2025 年 36 巻 5 号 p. 618-623
固形がんに伴う播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)は一般的に凝固活性による血小板減少と骨髄での産生が長時間均衡しているいわゆる慢性DICの臨床形式を示す.がん腫の全身播種では時に急速進行性の臨床形式を示しその病態は様々である.またがん関連血栓症(cancer associated thrombosis: CAT)の1つでもあり,しばしば病的血栓を併発する.DICの早期かつ適切な診断・治療が担がん患者の生命予後やquality of life(QOL)の向上に必須である.
固形がんに伴うDICは日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン2024での1つの章でもあり,今現在分かっている望ましい診断・治療が提示された.固形がんに伴うDICと一括りに分類されているが,基礎疾患となるがん種,特に病理学的分類,病期,DICの程度(慢性か急速進行性か),患者の生命予後など実に千差万別である.状況別に如何なる治療を選択していくべきか今後明らかにしていくべき課題の1つと考える.
播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)は,がんの腫瘍随伴症候群の1つである.最新の調査は27年前に遡るが,1998年の旧厚生省による調査がある.DIC症例数(絶対数)の多い基礎疾患は,肝細胞癌(5位),肺癌(8位),胃癌(9位),結腸癌(13位)と,固形がんがベスト15位内に4つ順位を占めている1)(表1).一方,各固形がんのDIC発症頻度は決して高くはないが,固形がん症例の6.8%がDICと診断されたという報告がある.
DIC発症症例数(絶対数)の多い基礎疾患(文献1より引用)
| 基礎疾患 | DIC発症例 | 基礎疾患数 |
|---|---|---|
| 1.敗血症 | 303 | 969 |
| 2.ショック | 222 | 945 |
| 3.非ホジキンリンパ腫 | 161 | 847 |
| 4.呼吸器感染症 | 144 | 2,568 |
| 5.肝細胞癌 | 142 | 4,480 |
| 6.肝硬変 | 123 | 3,807 |
| 7.急性骨髄性白血病 | 104 | 312 |
| 8.肺癌 | 99 | 2,316 |
| 9.胃癌 | 93 | 3,456 |
| 10.急性リンパ性白血病 | 76 | 247 |
| 11.急性前骨髄球性白血病 | 73 | 100 |
| 12.大動脈瘤 | 69 | 1,183 |
| 13.結腸癌 | 65 | 2,767 |
| 14.胆道系感染症 | 55 | 831 |
| 15.ARDS | 53 | 251 |
その基礎疾患となる固形がんに関しては,2020年に新たに診断されたがん患者は945,055名で,2023年にがんで死亡した人は382,504名とされている.すなわち日本人が一生のうちにがんと診断される確率は2020年のデータに基づくと男性は62.1%でおよそ5人に3人,女性は48.9%でおよそ2人に1人の割合とされている2).がん診療の進歩による予後の向上で累積がん患者数は著明な増加が考えられ,日常臨床でも固形がんに伴うDICへの遭遇頻度が高くなってきていると思われる.早期にかつ適切に固形がんに伴うDICを診断・治療することは,担がん患者の生命予後や生活の質(quality of life: QOL)を向上させることに直結し非常に重要である.よってがん診療においても常にDICを念頭に置いて診療することが望ましい.
元々固形がんにおいては凝血学的に過凝固状態であることが知られている3).がんに伴う血栓症の報告は歴史的には,1823年のBouillaurd4)が報告したフィブリン血栓による静脈閉塞による下肢の浮腫,1865年にTrousseau5)が報告した胃がん患者に併発した移行性血栓性静脈炎,があり,1977年にSack6)が担がん患者の微小血管症,疣贅性心内膜炎,動脈塞栓などを伴う凝血異常までTrousseau症候群の範疇を広げた.近年では,Trousseau症候群は,がん関連血栓症(cancer associated thrombosis: CAT)とほぼ同様に使用されている.よって固形がんに伴うDICは広義にはCATの1亜型とも言うことができる.
がん細胞の異常な凝固を引き起こす主な要因は,腫瘍細胞からの(1)組織因子(tissuer factor: TF)の産生,(2)システインプロテアーゼの産生,(3)ムチンの産生,(4)低酸素下でのMetがん遺伝子誘導によるプラスミノゲンアクチベーターインヒビター(plasminogen activator inhibitor: PAI)-1およびシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase: COX)-2の産生が報告されている.詳細はVarkiの総説に詳細が記されているので参照されたい3).以上のような基礎病態の上に,臨床的には増大・浸潤・遠隔転移などのがんの進行,経過中の感染症併発,手術・化学療法・放射線治療などがん治療に伴うもの,併発症としてのショック・アシドーシス・脱水などその他の要因によりDICが引き起こされると考えられている7).
