日本血栓止血学会誌
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特集:血友病患者のQOL向上を目指して
我が国における血友病レジストリの構築
松本 剛史
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2024 年 35 巻 1 号 p. 17-24

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Abstract

レジストリは特定の疾患等の医療情報の収集のために構築したデータベースで,疾患の理解や医療の向上に役立てることと,新薬開発や市販後の安全対策を講じる薬事に関連した2つの目的がある.血友病では,男性の約1/5,000という有病率の低さ,また関節症の経過など長期にわたる観察が必要であることから,レジストリデータを利用した血友病患者のリアルワールドデータの収集は,治療の有効性や安全性の検証に有用であり,調査研究は我が国でも諸外国でも盛んに行われている.血液凝固異常症の中で患者数の最も多い血友病については,我が国でも1960年代以降とかなり前から調査が行われてきた.血液凝固異常症全国調査は20年以上継続してきているものの,データを有効利用することが困難なプロトコールで運用されている.我が国の新しいレジストリの開始に向けては,利活用可能な形でのデータ収集を行える形を目指しており,患者,医療者,企業,行政が一体となって構築作業が行われている.

1.はじめに

医療においてレジストリとは,特定の疾患,疾患群,治療等の医療情報の収集のために構築したデータベースである.その目的は大きく2つに分かれ,1つ目の目的は疾患の理解や医療の向上に役立てるため,患者数や患者分布の把握,疾患の治療とその有効性や安全性に関する様々なデータを収集することで,2つ目は新薬開発や市販後の安全対策を講じるためである1.1つ目の代表例は,がん登録等の推進に関する法律(がん登録推進法)に基づいて2016年1月から開始された全国がん登録である2.全国の医療機関はがんと診断された人のデータを都道府県知事に届け出ることが義務化されている.法に基づいた強制力のあるレジストリであるため,個人情報を含めた大量の情報が得られる全数調査(悉皆調査)の形がとられている.2つ目の薬事との関連については,厚生労働省は「クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)構想」を掲げ,我が国でのレジストリを活用した効率的な治験・市販後調査・臨床研究体制の構築を推進し,医薬品・医療機器等の開発を促進することを目指しており,この構想の下,日本医療研究開発機構(AMED)の「CIN構想の加速・推進を目指したレジストリ情報統合拠点の構築」(事業代表者:国立国際医療研究センター(NCGM)國土典宏理事長,2017年8月~2020年3月)(CIN國土班)によってレジストリ検索システムを構築し,患者レジストリ及びコホート研究に関する情報の一元化と可視化が成し遂げられた.2020年4月以降は,CIN國土班の後継事業として,厚生労働省の「CIN中央支援に関する調査業務一式」(CIN中央支援事業)が開始され,引き続き疾患レジストリの構築支援,患者レジストリ検索システムの公開,疾患レジストリ利用者と疾患レジストリ保有者のマッチングに関する事業や,患者レジストリの利活用に関する情報発信,アカデミアや企業等からの患者レジストリについての相談実施等も行っている.疾患レジストリは医薬品の臨床開発等において有用なデータソースとして期待されており,具体的な利活用に向けた環境整備が積極的に行われている3, 4

我が国の血友病患者数は2022年時点で血友病AおよびB合計で7,070例と血液凝固異常症全国調査で報告されている5.男性の約1/5,000という血友病の有病率の低さ,また関節症の経過など長期にわたった観察が必要ということもあり,レジストリデータを利用したリアルワールドデータの収集は,現在行われている治療の有効性や安全性の検証に非常に有用であり,調査研究は我が国でも諸外国でも盛んに行われてきている.本稿では我が国でこれまで行われてきた調査研究や諸外国で行われているレジストリを紹介し,日本血栓止血学会の血友病診療連携委員会に設置された「血液凝固異常症レジストリ運営委員会」で検討されている「血液凝固異常症レジストリ」について概説する.

2.我が国の血友病患者調査の歴史

血液凝固異常症の中で,患者数の最も多い血友病については我が国でも比較的以前から調査が行われてきた.1961年に奈良県立医科大学の吉田らが血友病ならびに類縁疾患348例を集計して以降,福井らに引き継がれ,文部省科学研究費あるいは厚生省医療研究費の助成を得て,5年ごとに1991年まで継続された.この調査における血友病A・B患者数を表1に示した.1961年の血友病患者数は257例でこの年の男性人口は4,630万人と推計されており6,男性の1/180,000の有病率と単純に計算できる.男性の約1/5,000という血友病の有病率で考えると少なすぎるとも思われるが,診断される前に死亡したり,まだ凝固因子製剤がない時代で,血友病患者,特に重症患者では幼少期から若年での死亡が多く,当時の実際の患者数を推計するのは困難と考えられる.その30年後の1991年には3,807例の血友病患者が報告されたが,この年の推計男性人口は6,093万人とすれば6,男性の1/16,000の有病率である.エイズで死亡した患者が増えてきていた時期ではあるが,この頃になると20歳以下の患者は生下時からクリオや凝固因子製剤が使用可能になってきていたため,生命予後が改善し血友病患者人口が増加したと考えられる.1991年で薬害エイズの問題もあってこの調査は終了となっている.1997年からは福武らにより厚生省HIV感染者発症予防治療に関する研究班の血液凝固異常症全国調査が行われた(表1).全国の正確な患者数が集計され,さらに2000年からは毎年の集計が行われるようになり7, 8,2001年にはこの調査を厚生労働省の委託事業としてエイズ予防財団が実施することになった.運営委員会が組織され,山田,瀧,天野を委員長として2023年度の現在まで継続している.2001年度版以来のすべての報告書がエイズ予防財団のWebサイトで閲覧可能である9

表1

血友病患者の実態調査結果


文献7より引用

3.世界のレジストリ

1)国際レジストリ

先天性凝固異常症の主な国際レジストリを(表2)に示した.World Bleeding Disorders Registry(WBDR)は世界血友病連盟(WFH)が2018年に開始した血友病患者およびフォン・ヴィレブランド病(VWD)患者臨床データを収集する国際的なレジストリである11.患者ごとに基礎データとして年齢や性別,病名や重症度に感染症についてかなり詳細なデータを収集している(表3).開始からの年月が浅いため登録している血友病治療センター(HTC)の数はまだ少ないものの,先進国から途上国まで幅広い地域の患者データが収集されている.European Haemophilia Safety Surveillance(EUHASS)はヨーロッパの多くの国が参加している.これまでの血液製剤のHIVや肝炎ウイルスの汚染やインヒビター発生の問題を踏まえ,治療の安全性を監視するため行われており,有害事象と治療内容を臨床医や規制当局などの関係者に知らせることを主な目的としている12.Pediatric Network on haemophilia management(PedNet)はヨーロッパとカナダの小児科医のグループで小児の血友病Aおよび血友病Bの患者が登録されている13.Gene Therapy Registry(GTR)は遺伝子治療を受けた血友病患者の長期データを収集し,長期の安全性と有効性を観察することを目的としてWFHが開始した14.WFHは全患者を生涯にわたって追跡するとし,世界中の遺伝子治療患者の全例をGTRに登録することを求めている.

表2

代表的な国際的レジストリ

レジストリ名称 参加国施設 開始年 症例数 データ年次
World Bleeding Disorders Registry(WBDR)11 37か国
104HTCs
2018 9,414 2021
European Haemophilia Safety Surveillance(EUHASS)12 26か国
78HTCs
2008 35,567 2013
Pediatric Network on haemophilia management(PedNet)13 19か国
32HTCs
2004 2,759 2022
Gene Therapy Registry(GTR)14 N/A 2023 N/A

HTCs: Hemophilia Treatment Center

文献11121314より著者作成

表3

WBDRの収集項目

属性 診断 臨床症状
生年月日
性別
居住国
職業(勤務形態)
教育
婚姻状況
診断年月日
血友病の型
血友病の重症度
凝固因子活性値
病歴
遺伝子検査
血液型
家族歴
出血エピソード
標的関節
治療
インヒビター
入院歴
死亡
有害事象
併存疾患
機能尺度
 ・血友病関節の健康スコア(HJHS)
 ・関節症
 ・可動域(ROM)
 ・WFHスコア(ギルバート)
 ・血友病患者が自立的に可能な機能のスコア(FIHS)
QOL尺度
 ・EQ-5D-5L

文献11より著者作成

2)主要国のレジストリ

5つのナショナルレジストリを表4に示した1519.人口あたりからみると登録されている症例数にばらつきがみられるが,血友病のみから原因不明の出血傾向も登録されカウントされているレジストリもあるためである.世界の国々の多くがHTCで集約化して血友病診療を行っているためデータが集まりやすいのに比べ,数例以下あるいは1例のみの血友病患者を診療している施設も多く存在するのが我が国の特徴であり,それゆえ全数登録が困難となっている実情がある.

表4

主要国のナショナルレジストリ

レジストリ名称 開始年 症例数 データ年次
The National Haemophilia Database(NHD)15 イギリス 1968 38,397 2023
German Haemophilia Registry(DHR)16 ドイツ 2009 17,036 2021
Canadian Hemophilia Registry(CHR)17 カナダ 1988 3,766 2019
Community Counts18 アメリカ 1990 43,510 2022
Australian Bleeding Disorders Registry(ABDR)19 オーストラリア 2023 7,040 2021

文献1516171819より著者作成

4.我が国の血液凝固異常症全国調査における問題点

2001年から現在の血液凝固異常症全国調査が開始され2023年現在で23年目となった.20年以上の長期にわたって行われている調査であるが,この間には血友病患者の治療の進歩は目覚ましく,定期投与の広がりから半減期延長型製剤の販売開始,凝固因子を使用しない出血予防治療なども開発されてきた.薬害エイズによって約1,500名の血友病患者がHIVの感染被害を受けたが,1996年に開発された多剤併用抗レトロウイルス療法(HAART:現在はARTと呼ばれる)によってエイズで死亡する患者は減少し,近年発売されたHIV治療薬は抗ウイルス効果が高く副作用も少なくHIV感染者のQOLも向上した.血漿由来の凝固因子を使用された患者の多くがHCVの感染も受けており,2001年度の調査では血友病とその類縁疾患の総数5,743例のうち2,616例(46%)がHCVに感染していたが10,インターフェロン,その後はより治療効果の高い抗ウイルス薬が次々と発売され,ほぼすべての患者からHCVを排除することが可能になった.それらの血友病患者を取り巻く医療環境や健康面が改善したことに加え,近年は医学系研究に関する倫理についての法令や指針が度々発出や改正され,個人情報の取り扱いにはこれまでとは異なる対応が必要となってきた.これらの変化に合わせて本調査も調査内容を変化させ,患者からの同意の取得などの倫理面での対応も変化させていった.

前述のように血液凝固異常症全国調査は,国のエイズ対策の予算による委託事業としてエイズ予防財団が実施している調査である.血友病はHIV関連病態としてとらえられ調査が継続されている.HIV感染者と非感染者と別々の回答用紙が用意されており,非感染者は感染者の比較対象ともいえ,血友病患者全体として調査が継続されている(図110.HIV感染者についてはウイルス量やCD4陽性リンパ球数のデータ収集がなされている.当初から疾患名,重症度,インヒビターの有無,HBV・HCVの感染の有無,肝炎の有無と病期,HCV陽性患者のインターフェロン治療の実施状況と効果が含まれていた.年々項目の追加がなされ,家庭療法や定期投与の有無,インヒビター値や免疫寛容療法の施行の有無と効果,使用している凝固因子製剤,HCVのサブタイプ,肝庇護剤の使用状況,肝疾患での入院歴,患者の高齢化に伴って生活習慣病・慢性腎臓病・血栓症などが加えられ,頭蓋内出血の既往歴や後遺症の有無,慢性腎臓病や骨粗しょう症の有無についても加えられていった.C型肝炎の治療法も新規の抗ウイルス薬が次から次へと使用可能となり多様になったためこれらの抗ウイルス薬も収集項目となった.また,この間にいくつかの医学研究に関する法令指針が発出改正された.「個人情報保護法」の施行により2004年から同意取得を要件とするようになった.2006年度からは同意未取得の患者は生年月日を記載せず生年月のみの記入としてデータ利用し集計した.2017年度には「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の改正を受けて実施計画書が変更され,調査に協力している施設の倫理委員会あるいは機関の長の承認を得ることを必須とした.急なプロトコール変更に対応できない医療機関もあって,調査票の回収率が悪くなってしまった年度もあった.現在のプロトコールは2025年3月まで倫理審査委員会の承認を受けているが,現行の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に適合していないところもあるため,新たな患者登録のシステムを構築する必要が出てきた.また,本調査は単年の調査を連結しつなぎ合わせてデータ化しており厳密には前向き調査ではない.前向き研究とし,個々の患者の同意を得た上でデータの利活用が可能となるレジストリの構築をという機運が専門医集団のみならず患者会でも高まった.

図1

平成13年度凝固異常症全国調査 調査票

初年度の生存例の調査票を示した.(A)様式1はHIV感染患者でHIVと肝炎の病状や治療状況の記入が必要であった.(B)様式3はHIV非感染患者で病名や重症度などの基本情報以外は肝炎の治療状況のみで後年より非常に内容がシンプルであった.文献10より抜粋.

5.現在構築作業中の「血液凝固異常症レジストリ」について

新たな血友病患者レジストリの構築の必要性はかなり以前から専門医の中で議論されてきた.日本血栓止血学会(JSTH)の血友病診療連携委員会に「患者レジストリ構築作業部会」が設置され2021年7月に提言が出された.提言の一つ目はブロック拠点病院および地域中核病院に受診している患者を対象としたレジストリを開始し,その他の施設に受診している患者については,ブロック拠点病院あるいは地域中核病院への連携受診を促すことにより,登録患者を増やしていくこと.提言の2つ目はレジストリ構築のための「血液凝固異常症レジストリ運営委員会」を設置することであった.それを受けて松本を運営委員長とした組織が設置された.表5に計画中の血液凝固異常症レジストリの運営方針などについてまとめた.2024年度中の患者登録開始を目指しており,ブロック拠点病院と地域中核病院に通院し,対象疾患は血友病,VWD,その他の先天性凝固因子欠乏症で,血友病については条件の合う保因者女性も登録対象とする.2023年9月に本事業のために設立された一般社団法人日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)が実際に運営する.まずは,製薬企業とJSTHの共同研究で始動し,実際の運営をJBDROが担い2027年までの共同研究期間中に恒久的に運営可能な体制を構築し整備する(図2).2027年以降は,競争的資金の獲得,企業からの寄付金,公的助成金・委託事業,企業からのデータ利活用資金(研究,市販後調査,治験)などの財源を獲得しJBDROが恒久的に運営していくこととする(図3).

表5

血液凝固異常症レジストリ

・ 対象はブロック拠点病院あるいは地域中核病院に通院している先天性止血異常症患者と血友病保因者.
・ 新しく設立した一般社団法人日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)が運営する.
・ 企業と日本血栓止血学会との共同研究として始動し基盤を整備し,2027年にレジストリデータを企業等に提供した利活用料,寄付金,競争的資金獲得などで恒久的に運営可能なものを構築する.
・ 医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相談しつつ医薬品の市販後調査(PMS)や治験にも利用可能な品質を目指す.
・ 多くの企業に協賛を募る.
・ 患者が利用できる輸注記録や出血記録を含めたPHR(Personal Health Record)機能を使用できることを目指す.
・ 国際的レジストリ(WBDR・GTR)にデータを提供する.
・ 2024年度で終了予定の凝固異常症全国調査のデータも可能な限り活用して移行作業を行う.
図2

レジストリ構築・基盤整備の体制 2027年まで

日本血栓止血学会(JSTH)と企業との共同研究としてレジストリ構築を開始し,レジストリの運営業務を担うのは業務委託契約を結んだ日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)である.

CRO: Contract Research Organization, ARO: Academic Research Organization, ePRO: electronic Patient Reported Outcome

図3

レジストリ恒久運営の体制 2027年以降

共同研究終了後は日本血液凝固異常症調査研究機構(JBDRO)が事業主体となり,レジストリ事業全体の運営を行う.

PMS: Post Marketing Surveillance, CRO: Contract Research Organization, ARO: Academic Research Organization, ePRO: electronic Patient Reported Outcome

6.まとめ

本稿では,我が国での血友病患者調査の歴史的な流れと世界で行われているレジストリを紹介し,現在まで継続されている血液凝固異常症全国調査の限界や問題点などを挙げ,新たな血液凝固異常症レジストリの構築の動きとその方向性を紹介した.

今回のレジストリ構築作業が始まったのは,血友病診療連携委員会に「患者レジストリ構築作業部会」が設置されたことに始まるが,その作業とは別に血友病患者会である「ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」と製薬企業とがレジストリの勉強会を始め議論を進めていた.そこで練られていた案を発展させ「血液凝固異常症レジストリ」の内容や組織体制などを構築していくこととなった.「血液凝固異常症レジストリ運営委員会」のメンバーには血友病専門医を中心とした医療者の他,患者・家族,オブザーバーとして厚生労働省担当技官も参加している.また,多くの製薬企業の協賛を得ることも目指しており,これらのステークホルダーが一体となってこのレジストリ構築を盛り上げて,その後の恒久的な事業として維持運営されていくことが望まれる.

なお,著者は(一社)ヘモフィリア友の会全国ネットワークおよび(一社)日本血液凝固異常症調査研究機構の理事長(無報酬)として在任している.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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