2023 年 34 巻 3 号 p. 363-368
2019年末中国武漢に突如として出現した新種のコロナウイルスである,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,急速に世界に拡大し,パンデミックの状態となった.ウイルス発生直後から,治療薬とともにワクチンの開発が始まり,その中でも新規プラットフォームワクチンであるmRNAワクチンの非常に高い有効性が示され,2021年2月にはわが国でも異例のスピードで特例承認された.その後mRNAワクチン以外のプラットフォームでもワクチンの開発が進み,国内でも承認されてきている.この中でも,わが国においては主にmRNAタイプの新型コロナワクチンが使用されている.当初高い有効率を示したmRNAワクチンも,時間の経過に伴う有効性の低下,また変異株の出現による有効性の低下が示され,ワクチン接種後のブレイクスルー感染も多発している.実際に,ワクチン接種率の高いわが国においても,2023年初頭の段階では,オミクロン変異株による大規模な感染拡大がわが国でおこっている.一方で,重症化防止効果は比較的維持されるとされ,重症化率や死亡率は著明に低下してきている.本稿は,開発時のデータや,その後の変異株に対する有効性,変異株(オミクロン株)対応ワクチンの意義などについて述べたい.
表1にわが国で承認されている新型コロナワクチンの概要を示す.mRNAワクチンはわが国の新型コロナワクチンで最も多く用いられている.副反応としては,局所反応や,発熱,頭痛などの全身症状が高頻度に発生する.アナフィラキシーは心筋炎などの重篤な副作用も報告されているが,頻度は非常に低い.変異株対応へのスピードも速く,ワクチンの有効性も高いため,わが国において基軸となるワクチンとなっている.当初2回接種を基本に設計されたが,時間経過に伴う効果の減弱やワクチン逃避性の高い変異株の出現により,3回目,4回目の接種,さらには2023年初頭に流行しているオミクロン株対応ワクチンが開発され,接種が進められている.
製剤名 | 製薬会社 | ワクチンの種類 | 用法 | 対象者 | 特徴,副作用等 |
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コミナティ筋注 | ファイザー/ビオンテック | mRNA | 初回(3週間隔2回) 3回目(5ヶ月以後) オミクロン株対応2価ワクチン(2回以上接種した5歳以上,前回接種後3ヶ月以上) |
生後6ヶ月以上 | 高い有効性 乳幼児・小児への適応拡大 変異株対応ワクチンの開発 局所症状,発熱,頭痛等 アナフィラキシー,心筋炎(低頻度) |
スパイクバックス筋注 | モデルナ | 12歳以上 | |||
ヌバキソビット筋注 | ノババックス/武田 | 組換え蛋白質 | 初回(3週間隔2回) 3回目(6ヶ月以後) |
18歳以上 | 局所症状,倦怠感,頭痛等 mRNAワクチンに匹敵する有効性 |
バキスゼブリア筋注 | アストラゼネカ | ウイルスベクター | 4~12週間隔で2回 | 18歳以上(原則40歳以上) | 発症予防効果は他のワクチンに劣る 血栓塞栓症 (2022/9/30で供用終了) |
mRNAワクチンとともに,比較的早期に開発されたワクチンとしてウイルスベクターワクチンが挙げられる.しかしながら,その発症予防効果は,mRNAワクチンよりも劣り,比較的若年成人に重篤な合併症である血栓塞栓症の合併症の頻度が高いとされることもあり,原則40歳以上が対象となっている.このワクチンは,ヒト細胞内への導入のためウイルスベクターが用いられているが,ベクターに対する免疫(抗体)も産生されるため,追加接種の効果は低下すると考えられている.このような背景から,国内での使用量は非常に少なく,2022年9月30日に供用中止となった.組換えタンパクワクチンは,最後に承認されたワクチンであり,アナフィラキシーなどの副作用によりmRNAワクチンを接種できない場合を中心に接種が進められている.