一般的にがんの増大,浸潤,遠隔転移などの進行によりDICの発症頻度は増加する.特に,消化管腺癌などの血行性転移をきたしやすいがんはDICを併発しやすいとされる.固形がんでのDICの頻度は6.8%で,がんの組織別では腺癌が最も多く52.6%という報告がある.特に,未分化型腺癌やムチン産生性腺癌の全身播種で急速進行性のDICが発症しやすい.また,骨髄がん腫症を伴った腺癌ではきわめて高頻度にDICを併発し,その経過も急激なものをしばしば経験する8).
DICの診断は,現在単一の項目により診断できるものではなく,臨床症状や検査成績など複数の項目に点数を付けその加算により診断する,所謂スコアリングシステムを採用している.現在,わが国では旧厚生省DIC診断基準9),その改訂版10),急性期DIC診断基準11),国際血栓止血学会(ISTH)overt DIC診断基準12),日本血栓止血学会(JSTH)DIC診断基準2017年版13)が頻用されている.ISTH overt DIC診断基準ではフィブリン関連マーカーのカットオフ値が明確でないため,スコアリングに客観性がかける.急性期DIC診断基準において検討された基礎疾患の過半数は,がんや造血障害には対応しておらず,全身性炎症反応を呈する感染症や組織損傷である.固形がんにおいては急性期反応に乏しく慢性に経過する場合も認められ,消費性凝固障害や,前立腺などの固形がんでは線溶亢進による低フィブリノゲン血症をきたすこともあるので.線溶亢進によるフィブリノゲンの低下を評価できない急性期DIC診断基準での診断は妥当でない.一方,旧厚生省診断基準は作成時に解析されたDIC症例の基礎疾患の多数(約40%)が固形がんであり,造血障害時の血小板数を評価しないスコアリングシステムを持つ.旧厚生省診断基準改訂版をもとに作成されたJSTH DIC診断基準2017年版は,病態ごとの診断基準で期待が持てるが,現状TAT,SFまたはF1+2の凝固亢進マーカー,アンチトロンビンの院内測定割合が極端に低い.以上のことから,JSTH DIC診療ガイドライン 14, 15)では,「旧厚生省診断基準改訂版を推奨する」,付帯事項として凝固分子マーカーの測定系が普及すればJSTH DIC診断基準も推奨されるとされた.
DICの原因となっている基礎疾患を診断し,治療を行うことは最も重要な診療行為である.固形がんの場合,がんそのもののほかに併発する感染症,がん化学療法・手術・放射線療法など治療に伴うもの,経過中のショック・アシドーシス・脱水,などを考慮しなければならない.特にがんの全身播種や腫瘍量が多い場合,感染症を伴う場合は,速やかな治療の介入(化学療法や抗菌治療など)が必要である.
次に過凝固を阻止すべく抗凝固療法が考慮される.現在わが国でDICに対して使用できる薬剤は,ヘパリン類,合成タンパク分解酵素阻害薬(SPI),アンチトロンビン(AT)製剤,リコンビナントトロンボモジュリン製剤(rTM)がある(表2)16).日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン202414)において,固形がんに伴うDICに対して推奨が付いた治療法は,rTM(弱い推奨/低の確実性のエビデンス:GRADE 2C)と在宅医療などでの慢性DICに対しての未分画ヘパリンの皮下注射(弱く推奨)であった.rTMに関しては,わが国が世界に先駆けて承認された薬剤であるため,わが国からの報告がエビデンスになった.すなわち固形がんの予後は疾患の特性上制約があるものの,rTMの使用によりDICの離脱や予後の延長を見込める症例が多い.これらの症例の背景には固形がんによるDICの観察研究17–20)の約半数はその経過中の感染症によるDICであったことが一因とも考えられている.在宅医療などでの慢性DICに対しての未分画ヘパリンの皮下注射は症例報告のエビデンスしか存在しないがその医学的,社会的有用性から付帯事項として記載されている.詳細は是非日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン2024を参照頂きたい.但し,globalには現在rTMは使用されておらず,認知度もまだまだ低く,わが国のエビデンスを如何に説得力を持って理解してもらえるかは今後の課題である.ここで日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン2024での固形がんに関するQuestion一覧を示す(表3).
