日本野生動物医学会誌
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原著論文
人の活動は野生動物にとってストレスなのか? 高尾山薬王院のムササビ(Petaurista leucogenys)を用いた検証
岩本 杏岡崎 弘幸山本 俊昭嶌本 樹
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2021 年 26 巻 2 号 p. 27-33

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抄録

 東京都に所在する高尾山薬王院は,登山者に加え多くのムササビ観察者が訪れる。そのため,日中の登山や日没後のムササビ観察といった人の活動がムササビにストレスを与える可能性が懸念されている。慢性的なストレスが生じると繁殖や免疫系に悪影響を与え,適応度の低下につながる可能性があるため,これら人の活動がムササビにどの程度影響を与えているのかを定量的に評価することが重要である。そこで本研究は,高尾山薬王院での人の活動がムササビにもたらす影響を糞中コルチゾール代謝産物測定によって検証した。人の活動が多い高尾山薬王院と人の活動が少ない青梅市のA神社においてムササビの糞を採取し,糞中コルチゾール代謝産物濃度を比較した。また,休日の利用者の増加が高尾山薬王院のムササビにより高いストレスを与えている可能性を考え,高尾山薬王院とA神社のゴールデンウィーク前後の糞中コルチゾール代謝産物濃度を比較した。統計解析の結果,高尾山薬王院とA神社のムササビの糞中コルチゾール代謝産物濃度に有意な違いはみられなかった。さらに,両調査地においてゴールデンウィークの後に糞中コルチゾール代謝産物濃度の有意な上昇がみられたが,調査地間で上昇傾向に違いが見られなかったため,休日の高尾山薬王院で特にストレスが増大したわけではなかった。以上の結果から,高尾山薬王院のムササビは人の活動により,大きなストレスを受けていないことが示唆された。しかし,ストレスに強く関与する繁殖などの他要因との関係が不明なことに加え,解析手法にも課題が残っているため,これらの課題に取り組み,本研究結果の確実性を高めることが重要である。

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