ワクチンの有効性(Vaccine effectiveness)は,ワクチン接種により,被接種者の体内に構築された獲得免疫により,感染,有症状発症,入院(重症化),死亡などの転帰がどの程度防げるかを示す指標である.mRNAワクチンの想像を遙かに上回る有効性は,パンデミック収束にむけて大きな前進となったものの,ワクチン逃避性の高い新たな変異株の出現により大きな流行が繰り返されてきている(表2).
WHO命名 | ウイルス系統 | 主なスパイク蛋白質遺伝子の変異 | 初検出時期と国(日本国内での流行) | 感染伝播性(従来株比) | 重症化リスク | 免疫逃避性 |
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α | B.1.1.7 | N501Y, D614G, P681H | 2020年9月 英国(第4波) |
43~82%上昇 | やや上昇 | ほぼ同等 |
β | B.1.351 | K417N, E484K, N501Y, D614G, A701V | 2020年10月 南アフリカ |
1.5倍上昇 | 上昇 | 上昇 |
γ | P.1 | K417T, E484, N501Y, D614G, H655Y | 2020年12月 ブラジル |
2.6倍上昇 | 不変~上昇? | αとβの中間 |
δ | B.1.617.2 | L452R, T478K, E484Q, D614G, P681R, D950G | 2020年10月 インド(第5波) |
αから41%上昇 | 1.85~4.9倍 | 上昇 |
ο* | B.1.1.529 | K417N, T478K, N501Y, P681Rなど約30カ所の変異,3カ所の欠失等 | 2021年11月 南アフリカ(第6波以後) |
δ株より高い | δより低い | 上昇(他のVOCを上回る) |
*オリジナルのο株(BA.1, BA.2)から派生したBA.4およびBA.5の亜型が出現流行し,さらに派生したBA.1やXBBなどの亜型の出現と流行がみられる(2023年1月現在).
ファイザー/ビオンテック社のmRNAワクチン(BNT162b2)は,SARS-CoV-2のスパイク蛋白質の全長をコードする一部修飾された遺伝子(mRNA)が分解を防ぐために脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)に包まれたワクチンである.スパイク蛋白質がワクチンのターゲットとして選ばれたのは,スパイク蛋白質の受容体結合ドメイン(receptor binding domain: RBD)がヒトの上気道や肺などに発現されるACE2受容体に結合し,感染するためである.モデルナ社のmRNAワクチン(mRNA-1273)もほぼ同様の製法とされる.表1に示すmRNAワクチン以外のワクチンも,スパイク蛋白質をターゲットして作成されている.不安定なmRNAを有効なワクチンとして用いることに成功したのは,研究者たちの長年にわたる絶え間ない努力の賜である2).
mRNAワクチンは,筋肉注射後に筋肉細胞や樹状細胞やマクロファージに取り込まれ,スパイク蛋白質が細胞内で産生放出される.放出されたスパイク蛋白質はマクロファージなどの抗原提示細胞に貪食され,また抗原提示細胞である樹状細胞からは直接,MHCクラスIIを介してCD4+T細胞へと提示され,B細胞が活性化され,SARS-CoV-2のスパイク蛋白質に対する特異的抗体が産生される.またMHCクラスIを介してCD8+T細胞に提示され,細胞障害性T細胞(キラー細胞)への分化を促す3).細胞内では,mRNAやLNPがアジュバントとして自然免疫を刺激する働きがあり,免疫誘導を強く促進するとされる.このように,mRNAワクチンは,スパイク蛋白質に対する特異的抗体のみならず,細胞性免疫も誘導される.mRNAワクチンによる抗体はスパイク蛋白質に対する抗体(抗S抗体)のみが産生されるが,自然感染した場合には,抗S抗体以外に,ヌクレオカプシド蛋白質に対する抗体(抗N抗体)も産生されるため,自然感染の指標となる.また,RBDに対する抗体が,ウイルスの中和とともに,ヒト細胞内への侵入を防ぎ,感染防御において最も重要と考えられている.
