日本神経回路学会誌
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ドーパミンによる可塑性と学習の制御機序
柳下 祥
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2020 年 27 巻 3-4 号 p. 144-151

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抄録

報酬による学習においてドーパミンは主要な役割を担う.特に近年の光遺伝学を始めとした神経回路操作技術や遺伝子コードされるプローブを利用した神経活動の観察技術の進展により,ドーパミンが報酬予測誤差信号として学習を制御する実態がわかってきた.一方,ドーパミンがどのように学習の基盤となる神経回路の変化を起こすかについては不明な点が多かった.そこで,筆者らは光遺伝学によるドーパミン神経操作に加えてケイジド・グルタミン酸の2光子刺激による単一スパイン・シナプスでのグルタミン酸シグナルの操作技術を駆使しこの問題に取り組んだ.結果,学習に関わるドーパミン一過性変化が側坐核のD1受容体およびD2受容体発現細胞のスパイン・シナプスの可塑性を制御する機序を世界に先駆けて明らかにした.このシナプス細胞基盤の知見を元に,条件づけ学習を詳細に検討したところ,D1受容体発現細胞は汎化学習・D2受容体発現細胞は弁別学習を担うことがわかった.一方,消去学習はこれらの機序では説明がつかなかった.このようにドーパミン報酬予測誤差信号が側坐核のシナプスを介して制御する学習の実態の解明に近づいた.また,統合失調症とD2受容体の関連は古くから知られていたが,この関係をD2受容体発現細胞の機能低下と弁別学習障害により妄想の基盤となるサリエンス障害が生じるのではないかという仮説を提唱するに至った.このようにシナプス可塑性・学習により環境構造を内在化する機能を詳細に理解した上で,現在はさらに脳が社会環境と相互作用することが精神疾患理解に新たな道を拓くのではないかと考え,研究を進めている.

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© 2020 日本神経回路学会
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