情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
先端研究領域を見いだす「リサーチフロント」分析 ビブリオメトリックスの一事例
三輪 唆矢佳安藤 聡子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 55 巻 5 号 p. 329-338

詳細
著者抄録

リサーチフロントとは,「強い共引用関係によって結び付けられる高被引用論文(Highly Cited Papers)グループ」を指す。それらの論文グループが示すのは確固たる名前のついた研究分野として確立する以前の「先端研究領域」と考えられる。本稿ではリサーチフロントの概念を解説し,この手法によりどのような研究評価が可能かを考察する。そして,過去3回行われたトムソン・ロイターの「リサーチフロントアワード」を振り返り,その意義と日本の研究の萌芽を紹介する。リサーチフロントの概念は,国の重要な科学技術関連資料に取り入れられている。研究機関・大学の研究評価のためのビブリオメトリックス手法の1つとして,インフォプロにとっての活用例を紹介する。

1. はじめに

グローバル化に伴う競争の激化や大学の研究業績公表の義務化,少子化,そして不安定な経済情勢といった厳しい環境のなか,大学や研究機関ではビブリオメトリックス指標を用いて研究評価を行う機運が高まりつつある。客観的かつ定量的な数値データが,研究パフォーマンスを適切に評価し,限りある予算の最適化戦略分析のエビデンスとして活用される機会が増えてきたためだ。このような状況において,ビブリオメトリックスに通じたインフォプロの果たす役割はますます重要性を増している。

リサーチフロント分析とは,重要な研究が行われている領域や,研究コミュニティーの注目を集めている領域を発見する引用分析の手法の1つである。ポテンシャルの高い研究者を見いだしたり,自機関の広報活動に利用したり,予算配分検討のための参考データとするなどの応用ができる。インフォプロには,幅広い評価や意思決定に貢献する研究戦略支援ツールの1つとして活用可能なデータといえる。

図1 リサーチフロントのイメージ

2. 「リサーチフロント」(Research Fronts)とは

リサーチフロントとは,「強い共引用関係によって結び付けられる高被引用論文グループ(Highly Cited Papers)」(図2)のことで,それらの論文グループは確固たる名前のついた研究分野として確立する以前の「先端研究領域」を示すと考えられる。引用分析の一手法として,1973年にヘンリー・スモール(Henry Small)が共引用分析の可能性について言及し,基本的概念を提唱した1)。その後,現在に至るまで研究が続いているが,現在のリサーチフロントの基本的方法論は1985年に確立している2),3)。なお,ここでのリサーチフロントデータは,トムソン・ロイターの提供するEssential Science Indicatorsの中の「Research Fronts」を指すものとする。

図2 共引用分析によるリサーチフロントの形成

2.1 ステップ1:分析データベースと高被引用論文

リサーチフロントの形成は2段階に分けられる(図3)。第1段階は,論文検索・引用索引データベースWeb of Scienceからの高被引用論文の特定である。ここで定義する高被引用論文とは,トムソン・ロイターの分類する科学各22分野注1)において,被引用数が上位1%以内の論文を指す。期間は過去10-11年分と規定し,閾値として用いる被引用数は各分野およびその収録年で標準化されている注2)。Web of Scienceは明確かつ厳密な選考基準を持つことが特徴であり,データは広い範囲から偏りなく一貫した基準で収集されている。論文を計量的に分析し,科学の軌跡をたどったり,研究業績評価に論文データを用いる際,Web of Scienceは最も信頼のおけるデータベースとして世界中で用いられている。

図3 リサーチフロントの基本的方法論

2.2 ステップ2:共引用分析を用いた論文のクラスタリング

次のステップでは,特定された高被引用論文のうち,のちに発表された論文によって「共に」引用されている論文,すなわち共引用度の高い論文のクラスタリングを行う。共引用が起こっている割合を共引用度といい,図4で定義されるように,共引用されている数をそれぞれの論文の被引用数の積の平方根で割って求める。そして,すべての高被引用論文間の共引用度を計算し,一定以上のペアを探す。次に,関連のあるペア同士の集合を作成する。そのイメージを図5で示した。集合が大きすぎる場合は,リサーチフロントから成長した既に1つの確立した研究分野と考えられる。そのため,一定以下のサイズに収束するまで共引用度の閾値を上げ,すべての集合が一定以下のサイズに収束するまでこの作業を反復する。

