日本血栓止血学会誌
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
トピックス 新型コロナウイルス関連シリーズ
PNH患者におけるmRNAワクチン接種後の溶血
小原 直
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 33 巻 5 号 p. 572-575

詳細

1.はじめに

発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria: PNH)は補体介在性の持続的な血管内溶血によって貧血・腎障害・血栓症など多彩な症状や臓器障害などを引き起こし,造血不全の一つと位置付けられる1.PNHは造血幹細胞においてGPIアンカー合成にかかわる遺伝子の変異によってGPIアンカーが血球表面で欠損し,GPIアンカーと結合している補体制御因子CD55やCD59を欠損する血球が出現する.遺伝子変異はPIG-A遺伝子変異がほとんどであるが,近年,PIG-T遺伝子変異によるPNHも報告されている.PNH血球は赤血球表面で補体制御因子を欠損しているため,補体系活性化に伴い,赤血球が補体C5b-C9による膜侵襲複合体(membrane-attack complex: MAC)によって破壊されて血管内溶血をきたす.白血球などの有核細胞は細胞表面に補体制御因子CD46を発現しており,通常MACによる血球破壊はない.PNHは高度の血管内溶血や補体活性化に伴う遊離ヘモグロビン・血小板活性化・炎症促進・NO枯渇などが臓器障害・血栓形成などを惹起するためにその病像・症状はきわめて多彩である.近年,C5をターゲットにした抗体治療が実用化され,溶血抑制や症状改善に高い有効性を示している.2022年現在,日本ではC5に対する抗体製剤として2週間に1回投与のエクリズマブと8週間に1回投与のラブリズマブが市販されている.C5抗体は血管内溶血抑制に高い効果を示しているが,C3の蓄積に伴う血管外溶血の出現などの問題もあり,より上位経路を阻害する治療も検討されつつある.

PNHは難病指定されている希少疾患であり,病態の理解や症例の集積が難しいためSARS-CoV2感染との関連は不明な点が多いが,最近は症例の報告が相次いでおり,本稿では主にワクチン接種後の溶血反応について概説する.

2.SARS-CoV-2mRNAワクチンとPNH

SARS-CoV2感染に伴い,溶血発作が出現する症例が報告されている2, 3.SARS-CoV2は補体系を活性化する可能性が指摘されており,PNH患者にとってコロナウイルス感染は溶血発作の高いリスクと考えられる.SARS-CoV-2のスパイクタンパク質がヘパラン硫酸を介して補体制御因子であるfactor Hと競合し,血球表面での補体活性が亢進することが溶血発作の一因と考えられている4

SARS-CoV-2感染はPNHの血管内溶血を促進し,血栓症や臓器障害を発症する高いリスクと考えられるため,ワクチン接種が積極的に推奨されている5.しかし,COVID19感染のために開発されたmRNAワクチン接種によっても溶血を惹起する可能性がいくつか報告されている68.mRNAワクチンは,自己免疫による溶血・血小板減少など血液学的副作用が報告されており,PNHも注意すべき疾患の一つと考えられる.PNHは稀少疾患であるために大規模な調査・解析は困難であるが,いくつか報告されつつある.

GerberらはmRNAワクチンを接種した6例のPNH患者の溶血を後方視的に解析した9.5例は抗補体療法を施行されており,1例は未治療であった.抗補体療法は,C5に対する抗体のみではなく,上位経路のfactorD阻害剤を投与されている症例も含まれている.6例中4例でワクチン接種後に貧血,未治療の1名で血栓症を発症した.1名は赤血球輸血を必要とした.抗補体療法を受けながら貧血を認めた3例はいずれもラブリズマブによる治療を受けており,ラブリズマブの最終投与から4週以上経過していた.一方で,LDHがワクチン接種後に上昇していない,または記載されていない症例もあり,一概に血管内溶血亢進とは説明しにくい症例も含まれている.これらの症例は血管外溶血または造血不全の増悪なども関与している可能性はある.

Giannottaらはイタリアにおける後方視的多施設の解析を報告している10.合計87例のPNH患者で,70名が抗補体療法施行中,17名が未治療であった.治療中の患者10例でブレイクスルー溶血(治療中の溶血亢進)や血栓症,未治療患者で2例の溶血の亢進を認めた.多くは軽症であったが,3例で入院または輸血を必要とした.PNH全体でmRNAワクチン接種後溶血は13.8%としている.

