2004 年 2 巻 p. 13-22
ベートーヴェンの《告別》ソナタは,彼のピアノソナタ中,唯一実際の出来事を契機に作曲された作品として知られている。冒頭のミーレードの音にはLe-be-wohlの言葉が付され,楽章全体のモットー動機として機能している。 この動機が作曲者からのメッセージであることは疑いない。ではこの動機は何を素材にしているのか,またそのときの状況からベートーヴェンは何を描こうとしたのか。これらについてヨーロッパの伝統とポストホルンとのかかわりから解明を試みた。
私は当初モットー動機を,馬車の出発を告げるポストホルンの響きと解釈していた。J.カイザーもまた同じ解釈である。しかしいくつかの点からこの響きはポストホルンではありえないという結論に至った。またP.パドゥーラ=スコダは提示部第1主題のテーマはモットー動機と結び付けるべきではない,と主張しているが,両者は有機的に関連しており,ベートーヴェンの主題労作の見事な例なのである。