日本血栓止血学会誌
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溶血性貧血と血栓症
植田 康敬
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2022 年 33 巻 5 号 p. 580-582

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溶血性貧血は先天性のものと後天性のものがあるが,その多くで血栓症のリスクが上昇する.主な原因として血管内溶血による赤血球膜成分の露出や,赤血球内容物,特に遊離ヘモグロビンの放出などによる血管攣縮や血小板,凝固系の活性化があるが,近年補体系の活性化の関与も明らかとなってきている.血栓症は予後に大きく影響することから,溶血性貧血の治療目標は貧血の改善だけでは無く,溶血による血栓症リスクのコントロールも重要である.

1.溶血と血栓症のリスク

溶血性貧血は先天性のものと後天性のものに分けられるが,その多くで血栓症のリスクが上昇することが知られている.鎌状赤血球症(sickle cell disease: SCD)では約1/3が血管内,約2/3が血管外溶血と考えられており1,βサラセミアでは骨髄内での溶血(無効造血)と血管外溶血が主体と考えられているが1,SCDの症状の多くが血管内溶血によるとされ2,血管内で赤血球膜成分が露出することがサラセミアにおける血栓症リスクにつながっていると考えられている3.遺伝性球状赤血球症やピルビン酸キナーゼ欠損症は主に血管外溶血をきたし,無治療では一般に血栓症のリスクが高くないが,摘脾後に血栓症のリスクが上昇することが知られている.後天性溶血性貧血として,発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria: PNH)は補体による血管内溶血を主体とし,血栓症が予後に大きな影響を与えていることが知られている4.温式自己免疫性溶血性貧血(warm autoimmune hemolytic anemia: wAIHA),寒冷凝集素症(cold agglutinin disease: CAD)においても血栓症リスクが報告されているが,いずれも血管内溶血発作を起こした際などに血栓症を発症する傾向が強い5.こうしたことから血管内溶血が血栓症のリスクであると考えられている.

2.血管内溶血による血栓症の機序

深部静脈血栓症の原因としてVirchowの3徴(血管壁障害,血流うっ滞,過凝固状態)が挙げられるが,これは動脈性血栓にもあてはまると考えられている.血管内溶血に伴い,これら3つの要素のいずれもが契機となり血栓を形成する(図16.血管外溶血では,赤血球が脾臓のマクロファージや肝臓のkupffer cellにより貪食され,通常遊離ヘモグロビンを始めとした細胞成分は血漿中に放出されない.一方血管内溶血を来すとdamage-associated molecular patterns(DAMPs)と呼ばれる様々な物質が血漿中に放出され,これらには遊離ヘモグロビン(fHb)やfHbが酸化した遊離ヘム(fHeme)のほか膜上の成分(phosphatidil serine: PS)を露出した細胞外小胞などが含まれる7.こうした成分は血管壁を障害し,血管を収縮させることで血流うっ滞をもたらし,凝固系,補体系,血小板を活性化させることで過凝固状態をもたらす.

図1

血管内溶血における血栓形成のメカニズム

遊離ヘモグロビン(fHb)と酸化ヘモグロビンは平滑筋拡張作用を持つ一酸化窒素(NO)を吸着し,活性酸素(ROS)を介して血管内皮細胞に組織因子を発現させるほか,血小板を活性化させ,血栓形成を亢進する.遊離ヘム(fHeme)はtoll-like receptor 4(TLR4)に結合し,血管内皮細胞のWeibel-Palade小体(WPB)からのvon Willebrand因子(VWF)の分泌促進に加え,血小板や第12因子(FXIIa)を活性化する.また血管内皮上のP-seletin,ICAM-1,VCAM-1といった接着因子発現を促進することで,好中球が内皮上を転がり(rolling),組織に侵入しやすくする.好中球が活性化すると,好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)がfHemeによって効率良く誘導され,血栓傾向をもたらす.fHemeは様々な溶血性貧血で補体活性化経路の第2経路を活性化させることも報告されており,NETsにより補体C5やC3の活性化も起こる.

3.血小板,凝固系,線溶系,補体系の相互作用(crosstalk)

凝固系,線溶系,キニン・カリクレイン系,そして自然免疫である補体系は,血中でタンパク質分解酵素前駆体が連鎖的に反応を起こす酵素カスケード系である.活性化した各タンパク質分解酵素は,各カスケード特異的なタンパク質だけでは無く,別のカスケードのタンパク質も分解,活性化させることが知られている.例えばセリンプロテアーゼである活性化第12因子(FXIIa)は第11因子(FXI)を活性化させるだけでは無く,補体C1r,C1sを分解することでC1複合体形成を促す.また,トロンビンや活性化第IX,XI,X因子はいずれも補体成分C3,C5を分解,活性化させる.補体レクチン経路の活性化をおこすMASP-1は,フィブリノーゲンやXIII因子,TAFIを分解しフィブリンの重合を促進し,MAPS-2はトロンビンを活性化するなど,凝固系にも作用する.トリプシンやキモトリプシンは消化酵素であるが,C1q,C3といった補体成分を活性化されることも知られている.これらの酵素は時間的,空間的に近接して血中に存在するが,通常様々なプロテアーゼ阻害物質により活性がコントロールされており,結果としてお互いの系への相互作用(crosstalk)は低く抑えられている.こうしたプロテアーゼ阻害物質は血漿タンパク質の10%にも及ぶ.しかし膵炎により大量のプロテアーゼが血中に放出されたり,敗血症など重度の感染症や外傷により様々なプロテアーゼが活性化されたりするとこうした恒常性が失われ,crosstalkによる影響が顕在化する恐れがある.また血小板は凝固系,補体系とも相互作用することが知られており,これらの系のcrosstalkにより,血栓傾向が促進される8

4.治療目標

溶血性貧血治療の第一目標は貧血の改善だが,予後に大きく影響する血栓症などの合併症リスクを如何に低減させるかも重要である.特に後天性貧血において,血栓症が予後に大きく影響することがPNHのみならず,自己免疫性溶血性貧血においても明らかとなってきている.血管内溶血の抑制が血栓予防に重要だが,それぞれの疾患毎にアプローチを考える必要がある.PNHにおける血管内溶血は完全に補体依存性のため,抗補体薬による治療が極めて有用である.実際抗C5抗体薬の登場により,貧血の改善のみならず血栓症リスクの大幅な低減から,予後の改善も報告されている9.wAIHAにおける貧血の主体は血管外溶血だが,補体系の活性化が血管内溶血に関与することが明らかとなってきており,wAIHAに対する抗補体薬の治験も行われている.CADに対して補体C1sに対する抗体薬が認可され,貧血の改善が報告されているが10,血管内溶血阻害の詳細や血栓症予防効果については今後の検証が待たれるほか,補体の別成分(FB,C3)をターゲットとした抗補体薬の治験も行われている.溶血性貧血の治療目標として貧血改善だけでなく,血管内溶血による臓器障害,特に血栓症のリスクコントロールが重要と考えられる.

著者の利益相反(COI)の開示:

臨床研究(治験)(アレクシオンファーマ,ノバルティスファーマ,中外製薬,Biocryst,Incyte,サノフィ),研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(アレクシオンファーマ,中外製薬),その他の報酬(アレクシオンファーマ,ノバルティスファーマ,中外製薬,サノフィ,ヤンセンファーマ)

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