2025年現在,保険で認められているわが国のDIC治療薬の概略一覧(文献16より改変引用)
| 薬剤 | 分子量 | 血中半減期 | 作用機序 | 抗線溶作用,抗血小板作用 | 用量 | 用法 | 副作用 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 未分画ヘパリン(UFH) | 3,000~35,000 | 約40分 | 各種セリンプロテアーゼ阻害,AT依存性 | AT存在下で軽度抗線溶作用あり,血小板凝集抑制作用あり | 5~10単位/kg/時間 | 持続点滴,皮下注 | 出血,ショック,血小板減少 | APTTで1.5~2倍にコントロールする,抗Xa活性/抗IIa活性比(APTT延長活性比)=1/1 |
| 低分子ヘパリン(LMWH) | 3,000~6,000(平均5,000) | 90~120分 | 各種セリンプロテアーゼ阻害,AT依存性 | AT存在下で軽度抗線溶作用あり,血小板凝集抑制作用軽度あり | 75国際単位/kg/日 | 持続点滴 | 出血(UFHより軽度),ショック,血小板減少 | 抗Xa活性/抗IIa活性比=2~4/1 |
| アンチトロンビン(AT) | 59,000 | 約60~70時間 | 各種セリンプロテアーゼ阻害, | 軽度抗線溶作用あり | ヘパリン併用のもと1,500単位(または30単位/kg),産科的・外科的DIC等の緊急処置時は40~60単位/kg | 静注,点滴静注 | ショック | 投与開始後48時間以内に効果を評価し,追加治療の必要性を検討することが望ましい. |
| ガベキサートメシル酸塩(GM) | 417.48 | 約55~60秒 | 各種セリンプロテアーゼ阻害,トリプシン,キニン,カリクレイン,補体を阻害,AT非依存性 | 抗線溶作用あり,血小板凝集抑制作用あり | 20~39 mg/kg/日 | 持続点滴 | ショック,血管炎,白血球減少,血小板減少,頻度不明で高カリウム血症 | 中心静脈投与が望ましい.止むなく末梢投与の場合100 mg/50 mL(0.2%以下の溶液,2,000 mg/1,000 mL以上の希釈) |
| ナファモスタットメシル酸(NM) | 539.59 | 約20分 | 各種セリンプロテアーゼ阻害,トリプシン,プラスミン,カリクレイン,補体,ホスホリパーゼA2,等も阻害,AT非依存性 | 抗線溶作用あり(GMより強力),血小板凝集抑制作用あり | 0.06~0.2 mg/kg/時間 | 持続点滴 | ショック,高カリウム血症(4.53%),低ナトリウム血症,白血球減少,血小板減少,肝機能障害・黄疸 | 電解質の観察を十分に行い,異常が認められた場合は直ちに中止する |
| トロンボモジュリンアルファ(遺伝子組換え)製剤 | 約64,000 | T1/2α:約4時間T1/2β:約20時間 | トロンビンによるプロテインCの活性化を促進.活性化プロテインC(APC)は,プロテインSを補酵素としてFVa,FVIIIaを不活化し,トロンビン生成を抑制. | 380 U/kg,重篤な腎機能障害:適宜130 U/kg | 1日1回,約30分で点滴静注 | 肝機能障害,出血症状,など | 臨床試験で7日間以上の投与経験が少ない. |
日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン2024での固形がんに関するQuestion一覧
| 固形がんに伴うDICの診断と治療 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| Q10 | BQ | 固形がんに伴うDICの診断方法は? | 旧厚生省の診断基準改訂版により診断する | ||
| Q11 | CQ | 固形がんに伴うDICに対してヘパリン類を投与するか? | 進行性の固形がんに伴うDICに対してヘパリン類を投与することを推奨しない | 弱い | D |
| Q12 | CQ | 固形がんに伴うDICに対して遺伝子組み換えリコモジュリン製剤(rhsTM)を投与するか? | 固形がんに伴うDICに対してrTMを投与することを弱く推奨する | 弱い | C |
| Q13 | FRQ | 固形がんに伴うDICに対して合成プロテアーゼ阻害薬を投与するか? | 固形がんに伴うDICに対する合成プロテアーゼ阻害薬の有用性は明らかではない | ||
| Q14 | FRQ | 固形がんに伴うDICに対してアンチトロンビン製剤を投与するか? | 固形がんに伴うDICに対するアンチトロンビン製剤の有用性は明らかでない | ||
| Q15 | FRQ | 固形がんに伴うDICによる出血に対して抗線溶療法を行うか? | 固形がんに伴うDICによる出血に対する抗線溶療法の有用性は明らかでない | ||
| Q16 | BQ | 固形がんに伴うDICに対する血液製剤の補充療法はどのように行うか? | 止血因子の低下に伴い活動性出血している患者や侵襲的処置により出血するリスクの高い患者に対しては,基礎疾患の治療とともに濃厚血小板液(PC)や新鮮凍結血漿(FFP)の補充療法を行う | ||
JSTH DIC診療ガイドラインでは,SPI,AT製剤は今回推奨度が付かなかったが,決して使用してはいけないと言うわけではないことと使用するべき病態があることを理解して頂きたい.今現在,科学的根拠となるエビデンスが認められなかったというだけで個々の症例では使用すべきないと理解するのは大きな誤解である.すなわち,CAT併発時のヘパリン類や出血傾向が著しいときのSPI,肝不全や著しい炎症を伴った感染症併発時のAT製剤などが1例となろう.既存の薬剤で質の高い大規模臨床試験を組むことは至難の業ではあるが,今後求められるエビデンスとしてこれらは重要である.
