日本血栓止血学会誌
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カプラシズマブ:後天性血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)に血漿交換は不要になるか?
宮川 義隆
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2022 年 33 巻 5 号 p. 583-585

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1.はじめに

後天性血栓性血小板減少性紫斑病(acquired thrombotic thrombocytopenic purpura: aTTP)の標準的治療は,血漿交換と副腎皮質ステロイドである1.再発・難治例に抗CD20モノクローナル抗体製剤リツキシマブが医師主導治験の成果をもとに適応拡大になり,救命率が大きく改善した.

救急搬送されるaTTP患者の血小板数は3万/μL以下であることが多い.血漿交換のために中心静脈カテーテルを挿入する際の危険性,新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma: FFP)を用いた血漿交換中のアナフィラキシーとカテーテル関連感染症など頭を悩ますことが多い.2018年に欧州連合,2019年に米国でvon Willebrand因子(VWF)に対する低分子抗体カプラシズマブが,aTTPの治療薬として薬事承認され,国際血栓止血学会によるTTP診療ガイドライン2020において,急性期の一次治療として推奨されている1

近年,海外から血漿交換を行わず,カプラシズマブと免疫抑制療法で治療に成功した症例報告が相次いでいる.全ての症例に血漿交換が不要になる訳ではないが,軽症から中等症であれば,血漿交換を行わずに外来治療が可能になる可能性もあり本稿で解説したい.

2.後天性TTPに対するカプラシズマブ

1991年のN Eng J Med誌に掲載されたRock GAらの論文2により,血漿交換が長らくaTTP治療の標準的治療となった1.ベルギーのAblynx社が開発した低分子抗体カプラシズマブはVWFを標的とし,血小板と血管内皮の粘着を阻害する.初回投与から数日以内に,aTTPの血小板減少を回復させる画期的な新薬である.2019年のN Eng J Med誌に,aTTP患者145名を対象とした二重盲検化,プラセボ対照比較のPhase 3試験成績が掲載された3.カプラシズマブ投与群はプラセボ群と比べて,血小板数の正常化までの日数が短く,複合評価項目(TTP関連の死亡,再発,血栓塞栓症)が少ないことが検証され3,薬事承認に繋がった.既に欧米では初発と再発例を問わず,aTTP患者の急性期に広く使われている.

3.血漿交換ができない症例

aTTPの標準的治療である血漿交換を受けられない理由として,宗教上の理由,FFPによるアナフィラキシーショック,頻回な血漿交換を望まない,中心静脈カテーテルの留置が困難,医療資源が乏しくFFPの入手が困難な地域(主に海外)が想定される.

4.エホバの証人

2019年のN Engl J Med誌のcorrespondence欄に,aTTP患者の1例報告が掲載され,反響を呼んだ4.エホバの証人である63歳の女性が紫斑に気づいて,医療機関(米国オハイオ州,ルイジアナ州立大学病院)を受診した.Hb 11.6,血小板14,000/μLより当初,特発性血小板減少性紫斑病と診断されデキサメタゾンが投与された.その後,血清LDHが605 IU/Lと上昇,血清ハプトグロビンの低下に加えて,ADAMTS13活性が5%に未満に低下しておりTTPと診断された4.宗教上の理由で血漿交換を希望しないため,副腎皮質ステロイド,リツキシマブとVWF含有FVIII製剤が投与された4.あいにく,これらの治療は無効で顔面麻痺と失語症を合併し,意識は混濁した.11日目から薬事承認前の人道的治験としてカプラシズマブが投与され,翌日には血小板数が23,000/μLから83,000/μLに回復した(図1).さらに4日目には血小板数が200,000/μLと正常化した4.血漿交換を行わず,カプラシズマブで治療に成功した世界初の症例として注目された.

図1

宗教的理由で血漿交換ではなくカプラシズマブで受けたaTTP患者

63歳の女性.入院日をDay 1とし,Day 11から40までカプラシズマブの投与を受けた.Day 20に退院し,カプラシズマブを自己注射した(文献4より一部改変).

