC1719とともに,従来のAPC仮説(血管内皮細胞から遊離したthrombomodulinによりprotein Cが活性化され,凝固が抑制されるという仮説)20や自己ヘパリン化仮説(血管内皮細胞からヘパラン硫酸が遊離して血液がヘパリン化されるとする仮説)21が混在する形でまとめられており,議論/調整の困難さがうかがえる内容となっている7.本稿では,trauma induced coagulopathyは外傷そのものを原因とする受傷直後の凝固障害であり,線溶亢進型DICとする立場から解説を行う9, 1719

1)凝固の活性化

重症鈍的外傷における凝固の活性化はDunbarとChandlerの報告に集約されている22.健常人ではトロンビン生成試験において,その血漿検体に組織因子を添加すると十分量のトロンビンが生成されるが,組織因子を添加しなければトロンビン生成は確認されない.しかし,外傷患者由来の血漿検体では,組織因子を添加せずとも,トロンビン生成が生じている(図122.この現象は,外傷患者では血液中に凝固活性化因子が存在し,全身を循環していることを示している22, 23.この重症鈍的外傷の受傷直後に血中に存在する凝固活性化因子として,鈍的外力による組織損傷(細胞破壊)に由来するdamage associated molecular patterns(DAMPs)2431やマイクロパーティクル24, 3238が報告されている.受傷直後では,これらの凝固活性化因子の血中濃度は組織損傷の程度に比例しており(図224,組織損傷の程度がtrauma induced coagulopathyの合併に大きく影響していることが示されている3, 24, 33.また,この凝固の活性化は,トロンビンが多量に生成され,実際にフィブリノゲンに作用した結果としてのフィブリンモノマー(可溶性フィブリンもしくはフィブリンモノマー複合体)39の異常高値として,外傷受傷直後から認めることが多くの研究で報告されている4044

図1

健常人と外傷患者におけるトロンビン生成試験

上段:健常人におけるトロンビン生成試験.Native TGではトロンビン生成が生じていない.

下段:凝固障害を呈した外傷患者におけるトロンビン生成試験.Native TGでもTF-Stimulated TGと同様のトロンビン生成を認める.凝固活性化因子が血中に存在することが原因と考えられる.

TF-Stimulated TG:組織因子を添加し凝固を活性化させた後のトロンビン生成カーブ.

Native TG:組織因子を添加していないトロンビン生成カーブ.

参考文献22)から引用

図2

Noble-Collipドラムによるラット外傷受傷直後の組織損傷と凝固活性化因子

外傷の重症度が増加するにつれ,creatine kinaseとともに各種凝固活性化因子が増加している.

Control,外傷なし;D250,250回転による外傷;D500,500回転による外傷;D1000,1,000回転による外傷.

参考文献24)から引用

重症外傷の受傷直後には,出血傾向(止血困難)を認めるため,この凝固の活性化は理解が得られにくい病態である.しかし,出血傾向(止血困難)は,後で述べる線溶亢進と消費性凝固障害の影響が前面に出ているためであり,凝固の活性化が存在する(血中に凝固活性化因子が存在する)ことと矛盾するものではない.

2)線溶亢進

線溶の亢進は,受傷直後の外傷性DIC(線溶亢進型DIC/trauma induced coagulopathy)の最も重要かつ特徴的な病態である17, 18.鈍的外傷における線溶亢進は,組織損傷とショック(組織低灌流)の2つの原因が影響するため,分けて考えると理解しやすい17, 18

(1)ショック(組織低灌流)

線溶反応は血管内皮細胞から放出されるtissue-plasminogen activator(t-PA)によってプラスミノゲンがプラスミンに活性化されることにより生じる45.このt-PAは健常時から全身の血管内皮細胞の小胞内に貯蔵されており,様々な刺激で血中に放出される45.ショックによる線溶亢進では,組織低灌流つまり低酸素刺激で全身の血管内皮細胞からのt-PAの放出が惹起される3, 4547.ショックを伴う外傷症例では重度の組織損傷を伴うため,後述の凝固活性化からの2次線溶が混在する.このため,ショックによる線溶亢進のみ明確に確認することは困難であるが,内科的な心停止症例では,ショックによる線溶亢進を高頻度にかつ明確に確認することが可能である48, 49

(2)組織損傷による凝固の活性化

組織損傷により凝固が活性化されることは前述のとおりである.この凝固の活性化に伴いトロンビンが生成されるが,このトロンビン刺激により血管内皮細胞からt-PAが血管内への放出される45.いわゆる2次線溶の始まりである.重症外傷症例では頭部単独外傷のようなショックを伴わない症例でも高度の線溶亢進を認めるが(図33, 5053,この2次線溶が高度に生じていると捉えることが出来る.このt-PAによりプラスミノゲンがプラスミンに活性化されるが,健常時にはα2-plasmin inhibitorが血中に十分量存在しているため,プラスミンと複合体を形成しプラスミンの活性を制御している54.しかし,α2-plasmin inhibitorはプラスミノゲンの約半分しか血中に存在していないため54,枯渇しやすくプラスミンの制御不全に陥りやすい.事実,線溶亢進が高度な症例でα2-plasmin inhibitorの低下を認めやすい50, 55

図3

重症外傷患者における搬入直後の線溶亢進に対する調整オッズ比

頭部外傷患者(TBI)と頭部外傷を合併しない体幹部外傷患者(non-TBI)で線溶亢進と関係のある因子を探索した.外傷の重症度と組織損傷の程度は両群で線溶亢進と関係していた.しかし,組織低灌流はTBI群では線溶亢進と関係は認めなかった.

◆,オッズ比;水平線,95% confidence intervals; TBI, traumatic brain injury; ISS, injury severity score; RTS, revised trauma score; BP, blood pressure; LDH, lactate dehydrogenase; CK, creatine kinase.

参考文献3)から引用

(3)Plasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)血中濃度上昇の遅れ

PAI-1は,線溶反応のきっかけであるt-PAと1:1で結合し不活化することにより,線溶を抑制する内因性物質である56.しかし,健常時のPAI-1の血中濃度は高くなく,外傷受傷直後のt-PAによる線溶亢進を十分に制御できず線溶亢進型DICの病型となる41, 57.そのため,線溶は「亢進」しているのではなく,「抑制されていない」と捉えることも可能である.しかし,PAI-1の合成と血中濃度は時間単位で指数関数的に増加し線溶は抑制され,線溶抑制型DICの病型へ変化する(図417, 41

図4

Noble-Collipドラムによるラット外傷受傷後のPAI-1の血中濃度の変化

活性を持つPAI-1の血中濃度は受傷直後には消費性に低下を認め,その後,時間単位で指数関数的に上昇する.

参考文献41)から引用

3)消費性凝固障害

外傷では失血により凝固因子の体外への喪失が生じる.しかし,受傷から短時間かつ輸液等による血液希釈の影響がないタイミングでも,高頻度に凝固因子の低下(消費性凝固障害)を認める46.これは,前述の凝固活性化による凝固因子の消費とともに,線溶亢進によるフィブリンだけではなくフィブリノゲンの分解の結果と考えられる4, 5, 9, 17, 42).このため,PTやAPTTの異常や血小板数の低下よりも,フィブリノゲン値の低下を高頻度かつ早期に認める(図55

図5

重症外傷患者における止血系検査値が危険な水準に陥るタイミングと頻度

病院到着時に約3割の患者でフィブリノゲン値は150 mg/dLを下回っていた.その後も,積極的な補充にかかわらず,高頻度かつ早いタイミングでフィブリノゲン値は150 mg/dLを下回った.PTやAPTT,化粧板数は,危険な水準を下回る頻度は少なかった.

Massive transfusion,赤血球輸血が10単位となったタイミング.