また,固形がんと一括りにDICの基礎疾患とされているが問題もある.がん腫の病理学的分類,その進展度,個体が持つ併存疾患などによりDICの凝血学的動態が異なると思われる.遺伝学的にも異なる反応様式があるかも知れない.がん細胞の骨髄浸潤(骨髄がん腫症)によるDICの凝血学的動態,予後を検討してみてもがんの種類により相当の差異があることが報告21)されている.今後異なる担がん状態でのDICに対し,個々の症例で如何なる治療をしていくのかは今後の課題である.
本ガイドラインを作成した過程で今後必要と考えられる医療環境1つと治療戦略を4つ紹介したい.
まず医療環境としては,分子マーカー測定率の向上が挙げられる.造血器腫瘍でのDPCデータの解析時に,トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)6.1%,プラスミン・アンチプラスミン複合体(PIC)8.4%と低率であることが判明し,今後のより詳細な病態解明のためには分子マーカーの測定は必要と考える.すなわち,分子マーカーの測定なしでDICは診断できるが,その先の治療評価・治療方針の妥当性や立案の詳細な検討ができなくなることに注意が必要である.リアルタイムでの検査値の獲得,健康保険審査の理解等ハードルは高い.次に必要な治療戦略1として,CATの1つとしての慢性DICに上手にヘパリン類を使用していくことが求められている.今回のガイドラインの作成にあたっては症例報告22)のみが採用されたが,今後ヘパリン類の使用に関し予後やQOLのRCT,さらなる症例報告の集積が望まれる.治療戦略2としては,感染症非併発病態でのDICにrTMは果たして有効か?を明らかにしていく必要がある.現在,約30分の点滴静注が認可されているrTMを在宅での慢性DIC症例に使用するのは困難であろう.固形がんの急速進行性DIC8)において化学療法と併用で使用する場面が想定される.この場合は化学療法による傷害関連分子パターン(damage associated molecular patterns: DAMPs)の悪影響を押さえる作用(抗血栓・抗炎症など)を期待するものであるが,症例数を多くは見込めない緊急事態病態ではあるがRCTを期待したい.さらに治療戦略3としてこのような症例において抗線溶療法の有無でのRCTを組むことでその適応や禁忌を明確にしていきたい.最後に治療戦略4として,固形がんに伴うDIC治療においてがん種を考慮するか?の疑問についても明確にしていく必要がある.自験例の検討では,骨髄がん腫症をともなうDICにおいて,消化管腺がん,特に未分化腺癌やムチン産生性腺癌は,肺がん,前立腺がん,乳がんのDICに比し凝血学的に重症で予後も悪いことが分かっている21).本稿の展望エッセンスを表4にまとめる.
今後の展望エッセンス
| 1.分子マーカー測定の促進.(詳細な病態把握,抗線溶療法の選択基準など) |
| 2.ヘパリン類の使用に関し予後やQOLのRCT,さらなる症例報告の集積. |
| 3.感染症非併発病態でのDICに対するrTMの有効性を明らかにしていく. |
| 4.抗線溶療法の有無でのRCTを組むことでその適応や禁忌を明確にしていく. |
| 5.大まかながん腫別の対応方法を明確にしていく必要がある. |
固形がんに伴うDICの病態・診断・治療と今後求められるものを概説した.今回発表された日本血栓止血学会DIC診療ガイドライン2024が周知および正しく理解され,活用されることを期待する.
講演料・原稿料など(武田薬品工業,中外製薬,サノフィ)