5.カプラシズマブとリツキシマブによる外来治療

2019年のAm J Hematol誌に,宗教上の理由ではなく,医師と患者が血漿交換と副腎皮質ステロイドの副作用について話し合い,外来でカプラシズマブとリツキシマブを投与して寛解した1症例が報告された5.症例は56歳の女性で,10年にわたるaTTPの病歴があり,米国オハイオ州立大学病院に定期通院していた5.数日前から倦怠感,腹痛と嘔気があり,血小板数は86,000/μLに低下,Hbは12.7 mg/dL,血清LDHは270 IU/Lで,多数の破砕赤血球を認めた.主治医がaTTPの再発と診断し,緊急入院をして血漿交換と副腎皮質ステロイドを提案した.患者が副作用の多い血漿交換と副腎皮質ステロイドを希望しなかった.このため外来でカプラシズマブとリツキシマブによる治療を始め,6日目には血小板数が321,000/μLに回復した5.本症例は軽症であるが,外来で初めてカプラシズマブとリツキシマブによる治療を行い,血漿交換と副腎皮質ステロイドが不要であることを示した初めての症例報告である.

6.ドイツとオーストリアからの7名報告

2020年のJ Thromb Haemost誌に,ドイツとオーストリアの研究グループが,カプラシズマブを投与し,血漿交換を行わずに治療に成功したaTTP患者7名の臨床経過を報告した6.患者の内訳は初発2名と再発5名,軽症3名と中等症以上4名だった.全例がaTTPと診断直後に医師と患者が話し合い,血漿交換を行わずカプラシズマブによる治療を速やかに受けた.初回のカプラシズマブを投与後,17時間(中央値)後に血小板数が2倍に増え,84時間後に血小板数が正常化した6.臓器障害のバイオマーカーである血清LDHも血小板数の正常化と同時に改善した.被検者7名全員が副腎皮質ステロイドの投与を受け,4名にリツキシマブが投与された.本論文のlimitationは症例数が7名と少なく,後ろ向き研究であることであるが,血漿交換を行わなくても一部のaTTP患者はカプラシズマブと免疫抑制剤で治療が可能であることを示した.

7.初回の血漿交換でアナフィラキシーショックを合併した症例

米国ミルウォーキー州から,63歳の女性についての症例報告が2020年にあった7.抜歯後に急性の意識障害と紫斑が多発し,Hb 6.3 g/dL,血小板12,000/μL,血清LDH 1,212 IU/mLとADAMTS13活性5%未満より,aTTPと診断された7.初回の血漿交換中に,血圧が72/45 mmHgに低下,呼吸困難,血管浮腫,じんま疹を認め,アナフィラキシーショックと診断された.このため2日目以降の血漿交換を行わず,メチルプレドニゾロン,カプラシズマブ(8日間)とリツキシマブ(1回375 mg/m2,週1回,3週間)が投与された.カプラシズマブの投与開始から数日後に血小板数は増加し,入院期間15日で退院した6

8.まとめ

aTTPの標準的治療は,血漿交換である2.血漿交換の目的は体内に不足しているADAMTS13の補充と,ADAMTS13インヒビターと超高分子量VWFの除去とされる1.カプラシズマブは,急性期の脳梗塞と心筋梗塞を予防する.免疫抑制剤(副腎皮質ステロイドとリツキシマブ)は,病気の原因であるADAMTS13インヒビターを抑制する.本稿で血漿交換を行わず,カプラシズマブと免疫抑制療法でaTTPの治療に成功した海外の症例報告を紹介した.病棟管理が難しく,副作用が多い血漿交換を回避できれば夢の治療となりえるが,現時点で血漿交換が標準的治療であることには変わりはない1.カプラシズマブにより血漿交換が不要になるかは,今後の前方視的な臨床研究による検証が必要である.

著者の利益相反(COI)の開示:

役員・顧問職・社員など(全薬工業(顧問)),臨床研究(治験)(サノフィ(治験責任医師)),その他の報酬(サノフィ(メディカルアドバイザー会議,市販後調査))

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