図4 共引用度の計算
図5 リサーチフロントの形成

頻繁に共引用される論文の間には,概念的あるいは方法論的に顕著な関連性があることがわかっている。リサーチフロントは,単なる被引用数の多寡ではなく「共引用」という手法を用いることで,注目を集め,活発なコミュニケーションが行われている研究領域を特定する手法である。

3. リサーチフロント分析の活用例-1

リサーチフロントの概念は,国の重要な科学技術関連資料に採用されている。

科学技術政策研究所(NISTEP)では,科学研究の動的変化を定期的に観測するために「サイエンスマップ」を隔年で作成し,公表している4)。2003年に始まった手法開発の段階からリサーチフロントの方法論が活用されており,急速に発展しつつある研究領域の抽出や科学の流れを把握することに貢献している。サイエンスマップはOECDによるInnovation strategyの報告書注3)にも活用されており,世界的に注目されている。

図6 科学技術政策研究所が発表しているサイエンスマップ注4)

また,科学技術振興機構(JST)では,2011年12月にJ-GLOBAL foresightという研究分析の可視化サイトを公開した5)。このポータルサイトは,トムソン・ロイターの論文情報および特許情報などから先端研究を特定し,国の政策立案や企業の戦略立案の戦略的意思決定を後押しする情報を提供する試みである。2012年5月30日には,リサーチフロントの共引用メソドロジーを応用し,「サイエンスフロント」,「イノベーションフロント」,「テクノロジーフロント」という3種類の手法を新たに公開している。エビデンスに基づいた政策や戦略決定,評価に寄与する1つの有意なツールであろう。

このような研究の可視化は,国単位のみならず,研究機関・大学,研究室,個人単位でも応用が可能である。

図7 科学技術振興機構が展開する「J-GLOBAL foresight」(http://foresight.jst.go.jp)の分析結果イメージ注5)

4. リサーチフロント分析の活用例-2

次に,特定のリサーチフロントを時系列で分析した例として,「らせん高分子研究」のリサーチフロントを取り上げる。この活用例には2012年3月更新時のリサーチフロントデータを使用した。

本領域は2007年,2012年の過去2回のリサーチフロントアワードにおいて,ともに日本の貢献の大きいリサーチフロントとして見いだされた。両アワードの受賞者等の詳細については6章で後述する。

論文1は,当該リサーチフロントを構成している論文の中で,最も被引用数の高かった論文(2007年時)6)である。この論文の被引用論文を分析することで,研究の変遷の分析を試みた。

  • 論文1
  • Title: Synthetic helical polymers: Conformation and function
  • Author(s): Nakano T; Okamoto Y
  • Source: CHEMICAL REVIEWS. Volume: 101. Issue: 12. Pages: 4013-4038. DOI: 10.1021/cr0000978
  • Published: DEC 2001

この論文の被引用数は2007年以降も伸び続け,2012年5月1日現在Web of Scienceでの被引用数は664回となっている。研究コミュニティーへの大きなインパクトは,その被引用数の伸びと地域的な広がりから示される。この664報の被引用論文のうち,リサーチフロントの要件を満たす高被引用論文は10報あり,そのうち7報の論文が5つのリサーチフロント(表1)の構成論文となっていることが確認できた。

表1 論文1の被引用論文を含むリサーチフロント(2012年3月)

次に,この5つのリサーチフロントがどのような著者や所属機関の論文から構成されているかを見た。リサーチフロントID:6776とリサーチフロントID:7846には日本の研究機関発の論文が含まれていた。特にリサーチフロント ID:6776は2007年の受賞者である八島栄次氏,2012年の受賞者である前田勝浩氏の共著論文が構成論文(コアペーパー)として含まれており,共著関係の継続性から,2007年のリサーチフロントに関連する研究が引き続き研究コミュニティーの注目を集めていることを読み取ることができる。リサーチフロントID:16138,リサーチフロントID:9842,リサーチフロントID:9296は,日本の研究機関発の論文は含まれていない。これら3つのリサーチフロントはいずれも小さいものの,時系列的に観察した時,大きなリサーチフロントの研究・成長過程において発生する,発展的な研究の細分化を示す場合がある。リサーチフロントと研究の変遷とを関連付ける正確な解釈については,研究内容の理解が必須であるため,これらのデータを八島栄次氏,および2007年のリサーチフロントアワードの同時受賞者である岡本佳男氏に見ていただいたところ,リサーチフロントID:9842については,関連するとのコメントをいただいた。

5. リサーチフロント分析の活用例-3

最近,「自研究機関にはどのような注目研究があるのか調査したい」という問い合わせをよくいただく。その目的は,自機関の研究推進や戦略の決定,機関広報など多様である。リサーチフロントは研究コミュニティーが注目している領域と考えられ,従ってその構成論文の分析は,各研究機関の強みを特定する1つの方法であると想定される。表2は長期的視野において比較的安定した5報以上の論文で構成されるリサーチフロントのうち,著者が日本の研究機関に所属する論文を含む785リサーチフロントを抽出し,論文の著者所属機関ごとにリサーチフロント数を集計したものである。

表2 著者所属機関ごとのリサーチフロント数

2は,50以上のリサーチフロントに当該研究機関から発表された機関のみを示しているが,何らかのリサーチフロントに関与している日本の研究機関数は約600見いだされている。自研究機関の強みの特定に生かすことができる。

6. リサーチフロントアワード:日本の先端研究とは

2012年2月,トムソン・ロイターは「第3回リサーチフロントアワード」を発表した。これは,先に述べたリサーチフロントの手法を用いて,日本の貢献の大きい先端研究領域を特定するとともに,その中心で世界をリードする日本の研究者を見いだし,讃えることを目的とした賞である。

図8 第3回リサーチフロントアワード授賞式にて,基調講演の江崎玲於奈氏と

6.1 リサーチフロントアワードの選出方法

今回のアワードの選出はトムソン・ロイターのサイテーションアナリストであるデービッド・ペンドルベリー(David Pendlebury)注6)が担当した。

対象リサーチフロント数は2006-2011年の高被引用論文41,039報を含む6,762(2011年分析時)で,日本の研究機関が著者アドレスとして1つ以上含まれる論文を含む1,175フロントから,以下の3条件をすべて満たすものを選出した。

  • *   日本の研究機関所属の著者の割合が20%以上
  • *   ホットペーパーの著者所属が日本
  • *   当該リサーチフロントが5報以上の論文から構成される

分野は,その領域の論文が掲載されたジャーナルの区分によるものである。上記の分析の結果,日本の寄与の大きい先端研究領域として7つのリサーチフロントが選出された。

ホットペーパーとは,過去2年以内に発表された論文のうち,直近の被引用数が分野内で上位0.1%に入る論文を意味する。これにより,現在注目されている先端研究領域をより的確に特定することができる。

さらに,その領域で中心的役割を果たす日本の研究機関所属の研究者16名を選出した。なお,本アワードはトムソン・ロイター引用栄誉賞注7)の選出基準にならい,1人の研究者に対し1回の授与となる。選出された領域に貢献のある論文群の著者が,過去の受賞者と重複している場合には,その方を除外しており,2012年の例では「らせん構造制御を基盤とする機能性高分子の開発」に寄与された八島栄次氏がこれにあたる。同氏は,2007年に本アワードを受賞されている7)

6.2 今回の選出の特長

第3回リサーチフロントアワードでは,初めて女性研究者と日本を拠点とする外国籍研究者が選出された。また,受賞者の所属機関の多様性も増しており,小規模な研究機関でも注目を集める研究が行われていることを示した。さらに,日本が伝統的に世界を主導しているといわれる化学分野での受賞が今回多かったことも,化学における日本の強さを裏付けた。

表3 第3回リサーチフロントアワード受賞者

6.3 過去のリサーチフロントアワード受賞者

リサーチフロントアワードは,2004年の第1回では13フロント16名を,2007年の第2回では10フロント17名の研究者をそれぞれ表彰した。過去の受賞者は,各分野においてリーディングリサーチャーとして,あるいは指導的役割を果たし活躍されている。研究の発展においては,先述した岡本佳男氏・八島栄次氏らの例のように,リサーチフロントとして発表された研究領域が成長しているケースも見られる。

表4 第1回,第2回リサーチフロントアワード受賞者

6.4 科学コミュニティーへの貢献

リサーチフロントアワードは,引用という定量的かつ客観的データを用いて研究の萌芽を見いだそうという試みで,選出の過程において,性別や執筆者の国籍など論文・引用以外の要素が考慮される余地はない。引用分析のスペシャリストが客観的データに適切な手法を適用して導かれた結果である。

リサーチフロントアワードに選出される先端領域および研究者は,すでに強い影響力を持ち科学の発展に先導的役割を果たしており,当該分野の学会などの研究者コミュニティーにおいては当然十分に認知されている。しかし,そのような研究や研究者でも,他分野の研究者や一般への認知は高くない場合もある。

このアワードは,日本の貢献の大きな先端研究領域を特定するとともに,その中心的役割を果たすフロントランナーや研究を,初期の研究進展段階から専門の研究グループの枠を超えてより多くの人に知っていただくという目的も持っている。研究および研究者の情報を発信することでその認知度を高め,日本の研究をサポートしていきたいというトムソン・ロイターの願いもここにある。異なる分野の研究者がリサーチフロントを知ることで学際的な展開が導かれ,企業や国民に研究活動を認知されることで,日々たゆまぬ努力を続ける研究者にエールを送り,研究コミュニティーを少しでも後押しする力となれば幸いである。

7. おわりに

リサーチフロントのみならず,すべてのビブリオメトリックスの基本は「適正なデータ」と「適正な手法」であり,この2点は,より正確な結果を導く上で必須といえる。リサーチフロントや,論文・引用データを扱う際には,目的と手法が適切であるかを十分に見極めて分析を進めていただきたい。

引用データは万能ではない。リサーチフロント分析ももちろん万能ツールではない。しかし,リサーチフロント分析を1つの有効な手段としてとらえ,多面的な分析に用いることで,自機関の研究の強みを把握できる可能性がある。

リサーチフロントは,発展しつつある研究,コアとなっていく研究を見いだしたい時の1つの方法である。業績の「見える化」への需要が高まる今,ビブリオメトリックス評価の現場では情報のプロフェッショナルと研究者とのコラボレーションも始まっている。ここにある例に限らず,専門性を生かしたビブリオメトリックスを評価に取り入れる実例が活発に情報交換され,大学や企業の現場で活用されることも期待したい。

謝辞

リサーチフロント分析の活用例に研究の立場からご意見を頂いた,岡本佳男名古屋大学名誉教授,八島栄次名古屋大学教授に感謝の意を表する。

本文の注
注1)  トムソン・ロイターの分類する科学22分野とは,Essential Science Indicators (ESI)で定義された,農学,生物学・生化学,化学,臨床医学,コンピューターサイエンス,経済学・ビジネス,工学,環境科学・生態学,地球科学,免疫学,材料科学,数学,微生物学,分子生物学・遺伝学,神経科学・行動科学,薬理学,物理学,植物学・動物学,精神医学・心理学,社会科学,宇宙科学,multidisciplinaryを指す。

注2)  閾値およびデータの標準化の詳細は,トムソン・ロイターのScience Watchを参照のこと。http://sciencewatch.com/about/met/

注3)  Measuring Innovation: A New Perspective. http://www.oecd.org/document/22/0,3746,en_41462537_41454856_44979734_1_1_1_1,00.html

Mapping hot research areas: Hot research areas on a science map, 2008

Multidisciplinary and interdisciplinary research: Locations of inter-/multidisciplinary research areas on the science map, 2008

注4)  科学技術政策研究所が発表しているリサーチフロント分析を用いた研究領域の動向調査の詳細は「NISTEP REPORT No.139 サイエンスマップ2008」を参照のこと。http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep139j/pdf/rep139j.pdf

注5)  科学技術振興機構が展開する「J-GLOBAL foresight」に関する詳細は以下のサイトを参照。http://foresight.jst.go.jp/aboutus/

注6)  「トムソン・ロイター引用栄誉賞」の選出担当アナリスト。

注7)  「トムソン・ロイター引用栄誉賞」は,毎年9月にトムソン・ロイターが発表する,引用から見たノーベル賞クラスの研究者に与えられる賞である。詳しくは以下のサイトを参照のこと。http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2011/2011-Citation-Laureates/

参考文献
 
© 2012, Japan Science and Technology Agency
feedback
Top