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オープンサイエンスと科学データの可能性
宮入 暢子
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57 巻 (2014) 2 号 p. 80-89

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著者抄録

Galaxy ZooやeBirdに代表されるシチズンサイエンスでは,基礎研究データの効率的な整備や新たな知識の生産に市民が直接貢献している。「開かれた科学」は17世紀後半の科学アカデミーの成立や学術誌の成立に端を発し,今日の科学研究の基本理念である(1)先駆性の確保,(2)科学の集約化,(3)第三者による正当性の担保,(4)著者による説明責任の確立,といった基礎を築いた。サイエンス2.0の到来によって,プレプリント,オープンピアレビュー,オープンデータリポジトリ,科学のソーシャル化によるネットワークを介したイノベーションなど,学術コミュニケーションの多様化が促進された。これまで論文とその引用という形でしか計ることのできなかった研究インパクトに,オンライン上の注目度を定量化するオルトメトリクスが加わり,各国政府の研究データのオープン化の方針が進む中,科学データ流通を促進するための情報基盤の確立は急務である。

1. はじめに

本稿では,17世紀後半に成立した学術誌とピアレビューを中心とする科学情報の流通基盤が,シチズンサイエンスやサイエンス2.0など現在のオープンサイエンスの枠組みの中で,どのような局面を迎えているのかを概観する。オープンなコラボレーションと批判精神は,古くから学術コミュニケーションに内在するものであり,オープンデータと科学のソーシャル化がそれらを促進したことは,必ずしも「新しい」現象ではないと筆者は考える。むしろ科学技術とネットワークの発達によって「ようやく」可能になったものであるという視点を与えることで,次々と登場する新たな学術情報サービスに必然性を見いだし,将来を展望する一助となれば幸いである。

2. 市民が支える科学

オープンサイエンスの提唱者マイケル・ニールセンは,その著書Reinventing Discovery(邦題:オープンサイエンス革命)1)の中で,オンラインネットワークやデジタルツールを活用して科学研究の過程で得られたデータをオープンに共有し,より効率よく発展させようという試みを多数紹介している。ここで何度も繰り返し登場するのが,Galaxy Zoo注1)である。Galaxy Zooは,スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(Sloan Digital Sky Survey: SDSS)注2)によって集められた何百万もの銀河系の画像を分類・整理することを目的として2007年7月から始まったWebサイトで,運用開始初日のうちにアップロードされた7万点余りの画像が,アマチュア天文家の手により分類された。当初,ボランティアの参加者たちは,銀河が楕円形なのか,渦巻きが時計回りなのか反時計回りなのか,という単純な,しかしコンピューターには不可能な判定を目視により行っていた。そのうち何人かが,分類作業を進めるうちに緑色のこれまで見たことのない銀河の画像を発見し,Webサイト上に設けられたWikiを利用してディスカッションを始めた。ついには「グリーンピース銀河(Green Peas galaxy)」と名付けられた新しいタイプの銀河について,これらのボランティアを共著者とする研究論文が出版されるまでに至った。

鳥類の観測データを収集・提供するオンラインデータベースeBird注3)には,2002年以来これまでに9万人以上のボランティアが参加し,アップロードされるデータ量は毎年40パーセント程度増加しているという。1はイヌワシ(Golden Eagle)の北米における分布をeBird上の機能を使って示したものである。彼らがアップロードしたデータは,このようにインタラクティブなマップとして表示したり,研究用データとしてダウンロードしたりすることができ,鳥類の研究はもとより,自然環境や生物多様性の保全など,さまざまな方面で利用されている。

図1 イヌワシ(Golden Eagle)の分布

Galaxy ZooもeBirdも,いわゆるシチズンサイエンスの代表例といえるが,研究者を本職としないアマチュアによる科学への貢献はインターネットの登場以前からすでにあった。米国オーデュボン協会が主催するChristmas Bird Count注4)は,1900年に開始された当初27名のボランティアによるささやかな試みであったが,113回目にあたる2013年の調査は7万人以上が参加する大きなプロジェクトとなった。こうしたボランティアが長年積み上げたデータによって,北米に生息する20種ほどの鳥類が,過去40年間に平均で100マイルほど北に生活範囲を移動したことが明らかになり(2),地球温暖化や気象調査の背景データとして使われている注5)

