日本血栓止血学会誌
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特集:がんと血栓症
がんと血栓症―血小板と抗血小板薬―
横山 健次
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2023 年 34 巻 5 号 p. 549-555

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Abstract

がん細胞と血小板には相互作用があり,がん細胞が血小板を活性化するとともに活性化された血小板はがんの成長,進行を促進する.活性化された血小板はがん関連血栓症(cancer-associated thrombosis: CAT)発症に関与しており,血小板数高値は固形がんでは静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)発症のリスク因子である.一方で抗血小板薬であるアスピリンがCAT予防に有効とされるのは,一部の造血器腫瘍に限られている.CATを発症したがん患者では,抗凝固療法,抗血小療法が必要になるが,がん患者ではしばしば血小板が減少することがあり,薬剤の選択,投与量は考慮する必要がある.アスピリンは,血小板活性化により促進されるがんの成長,進展を抑制する可能性があり,実際アスピリン投与によりがん,特に大腸がんの発症率・死亡率が低下するとの報告もある.一方でアスピリンの有効性を否定する報告もあり,アスピリンががんの進展を抑制する効果はあったとしても限定的であろう.

1.はじめに

がん患者では血栓症発症率が高いことが知られており,がん患者に発症する静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)と動脈血栓塞栓症(aortic thromboembolism: ATE)の両者を合わせてがん関連血栓症(cancer-associated thrombosis: CAT)と呼ばれている.CATも含めて生体内での血栓形成には血小板と凝固系が重要な役割を果たしているが,本稿ではがんと血小板の相互作用,CAT発症リスクと血小板の関連,CAT・がん治療と血小板・抗血小板薬について解説する.

2.がんと血小板の相互作用

がん細胞は様々な機序で血小板を活性化する.がん細胞あるいはがん由来の膜小胞体はしばしば組織因子(tissue factor: TF)を発現しており,TFにより凝固系が活性化されてトロンビンが産生される1.またがん細胞そのものにもトロンビンを産生するものがある2.トロンビンは血小板のプロテアーゼ活性化受容体(PAR)に結合して血小板を活性化するとともに,凝固系も活性化する.また血小板アゴニストであるトロンボキサンA237,ADP8, 9も様々ながん細胞で産生される.大腸がん,前立腺がん,乳がんの細胞には血小板FcγRIIa受容体に結合して血小板濃染顆粒からの放出を惹起するものがあり10,扁平上皮がん,脳腫瘍,精巣腫瘍などで発現しているポドプラニンは,血小板C-タイプレクチン様受容体2(CLEC-2)に結合して血小板を活性化する11.がん関連のVTEの剖検例の1/4以上で血栓内にがん細胞がみられ,その90%弱でTFまたはポドプラニンを発現していたとの報告もある12.またムチンを産生するがんでは血小板と白血球が結合して白血球の放出するカゼプシンGにより血小板が活性化される13, 14.さらにがんに関連してADAMTS13が低下することがあり,その結果フォンウィルブランド因子(VWF)マルチマーが増加して血小板が活性化される10, 15, 16.このようにがん細胞により直接的,間接的に血小板が活性化されることは,CAT発症の一因となっている(図1).

図1

がん細胞と血小板の相互作用・cancer-associated thrombosis形成機序

一方で活性化された血小板からはトランスフォーミング増殖因子β(transforming growth factor-β: TGF-β),血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor: PDGF),血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)などが放出されて,がんの成長を促進するとともに,血管新生を促進してがんを進行させる17, 18.さらに血小板が活性化されて血小板―血小板,血小板―がん細胞,血小板―がん細胞―白血球が凝集塊となりがん細胞を取り囲むことをtumor-cell induced platelet aggregation(TCIPA)という.TCIPAは高ずり応力,および免疫の監視から血流中のがん細胞を守ることによりがんの転移とCAT発症に重要な役割を果たしている1921図1).

