抄録
1997年5月11日八幡平澄川温泉に発生した地すべりは, 「澄川左岸」大規模地すべり地形内部の2つの旧二次地すべりが一体となって再活動したものであった。この移動体は第四紀焼山火山の安山岩溶岩の一肥厚部にあたり, すべり面は主にこの溶岩と下位の新第三系火砕岩類あるいは先焼山カルデラ堆積物との境界付近に認められる。これより, 溶岩流の流下時の谷地形 (現在は埋没谷) が地すべり発生場を先導したと考えられる。
焼山火山体の周囲には円弧状に大小の地すべり地形が分布し, それらは火山体の下位に伏在している先焼山カルデラの推定輪郭線上に配置されている。また, 火山体は下底部にも凸型の断面形をもつことから, 火山体の先焼山カルデラ堆積物への沈下と, これに伴うこの堆積物の側方流動が推定され, これが上述の地すべり地形の分布の一要因になったと考える。八幡平東部の前森山や茶臼岳などの第四紀火山体周辺に分布している巨大な地すべり地形群が直径11~12kmの環状範囲に入ることは, これらの第四紀火山体の下位にも火山性の環状構造が存在し, 地すべり地形の形成に関係したことを示唆している。