図2 20種の鳥類が40年の間により寒い地域へ生息地を移動

3. ソーシャルな科学

Polymath Project注6)もまた,ニールセンがしばしば取り上げる興味深い事例である。英国の数学者でフィールズ賞受賞者でもあるティモシー・ガウアーズが2009年1月に自身のブログ上で発した問い(Is massively collaborative mathematics possible?)は,そもそもニールセンのブログポスト注7)に触発されたものだった。ガウアーズは「もし数学者がたくさん集まって,効率よく思考を進めれば,効率よく問題を解決できるだろう」として,Polymath Projectへの参加を呼びかけた。最初の命題に対して,1か月余りで27名による800件ほどのコメントが寄せられた。この中には大学の数学教授や高校の数学教師,もう1人のフィールズ賞受賞者テレンス・タオなどが含まれていた。ガウアーズはディスカッションを通じて基本的な証明がなされたことを宣言し,参加者全員を代表してDHJ Polymath注8)という匿名でその年のうちに論文を発表した注9)

eBirdやGalaxy Zooがデータの収集・分類に多数の一般市民の参加を募ったのに対して,Polymath Projectではごく限られた参加者が比較的短期間の間に集中してブログのコメント欄を通じてディスカッションに参加した。前者は主に基礎研究データの効率的な整備を目的としているが,後者は新たな知識の生産に直接貢献するという点で決定的に異なる。一方,両者ともにネットワークを通じて誰でも参加可能であったこと,またそのアウトプットであるデータやディスカッションの記録が再利用可能な形で提供されているという点においては共通している。

実際には,Polymath Projectのディスカッションに参加するには相当レベルの数学の知識を要するため,「誰でも」というわけにはいかない。しかしガウアーズは,ブログやWikiなどに残されているこのプロジェクトの記録が,数学を学ぶ学生や科学史家にとって貴重なリソースとなりうるとして,数学者のコミュニティーを超えた幅広い利用の可能性を示唆している。

Polymath Projectのもう1つの特徴として,すべてのコメントが完全にオープンであったことから,誰がどの部分にどのように貢献したかということが明白であった,とガウアーズは指摘している2)

4. 「開かれた」科学

オープンサイエンスという概念には,オープンアクセスやオープンデータ,オープンソフトウェアなどに共通する属性である「情報の入手や利用に対価を支払う必要がない」,すなわち「無料である」という意味あいが強いが,本稿においては研究成果や新たな知見,あるいは研究の過程で生産されるデータや研究プロセス自体のオープン化に着目して議論を進めたい。そもそも科学が「オープン」となるために,どのような前提が必要だったのか,まずは歴史を振り返ってみよう。

近代以前の科学者は,発見や発明を後に自分のものであると主張できるよう,暗号化した文書を残したり,ごく限られた科学者グループの中でシェアしたりしていたことが知られている。たとえば,一般に微分積分学を確立したのはニュートンとライプニッツの2人であったとされているが,ライプニッツが論文を発表する以前にニュートンが未発表の成果を王立協会のメンバーにシェアしていたことから,一部でライプニッツによる盗用が疑われた。現在では2人がそれぞれの考察過程を経て結論にたどり着いたとされているが,そもそも科学の発展の歴史においては同時発生的に別々の研究者や研究チームが,別々の過程を経て同じ発見・発明にたどり着いたという事例が数多く見られる3)

当時の西洋科学を支えていたのは芸術と同様,裕福なパトロンからの直接的な財政支援であり,このために科学者にとって研究成果を公にすることがはばかられていた。しかし,科学がより複雑・高度化するにしたがって,科学者の生計と研究費用を1人のパトロンがすべて援助するというモデルは生産的ではなくなっていく。科学研究は社会と国家に利益をもたらすものとして,科学者たちによる非公式の集会や,英国王立協会やフランス科学アカデミーをはじめとする団体の設立を通じて,より安定した財政支援と開かれたコミュニケーションが求められるようになった。さらに科学アカデミーの設立は,1665年のJournal des sçavans(フランス)やPhilosophical Transactions of the Royal Society(英国)を嚆矢(こうし)とする一連の定期刊行物の刊行を促した。

このように,科学者同士の交流や科学アカデミーによる組織的な研究投資や学術誌という媒体を通した研究成果の公開は,知識の分配・再投資と集約化をもたらした。どの科学的課題にどれだけの研究投資を行うかという判断がより組織的に行われるようになり,先駆性の確保という研究者個人のメリットのうえに,研究投資の重複を排除するという集団としてのメリットが重なった。研究成果が積極的に公開されるようになった結果,科学の持続可能性が高まっていったのだ。

科学アカデミーの設立に先立って,インビジブル・カレッジ(見えざる大学)注10)と呼ばれる科学的な興味と関心に引き寄せられた科学者たちは,学術論文の出版を機に,地理的・時間的なギャップを克服して交流することが可能となった。しかし,常に顔見知りの信頼感に支えられていたインビジブル・カレッジは,それを超えた科学コミュニケーションにおける個人の信頼性をどう担保するかという大きな課題を克服しなければならなかった。特にルネサンス期以降に大学が多く開設され,科学知識をもち合わせる者の絶対数が社会的に増加したことは,公刊される研究成果およびその著者個人の信頼性の確保と,それを是認する専門家ネットワークの必要性を高めた4)

また,学術誌が広く流通し,研究成果の発表の場として定着すると,方法論や実験過程の記述,さらに先駆者の貢献を示す適切な先行文献の引用など,一連の論文作法が確立していく。20世紀に入って以降,流通する学術誌と論文が幾何級数的に増加した結果,先行研究の引用を定量化するツール注11)がユージーン・ガーフィールドによって開発され,論文の検索と優先順位付け,さらには研究自体のインパクトを計るための指標として論文の被引用数に基づいた指標が利用されるようになった。

このように歴史を振り返ると,科学のオープン化にはそもそも次のような動機付けがあったことがうかがわれる。

(1) 先駆性の確保

前述のニュートンとライプニッツの事例にあるとおり,研究成果を公に発表する第一義的な必要性は,発見者・発明者としての先駆性の確保にほかならない。

(2) 科学の集約化

大学や研究機関の増加と,それに伴う知識人の増加,国家戦略としての研究投資の拡大,流通する学術情報の爆発的な増加など,さまざまな理由によって科学の持続可能性は脅かされてきた。これに対して科学コミュニティーは先行研究の精査,研究投資の重複排除や共同研究による効率化などのシステムを確立し,科学という一大エンタープライズの集約化を図ってきた。

(3) 第三者による正当性の担保

科学の集約化のためには,何らかの選別が行われなければならない。科学的正当性を確認するために,当該分野の専門知識をもち合わせた第三者がレビューを行うというシステムは,大規模化した科学の営みに不可欠な要素となった。

(4) 著者による説明責任の確立

一方,第三者によるレビューだけでは科学の正当性は全うされない。発表者自身の説明責任を果たすメカニズムとして,利益相反の開示や実験結果の根拠の提示など,発表者自身に課される説明責任もまた,開かれた科学の発展には必要なものとなった。

5. サイエンス2.0

オープンサイエンスに類する概念として,サイエンス2.0がある。一般に,Web2.0の科学におけるアナロジーとして,主にコンピューター・ネットワーク上のWikiやブログなどを通じてオープンかつソーシャルな科学コミュニケーションとして位置付けられる。

前章で述べた科学のオープン化が第1段階であったと考えると,サイエンス2.0はその第2段階のステージであると言える。Scientific American誌は,2008年にサイエンス2.0をテーマにした記事原稿を自由にコメントができる形で公開し注12),数か月後,それらのコメントを取り入れたものを記事として掲載した。そこでは,研究プロセスのオープン化が科学の進歩における共同作業を促進し,その結果としてより生産性が高まるだろうという肯定的な意見と,不用意に公開した研究成果やアイデアを横取りされるリスクがあるという否定的な意見の両方が取り上げられている。第1段階に定着した研究成果公開の仕組みや動機付けは,第2段階に至ってどのように変化したのだろうか。

5.1 プレプリントとオープンピアレビュー

研究成果を公開することが開かれた科学の第一歩であったとすれば,サイエンス2.0の特徴は科学のプロセス自体をオープンにすることであろう。1990年代からarXiv注13)やSocial Science Research Network(SSRN)注14)に代表されるプレプリント・サーバーが現れ,ピアレビューを経て学術誌に掲載する以前に研究成果を公開するための仕組みが確立した。

プレプリントを公開する一番の理由は,そのスピードであろう。学術誌への投稿からピアレビューを経て正式に出版されるまでには何か月も,ときには1年以上もかかる。先駆性の確保が研究者にとって成果公開の主要な動機付けであったことは先に述べた。インターネットの普及によって,学術誌による出版が唯一の広域流通手段ではなくなった途端に,査読前の原稿をそのままの形で広く公開するためのプレプリント・サーバーが現れたことは,ごく自然な成り行きであったといえよう。

オープンピアレビューが登場したのもその頃である。従来のピアレビューでは,査読者の匿名性が保たれていたが,オープンピアレビューではこの匿名性を排除している。British Medical JournalやBioMed Central,Public Library of Science(PLOS)など,当初は主に生命科学系のジャーナルや出版社がオープンピアレビューを導入したが,Nature Publishing Group(NPG)のように実験的な導入のみにとどまるケースもあった。その結果についてNPGは,投稿原稿を公開する著者よりはむしろ,記名したうえでコメントを寄せる側の方に著しい抵抗があったとしている注15)。しかし,Faculty 1000注16)の拡大から近年のPeerJ注17)およびPeerJ Preprints注18)に見られるように,出版前あるいは出版後のオープンで記名式のレビューやコメント・システムは,本来は出版原稿の正当性の確保のために生まれたピアレビュー・システムにおいて,査読者自身にもその素性を明らかにすることによって説明責任の確保を促した。

5.2 オープンデータリポジトリ

研究成果の先行公開のみならず,研究の過程で生まれたデータ自体を公開する仕組みが次々と生まれている。figshare注19)やDryad注20)に代表されるサービスは,それまで論文の一部でしかなかったデータや図表を研究成果として公開することを可能にした。すでにPLOSやFaculty 1000など多くの学術誌やプラットフォームが,論文とその根拠となるデータをセットで公開するために,こうしたオープンデータリポジトリを利用している。論文と一緒にデータを公開することは,研究プロセスをより明らかにし,研究者の説明責任を拡大する。

こうしたオープンデータリポジトリに置かれたデータにはDOI(Digital Object Identifier)が付与され,論文の出版を待たずにデータの公開が可能である。一方,データの公開はほとんど研究者自身の手によるため,そうした科学データの正当性を担保する仕組みはまだ確立していない。これに応えるように,NPGはScientific Data注21)の公開を2014年5月に見据えて,2013年10月からデータの「投稿」を呼びかけてきた。Scientific Dataは,オープンリポジトリ上に置かれた科学データの特徴やデータ収集の方法を記載し,データの成り立ちについての理解と再利用を促すことを目的とした出版物である。その最大の特徴はデータのピアレビューを行っている点で,これは科学データの正当性を確保するという新たな試みである。

5.3 ソーシャル化とイノベーション

科学コミュニケーションにWeb2.0が与えた影響として忘れてはならないのが,研究プロセスのソーシャル化だ。冒頭で紹介したシチズンサイエンスの事例は,オープンサイエンスの特徴である「オープンな参加」と「他の参加者との協調作業」という特徴をよく示している。Academia.edu注22)やResearchGate注23)に代表される研究者コミュニティーを対象としたSNSも続々と生まれている。こうしたアカデミックSNSでは,共通の研究トピックや関心をもつ研究者同士がネットワークを形成し,関連文献や話題を提供し合っている。

2008年にサービスを開始したMendeley注24)は,論文を読む,整理する,引用する,という用途を基本コンセプトとして発展した文献管理ツールに,新たにSNSの要素を取り入れて成功したソリューションである。基本機能の利用は無料だが,プレミアム機能を利用するには有料というビジネスモデルや,ヘビーユーザーによるアドバイザー制度などの運用モデルを導入したMendeleyは,後続サービスに多大な影響を与えている。

Mendeleyのビジネスとしての成功には,そのほかにもいくつかの要素がうかがわれる。創業者が3人の博士課程の学生であり,彼らが自分たちの必要とするツールを彼ら自身の世代感覚で創り上げたことが,SNSとの自然な融合の一番の理由であろう。また,PLOSなどの援助を得て,コンペティション形式でAPIを利用したアプリケーション開発者を募った注25)ことで,先行する類似サービスを凌ぐ機能を比較的短期間に多数提供できたことも,成功要因の1つである。

第1段階での科学の集約化が,研究投資の重複排除や共同研究による効率化によるものだったとすれば,サイエンス2.0における集約化はまさに科学のソーシャル化とオープンな発展によるイノベーションにほかならない。

5.4 オルトメトリクス(altmetrics)

2008年にティモ・ハネイ注26)は,ソーシャルな科学コミュニケーションについて,次のように述べている。

「良い科学者が学会発表をしたり,アイデアをシェアしたり,コミュニティーでリーダーシップを発揮したりしていることは,みんなわかっているのですが,これまでは論文だけが計測可能だったのです。でも,インフォーマルなコミュニケーションがオンラインで交わされるようになって,いずれそれらを簡単に計ることができるようになるでしょう」5)

5年以上が経過し,ハネイの言葉は現実となった。つい最近まで,研究インパクトといえば論文の被引用数のことであったが,ここ数年でオルトメトリクスと呼ばれる新たな指標やサービスが次々と生まれている。ソーシャルメディアやブログ,ニュースサイト,その他のWebサービスやAPIなどを駆使してさまざまなオンライン上の注目度を計測するオルトメトリクスは,従来の論文被引用数に基づいた指標と比べて,学術コミュニティーを超えた幅広い影響度を測定できるとされる6)。Altmetric.comが2013年でもっともスコアが高かった論文としてあげたのは,福島の淡水魚セシウム汚染に関する論文注27)であった。当該論文への引用が各データベースで1回しか数えられていないのに対して,Twitterでは1万2,000回以上も言及されており,放射能汚染への社会的関心の高さがうかがわれる(3)。

図3 2013年にもっともAltmetricスコアが高かった論文

こうしたカウントが果たして何を意味するのか,議論は緒についたばかりである7)。Altmetric.comの創始者であるユアン・エイディは,オルトメトリクスがオンライン上での「注目」(attention)を計るものであると定義したうえで,なぜ注目されたのかという理由についてはまた別途の議論が必要である,としている注28)。これは,ガーフィールドが論文の引用にはさまざまな理由がある8)と述べたのと同様で,いずれもそれまでカウントされていなかったものを計測可能にした,という点にまず意義を見いだすべきであろう。

また,他の論文が当該論文を引用し,査読を経てジャーナルに掲載されるよりもずっと早く,オルトメトリクスは計測可能であるという点にも着目したい。figshareの創設者マーク・ハーネルは,オープンデータに付与されたDOIを使って,データ自体を引用することを推奨している9)が,そのように論文という体裁をとっていないオブジェクトまで含めて,オルトメトリクスはこれまでの論文の引用指標を補完する多くの情報を与えてくれるものであって,決して置き換える(alternative)ものではないことに注意すべきである。

6. オープンサイエンスと科学データの可能性

冒頭のGalaxy ZooやeBirdなどのプロジェクトでは,膨大な量のデータが収集された結果,それらのデータが分類・加工され,再利用に適した形となって公開されている。オープンデータリポジトリやScientific Dataも同様に,公開されたデータの再利用という点に重点を置いている。さらに,オルトメトリクスはインターネット上のさまざまなコミュニケーションの記録データを再利用して定量化されている。このように,科学の集約化が「研究成果の公開と流通」という第1段階から,「研究データの再利用」という新たな段階に進んだいま,知識の生産・再生産のプロセスにおける基本ユニットは,「研究成果」としての学術誌や論文から,「研究プロセス」としての科学データやプレプリントへ移りつつある。

こうした流れを促進するように,全米科学財団は2011年1月から注29),また全米人文科学基金も同年6月から注30),すべての助成金申請者に対して研究データマネジメントの計画書の提出を義務付けた。国立衛生研究所注31)も含めて,米国では公的援助を受ける多くの研究についてその成果論文だけでなく,データまでオープンにすることが義務付けられている。英国や欧州各国でも同様に政府主導のオープンアクセス義務化が検討され,科学データを中心とするあらゆる成果のオープン化が進んでいる10)11)

一方,こうした科学データのオープン化について,科学者自身はどのように受け止めているのか。2011年の調査では,84パーセントの研究者が「簡単にアクセスできるのなら,他の研究者のデータを使いたい」と言っているにもかかわらず,簡単なデータアクセスを実際に提供している研究者は36パーセントにとどまっている12)。データをオープンに提供できるかどうかは,研究者だけに任された選択ではない。同じ調査で,所属機関に長期的なデータ保存のための仕組みがあると回答した研究者は39パーセントだ。研究成果論文の流通のために学術誌というシステムが必要であったのと同様,科学データの流通のためにはそれを可能とする情報基盤の確立が不可欠なのだ。

7. おわりに

サイエンス2.0で生まれた多くの起業家が,Mendeley創設者と同様に博士課程在学中の学生であったことは注目に値する。NPGやWileyがPDFビューワーとして導入したReadCube注32)はハーバード大学在学中の大学院生によるスタートアップであった。オルトメトリクスという呼称を発案したとされるImpactStory注33)の共同創始者ジェイソン・プリームもまた,現役の大学院生である。シチズンサイエンスでは一般市民が科学データの生成に大きな役割を果たし,サイエンス2.0では研究者が自ら必要とする学術情報ツールの開発にあたりビジネスを創業するという,役割の転換が起こっている。学術誌や論文という単位で情報を収集・管理してきた出版社や情報プロフェッショナルの役割は,果たしてどのように変わっていくのだろうか。オープンサイエンスと科学データは,それに携わるすべての者に新たな可能性を開いている。

本文の注
注1)  Galaxy Zoo. http://www.galaxyzoo.org/

注2)  Sloan Digital Sky Survey. http://www.sdss.org/

注3)  eBird. http://ebird.org/content/ebird/

注4)  Christmas Bird Count. http://birds.audubon.org/christmas-bird-count

注5)  CBC General Presentation v4 with voice over (video). https://vimeo.com/47611445

注6)  Polymath Project. http://polymathprojects.org/

注7)  Michael Nielsen. Doing science online. http://michaelnielsen.org/blog/doing-science-online/

注8)  DHJ Polymathという偽名は,最初の命題(density Hales–Jewett theorem)の頭文字と,プロジェクト名であるPolymath(一般名詞としては「博識家」という意味がある)を合わせたものである。

注9)  Polymath, D. H. J. A new proof of the density Hales-Jewett theorem. arXiv (2009).

注10)  Invisible college(見えざる大学)は,一般に,英国王立協会の前身となった非公式の自然哲学者の集まりを指す。

注11)  Institute for Scientific Information. Science Citation Index. 1963.

注12)  Science 2.0: Great New Tool, or Great Risk?. http://www.scientificamerican.com/article/science-2-point-0-great-new-tool-or-great-risk/

注13)  arXiv.org e-Print archive. http://arxiv.org/

注14)  Social Science Research Network. http://www.ssrn.com/

注15)  Overview: Nature's peer review trial. http://www.nature.com/nature/peerreview/debate/nature05535.html

注16)  現在のFaculty 1000 Prime(http://f1000.com/prime)にあたる。

注17)  PeerJ. https://peerj.com/

注18)  PeerJ Preprints. https://peerj.com/preprints/

注19)  figshare. http://figshare.com/

注20)  Dryad Digital Repository. http://datadryad.org/

注21)  Scientific Data. http://www.nature.com/scientificdata/

注22)  Academia.edu. http://www.academia.edu/

注23)  ResearchGate. http://www.researchgate.net/

注24)  Mendeley. http://www.mendeley.com/. 参考記事:ヘニング, ビクトール. 研究者コミュニケーションを根本から変える文書管理の変革:Mendeley CEOが語る学術情報流通の将来. 情報管理. 2012, vol. 55, no. 4, p. 253-261.

注25)  Mendeley/PLoS API Binary Battle. http://dev.mendeley.com/api-binary-battle

注26)  ティモ・ハネイは,NPGの親会社にあたるMacmillan Publishers Ltd.傘下のDigital Science社の統括責任者である。本文中で紹介しているAltmetric.comやfigshare, ReadCubeなどの新興企業に対して投資を行い,ビジネス開発をサポートしている。参考記事:What is a Publisher Now? – An interview with Digital Science's Timo Hannay. http://www.publishingtechnology.com/2013/08/what-is-a-publisher-now-an-interview-with-digital-sciences-timo-hannay/

注27)  Mizuno, T. & Kubo, H. Overview of active cesium contamination of freshwater fish in Fukushima and Eastern Japan. Scientific reports 3, 2013. Article number. 1742.

注28)  Interview with Euan Adie, CEO of altmetric.com. http://blog.scielo.org/en/2013/08/29/interview-with-euan-adie-ceo-of-altmetric-com/

注29)  National Science Foundation. Dissemination and Sharing of Research Results. http://www.nsf.gov/bfa/dias/policy/dmp.jsp

注30)  National Endowment for the Humanities. Digital Humanities Implementation Grants. http://www.neh.gov/grants/odh/digital-humanities-implementation-grants

注31)  National Institutes of Health. NIH Data Sharing Policy and Implementation Guidance. http://grants.nih.gov/grants/policy/data_sharing/data_sharing_guidance.htm

注32)  ReadCube. http://www.readcube.com/

注33)  ImpactStory. http://impactstory.org/

参考文献
 
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