日本におけるPNH患者の解析も報告されている.Kamuraらは17例のPNH患者を後方視的に解析した結果を報告している11.12例がラブリズマブ,エクリズマブ,クロバリマブの抗C5抗体による治療を受けており,5例は無治療で経過観察されていた.抗補体療法を行われている12例のうち,1例のみ軽度のブレイクスルー溶血を認めていたが,短期間で貧血も改善していた.一方,無治療のPNH患者5名のうち,2名でmRNAワクチン接種後に高度の溶血発作を認めた(図1:症例1,2,文献11を改変).この2症例ではいずれも接種後1~2週でLDHが2,000以上となり,数週にわたって肉眼的ヘモグロビン尿が持続していた.1例で入院・赤血球輸血を要している.

図1

mRNAワクチン接種後の溶血発作を認めた症例の経過(文献11を改変)

mRNAワクチン接種後に溶血発作が発症する機序は不明である.SARS-CoV-2感染時の溶血と異なり,ワクチン製剤が補体制御因子活性に直接関与することはないようである9.ワクチン接種後に溶血発作を生じた症例はCH50が上昇していることから,ワクチンによる全身的な炎症が亢進し,補体活性も亢進するために血球表面でMAC形成が促進され,結果的に血管内溶血が増悪する可能性が現在のところ考えられている10, 11

3.ワクチン接種回数と溶血の関連

Gerberらのケースシリーズでは1回目は問題なくても2回目で強い貧血を認めている症例がある.イタリアからの報告では,治療中・未治療を含めて溶血の亢進を認めた症例の多くが2回目または3回目であった.Kamuraらの日本の報告では未治療例の中で1回目の接種では溶血亢進がなかったが,2回目で溶血発作を認めた症例がある.ワクチンのブースター投与が炎症を増幅させ,補体活性がより更新する可能性も指摘されている10.SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種は複数回行われる症例大多数と考えられるが,同一症例でもワクチン接種後の反応は異なる場合があり,注意が必要と考えられる.

4.ブレイクスルー溶血と抗補体製剤投与のタイミング

日本の症例でラブリズマブ投与後にブレイクスルー溶血を認めた症例はラブリズマブ最終投与から約7週後であり,ラブリズマブの血中濃度の低下は溶血亢進に密接に関与する可能性がある11.イタリアからの報告ではブレイクスルー溶血を認めた10例のうち,半減期が短く,投与間隔が2週間のエクリズマブを投与していた症例が7例を占めている10.一般的に抗C5抗体の血中濃度の低下はブレイクスルー溶血のリスクと考えられるが,SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種患者において,抗補体薬の血中濃度の維持が特に重要と考えられる.

5.どのような症例で注意すべきか

これまでの報告から,抗補体療法を確実に行っている症例ではワクチン接種後の溶血発作は,出現したとしても重症化する可能性は高いとは言えない.しかし,抗C5抗体の濃度が低下した症例では溶血発作が起こりやすく,可能であればワクチン接種は抗C5抗体投与から日を置かずに行うのが良いかもしれない.確実に溶血発作を予防するためには抗補体療法を投与した直後にワクチン接種を行う,接種後のフォローを確実に行う,補体活性を亢進させる可能性のある外科的処置を避ける,などの対策は考えられる.一方で,Kamuraらの報告における高度溶血発作を認めた2例はもともとLDHが比較的高く,血管内溶血所見を常時認めており,抗補体療法の適応を検討されていた症例であった.経過観察をしている症例の中でもLDHが比較的高いなど溶血所見を従前から明確に認めている症例はワクチン接種後の溶血発作のリスクがきわめて高く,注意深い観察が必要である.

6.まとめ

PNHにおいて,SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種による溶血発作・血栓症は注意すべき合併症である.抗補体療法未治療例ではワクチン接種後の溶血発作のリスクが特に高い.抗補体療法治療例では治療薬投与直後にワクチン接種を行うことが望ましい.PNHは稀少疾患であり,遭遇する機会は少ないが,溶血発作や血栓症は激烈である.今後もmRNAワクチンの接種は定期的に必要となる可能性もある.また,病像が多彩なことから画一的な対応が難しい疾患でもある.継続的な症例の集積・解析が望まれる.

著者の利益相反(COI)の開示:

臨床研究(治験)(アレクシオンファーマ,中外製薬,協和キリン,BioCryst,ヤンセンファーマ),その他の報酬((アドバイザーとして)ノバルティス,アレクシオンファーマ,協和キリン,Sobi Japan)

文献
 
© 2022 日本血栓止血学会
feedback
Top