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視点
情報メディアの変容 電子ジャーナル
倉田 敬子
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2012 年 55 巻 5 号 p. 366-369

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1. 電子ジャーナル普及の意味

現在,いわゆる学術雑誌と呼ばれ,オンラインで提供されているものは,全世界の雑誌のディレクトリであるUlrichWebが収録しているもので約37,000タイトル存在する注1)。日本の大学図書館が提供している電子ジャーナルタイトル数は,国立大学図書館全体で一館当たり平均すると約8,600タイトルである1)。2008年にはすでに欧米の主要出版社の97%が電子ジャーナルを提供しているというデータもある2)。2011年11月に日本の研究者に対して行った電子ジャーナル利用調査の結果では,薬学, 化学, 生物学, 物理学, 医学の分野では,半数以上が電子ジャーナルを「ほぼ毎日」,社会科学分野の研究者でも約半数が「週1-2回」利用していると回答している3)

このような数字からは,学術雑誌の電子ジャーナルは,日本における一般向けの電子書籍やWeb上の新聞とは異なり,すでにかなり普及しているように見える。理由はさまざまあるが,学術雑誌と一般の電子書籍とでは,情報メディアとしての社会的な機能が異なることもその一因であろう。両者は伝える情報のタイプや目的が異なり,その作成プロセスも想定される読者も異なる。学術雑誌は著者も読者も限定された専門家の集団であり,限定された集団内での学術研究成果の流通という明確な目的がある。一般的な書籍は,ごく少数の著者と幅広い読者とで異なる集団を形成しており,実践・実用(マニュアル,ガイドブック,ビジネス本),娯楽(純文学小説からゲーム攻略本まで),教養など実に多様な目的で刊行されている。

印刷物として異なる社会的機能を持っている学術雑誌と図書が,印刷物から電子メディアへと移行していく際に,それぞれの情報メディアを実現させていた仕組みの違いから,片方は短期間に電子メディアへ移行したように見え,片方はなかなかうまく移行していないように見えるのだろう。ここでは現在の電子ジャーナルが成功した要因と,今後の展開について考えてみたい。

2. 古いメディアの新しい流通

現在の電子ジャーナルは印刷版学術雑誌をそのまま踏襲する形で展開されている。学術雑誌は一定のレベルと認められた研究成果を流通させることが基本的な機能である。論文が掲載されるまでのプロセス,つまり著者による自由投稿,査読制による評価,雑誌タイトルとしてのまとまり(一種のブランド力)は印刷版学術雑誌と何ら変わらない。さらに電子ジャーナルには必ずしも必要ではない巻号およびページのノンブルなども,印刷版と同じように維持されている。

読む側も,大学図書館が契約してくれた学術雑誌に掲載された論文のPDFファイルを,ダウンロードして紙で読む研究者が主流である。電子ジャーナルを利用しているといっても,それは例えばPCや端末の画面で論文を読んでいるということでは必ずしもなく,論文を入手する手段として電子ジャーナルを利用しているだけということである。つまり,現在の電子ジャーナルの普及は,新しい電子メディアとして定着したというよりも,古い学術雑誌が電子的に流通している段階といえる。

ただし,古い学術雑誌を電子的に流通させることは簡単ではない。印刷版の学術雑誌を編集刊行してきた出版社は,かなり以前から電子ジャーナルの実験や,個別の論文単位で電子的に流通させる手段などを試みてきた。その中で1990年代前半のElsevier社のTULIPプロジェクトの成功は,大学図書館を通じて電子ジャーナルを提供するという現在の電子ジャーナルのプロトタイプになったと考えられる。印刷版学術雑誌においてすでに流通の主たる担い手となっていた大学図書館が,電子ジャーナルにおいても仲介の窓口となって研究者に提供するという仕組みが流用されることになった。

印刷版学術雑誌を仲介して提供してきた大学図書館が,電子ジャーナルに関しても仲介したことは,電子ジャーナルの導入と普及を容易にさせたといえる。ただし,ステークホルダーは変わらなくても,電子メディアを流通させるに当たっては印刷物とはまったく異なる仕組みが作り出された。その代表的なものがビッグディールという,電子ジャーナル独自の新しい契約形態であろう。

ビッグディールという特定の出版社の雑誌を一括して(包括的に)契約する方法は,個別の雑誌という物を売るのではなく,アクセスする権利を契約するという前提がなければ考えられないものである。さらに大学図書館のこれまでの購入実績や利用者数などによってその価格が異なるという仕組みは,実質的に個別雑誌タイトルの価格という概念を破壊してしまったことになる。

ビッグディールによって,個々の大学図書館で雑誌タイトルを選択するということは実質上できなくなった。逆に,予算規模がそれほど大きくない大学図書館でもかなりの数の電子ジャーナルを提供できるようになった。学術雑誌という基本的な情報源の提供に関して,大学図書館間の格差が格段に縮小し,海外の学術雑誌掲載論文に対する図書館相互協力(ILL)は激減した。電子ジャーナルの導入は,結果として学術雑誌および論文の流通の仕組みを根本的に変化させたといえる。

3. 電子ジャーナルがもたらしたもの

電子ジャーナルの導入が進み,多くの研究者にとって電子ジャーナルの利用が当たり前になることによって,電子ジャーナルは次の新しい段階へと進み始めているのではないかと考えられる。

Elsevier社が開始した“Articles of the Future”4)は,電子ジャーナルならではの機能を全面的に展開した形での論文提供を目指している。それは,印刷版のレイアウトをそのまま保持するPDFファイルを主体とするこれまでの電子ジャーナルとはまったく異なるものである。他の雑誌でも,enhanced article(機能が拡大,強化された論文)というような名称で新しい試みが始まっている。それらから見えてくる電子ジャーナルならではの新しい論文の特性として,(1)論文の構成と表示,(2)多様なリンク,(3)マルチメディアという3点について考えてみたい。

論文の構成と表示とは,紙に印刷された論文とは異なる,電子メディアに独自の論文の形式の構築である。学術雑誌論文は,研究者に向けて最新の研究成果を伝達するという目的に特化しているため,その構成要素や順序が定型的であるという特性を持っている。論文は基本的にタイトル,抄録,本文,図表,引用文献という構成要素を持っており,さらに本文に関しても序論,方法,結果,考察という構成が基本型となっている。研究分野や個々の論文によってもちろん変化はあるが,そのような基本型があるということを著者であり読者である研究者たちは共通に認識している。研究者たちは学術雑誌がそのような構成であるという知識を使うと同時に,目的によって論文の読み方を変化させている。学術雑誌論文を,最初から最後まで直線的に読み進めるということはほとんどない。全体を把握したければ,抄録と結論だけ読んだり,本文を読まずに図表を全部眺める場合もある。自分が行っている研究と非常に近い内容だった場合には,まず方法を確認して結果だけ読むということもあるだろう。

紙の論文はページという面にこれら構成要素を視覚的にも見やすく,探しやすい工夫を凝らして配置していた。研究者が電子ジャーナルになってもPDFファイルを好むのは,印刷するためということもあるが,紙のレイアウトの方が読みやすいということもある。HTMLファイルの場合,画面上をスクロールしながら直線的に読み進むことしかできず,研究者の自由な読みに対応できていない。

新しく提案されているのは,論文の各構成要素を一単位として,他の要素はタブで移動できるようにするものや,フレームを使い本文テキストを表示させながら同時に別のフレームで章立てや図表を表示させることができるようになっている。図表を最初に全部眺めることもできるし,本文を読みながら図表を別に表示させたり,章節単位で別の要素に飛んで本文を読み進めたりすることが,かなり容易にできるようになっている。

2番目のリンクという仕組みは,「あらゆるものをつなぐ」といわれるインターネットを利用した情報メディアに特徴的なものであり,印刷物では実現できない利点を展開できる。現在の電子ジャーナルでも,引用文献をクリックすると,条件が整えばその原文を見ることができるようになっている。

新しい電子ジャーナルでは,引用文献に限らず,さまざまな外部情報源とのリンクが試みられている。例えば化合物の名称が出てくると,そこから化合物のデータベースにリンクして,クリックするだけでその化合物に関する情報を提示してくれる。ゲノム情報,タンパク質の構造,地図や地形図などその分野でよく使われているデータベースと連携している。

またsupplemental information(付加情報)として論文に掲載しきれない図表,大量のデータ,詳細な方法論,動画や3Dといった印刷できないものなどを,著者が論文本体とは別に投稿することを許す学術雑誌が増えてきている。これは論文とリンクされた付加的な情報が学術雑誌のサーバーに蓄積されていき,それが研究者に利用されているということである。

3番目のマルチメディアとは,従来の文字や図表以外の音声もしくは動画の視覚的に高度で複雑な表現の利用である。実験の場面や結果として示したいマウスなど実験動物の特徴ある動きをビデオで再生することもできる。さらに読者がパラメータを動かして,著者が提示した図とは異なる条件においてどうなるのか,簡単なシミュレーションをしてみることもできる。著者が自ら論文について解説したインタビューも最近はよく見るようになった。

電子メディアならではの機能を展開した新しい電子ジャーナルもしくはその論文は,まだその端緒についたばかりである。現在のさまざまな試みから見て取れるのは,雑誌論文はもはや固定された成果の報告というよりも,そこを出発点として,読者が自分で好きなように読み,必要な情報を取得し,示されたデータを加工できるような一種の拠点としての役割を果たすことを目指しているということである。

執筆者略歴

倉田 敬子(くらた けいこ)

1987年慶應義塾大学文学研究科図書館・情報学専攻博士課程単位取得退学。

1988年慶應義塾大学文学部図書館・情報学科助手,1993年慶應義塾大学文学部助教授。1994年から英国ランカスター大学訪問研究員。2001年より慶應義塾大学文学部人文社会学科図書館・情報学専攻教授。

本文の注
注1)  UlrichWebで,定期刊行物タイプが定期刊行物もしくは雑誌で,内容が学会/学術,出版状況が有効で,オンラインで利用可能なものを検索した結果,37,920誌であった(2012年5月30日)。

参考文献
 
© 2012, Japan Science and Technology Agency
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