3.がん関連血栓症発症リスクと血小板

CATに関する研究では,VTE発症をエンドポイントとするものが多いが,VTEに加えてATE発症もエンドポイントとするものもある.血小板数,血小板機能とCAT発症との関連を検討した論文は多数発表されており,Malteらはそれらの論文のメタ解析を行って報告している22.その結果固形がん患者では,血小板数のカットオフ値は30~45万/μLと論文により異なるものの,血小板数が多い群でのCAT発症率は,オッズ比1.5で血小板数が少ない群よりも高かった.また平均血小板容積(mean platet volume: MPV)低値,可溶性P-セレクチン(sP-セレクチン)高値とVTE発症が関連する傾向がみられた.ただし進行期肺がん患者のVTE発症リスクを解析した日本の報告では,血小板<35万/μLが発症リスク因子の一つとなっており23,血小板数がCAT発症に与える影響にはがん種による違いがあるのかもしれない.またがん関連VTE発症リスクを予測するスコアもいくつか報告されている.その中で最もよく知られているのは,Khorana scoreである.化学療法を新規に開始するがん患者(固形がん,血液がんの両者を含む)2,701人のコホートを用いてVTE発症のリスクスコアを作成した後に,1,365人のコホートで検証された.2,701人のコホートでは血小板>35万/μLではオッズ比1.8でVTE発症率が高く,Khorana scoreでは血小板>35万/μLはVTE発症リスク+1点となっている24.その他のリスクスコアでも,PROTECHT score25,CONKO score26,COMPASS-CAT score27,ONKOTEV score28で血小板>35万/μLがVTE発症リスク因子の一つとされており,さらにCATS scoreでは血小板>35万/μLに加えて血小板活性化に関連するsP-セレクチン≧53.1 ng/mLもVTE発症リスク因子となっている29表1).

表1

がんVTEリスクスコア(文献24, 25, 26, 27, 28, 29より作成)

Khorana24 PROTECHT25 CONKO26 COMPASS-CAT27 ONKOTEV28 CATS29
VTEリスク因子 VTEリスク因子 VTEリスク因子 VTEリスク因子 VTEリスク因子 VTEリスク因子
がんの部位
血小板>35万/μL
ヘモグロビン
 <10 g/dL
またはエリスロポエ
 チン製剤
白血球>11,000/μL
BMI>35 kg/m2
Khorana score
プラチナ製剤
ゲムシタビン
血小板>35万/μL
ヘモグロビン
 <10 g/dL
白血球>11,000/μL
KPS 60~70%
アンスラサイクリン
または乳がんホルモン療法
がん診断後6ヶ月以内
中心静脈カテーテル
進行期がん
心血管疾患リスク因子
急性疾患での最近の入院
VTEの既往
血小板>35万/μL
Khorana score>2点
転移
血管/リンパ管の圧排
VTEの既往
Khorana score
D-ダイマー
 >1.44 μg/mL
sP-セレクチン
 >53.1 ng/mL

BMI: Body Mass Index, KPS: Karnofsky Performance Scale

またMalteらは,造血器腫瘍患者を対象とした研究では血小板数とVTE発症には関連がないとする論文が多かったこと22,悪性リンパ腫患者を対象としてMPV低値がVTE発症リスクであるとする論文があったことも報告している30, 31.悪性リンパ腫患者を対象としたThroLy score32表2),多発性骨髄腫患者を対象としたIMPEDE-VTE score33,SAVED score34表3)のいずれにおいても血小板数高値は,VTE発症のリスク因子には含まれていない.悪性リンパ腫患者のVTE発症のリスク因子の一つとして進行病期であることが報告されており3538,進行病期の悪性リンパ腫では骨髄浸潤,脾腫,DICなどにより血小板数低値となることも少なくない.さらに悪性リンパ腫では治療に伴い血小板数が低下することも多い.これらのことが,悪性リンパ腫では血小板数とVTE発症に有意な相関がみられないことに関わっているのかもしれない.また多発性骨髄腫ではVTEの既往,あるいは免疫調節薬(immunomodulatory drugs: IMiDs),高用量デキサメサゾンなど治療関連の因子のVTE発症への関与が大きい33, 34.従って血小板数など他の因子の関与は相対的に小さくなるのかもしれない.ただし造血器腫瘍の中でも骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms: MPN)患者では,血小板数高値が血栓症発症のリスク因子であることが知られている39

表2

悪性リンパ腫VTEリスクスコア(文献32より作成)

ThroLy score32
VTEリスク因子
VTE/心筋梗塞/脳梗塞の既往 2
PS低下(ECOG 2-4) 1
BMI>30 kg/m2 2
節外病変 1
縦隔病変 2
白血球<1,000/μL 1
ヘモグロビン<10 g/dL 1

BMI: Body Mass Index, PS: Performance Status, ECOG: Eastern Cooperative Oncology Group

表3

多発性骨髄腫VTEリスクスコア(文献33, 34より作成)

IMPEDE-VTE score33 SAVED score34
VTEリスク因子 VTEリスク因子
免疫調節薬 4 90日以内の外科手術 2
BMI≧25 kg/m2 1 アジア系 –3
骨盤,股関節,大腿骨骨折 4 VTEの既往 3
エリスロポエチン製剤 1 年齢≧80歳 1
ドキソルビシン 3 標準量デキサメサゾン(120~160 mg/サイクル) 1
デキサメサゾン>160 mg/月 4 高用量デキサメサゾン(>160 mg/サイクル) 2
デキサメサゾン<160 mg/月 2
アジア系,太平洋諸島系 –3
骨髄腫診断前のVTEの既往 5
中心静脈カテーテル 2
治療量低分子ヘパリンまたはワーファリン –4
予防量低分子ヘパリンまたはアスピリン –3

BMI: Body Mass Index

4.がん関連血栓症と抗血小板薬

今まで述べてきたように血小板がCAT発症に関与していることは,基礎・臨床の知見から明らかである.しかしCAT予防目的でのアスピリン投与の有効性が明らかにされているのは,IMiDs内服中の多発性骨髄腫患者と33, 34,血栓症発症リスクの高いMPN患者のみである39.その他ではチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)内服中の慢性骨髄性白血病患者では,内服するTKIの種類によりATE発症率が高くなることが知られており,エビデンスは不足しているものの予防的にアスピリンを投与されることがある40.これらの一部の造血器腫瘍患者以外のがん患者では,CAT予防目的での有効性が証明されている薬剤は抗血小板薬ではなく,抗凝固薬の低分子ヘパリン,ワーファリン,直接経口抗凝固薬(DOAC)であり,多くの臨床試験でCAT予防目的での抗凝固薬の有効性が証明されてガイドラインに記載されている41, 42.一方で,アスピリンに代表される抗血小板薬のCAT予防効果を検証した研究は少ないが,アスピリンは卵巣がん患者におけるVTE発症率を低下させたが,スタチンは低下させなかったこと43,乳がん患者ではアスピリン,スタチンともにVTE発症率を低下させる効果はなかったこと44,などが報告されている.また65歳以上の高齢がん患者を対象としてアスピリン内服群と非内服群を後方視的に解析した結果,アスピリン内服群ではVTE発症率が低く,病院内での死亡率も低かったことが報告されている45

従来行われてきたCAT予防あるいは治療に関する研究は,CATの中でもVTEを対象とした研究が多い.抗血小板薬は非がん患者では血栓症の中でもATEの治療,再発予防に使用されており,VTE治療・予防には通常使用されない.がん患者では非がん患者と比較してVTEのみではなくATE発症率が高く,また抗がん剤の中にはATE発症率を上昇させる薬剤もある46.今後,抗血小板薬ががん患者でも同様にATEの治療,再発予防,さらにはATE発症の一次予防効果があるのかを明らかにしていく必要がある.

5.がん関連血栓症の治療・予防と血小板減少

がん患者でも非がん患者と同様に,ATE発症時には必要に応じ冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention: PCI)などの侵襲的治療を行い,さらにアスピリンなどの抗血小板薬を投与する.ただし,がん患者ではがんそのものにより,あるいは治療に伴ってしばしば血小板が減少している.化学療法施行中の固形がん患者の10~25%,造血器腫瘍患者の多くで血小板が減少しており47,血小板減少時のATE治療に際しては,出血リスクを考慮して薬剤を選択,投与量を決める必要がある.Society for Cardiovascular Angiography and Interventions(SCAI)のステートメントでは,PCI前に血小板<2万/μLかつ,高熱,白血球増加,急激な血小板数低下,他の凝固異常のいずれかがある,あるいは血小板2万/μLかつ膀胱がん,婦人科がん,大腸がん,メラノーマ,あるいは壊死性の腫瘍治療中の患者では予防的血小板輸血を行う.PCI施行中あるいは施行後に出血した場合は血小板輸血を行う.PCI施行後の抗凝固療法は,血小板<5万/μLでヘパリンを減量する.抗血小板薬2剤併用療法は,血小板3~5万/μLではアスピリンと併用するP2Y12阻害薬はクロピドグレルとする,血小板>5万/μLであればプラスグレル,またはチカグレロルの併用可となっている.さらに血小板>1万/μLであればアスピリン投与可能となっている48.また血小板減少時のCATに対する抗凝固療法に関してはISTHのガイドラインが発表されており,治療量の抗凝固療法を行うためには血小板>5万/μL,または血小板輸血を行って血小板>4~5万/μLを維持する必要があり,血小板2.5~5万/μLでは抗凝固療法の用量を調節,血小板<2.5万/μLで抗凝固療法中止となっている49表4にはSCAIのステートメントとISTHのガイドラインを参照して作成した血小板減少時の抗凝固療法の投与量,抗血小板療法の選択を示す(表4).

表4

血小板減少時の抗凝固療法・抗血小板療法(文献48, 49より作成)

血小板(/μL) 抗凝固療法 抗血小板療法
>5万 通常量 アスピリン+P2Y12阻害薬
3~5万 減量 アスピリン+クロピドグレル
2.5~3万 減量 アスピリン
1~2.5万 中止 アスピリン
<1万 中止 中止

P2Y12阻害薬:クロピドグレル,プラスグレル,チカグレル

6.がんに対する抗血小板薬の効果

アスピリンは最も広く使用されている抗血小板薬である.がんの進展,転移には血小板が関わっており,血小板活性化を抑制することはCAT発症のみならず,がんの進行も抑制する可能性がある.実際1990年代からアスピリン投与によりがん,特に大腸がんの発症率,死亡率が低下することが報告されてきた50, 51.しかし日本人を対象としてアスピリンの血栓症一次予防効果を検証した前向き試験Japanese Primary Prevention Project(JPPP)のサブ解析の結果では,アスピリン投与群ではプラセボ群と比較して有意にがん発症率が高い,という結果であった52.さらに最近結果が発表されたアスピリン投与群とプラセボ群を比較した海外の大規模な前向き試験でも,Aspirin to Reduce Risk of Initial Vascular Events(ARRIVE)ではアスピリン投与群でがん発症率が高い53,Aspirin in Reducing Events in the Elderly(ASPREE)ではアスピリン投与群で全死亡率が高くその多くはがんによる死亡である54,という結果であった.また2016年にThe US Preventive Services Task Force(USPSTF)は,50~59歳で10年以内に10%以上の心血管疾患発症リスクがあり出血リスクがない成人に対して,心血管疾患および大腸がん発症一次予防目的での低用量アスピリン投与を推奨していたが55,最近の解析の結果では40~59歳の心血管疾患(cardiovascular disease: CVD)発症リスクの高い成人に対する一次予防目的での低用量アスピリン投与は全体としてのメリットが少ないので個々の判断に委ね,60歳以上では大腸がんも含め一次予防目的での低用量アスピリンを開始することは推奨しない,とCVD,大腸がん一次予防目的でのアスピリンを推奨する記述は後退している56.がん発症,進展には血小板以外にも多くの要因が関与しており,アスピリンの予防効果はあったとしても限定的であろう.

またアスピリン以外の抗血小板薬でも動物モデルでP2Y12阻害薬を用いてがん抑制効果を検討した結果が報告されているが,実験系の違いもあり結果は様々である5759

7.おわりに

がんと血小板には相互作用があり,CAT発症,がんの進展に関わっている.しかし,抗血小板薬であるアスピリンのCAT発症予防効果,がん進展抑制効果はあったとしても限られたものである.今後がんと血小板の相互作用を抑制する他の薬剤でも,CAT発症予防効果,がん進展抑制効果の有無を検証する必要がある.

著者の利益相反(COI)の開示:

役員・顧問職・社員など:興和株式会社(産業医)

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