日本血栓止血学会誌
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診断・治療・技術講座
VWFマルチマー解析の実際とkey point
樋口(江浦) 由佳
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2022 年 33 巻 6 号 p. 707-711

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1.はじめに

von Willebrand因子(VWF)は,血小板の凝集を仲介することで血小板血栓の形成に寄与し,また,凝固第VIII因子との複合体形成によりその安定化に寄与するなど,止血機能に重要な血漿タンパク質である1.VWFは,2~80個のユニット(モノマー)が繋がったマルチマーとして存在しており,高分子になるほど血小板凝集能は高い.VWFマルチマーの質と量を調べることにより,VWFの止血能に関する重要な情報を得ることができる2

VWFマルチマーは,500~20,000 kDaという巨大さゆえ,一般的なタンパク質を分離するSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分析することが不可能である.VWFマルチマーにおけるモノマー間の結合は,ジスルフィド結合,すなわち共有結合であるため,電気泳動のためのSDSを使用することが可能である.ゲル担体をポリアクリルアミドからアガロースに変換し,SDS-アガロースゲル電気泳動をおこなうことにより,マルチマー構造を損なうことなく,分子量に応じた分離が可能である3

先天性von Willebrand病(VWD)をはじめとして,大動脈弁狭窄症等の循環器疾患や補助人工心臓装着による後天性von Willebrand症候群(AVWS),COVID-19感染に起因する血栓症などの疾患においても,VWF機能の異常を知るためにVWFマルチマーは重要な指標となる4.AMED研究班のAVeC study(研究代表者:東北大学・堀内久徳教授)の中で,我々はVWFマルチマー解析を分担した.約二千検体のデータを出し続けるにあたり,様々な障壁を含む貴重な経験を積むことができた.VWFマルチマー解析は,手技が煩雑で時間もかかるため,取っつきにくい印象がある.本稿では,初めてマルチマー解析に取り組まれる方,解析し始めているがなかなかうまくいかない方,共同研究等でマルチマー解析の結果に触れているが実際にどのような工程を経てデータが得られるのかピンとこない,という方々の参考になればという観点から,マルチマー解析の実際について紹介する.大まかな流れを図1に示した.

図1

VWFマルチマー解析の流れ

2.工程① アガロースゲルの作製

VWFマルチマー解析では,分子量最大20,000 kDaにおよぶタンパク質を泳動するために,担体としてアガロースを用いる.使用目的に合わせた種々のアガロースが販売されているが,それぞれの特徴を踏まえ,自分たちの手技で最も綺麗にVWFマルチマーを分離・検出できるアガロースを選定することは重要なポイントとなる.以前は,LONZA社よりVWFマルチマー解析用と謳われてSeaKem HGT (P) agaroseが販売され,我々も使用していたが,数年前に販売中止となった.その際,後継として数種類のアガロースを試したところ,アガロースによってバンドの鮮明さやバックグラウンドの出方などが大きく異なることを経験した.研究室ごとの手技の違いによって最適なアガロースは違うかもしれないので,試供品などでいくつか試されることをお勧めする.

我々は,通常のSDS-PAGEで使用する2枚のガラス板と縦型の泳動装置を使用している.ガラス板の前処理として,泳動後にゲルを剝がしやすくするためのシリコナイズ処理や,ガラス板からのゲルのずり落ち防止の工夫(図1B,横型泳動の場合は不要)をおこなっている.

均一なゲルを作製するためのポイントは,熱いアガロース液をガラス板に注入する際,途中でゲルが固まり始めないようにすることである.そのために,ガラス板をセットした泳動装置の泳動バッファーを入れる部分に70°C程度の水を入れておき,80°Cで保温したアガロース溶液(我々はオートクレーブ装置の保温機能を利用している)を流し込んでいる.すぐにウエル作製用コームを差し込むことも肝要である.ここまでの工程を高温状態を保っておこなうことで,ゲル内やコーム周辺の泡の発生や残存が起こりにくい.アガロースの濃度は,高分子量域のマルチマーに焦点を当てる場合は1.0~1.2%,低分子量域やトリプレットを検出したい場合は2.0%ぐらいが適している.

アガロースを溶解するバッファーの組成として,100 mMトリス・100 mMグリシン・0.4% SDSを使用している.

3.工程② サンプルの調製

血漿を凍結保存している場合は,37°Cに設定したブロックインキュベータや水槽等でできる限り素早く溶かすことで,不溶性のタンパク質凝集を防ぐ.サンプルバッファーは,SDS-PAGE用サンプルバッファーと同様の組成でよいが,非還元条件で泳動するのでDTTなどの還元剤が含まれていないことを確認する.我々は,通常,ヒト血漿の場合,1レーン当たり0.4 μL相当の血漿を泳動している(図1D).

4.工程③ 泳動~きれいなラダーのために焦らずゆっくり~

我々は,4°Cに設定したクロマトチャンバーに泳動装置ごと入れ,冷やしながら0.2 Wという低電力で18時間程かけて泳動することで,VWFマルチマーの低分子量(ダイマー)から高分子量まで20本近くのバンドの良好な分離を実現している(図1E).電力を上げて泳動速度を速くすることは可能であるが,高分子量側の分離が悪化する.例えば,7 Wで3時間程度での泳動も可能であり,全体的に分離能は悪くなるが,標準血漿に比べて大きくマルチマー組成が異なる場合には十分に検出可能である.

泳動バッファーの組成として,50 mMトリス・380 mMグリシン・0.1% SDSを使用している.

5.工程④ 転写~キャピラリー転写のコツ~

泳動終了後,キャピラリー(毛細管)現象を用いてゲル内のタンパク質をメンブレンへ移す(図1F).メンブレンはニトロセルロースでもPVDFでもよいが,検出方法に適したものを選択する.我々は近赤外蛍光で検出しているので,低蛍光タイプのPVDFメンブレン(Immobilon FL,ミリポア社)を使用している.メンブレンの反りや凹凸が転写や抗体反応の均一性に影響するため,ロールタイプではなくカットタイプの使用をお勧めするが,ロールタイプの場合は,あらかじめ,本等で挟んでおくなどして平たくすると良い.メンブレンは丁寧に扱い,ピンセットなどで折り目や凹凸が付かないように気を付ける.転写の作業は,バッファーに浸した極厚ろ紙5枚の上に,表面に凹凸の少ないろ紙1枚,泳動後のゲル,メンブレン1枚,表面に凹凸の少ないろ紙1枚の順番で重ね,その上に乾いたキムタオル10枚を重ねる.キムタオルの吸水力によって吸い上げる原理である.ムラ無く転写するためには,メンブレン,ろ紙キムタオルなどを全てゲルと同じ大きさに切り揃えておくことが重要である.キムタオルの上には天板を置き,その上に重り(例えば水入りガラス瓶)を置くが,その際,天板が水平になる点を探して置く.このまま90分,静置する.なお,極厚ろ紙は,使用後にバッファーに浸して冷蔵保管することで,5回以上の再利用が可能である(極厚ろ紙は高価であるため,費用の節約効果は大きい).

転写バッファーの組成として,25 mMトリス・20 mMグリシン・0.01% SDS・20%エタノールを使用している.

6.工程⑤ 抗体反応

転写終了後,超純水でメンブレンを洗浄した後,ブロッキングをおこなう.一次抗体としてDAKO社の抗VWF抗体(P0226)を使用しており,4°Cで振盪させながら一晩反応させている(図1G).我々は,やや特殊な近赤外蛍光で検出しているため,二次抗体はLI-COR社の抗ウサギ800 CW抗体を使用している.この二次抗体を希釈するためのブロッキングバッファーは,Thermo Scientific社のSea Block Blocking Buffer(現在の商品名はFish Serum Blocking Buffer)を強くお勧めする.当初は,LI-COR社のブロッキングバッファーを使用していたが,リニューアルにより組成が変わり,我々のマルチマー解析では良好なシグナルが得られなくなるというトラブルがあった.検討の結果,DAKO社の抗VWF抗体(P0226)との相性が特異的に悪く,他の抗体では問題が無かった.さまざまなブロッキングバッファーを試して,唯一良好なシグナルが得られたのが上記製品であった.なお,二次抗体の希釈用以外のブロッキングバッファーは,通常のスキムミルクを用いたもので問題ないことを確認している(こちらも,費用節約の効果は大である).近赤外蛍光ではなく化学発光の検出系を用いる場合は,すべてスキムミルクで問題ない.

7.工程⑥ 検出

我々は,近赤外蛍光検出スキャナーOdysseyを使用している(図1H).メンブレン上の近赤外蛍光シグナルをスキャンする方式である.近赤外蛍光を使用する利点として,HRPに代表される化学発光と比較してダイナミックレンジが広く,定量性に優れていることが挙げられる.また,投射型カメラで画像を取得する方法は,マルチマー解析のように大きなメンブレン全体にシグナルがある場合,全てを視野に入れるためにレンズからの距離が大きくなるため解像度が下がるが,スキャンで画像を取得する方法は,メンブレンの大きさによる解像度低下が無く,より鮮明な画像が得られる.

8.工程⑦ デンシトメトリー解析~フィブロネクチンに気をつけて~

得られたVWFマルチマー画像は,オープンソースの画像処理ソフトウェアImageJを用いてデンシトメトリー解析をおこなうことで,標準血漿や他の検体との比較解析が容易となる(図1I).その際,我々は堀内教授らが開発したVWF Large Multimer Indexを用いて,VWF高分子量マルチマーの割合の増減について定量的に評価している5.マルチマー解析の結果を定量的に評価するにあたり,最小マルチマーであるダイマーがどのバンドかを正しく判断することが重要である.実のところ,我々はダイマーの特定に難渋したことがあり,検討した結果,DAKO社の抗VWF抗体がフィブロネクチンに交差反応を示し,マルチマー解析においては,そのシグナルがあたかもダイマーのように見えることに気付いた6

9.各バンドの回収

解析に不要な工程ではあるが,VWFマルチマーをアガロースゲルからサイズに分けて回収することが可能である.泳動後のゲルをカットし,ゲルを細かくつぶし,スピンカラムでゲル内の液体を回収すると,ゲル片に含まれたVWFマルチマーを回収することができる(図2).回収したマルチマーを再度マルチマー解析に供すると,元のサイズを保っていた6

図2

アガロースゲルからのマルチマーの回収

10.おわりに

VWFマルチマー解析は工程数が多いため,さまざまな試薬・製品の仕様変更等による影響を受けやすく,その都度,条件検討を余儀なくされるが,マルチマー解析がもたらす情報は他の方法で代替しにくいものである.必要とされた時にいつでも解析できるように,アップデートを怠らずに精進したい.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

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