日本血栓止血学会誌
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特集:がんと血栓症
消化器がん治療におけるvenous thromboembolism (VTE)
畑 泰司
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2023 年 34 巻 5 号 p. 584-589

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Abstract

消化器がん治療におけるvenous thromboembolism(VTE)は大きく,1次予防と治療及び2次予防に分けて考える必要がある.1次予防としては主たる治療である手術時の予防があげられる.欧米においてVTEは循環器疾患の中でも3大致死的血管疾患と認識されており,多くのデータが蓄積されて周術期の予防ガイドラインにも反映されてきた.一方本邦では2004年に初のガイドラインが発刊されたが,内容は海外のデータを参考に日本の現状に合わせたものとして作成され,現在でも内容にはあまり変更はない.しかし血栓形成や出血傾向には人種差もあることから今後は日本人でのデータの蓄積とそれを踏まえたガイドラインの改訂が望まれる.治療及び2次予防において,海外ではがん患者のVTE治療や2次予防薬としてdirect oral anticoagulants(DOAC)がすでに推奨されている.このDOACの登場によってより安全で効果的にがん治療と並行したVTE治療や2次予防ができるようになってきた.

1.はじめに

消化器がん治療の主たる治療法は手術と化学療法および放射線療法である.その中でも根治的治療となると手術が中心となる.そのため,この分野における静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)を考えるとき,周術期における1次予防は重要である.また,がんそのものがVTEのリスク因子でありそのリスクはおおよそ非がん患者の4倍から7倍と言われている1, 2.ちなみに消化器がんは総じて他のがん種と比較してリスクが高く,その中でも膵臓がんは最もリスクが高いがん種と言われている3.このようなことから進行再発がん患者ではその治療中にVTEを発症し,がんの治療とVTEの治療を同時に進めなくてはならないことがしばしばある.近年,本邦においてもOnco-Cardiologyという言葉が定着してきているが,循環器医と比較して消化器がん治療に携わる医師の中ではまだまだ認知度も低く啓蒙が必要といえる.本稿では主に消化器外科医の立場から消化器がん治療医の知識の整理に役立つポイントを中心に解説する.

2.周術期のVTE予防

近年は生活環境の欧米化などもあり無症候性のものを含めるとVTEの頻度は欧米とほとんど変わらないとも言われている4, 5.しかし,一方では欧米人と比較してアジア人である日本人は遺伝的な素因の違いもあり,症候性のものは発症リスクが低いとも言われている.2011年からわが国で登録が始まったNational Clinical Database(NCD)では主要8術式(胃切除術,胃全摘術,肝切除術,食道切除再建術,結腸右半切除術,低位前方切除術,膵頭十二指腸切除術,急性汎発性腹膜炎手術)については術後のVTE発症に関するデータが集積されている.このデータでの2011年から3年分,382,124症例での検討ではDVTの発症割合は0.3%(0.1%~0.7%)でPTEは0.2%(0.1%~0.3%)であった.また術式によってその発症頻度が異なることも示された6.このデータにおいても欧米人と日本人での発症頻度に差があることが示されている.しかしながら本邦におけるデータはまだ不足しており,予防ガイドラインも欧米のガイドラインを参考に本邦の実情に合わせたものとなっている.最初に発刊されたのは2004年で,現在までに過去2回改定されている.その内容はどちらもマイナーチェンジで2004年当時と大きくは変わっていない.変更点は2009年改訂版では使用できる抗凝固剤が増えたためそのことが記載されたこと7,2018年改訂版ではこれまで早期離床および積極的な運動は低リスクのみに記載されていたものが,全てのリスクレベルに記載されるようになった点である 8.ちなみに2回目の改訂では2014年の欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)や2012年の米国胸部学会(American College of Chest Physicisns: ACCP)のガイドライン「Antithrombotic therapy for VTE disease: Anti thrombotic Therapy and Prevention of Thrombosis, 9th edition」,2016年改 訂版「Antithrombotic Therapy for VTE Disease」などを参考としている.

3.欧米のガイドラインとの差異

米国ではリスク評価を点数化しより細やかにリスク分類しているのに対し9図1),本法では,がんの有無,手術時間,年齢,VTEの既往や先天性素因の4つのカテゴリーのみで分類されており,シンプルなものとなっている(図2).その理由としては簡便に使用できるようにすることでのまずは普及を促す目的もあったが,日本人のデータが不足していることもその背景にある.ちなみに消化器外科でがんの手術を受ける患者のほとんどが高リスク以上となり,少なくとも理学的予防法または薬物的予防法が適応となる.ちなみに欧米のガイドラインでは出血傾向がなければ薬物的予防が推奨されており,本邦より積極的に薬剤を使用する傾向にある.しかしどの予防法を適応するかは最終的に付加的な因子や術後の状態(特に出血の危険性)も考慮して総合的に判断する必要があることが欧米のガイドラインにも本邦のガイドラインにも記載されている.

図1

Capriniスコアー(Gould MK et al.: Chest 141(2 Suppl): e227S–277S, 2012より改変)

図2

一般外科手術におけるVTEのリスク分類と予防法(肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)より改変)

総合的なリスクレベルは,予防の対象となる処置や疾患のリスクに,付加的な危険因子を加味して決定される.付加的な危険因子(表1)を持つ場合にはリスクレベルを1段階上げることを考慮する.大手術の厳密な定義はないが,すべての腹部手術あるいはその他の45分以上要する手術を大手術の基本とし,麻酔法,出血量,輸血量,手術時間などを参考として総合的に評価する.

4.肺塞栓症について

深部静脈血栓症を契機に症候性の肺塞栓症(pulmonary thrombo-embolism: PTE)がいったん発症すると,その死亡率は約20%と高く,やはりVTEは予防することが重要と言える.VTEは,欧米では虚血性心疾患,脳血管障害の次にくる3大致死的血管疾患と認識されており10,米国においては,PTEの年間発症数が50~60万人,死亡者数が年間10~15万人という報告が1984年になされている11.我が国でも初版のガイドライン発行がきっかけとなってその予防の重要性が認知されることとなり,理学療法が広く普及し発症頻度は減少した.それによって症候性PTEは2003年に4.8人/万手術であったものが2006年には2.3人/万手術まで減少した12.しかしながらその後は頭打ち状態である.ただしその死亡率は30%ぐらいをピークとして低下傾向である 13

また急性PTE患者の性別や好発年齢については,肺塞栓症研究会共同作業部会調査研究において,本邦では60歳代から70歳代にピークを有しており,性別では男性より女性に多いことが示されている14.アジア以外の海外のデータでは男性が多い結果が多く,この点も人種差が影響している可能性がある.

凝固能に関しては人種差があることが知られており,海外のガイドラインを日本人にそのまま使用するのは問題がある.基本的には日本人を含むアジア人は欧米人と比較して凝固より出血の方が問題となるケースが多い.今後は本法独自のデータを蓄積し,より個々の状態に応じた対応ができる日本独自のガイドラインの作成が必要と考える.

5.がん患者のVTE治療及び2次予防

欧米ではがん患者におけるVTE治療薬として低分子ヘパリンが長らく使用されてきた.2010年代に入り,心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制に対して使用されるようになった直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants: DOAC)が登場した.DOACはその後,VTEの治療及び2次予防薬としても使用されるようになった.ちなみにDOACにはトロンビン阻害薬に分類されるダビガトランとXa阻害剤のリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンの2つに大きく分類されるが,VTEに用いることができるのはXa阻害薬の3剤となる.本稿でのDOACは主にこの3剤として話を進める.

DOACは経口投与であり,皮下注射である低分子ヘパリンと比較し簡便に投与ができる点は有利である.しかし,効果と安全面が担保されていることが必須条件である.

そこでvan Esらはがん患者における抗凝固剤(低分子ヘパリン,ワルファリン,DOAC)でVTE再発と大出血の複合アウトカムの相対リスクをメタ解析し,DOACがその時点での第一選択薬であった低分子ヘパリンと比較して同等かそれ以上の成績であることを示した15.その後3剤それぞれのDOACについてがん患者を対象とした低分子ヘパリンとの比較第3相試験が行われ,がん患者におけるDOACの有用性が示された.3剤における試験の概要を表に示す 1618表1).Sabatinoらはこの3つの試験をメタ解析している.VTE再発に関しては低分子ヘパリンであるDalteparinが9.1%であり,DOAC’sは5.7%であった.この結果は統計学的に有意な差が見られた.また,大出血に関してはDalteparinが3.6%でDOAC’sは4.8%であり,統計学的に差は認めなかった19.これらの結果を受けて欧米のガイドラインでのがん患者におけるVTE治療及び2時予防薬としてDOACが推奨されるようになった.がん治療の立場から米国のNational Comprehensive Cancer Network(NCCN)のガイドラインではCancer-Associated Venous Thromboembolic Diseaseの項目では使用方法に差はあるものの3剤とも推奨されている(Version 1.2022-March 11.2022).また,血栓症の立場から米国血液学会でも3剤が低分子ヘパリンより強く推奨されているが,6ヶ月を超える長期の予防に関してはDOACに関するデータがないことから低分子ヘパリンもしくはDOACを推奨するとの記載になっている20

表1

がん患者においてDOAC3剤と低分子ヘパリンを比較した第三相試験

Hokusai VTE Cancer試験16 Select-D試験17 CARAVAGGIO試験18
エドキサバン リバーロキサバン アピキサバン
Raskob et al. Young et al. Agnelli et al.
治療期間 6~12ヶ月 6ヶ月 6ヶ月
症例数 1,046 406 1,155
年齢(平均) 64 67* 67
主要評価項目 VTE再発+大出血 VTE再発 VTE再発
安全性評価項目 大出血
副次的評価項目 VTE再発/大出血/臨床的に重要な出血など 大出血/臨床的に重要な出血

* 中央値

DOACはこのようにがん患者における有用性が示されているが,注意すべき点もある.その主な点がDOACでは消化管や尿路での出血傾向が従来の薬剤と比較して多い点である.先ほど紹介したNCCNのガイドラインにおいても,但し書きとして “胃や食道の病変ではない患者が望ましい” との記載がある.

またSabatinoらのメタ解析でも消化管出血で見た場合はDarteparinが1.5%でDOAC’sが3.0%と統計学的にも有意にDOAC’s群の方が多い結果であった.その理由の1つとして排出経路が関係していると言われている.DOACは3剤で消化管からの排出割合は違うものの,ある程度は消化管を通ることから直接的に消化管に影響を与えることが基礎的な研究でも示されている21.ただし実際に進行した胃がんや食道がんが存在するとどの程度リスクになるかなどの明確なデータはまだ無く,今後の検討も必要である.また人種によってDOACにおける消化管出血の頻度に差があることや22, 23,国によって内視鏡医の診断や治療能力に差があることから消化器がんでのDOACの適応は海外のガイドラインは参考になるもののそのまま外挿して本邦で使用するのは周術期の予防のガイドラインと同様問題があると思われる.

6.抗凝固療法における本邦の事情

ご存じのように海外では低分子ヘパリンからDOACへとがん患者のVTE治療,2次予防薬は代わってきているが,そもそも本邦では低分子ヘパリンが保険の関係で使用できないという条件となっている.そのようなことからDOACの登場までは本邦で使用可能な経口剤となるとワルファリンのみとなっていた.ちなみにワルファリンと低分子ヘパリンの比較が過去に行われ,海外では低分子ヘパリンの優位性が示されDOAC登場までは第一選択薬として使用されていたが,本邦ではこのような事情からワルファリンを継続して使用してきた.このワルファリンとDOACの3剤も比較されており,効果(抗凝固)及び副作用(出血)の両面でDOACの優位性が示されている2426.現在,本法のガイドラインでDOACに関する記載はないが,今後の改定の際は海外のガイドラインのようにDOACの使用が推奨される可能性は高い.

7.がん治療と血栓治療の両立

1)化学療法剤と抗凝固剤

進行再発の消化器がん患者における主たる治療は化学療法である.化学療法時に必要な知識の1つとして薬剤の相互作用が挙げられる.がんも抗凝固薬の適応疾患も高齢者では多いため臨床ではしばしば遭遇するのが化学療法剤と抗凝固剤の併用である.

消化器がんのkey drugである5-フルオロウラシル(5-FU)系薬剤は併用することによってワルファリンの作用が増強する27.その原因の1つがどちらの薬剤もCYP2C9で代謝されることが言われている.また,ワルファリンは遺伝子多型によって効果の程度に個人差があり,食事内容の影響も受ける.このようなことからモニタリングが重要である.がん治療医にとってはそのマネージメントに不慣れであり苦慮することがある.また,化学療法剤と抗凝固剤の処方が別々の医師によってなされている場合はさらにその調整が難しくなる.この点においてDOACはワルファリンより化学療法剤との相合作用が少なく消化器がん治療医においてもマネージメントしやすいと言える.

またワルファリンほどの相互作用はないもののDOACを使用する際においても注意点はある.DOACはCYP3A4の代謝を受けることが知られている.またDOAC3剤でそれぞれの代謝の影響が異なるため 28,CYP3A4で代謝される化学療法剤を使用する際にはこの点も念頭に置いてDOACを選択するのが良いと考えられる.

2)オピオイドと抗凝固剤

化学療法剤と同様にオピオイド使用時も相互作用があることを念頭に置いて処方することが望ましい.代表的なオピオイドと代謝酵素・経路について表にまとめるので参考にしてほしい(表2).

表2

主なオピオイドとその代謝酵素・経路

薬剤名 代謝酵素・経路
モルヒネ グルクロン酸抱合
フェンタニル CYP3A4
オキシコドン CYP3A4,CYP2D6
コデイン CYP2D6
トラマドール CYP3A4,CYP2D6
ペンタゾシン グルクロン酸抱合
ブプレノルフィン CYP3A4
ヒドロモルフォン グルクロン酸抱合

8.まとめ

周術期の予防に関しては日本人のデータから,より患者の状態に適した予防法の選択が可能になることが望まれる.がん治療と抗凝固療法の並列に関してはDOACの登場によってより安全かつ簡便にできるようになった.それによってがん治療医も緊急性を要さない程度のVTEであれば抗凝固療法を自身でマネージメントできる時代となってきている.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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