SARS-CoV-2の侵入門戸は,気道粘膜,特に上気道の粘膜が中心と考えられる.このため,感染防止のためには,気道粘膜での分泌型IgAの役割が重要となる.分泌型IgAは,生ワクチン接種により誘導されるため,持続的かつ高い感染予防効果が期待される.mRNAワクチンでは,分泌型IgAが被接種者の唾液中にBNT162b2で54.7%(29/53),mRNA-1273で84.6%(11/13)検出される4).ワクチンによる気道の分泌型IgAの産生誘導には注射ワクチンでは不可能であり,局所投与が必要とされてきたが,mRNAワクチンの強い免疫誘導作用により,分泌型IgAが誘導されるものと考えられ,高い感染防止効果の理由の一つとされている.
SARS-CoV-2が出現してまだ1年未満の2020年末に,米国を中心とした多国間共同プラセボ対照観察者盲検ピボタル有効性試験によるBNT162b2の安全性および有効性を評価した論文5)が発表され,その非常に高い有効性は世界に衝撃を与えた.4万人以上が参加した本臨床試験において,2回目の接種後7日以上経過してから発症したCOVID-19(SARS-CoV-2感染症)症例はBNT162b2接種群で8例,プラセボ接種群で162例であった.BNT162b2はCOVID-19の予防に95%の有効性を示したことになる〔95%信頼区間(CI)[90.3~97.6]〕.年齢,性別,人種,民族,ベースライン時のBMI,および併存疾患の有無によって定義されるサブグループにおいても,同様のワクチン効果(およそ90~100%)が観察された.また,初回接種後に発症した重症COVID-19の10例のうち,9例はプラセボ接種者に,1例はBNT162b2接種者に発生し,重症化防止効果も示されている.その後様々な国および研究者による同様のデータが多数発表されている.
健康な成人(18~55歳)を対象とした追加の臨床試験6)から,2回目接種後1週間で,SARS-CoV-2に対する50%中和抗体価(pVNT50)は,感染後回復血清サンプルより最大3.3倍高くなっていた.一方で,wild type株(武漢株)と比較して,変異株(β株)では,150:30 or 33と約1/5に低下していた.これは,抗体による感染防御に最も重要なRBDに対する抗体が,RBDの変異により,親和性が低下するためである.これに対して,細胞性免疫は,RBDのみならず多種多様なスパイク蛋白質のepitopeを,T細胞リセプター(TRC)が認識し,感染細胞を攻撃することができるため,変異株の影響を受けにくいとされる7).
2021年4月ころより成人を対象として推進されたワクチン接種は,2021年10月には約80%ほどの接種率となり,国内の感染者数も激減した.しかしながら,2022年に入り,オミクロン株の流行が始まると,同株による感染が急速に拡大した.オミクロン株は,これまでの変異株に比較して,スパイク蛋白質の変異が非常に多く,遺伝学的に大きく異なる(図1)8, 9).2022年初頭の流行の原因として,オミクロン株の変異の大きさ等による高いワクチン逃避性およびワクチン接種後の時間経過による中和抗体価の低下が考えられた.新型コロナワクチンは武漢株から作成されており,オミクロン株に対する免疫原性は大きく低下している.BNT162b2の2回接種後の中和抗体価は,武漢株に対して,オミクロン株では1/23に低下していた10).mRNA-1273では,2回接種後の中和抗体価は欧州株の1/41~1/84と低下し,重症化防止効果の低下も報告された11).わが国でもオミクロン株の流行が始まった2022年1月に行われた国立感染症研究所の症例対照研究では,感染/発症予防効果が2回接種後4~6か月で49%と報告されている12).
SARS-CoV-2の変異株の系統樹
オミクロン株は,それまで出現した変異株と比較して,遺伝子変異が大きく,他のすべての変異株よりも免疫逃避性が高いため,ワクチン接種後のブレイクスルー感染や再感染のリスクが高い.さらに,オミクロン株から派生出現したXBBやBQ1などの変異株の流行がみられている.厚生労働省リーフレットより,追記.
