2023 年 34 巻 1 号 p. 53-57
2019年12月に中国において,severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)が発生し,瞬く間にパンデミックとなった.COVID-19は肺の炎症に起因する発熱や呼吸器症状を呈するが,翌2020年4月には,重症COVID-19患者の25%が静脈血栓塞栓症を合併し,しばしば死因となることが報告された1).その後同様の報告が相次ぎ,COVID-19関連凝固異常(COVID-19-associated coagulopathy: CAC)という概念が形成された.CACは播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)でもなく,血栓性微小血管障害症(thrombotic microangiopathy: TMA)でもないユニークな性質を持ち2, 3),「軽度のDIC+肺血管床に限局したTMA」と評されている2).血小板減少,D-dimerの上昇,重症者ではプロトロンビン時間のわずかな延長が認められるが,いずれも敗血症のDICよりも軽度で,フィブリノゲンは高めで出血症状はない.国際血栓止血学会のDIC診断基準に照らすと,当てはまらない場合が多い.一方,CACはTMAの特徴も示し,7名のCOVID-19患者のオートプシーでは全例に,肺などの微小血管系に血小板に富む血栓を認めた4).また,TMAの特徴であるLDHの上昇や,ADAMTS13の低下傾向が認められる5).しかし,TMAのように破砕赤血球や著しい血小板減少は認められない3).おそらく肺血管床に限局してTMA様病態が生じるためと推測されている.
CACの主な原因は,1)ウイルスによる血管内皮障害,2)高度な炎症免疫反応,3)過凝固状態と言われる6).過凝固状態とは,トロンビン産生の亢進や,プロテインC活性の低下,抗リン脂質抗体の産生などである6, 7).このような条件下では当然血小板も活性化されることが予想され,実際,COVID-19患者では,活性化血小板由来放出物質であるplatelet factor 4 (PF4),extracellular vesicleの血中濃度や,血小板上でのphosphatidylserine,P-selectinの発現の上昇など,生体内で血小板が活性化を示唆する報告が無数にある8–11).本総説では,混沌としたCOVID-19の病態における血小板の関与について,まとめてみたい.
「軽度DIC+肺血管床に限局したTMA」であれば,当然生体内で血小板活性化が惹起されると予想されるが,SARS-CoV-2による血小板の直接の活性化機序はないのだろうか?また,SARS-CoV-2が血小板に感染する可能性はないのだろうか?
SARS-CoV-2 RNAがCOVID-19患者の血小板でPCRにより検出されたという報告がある8, 9).2021年Agbaniらは,3次元イメージングで,ICU入室のCOVID-19患者の活性化血小板内にSARS-CoV-2を検出した12).2022年Zhuらの報告によると,PCR,共焦点顕微鏡,電子顕微鏡を用いて非生存COVID-19患者20名中19名の血小板にSARS-CoV-2 RNAを検出されたが,生存者22名の血小板ではすべて検出されなかった13).オートプシーでは,骨髄,肺の巨核球ともSARS-CoV-2に感染していたため,SARS-CoV-2感染血小板は感染巨核球から産生され,そのままウイルス遺伝子を引き継いだと推測されていた.感染血小板がそのままマクロファージに貪食され,さらなる感染を広げる原因になることも示唆された.さらに,SARS-CoV-2粒子が血小板内に取り込まれている電子顕微鏡写真の報告もある14).しかし,2021年Buryらは,24人のCOVID-19患者(5人はICU)の血小板を用いて,RT-PCRや感度の高いdigital PCRで行っても,SARS-CoV-2は検出されなかったと報告している15).先の2つの論文より重症度は低いと考えられ,少なくとも重症あるいは死亡COVID-19患者では,血小板中にSARS-CoV-2が存在すると考えられる.
エンベロープを持つRNAウイルスであるSARS-CoV-2は,その表面に発現するS蛋白が,宿主の膜貫通型メタロプロテイナーゼtransmembrane serine protease 2(TMPRSS2)によって切断され,その断面がangiotensin-converting enzyme 2(ACE2)に結合して細胞内に侵入する.血小板への感染も同経路をたどるのだろうか.Zhangらは,血小板に明らかなACE2とTMPRSS2のmRNAが認められたと報告しているが16),血小板上にはACE2 RNAも蛋白も発現はないとする報告が多い8, 14, 17).Koupenovaらは,ウエスタンブロットと免疫染色で健常人のヒト血小板でのACEとTMPRSS2の発現を示したが,人によってばらつきがあった14).mRNAの発現は確認できず,おそらく他の細胞に発現するACE2を何らかの形で取り込んだと考えられる.ウイルス粒子はこのACE2を介して,あるいはマイクロパーティクルに結合したウイルス粒子を飲み込み,血小板内に取り込まれると推測されている.肺に存在する巨核球にSARS-CoV-2が感染して,そのまま血小板に引き継がれたという説もある8).巨核球はemperipolesisと呼ばれる好中球など他の細胞を飲み込む性質を持ち,飲み込んだ細胞の成分が巨核球内に取り入れられるが,その際にウイルス粒子が巨核球内に持ち込まれた可能性もある18).ACE2以外にも,CD147,glycoprotein(GP)Ib,CD26が,血小板上SARS-CoV-2の受容体として働くとの報告がある19–21).
ウイルス粒子自身による血小板活性化に関する報告について述べる.Zhangらは,SARS-CoV-2ウイルス粒子そのもの,あるいはS蛋白が,生理的アゴニストによる凝集のpotentiation活性を持つこと,血小板GPIIb/IIIa活性化やP-selectinの発現を惹起すること,フィブリノゲン上の血小板伸展や血餅退縮を促進することを報告している16).Maugeriらは,SARS-CoV-2を血小板に加えると,活性化の指標となるHigh Mobility Group Box 1(HMGB1)陽性血小板やsoluble P-selectinの増加,血小板内VWFの低下(放出による)が認められると共に,リコンビナントS蛋白が血小板凝集を惹起すると報告している.これらの反応は抗CD147抗体で抑制されることから,S蛋白受容体として機能していると推測している21).一方,受容体・リガンドによる活性化でない機序も報告されている.Koupenovaらは,取り込まれた血小板がアポトーシスを起こし,その際の放出反応が血小板を活性化すると報告している9).
以上,重症患者では,血小板・巨核球にSARS-CoV-2の取り込みが認められるが,受容体ACE2の発現は議論があり,飲み込みや,CD147など別の受容体の存在が示唆されている.ウイルス粒子,特にS蛋白の直接作用による血小板活性化も報告があり,明らかな血小板凝集の惹起については,コンセンサスを得ないまでも,放出反応など検出方法によっては活性化が認められる.
ウイルス粒子自体ではなく,ウイルスに対する生体反応により惹起される血小板活性化機序について述べる(図1).
COVID-19における血小板活性化機序
SARS-CoV-2による直接の血小板活性化の他,ウイルスが惹起する,敗血症様病態,ヘパリン起因性血小板減少症(HIT),血栓性微小血管障害症(TMA)により二次的に活性化される.敗血症様病態では,NETsの形成(NETosis)時にNETsと共に放出された,ヒストンや補体C3aがそれぞれの血小板上受容体,Toll-like receptor 2, 4(TLR2, 4)とC3a受容体(C3aR)を介して血小板を活性化する.他は本文参照.図の一部は以下のサイトより得た画像を用いて作成された.
Servier Medical Art. Servier Medical Art by Servier is licensed under a Creative Commons Attribution 3.0 Unported License (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/).
COVID-19重症患者では,血管内皮に補体の沈着が認められ,血中補体C5aが高値となるなど,著しい補体の活性化が示唆される22).Skendrosらは,SARS-CoV-2が主としてmannan-binding lectin(MBL)などに結合して補体レクチン経路が活性化され,産生されたC5aが好中球を活性化し,組織因子(tissue factor: TF)の産生とTFを伴ったneutrophil extracellular traps(NETs)の放出が生じることを報告した23).TFが凝固系を活性化して生じたトロンビンが血小板を活性化する.さらに補体活性化で生じたC3aや,histoneなど血小板活性化物質を結合しているNETsは血小板を活性化する.活性化血小板はさらにNETsの産生を促進するpositive feedback loopとなる.
2)Unusually large von Willebrand factor multimers(UL-VWFM)による血小板活性化(TMA様病態)COVID-19におけるサイトカインストームで生じた,IL-8,TNFα,IL-6/soluble IL-6 receptor complexは,血管内皮を刺激して,Weibel-Palade bodiesからUL-VWFMを放出させる24).通常UL-VWFMはADAMTS13により適度な分子量に切断されるが,IL-6がADAMTS13活性を抑制するため,UL-VWFMが血管内皮上に蓄積して,血小板が粘着して微小血小板血栓を形成することで,TMA様病態を呈する.SinkovitsらとNavyらは,COVID-19患者で,重症度に比例して血中ADAMTS-13活性が低下し,VWF抗原量や活性(コラーゲン結合能)が上昇することを報告した25, 26).さらに,補体の過剰活性化を示すC3a/C3比が上昇していた25).適度な補体の活性化はウイルス感染細胞の排除に働くが,過剰な活性化は血管内皮障害をもたらし,VWFの放出を促進すると考えられる.