参考文献5)から引用

3.受傷直後の外傷性DIC(trauma induced coagulopathy)に対する治療

外傷急性期では出血が関連の事象が病態の中心であり,その制御が治療の中心となる.このため,病態として凝固の活性化が存在するのは明らかであるが,少なくとも急性期には,抗凝固療法は実施されない.治療介入の中心は,線溶亢進と消費性凝固障害に対するものである58

1)抗線溶療法

重症外傷急性期における抗線溶療法は,著明な出血をともなう外傷患者を対象としたCRASH-2 trial14と意識障害を伴う頭部外傷患者を対象としたCRASH-3 trail11で,その効果が報告されている.CRASH-2 trialでは,抗線溶薬のトラネキサム酸が血管閉塞性疾患の発症を増加させることなく,全死亡率と出血性死亡率を低下させることを証明した14.しかし,受傷後早期にトラネキサム酸を投与した症例で出血による死亡の抑制効果が著明であったが,受傷後3時間を超えてからトラネキサム酸を投与すると,逆に出血による死亡率が上昇する奇妙な現象が示されていた13

このトラネキサム酸投与による出血死の増加は,トラネキサム酸がurokinase-plasminogen activator(u-PA)の線溶作用を増強することが原因となっている可能性が指摘されている5962.トラネキサム酸はプラスミノゲンに結合することにより,t-PAによるプラスミンへの活性化を抑制するが,u-PAによるプラスミンへの活性化作用は増強される(図659, 61.外傷受傷直後にはt-PAの上昇を認めるが,数時間遅れてu-PAが上昇することが報告されており60, 62,受傷後3時間を過ぎてからのトラネキサム酸の投与は,u-PAによるプラスミノゲンのプラスミンへの活性化を増強している可能性がある.

図6

トラネキサム酸のプラスミノゲン活性化への影響

t-PAの作用はトラネキサム酸の濃度依存性に抑制されるが,u-PAの作用は濃度依存性に増強される.

A:Glu-プラスミノゲンへの影響.

B:Lys-プラスミノゲンへの影響.

tPA-P,t-PA protease domain.

参考文献59)から引用

2)凝固因子の積極的な補充

外傷性DIC(trauma induced coagulopathy)による止血機能障害はDICによる消費性の凝固障害であるが,病院搬入後の輸液/輸血などの治療介入により希釈性凝固障害の要素も加わる17, 18.この輸液や輸血による希釈性凝固障害を回避するために,赤血球輸血と新鮮凍結血漿,濃厚血小板を2:1:1ではなく1:1:1で投与することの有用性が北米で実施された他施設RCTのPROPPR trialで示された15.しかし,血液製剤を1:1:1で投与するということは,凝固因子の希釈を回避するという意味合いしかなく,外傷自体による消費性凝固障害を補正する効果は乏しいと考えられる.

外傷急性期における消費性凝固障害に対しては,フィブリノゲンの積極的な補充が推奨されている58.フィブリノゲンは止血血栓の形成に不可欠な凝固因子であるとともに,外傷急性期に早期かつ高頻度に低下する凝固因子である4, 5.このフィブリノゲンの欠乏に対して,新鮮凍結血漿を投与してもフィブリノゲン値の上昇は期待し難く,クリオプレシピテートやフィブリノゲン濃縮製剤の投与が有益とされている63.重症外傷患者に対する新鮮凍結血漿の投与効果とフィブリノゲン濃縮製剤を中心とした血液濃縮製剤の投与効果を比較した単施設RCTのRETIC trialでは,血液濃縮製剤投与の方が,凝固障害の補正や大量輸血の回避に有益であったことが示されている16.しかし,日本国内では,フィブリノゲン濃縮製剤の外傷患者への投与は適応症がないことに注意が必要である.

4.最後に

受傷直後の外傷急性期における線溶亢進型の病型を示す外傷性DIC(trauma-induced coagulopathy)の病態と治療を解説した.外傷症例では,時間経過とともに病型が変化するため,その病態理解と適切な治療介入が重要である.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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