このため,わが国でも2022年初頭からまずは高齢者や基礎疾患のある方,医療関係者などを中心に3回目の追加接種が推進された.BNT162b2,mRNA-1273ともに,追加接種前のオミクロン株に対する中和抗体価は,非常に低かったが,3回目接種後には大きく上昇し,2回接種後の野生株に対する中和抗体価とほぼ同等となったと報告されている 13, 14).3回目接種による.発症予防効果および重症化防止効果の回復について,数多くの報告がみられる 15).また,mRNAワクチン以外のワクチンとの交互接種の臨床試験も行われており,その免疫原性と安全性について報告されている16, 17).この結果に基づき,3回目のワクチン接種については,BNT162b2,mRNA-1273およびノババックス/武田社の組換え蛋白ワクチンが認可されている.
しかしながら,3回目接種後比較的短期間に効果は減弱し,BNT162b2,mRNA-1273ともに,3回目接種10週間後には発症予防効果は50%以下になると報告された18, 19).3回目の接種が高齢者以外に対象が拡大する中で,オミクロン株の流行は徐々に収束に向かっていったが,2022年7月頃から,オミクロン株のオリジナル株(BA.1および2)からさらに変異した亜型であるBA.4および5の流行も重なり,7月以後過去最大の流行状況となった.このため,同年6月から,高齢者とハイリスク者を対象とした4回目の接種が行われた.
4回目接種の免疫原性は,3回接種から約7か月経過した高齢者群への接種により抗スパイク蛋白質抗体価がBNT162b2で1.54倍,mRNA-1273で1.99倍に上昇し,細胞性免疫能の上昇もみられた20).4回目接種の感染予防に関する有効性に関しては,オミクロン株流行下のイスラエルのデータからは,3回接種群の感染率が4回接種群より2倍,重症化率は3.5倍高くなっていた21).しかしながら,この感染予防効果は接種後3週をピークに低下し,8週後にはほぼ効果がみられなくなった.一方で,重症化予防効果は6週後でも保たれていた.
4回目接種の有効性の短期間での減衰は,オミクロン株との遺伝子の変異の大きさも原因と考えられ,この間オミクロン株に対応したmRNAワクチンの開発がすすめられた.BA.1と従来株その後BA.4/5と従来株の2価ワクチンが開発され,2022年秋,わが国でも承認され,接種が開始された.本ワクチンは3回目以後の追加接種として1回接種のみ承認され,最終接種から3ヶ月間隔での接種が認められた.ファイザー/ビオンテック社のBA.4/5を含む2価ワクチンでは,55歳以上の対象者でオミクロン株BA.4およびBA.5に対する中和抗体価が13.0倍上昇し,従来タイプでは2.9倍にとどまった22).またモデルナ社の同2価ワクチンでは,4.9倍の上昇がみられたと報告された23).ただし両ワクチンともに,オミクロン株の派生型(BQ.11,XBB)に対して,免疫原性は低下していた.米国CDCは,2022年9月~11月にかけて,この2価ワクチンの有効性を評価し,65歳以上を対象として73%の入院防止効果が得られたと報告した.この間,米国ではBA.5からより免疫逃避性の高い亜型であるBQ1やXBB1.5への置き換わりが進んでいた時期であり,これらの変異株への有効性も期待される24).また,BA.4/5を含む2価ワクチンにより,BA.1,BA.5以外の新たな変異株(BQ 1.1,XBB等)に対して,従来株の4回接種に比較して,1.5~2.6倍の高い中和抗体価を示したと報告されている25).国内の報告では,2価ワクチン(BA.1)接種後14日以降で73%(95%CI 49–85),2価ワクチン(BA.4/5)接種後14日以降で69%(95%CI 32–86)の発症予防効果が報告されている26).
SARS-CoV-2に対する,mRNAワクチンの開発と実社会における高い有効性は,パンデミック収束への朗報となった.しかし,その後SARS-CoV-2は短期間で変異を繰り返し,今なお人類の脅威となっている.オミクロン株は,デルタ株などに比較して病原性は低いとされるが,ワクチン未接種のハイリスク者では,インフルエンザなどと比較して遙かに高い重症化率を示す.世界は,パンデミックからエンデミックへのプロセスを歩んでいるところであるが,そのプロセスの中で可能な限り犠牲者を少なくするために,より有効性の高いワクチンや治療薬の開発などの研究基盤とレジリエンスの高い医療体制の整備が求められている.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし