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過去からのメディア論
ネット中毒と「読書中毒」
大谷 卓史
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2014 年 57 巻 4 号 p. 279-281

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2000年代に入ってから,「ネット依存」「ネット中毒」を問題とする報道が出てきた。SNS(Social Networking Service)などが気になってスマートフォン(スマホ)やパソコンが手放せない状態などが,ネット中毒と呼ばれたりするようだ注1)1)。2011年には,依存症治療を専門に行う国立病院機構久里浜医療センターにも,ネット依存専門外来が設けられている。

インターネットへの依存によって睡眠が妨げられたり,学習に支障をきたしたりして,生活に困難が生じる場合に加えて,インターネットに影響されて問題行動や犯罪に走るケースなどが取り上げられることがある。場合によっては,メッセージングサービスのLINEなどのような新しいメディアが登場して,それが犯罪に利用されることで注目されることもある(2013年に起こった広島少女遺体遺棄事件や,東京・三鷹ストーカー殺人事件など2))。

インターネットの前は,コンピューターゲームが同じように未成年者の問題行動の原因とされてきた。暴力的なゲームをやることで子どもたちが暴力的になり,犯罪に走るのではないかと懸念された。確かに,コンピューターゲームの未成年者への悪影響については,相当な研究蓄積がある3)

ところが,現在では推奨されている読書も,かつてはインターネットやゲームと同様,害悪と考えられ,問題視されることがあった。

ヨーロッパでは,啓蒙(けいもう)の時代と呼ばれる18世紀には,中上層の商人や職人,新興実業市民,高等教育を受けることができた者などから成る「教養ある市民階級」が生まれていた。彼らは教会や国家が情報やその解釈を独占することに抗議して,文学・政治について活発にコミュニケーションを行うことで,自らの社会的・政治的位置づけを明確にしていったとされる4)

この時代,識字率は急上昇していたものの,まだまだ高くない。ラインハルト・ヴィットマンによれば,18世紀末ドイツもイギリスも総人口の1.5%程度しか読書人口はいなかっただろうとされる。しかし,数は少ないものの,その後化学反応を起こすように,これらの少数の読者が文化や政治に対して大きな影響を与えることになったと,彼はいう4)

この時代,読書が大きく変わったとされる。1つには,声高な音読を行う読書や識字者を取り囲んで朗読してもらう集団読書から,比較的ゆったりとした閑暇の時間に黙読をする読書に代わった。さまざまな階層で閑暇が拡大したことが,黙読による集中的読書を促したようである5)

1人で読む習慣は,プロテスタントにおいては,一般信徒が聖書や宗教書を読むという形で始まり,カトリックにおいては,聖職者・神学生が小説を読むという経験をすることから,広く黙読による読書経験が広がっていったという。とくに宗教的権威を否定する書籍が好まれたようだ5)

また,読書内容が大きく変わり,自分の仕事に関係がある内容の本や宗教的な本をわずか数冊だけ所有して何度も読むという読書から注2),新しい読者層は,小説や哲学書など多数の本を読むようになった。娯楽的な要素を含みながら,人生や生活の中でどう生きるかという倫理的・教訓的な知恵を与えるものとして,新しいタイプの書物は期待された5)

これらの作品の読書は,生き方の指針を求めるために本を読むというものであった。宗教的読書と世俗的な読書との仲立ちという性格をもつ多くの書籍が発表された。道徳的宗教的意図が明らかな作品もあれば,情熱的な恋愛を描き,物議を醸し,ときに販売や読書を禁じられる書物もあった。

倫理的な生き方の指南であるとともに,人びとの覗(のぞ)き趣味を満足させるような作品が,もっとも強い影響力を与えた。その代表的な作品が,サミュエル・リチャードソン(1689-1761)の小説『パミラ』(1740年)および,ジャン・ジャック・ルソーの『新エロイーズ』であった。

『パミラ』も『新エロイーズ』も書簡体という形式を用いた。これは,主観的論理が現れやすい形式だと,前出のヴィットマンはいう。また,書簡体によって,読者は,他人の恋愛を覗き見るような経験もした。さらに,その語り口によって,読者に語り手とまるで魂を触れ合わせているかのような経験を与えた。このように,読書史家たちは評価する5)7)

『パメラ』は,この形式で,家庭や恋愛関係における女性の心の動きを緻密に描いた。また,『新エロイーズ』は,やはり恋愛の中での心の動きを描き出し,心と心が「ふれあっているという感覚を生み出し,溢れ出る魂に向き合っているのだという幻想を維持すること6)」に成功した5)

これらの作品は,読者たちを虜(とりこ)にした。とくにルソーの読者は熱狂的だった。読者は,ルソーが人びとに語りかける,虚構であるが人間の真実が描かれていると思われる物語に耳を傾け,多くの作品を収集した。そして,ルソー自身にも強い関心を抱き,読者の多くが彼と接触したがった7)

新しい書物のジャンルと新しい読書形態が広がると,読書に耽溺(たんでき)し,生き方や日々の生活にまさに強い影響を受ける読者が登場する。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は,主人公を模倣する多数の読者を生んだ。青い燕尾(えんび)服と黄色のズボンというスタイルをまねする者もいたし,ウェルテルの悲劇的結末に倣って自殺する者も現れた。

読者は黙読によって,感情や想像の世界に深くひたることができた。野外で人びとから離れての読書は,感傷的読書を一層強烈にしたとされる。裕福な成功者の中には,人びとから離れて隠遁(いんとん)所で読書を体験する者もいた。日常生活では,夕べと夜が読書の時間となった。快適に腰を下ろして何時間も読書できる読書用家具も発売されるようになる5)

その一方で,読書に没頭し過ぎて健康を損なうことが問題にされた。また,現実からの逃避を目的とした読書も,1780年頃から問題にされるようになった。学ぶためではなく娯楽のために読書する庶民階級の間に,「麻酔剤のような」「読書の熱病」(ヴィットマンが引用するJ.G.フィヒテの表現)が広がった5)

小説を読むことは理性の自立や解放への意欲を破壊してしまうという嘆きもあったとされる。想像の力を掻(か)き立て解放する結果,幻滅や虚無主義に至る危険もある。小説に熱中する女性たちも,受動的で感傷的な快楽に逃げて,家庭の責任を放棄していると非難されることもあった。つまり,「さまざまな形で小説が想像力を刺激し道徳を腐敗させ労働から逸脱させる」ものと考えられていた5)

現代において読書は,小説であったとしても歓迎されるべき自習方法であると考えられることが多いものの,かつては,このように読書が若者や女性に害悪を与えるものと考えられていたことがわかる。あるSNSで,そもそも読書は不道徳なものと考えられていたと書いたところ,昭和時代であっても,読書は不謹慎な習慣であると,親に叱られた経験があるというユーザーもいた。

インターネットやゲームに限らず,書物やテレビなどのメディアとそのコンテンツは,人びとを夢中にさせ,こころを奪うような魅力をもっている。そもそもそれだけ魅力的でなければ,商品として成り立つことがないだろう。

英語版Wikipediaによると,「ネット中毒」「ネット依存症」ということばは,最近は使われなくなり,「問題あるインターネット利用(problematic internet use)」,「強迫的インターネット利用(compulsive internet use)」と呼ばれるようになっている。インターネットをヘビーに用いることで仕事や生活,人びととのコミュニケーションを十分に展開できる人びとを「ネット中毒」とは呼べないだろう。そもそも識字率が低い時代に読書中毒になった人びとは,むしろ教育が高い層に属していたことを考えると,読書に耽溺できたのは新しい社会変化に適応できる人びとであった。女中や召使にも読書に夢中になった者がいたというから,社会がそれだけ豊かになったうえ,多くの階層に新しい読書習慣は広がっていた。

識字率があがり,書物・活字が多くの人びとが活用するメディアとなったとき,読書に耽溺して社会生活をおろそかにする人びとが社会的問題となったように,新しいメディアの登場と普及期には,メディアの適切な利用とは何かをめぐって社会的摩擦が起こるように思われる。

だからこそ,ネットリテラシーや情報倫理が今求められているのではないか。現代のネット中毒やネット依存症など,インターネット利用にかかわる問題行動も,新しいメディアの普及期に生じる一過性の摩擦の例かもしれない。インターネットなどの情報技術とのよい付き合い方を学ぶことで,この過渡期における社会・生活と技術の摩擦を弱めること,これが,ネットリテラシーや情報倫理に求められている働きの1つであろう。

本文の注
注1)  「まずは家族のカウンセリングから 『ネット依存』の治療法〈週刊朝日〉」『dot.』2014年4月21日. (http://dot.asahi.com/wa/2014041800033.html)

注2)  なお,16世紀以来,印刷物としては,暦書や宗教的パンフレットなどが多数流通し,多くの民衆的読者が読んでいたことが,読書史ではよく知られている。これらは,いわば雑な読み方がされる読み物であった。

参考文献
  • 1)  小寺信良. 「ケータイの力学」:青少年のネット依存を考える(1). IT Media Mobile. 2012-10-22. http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1210/22/news047.html, (accessed 2014-02-18).
  • 2)   大谷 卓史. LINEの「声」. みすず. 2013, no. 622, p. 2-3.
  • 3)   坂元 章編著. メディアとパーソナリティ. ナカニシヤ出版, 2011, 152p.
  • 4)   ハーバーマス,  ユルゲン;  細谷 貞雄,  山田 正行訳. 公共性の構造転換:市民社会の一カテゴリーについての探究 第2版. 未来社, 1994. 原著 Habermas, Jurgen. Strukturwandel der Öffentlichkeit : Untersuchungen zueiner Kategorie der bürgerlichen Gesellschaft. Suhrkamp, 1990.
  • 5)   シャルティエ,  ロジェ;  カヴァッロ.  グリエルモ編;  田村 毅,  片山 英男, 他共訳. 読むことの歴史:ヨーロッパ読書史. 大修館書店, 2000, p. 407-444. 原著 Cavallo, Guglielmo; Chartier, Roger eds. Histoire de la lecture dans le monde occidental. Editions du Seuil, 1997.
  • 6)   ダーントン,  ロバート;  近藤 朱蔵訳. 禁じられたベストセラー:革命前のフランス人は何を読んでいたか. 新曜社, 2005, p. 166. 原著 Darnton, Robert. The Forbidden Best-Sellers of Pre-Revolutionary France. Norton & Company, 1999.
  • 7)   ダーントン,  ロバート;  海保 眞夫,  鷲見 洋一訳. 猫の大虐殺. 岩波書店, 2007, p . 241-319. 原著 Darnton , Robert.The Great Cat Massacre And Other Episodes in French Cultural History. Basic Books, 1984.
 
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