3)抗体による活性化(ヘパリン惹起血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia: HIT)様病態)HITは,抗PF4/ヘパリン抗体がFc受容体Fcγreceptor IIA(FcγRIIA)に結合して血小板を活性化することで,血小板の消費性減少と血栓症を引き起こす疾患である.COVID-19において,類似の病態が存在することが示唆されている27).Navyらの報告によると,HITが否定された6名の重症COVID-19患者の血清は,セロトニン放出アッセイで,ヘパリン非依存性に血小板を活性化するが,その活性化はFcγRIIAの中和抗体IV.3により抑制された26).FcγRIIAは低親和性Fc受容体であることから,理論的には抗原が結合した抗体しか結合しない.当然ではあるが,患者血清には抗S蛋白抗体が検出されることから,S蛋白・抗S蛋白抗体複合体がFcγRIIAに結合して,血小板を活性化しているというストーリーが想起されるが,直接の証明はない.AlthausらはCOVID-19患者のIgG分画が,FcγRIIA依存性に,血小板にアポトーシス様反応(phatidylserineの表出,ミトコンドリア内膜電位の脱分極など)を惹起することを報告した28).こちらも何らかの抗原抗体複合体が血小板を活性化することを示唆している.
CACではウイルス自身やそれに対する生体反応により,血小板は活性化され,活性化血小板がさらなる血栓形成や免疫反応を助長する10, 11).例えば,血小板に活性化に伴って細胞表面に表出されるHMGB1や,放出されたPF4はNETsを誘導する29).HMGB1やPF4は陽性荷電を持ち血管内皮のヘパリン様物質に結合してアンチトロンビンの結合を抑制して血栓傾向を助長する.血小板活性化に伴って表出するCD40 ligandやP-selectinは血管内皮を活性化する.以上を鑑みると,抗血小板薬はCACの特効薬となり得るように思えてくる.
しかしながら,約15,000人のCOVID-19入院患者に対してアスピリンの使用を検討した非盲検ランダム化比較試験,RECOVERYによると,アスピリンは28日の次点の死亡率や侵襲的人工呼吸管理の使用率とは関連が認められなかった30).この原因として,すでにヘパリンなどが投与されている場合,抗血小板薬の追加はさらなる抗免疫血栓抑制効果を生まないと推測している.あるいは,血小板以外による血栓形成や肺胞障害が病態悪化に重要である可能性や,抗血小板薬を開始するタイミングが遅い可能性を挙げている.別の578人のCOVID-19入院患者に対する抗血小板薬(アスピリン,P2Y12阻害剤)と抗凝固薬(低分子量ヘパリン,直接経口抗凝固薬)の効果に関する臨床研究でも,50日後の生存と抗血小板薬の使用に関連はなかった29).それに対して抗凝固薬を使用した患者は,50日後の生存者の割合が有意に高値であった29).この論文では,exhausted plateletsという考え方が示されている.重症のCOVID-19患者では,生体内で血小板活性化が生じているという多くの報告があるが,意外なことにin vitroで重症COVID-19患者の血小板を刺激すると,放出反応が減弱しているという報告がある29, 31).おそらく,生体内での慢性的な血小板活性化のために,さらなる刺激に反応しないexhausted plateletsになっていると考えらえる.特に血小板のphosphatidylserine表出が抑制されるという報告もあり,凝固促進のトリガーにはなりにくいかもしれない.以上より,少なくとも進行した重症COVID-19では,抗血小板薬の効果がないと推論されている.
CACにおいる血小板活性化の機序として,SARS-CoV-2による直接の活性化(S蛋白,感染によるアポトーシス)も示唆されているが,ACE2の発現はコンセンサスを得られておらず,GPIbやCD147など別の受容体の関与が大きい.SARS-CoV-2に対する生体反応による血小板活性化機序としては,1)NETsや補体による活性化(敗血症類似),2)UL-VWFによる活性化(TMA類似),3)抗原抗体複合体による活性化(HIT類似)がある.しかし,抗血小板薬はCOVID-19患者の予後や侵襲的人工呼吸管理の有無に影響を及ぼさず,重症COVID-19患者におけるexhausted plateletsや投与のタイミングが一因と考えられた.
井上克枝:臨床研究(治験)(診断薬臨床試験CLECSTRO LSIメディエンス)
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし