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身体を拡張する筋電義手:"障害"を再定義するテクノロジーの実現を目指して
粕谷 昌宏加藤 龍高木 岳彦伊藤 寿美夫高山 真一郎横井 浩史
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電子付録

2016 年 58 巻 12 号 p. 887-899

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著者抄録

本稿では,身体機能を補完する義手と,身体を拡張する義手について述べる。まず,身体機能を補完する義手として,これまでに用いられてきた義手の種類や構成要素,動作原理を解説する。特に,義手の中でも近年注目されている,筋電義手について詳しく記述する。筋電義手の歴史は半世紀以上前までさかのぼるが,その制御方法は長らく革新されてこなかった。そのため,近年登場してきた多自由度の筋電義手においては,制御が複雑で使用者の負担となっていた。これに対し,多自由度の筋電義手でも,直感的で簡便な制御を可能とする,新たな制御方法が実用化されつつある。その研究動向について解説し,そのうえで,この新たな制御方法が実用化されることにより,身体を拡張する義手として,今後社会がどのように変化していくかを述べる。本稿では,最新の筋電義手の動向を,研究段階のものから実用段階のものまで広く解説する。

図2~図7に対応する動画が,電子付録にあります。

動画1:図2,図5,図6

動画2:図3

動画3:図4

動画4:図7

1. 義手とは

義手は,学術的にはProsthetic handと呼ばれ,主に義手本体と,義手を体に固定するためのソケット(1)やハーネスから構成されている。義手の種類によっては,義手本体の保護と,外観を肌に近づけるためにグローブと呼ばれるカバーが装着されることがある。義手の使用にあたっては,その切断部位がさまざまであるため,義手の装着のために適したソケットやハーネスを用いることが重要である。前腕部を切断した場合には,ソケットのみを用いて義手を装着することが多い1)。切断が肩からとなる肩離断の場合は,ソケットのみを用いて義手を固定することが困難であるため,ソケットに加えハーネスを用いて義手を固定する。

ソケットはカップ状をしており,義手を接合するためのコネクタが装備されている。コネクタを用いて義手をソケットに固定しておけば,使用者はソケットに断端部を挿入するだけで義手を装着することができる。ソケットの形状は断端長や残存機能を基に選択され,断端にフィットするよう成形されるため,ハーネスなどを用いずとも断端に吸着する自己懸垂機能を有するものもある2)。この際,自己懸垂を補助する目的でライナーが用いられることがある3)。ライナーはシリコーンなど軟らかい素材で作られ,皮膚との密着を補助する。ライナーはこのほかにも,ソケットと断端部との緩衝材としての役割など,さまざまな役割がある。

ソケットの製作は,医師の処方を受けて義肢装具士が行う。義肢装具士は厚生労働省が認定する国家資格である4)。ソケットは,断端部の形状と完全にフィットすること以外にも,体が動いた時に痛みを生じないか,着脱が問題なく行えるか,使用中に脱落しないかなど,考慮すべき項目が多数ある。そのためソケットは,専門の知識をもつ者が,何度も採寸と試作を行い,使用者との装着テストを経て製作される。

義手の装着は,硬い機械と柔らかい生体を接合することを意味し,圧迫による不快感や密封による蒸れなどさまざまな課題が生じる5)。健常者にとっては,スキーのブーツの装着に近いものがあるかもしれない。ソケットは義手本体以上に生活の質に影響するため,その製作方法をとっても1つの研究領域が形成されるほど奥が深いものとなっている。

図1 筋電義手の構造

2. 幻肢

義手を語る際に必ず話題となるものの1つに「幻肢(げんし)」がある。幻肢は,切断したはずの四肢があたかも存在するような感覚にとらわれる現象,およびその現象により知覚される四肢そのものを示す。人の四肢は,骨や皮膚,触った物体の質感や温度を知覚するための感覚器,指を動作させるための筋肉と腱(けん)といった多くの要素から構成されている。

自己の四肢を認識するためには,脳から四肢への運動司令としての遠心性信号と,運動の結果や運動による外界との接触状態などの,四肢から脳への求心性信号が必要である。切断は突発的な体の変化であるため,遠心性信号と求心性信号を処理する脳の領域は切断後しばらくの間機能し続けることになり,四肢を切断しても,あたかもそこに四肢が存在するような感覚が起こる6)。幻肢は切断者の95%以上が経験し,幻肢を意識的に動かすことができるともいわれている6)。幻肢はしばしば,幻肢痛という痛みとして現れることがある。幻肢痛は,切断による急激な体の変化に対して,脳がその求心性信号を得られないことから起こる場合や,単に切断部位の神経断端が組織に接触することにより,神経に入力された刺激が痛みとして知覚される場合がある7)。そのため,幻肢を動かす際に幻肢痛が大きくなることがある8)

幻肢痛を治療するためには,片手切断の場合,鏡療法などが用いられることがある。鏡療法では,テーブルの上に両腕を出し,患側の上に覆うように設置した鏡により健側の手を鏡に映すことで,患側の手があたかも存在するように切断者に見せるものである9)。この状態で,両手で握り開きすることで,患側の手を握るという遠心性信号に対して,手を握ったという視覚信号が求心性信号として得られるために,幻肢痛が軽減できる場合がある。

3. 義手の種類

義手と一口にいってもさまざまな種類があり,構造別に大きく分けると,「装飾義手」「能動義手」「動力義手」が挙げられる。装飾義手は,外見の補完を目的としており,関節が受動的に可動するものもあるが,能動的な動作は不可能となっている。その反面,安価で外観が実物に近いという長所がある。これに対して能動義手と動力義手は,使用者が意図的に動作させることができるようになっている。能動義手と動力義手は,その名称から役割がわかりづらいことがあるかもしれない。

能動義手は,英訳すれば“Body-powered prosthetic hand”となり,体の残存部位の動きを用いて動作させる義手の総称である。具体的には,能動義手の関節から伸びたワイヤを,使用者が何らかの方法でけん引することで義手の関節を動作させる10)。たとえば前腕部を切断している場合,ベルトなどを用いて肩にワイヤを固定しておき,肩の動きを用いてワイヤをけん引することで義手の手の開閉を行うといった具合である。

  • •   ワイヤをけん引することで手が開き,ワイヤを緩めるとバネ機構により手が閉じるVoluntary Open
  • •   ワイヤをけん引することで手が閉じ,ワイヤを緩めることでバネ機構により手が開くVoluntary Close

  • の2タイプが存在する11)。そのほかにも,複数のワイヤを操作することで複数の関節を駆動できるものもある12)。能動義手では,Voluntary Openタイプが多く用いられている13)。本来手を駆動するのと別の動きが必要となるため,能動義手を使いこなすにはある程度の訓練が必要である。能動義手はケーブルをけん引して義手を制御するため,義手で把持した感覚をある程度ケーブルを通じて知覚することができるという長所もある14)

動力義手は,英訳すれば“Externally-powered prosthetic hand”となり,体の部位などによらず,外部動力を用いて駆動される義手の総称である。動力義手はその多くがバッテリーとモーターを動力源としているが,研究レベルでは空気圧を用いるものや油圧を用いるものもある。

4. 筋電義手

4.1 筋電とは

「筋電」は,脳から神経を伝って筋肉に届いた神経信号が,筋肉の表面を伝播(でんぱ)する際の電気信号であり,その振幅は力の大きさに比例するといわれている。一般に筋電というと,針状の電極を筋肉に直接刺入(しにゅう)して筋電を計測する針筋電と,筋電を皮膚表面から計測する表面筋電の2つがある。針筋電は,刺入した筋肉の筋電をピンポイントで計測することができる。これに対し,表面筋電は皮膚表面で筋電を計測するため,複数の筋肉の筋電が混ざった信号を計測することとなる。これにより,単一の筋肉の筋電を分離することが困難となるクロストークを生じる。針筋電は手軽な着脱が困難であるため,筋電義手は表面筋電を用いているものがほとんどである。以降,特に指定のない場合は,筋電を表面筋電の意味で用いる。数mV(ミリボルト)またはμV(マイクロボルト)オーダーの信号であるため,さまざまな電気信号がノイズとして混入してくる。また,先述のクロストークの問題から,筋電は複雑な波形形状となる。

4.2 筋電義手の動作原理

能動義手は制御入力としてワイヤを用いるが,義手の手を開閉するために肩を動かしてワイヤをけん引しなければならないなど,操作が直感的でないことが多い。使用者の手を開閉する動きで,義手の手を開閉するワイヤをけん引することができれば直感的であるが,手を切断しているためにこの方法は困難となる。

そこで考案されたのが「筋電義手」である。筋電義手は,動力義手のうち,義手を駆動する動力の制御入力として筋電を用いるものである。ここで重要なのが,手を動作させるための筋肉のほとんどは手ではなく前腕部に存在するということである。前腕部に存在する筋肉は,手の関節に腱によって接続されている。そのため,手を切断しても,手を動かすための筋肉が残っている可能性がある。手を動かすための筋肉が残存している場合,それらの筋肉の筋電を制御入力として用いることで,手を握り開きするイメージで義手を制御することができるため,使用者は能動義手に比べ義手を直感的に制御することができる。また,能動義手の把持力はワイヤをけん引する使用者の残存筋の筋力に依存するが,筋電義手の場合,筋電を制御入力とするモーターで手の開閉を行うため,モーターの出力を上昇させることで把持力を任意に設定することができる。

4.3 筋電義手の制御方法

一般に販売されている筋電義手は,筋電を計測するセンサーである筋電センサーを2つ用いて義手を制御する。2つの筋電センサーは,手を開く・手首を背屈させる(手の甲側(手背)へ手首を曲げる)といった際に収縮する伸筋群と,手を閉じる・手首を掌屈させる(手の平側へ手首を曲げる)といった際に収縮する屈筋群の2か所に配置されることが多い。筋電センサーはソケットの内側に設置され,ソケットに断端を挿入することで伸筋群と屈筋群の直上に位置するようになっている。筋電は前述のとおりクロストークの問題があるため,現在普及する筋電義手は,力を入れ筋電の振幅が大きい状態であるか,脱力して筋電の振幅が小さい状態であるかといった,波形の形に対してロバストな方法で義手を制御する。力を入れているか否かで制御を行うため,この制御方法をON-OFF制御と呼ぶ。またこのほかにも,力の入れ具合と義手の開閉速度が対応する比例制御も存在する15)

近年,多くの筋電義手が市場に登場してきているが,大きく分けて単自由度のものと,多自由度のものに分けられる。単自由度の筋電義手は,手の開閉が可能なものであり,筋電義手の中では最もシェアが大きい2)Ottobock社のMyoBockやMichelangeloが代表例として挙げられる。単自由度義手の場合,伸筋群と屈筋群に取り付けられた筋電センサーがそれぞれ義手の手の開きと閉じの動きに対応している。手を閉じたければ屈筋群に力を入れ,手を開きたければ伸筋群に力を入れ,脱力すれば停止するといったシンプルなものである。使用者は片手切断であることが多いため13),手の開閉が行えるだけでも,義手で物体を持ち,健側で細かな作業を行うといったことが可能となる。しかしながら単自由度の筋電義手では,手首の動作が不可能であることが問題となることが多い。単自由度義手の場合,筋電を用いて手首を制御することはできないが,健側の手で受動的に回転させることができるモデルなどは存在している。しかし,手首を能動的に動かさなければならない動作は,日常生活で多い。たとえば食事の際には,茶わんの水平を維持しつつ,茶わんを机から口元まで運ばなくてはならないが,手首の角度を固定すると,不自然な動きとなることに気付く。

これに対し,多自由度の筋電義手は手首を含め指の1本から制御することが可能なモデルも存在するが,その制御は複雑なものとなる。多自由度義手においても,筋電センサーから得られる制御信号はON-OFFであるため,ON-OFFを繰り返すことでモード変更を行う,コマンド方式により制御が行われる16)。モード変更コマンドとしては,瞬間的に力を入れる方式と,伸筋群と屈筋群に同時に力を入れ拮抗(きっこう)させる方式がある。これらのコマンドを用いて,たとえば「拮抗を瞬間的に2回行うと手首モード」「伸筋を瞬間的に2回収縮させると人さし指モード」といったかたちで,さまざまな手の動きを制御する。それぞれのコマンドと,対応する義手の動きの組み合わせは,使用者が自由に設定することができる。義手メーカーとしては,Touch Bionics社やRSL Steeper社などが多自由度筋電義手を販売している。筋電義手の訓練には,少なくとも4週間を要するともいわれている17)

近年筋電義手が話題になっている背景として「生体信号を使って考えるだけで動かすことができる義手が登場した」という触れ込みから,あたかも自分の手があるかのように直感的に使える義手であると認識されているように思われる。確かにボタン操作などによらず,使用者が義手を装着するだけで指を動かしている様は,直感的に動かしているように見えるが,実際には使用者は上記のようなコマンド入力を繰り返していることとなる。

筋電義手は,前腕切断の場合には直感的な制御を行うことができるが,上腕切断や肩離断など,より高位での切断の場合は,手を動かす筋肉も失われているため,能動義手のように義手の手を開閉するために体の別の部位の筋電を用いる必要が出てくる。また,能動義手ではワイヤを通じてある程度力のフィードバックが得られるが,筋電義手の場合はモーター音の変化や目視によるフィードバックにより力を推定しなければならない。

4.4 筋電義手の普及

日本においては,筋電義手はほとんど普及していないといわれており18),人口に対する普及率は他の先進国に比べ顕著に低い。この要因の1つとして,公的補助が挙げられる。義手を購入するための公的補助としては労災保険による試験給付制度と,障害者自立支援法による特例補装具がある。試験給付制度においては,2012年度まで両手切断であることが要件とされていた19)。切断者は片手切断であることが多く13),多くの切断者が公的補助を使用することができなかったが,2013年度からは片手切断の場合にまで対象者が拡大された19)。しかしながら,筋電義手の処方のためには,筋電義手によって生活が改善すると診断される必要があることや17),補助額が約60万円であるなど2),依然として課題が残っている。そのため,ソケットの製作費などを含めると単自由度の義手でも数百万円となり,数週間の訓練が必要で,適用できたとしても握り開き動作しか行えないことから,健側で日常生活を送ることを選択する場合も少なくない。特例補装具においても,都道府県により差異はあるものの,申請手続きに時間と手間がかかり,実際に適用に至った例は少ないといわれている18)。また,このほかにも筋電義手の適用訓練を行うOT(作業療法士)が不足しているという指摘もある20)

5. 義手の研究

手は,非常に複雑かつ重要な器官の1つである。そのため,義手の研究は古くからさまざまな方法が試されてきた。本項では,これまで行われてきた義手の研究において,特徴的なものをいくつか紹介する。

まず,能動義手の制御方法をより直感的にしたものとしてSauerbruch義手を紹介する。Sauerbruch義手は,手を開閉する筋肉を外科的に皮膚より突出させ,その筋肉の収縮により直接義手の手を開閉するワイヤをけん引するというCineplastyという施術により実現されるものである21)。Sauerbruch義手では,能動義手と異なり,手を開閉するための筋肉により義手の手を開閉するため,操作が非常に直感的であり,ワイヤを介してある程度力のフィードバックが得られる画期的なものであった22)。脳の運動指令に対し,直感的に手が動き,感覚もある程度得られることから,前述の幻肢痛も,Sauerbruch義手においては非常に早く治るという知見もある23)。しかしながらCineplastyは,外見の問題や,適用に外科的処置が必要であることから,症例は非常に少ないものとなっている。

これまでの筋電義手は前腕切断者を対象としたものがほとんどであった。この問題を解決したのが,米国DARPA(国防高等研究計画局)のRevolutionizing Prostheticsプロジェクトである。このプログラムでは,TMR(Targeted Muscle Reinnervation)を行った切断者が参加した。TMRは,筋肉を動かす神経を,別の筋肉に接続し機能させる技術である24)。従来,肩離断で手指を動かす神経が残存している場合でも,前腕部の筋肉は失われているため,手指を動かす際の筋電を計測することは不可能であった。しかしTMRを用いることで,手指を動かすための神経を胸などの筋肉に接続することができる。これにより,手指を動かそうとした際に,手指の代わりに胸の筋肉から筋電が発せられ,この際の筋電を計測することで,直感的に義手を制御することが可能となる。外科手術により義手を直感的に動かすことを実現するコンセプトは,現代版Cineplastyともいえるかもしれない。TMRは高位での切断者について具体的な方策を打ち出したため画期的なものであるが,特殊な外科手術を要することから,普及には時間がかかると考えられる。

義手の装着に関する研究も盛んである。ソケットによる装着は,義手という硬い物体を柔らかい皮膚と接合する方法であるが,このほかに義手と生体を接合する手法として,義手と骨を接合するOsseointegrationという手法が存在する25)。Osseointegrationでは,人工関節などで用いられるチタン製のインプラントを用いて25),義手を固定するコネクタを生体に固定する手法である。Osseointegrationでは硬い義手と硬い骨を固定するため,装着による不快感が少ないという長所がある26)。ソケットと異なり,強固に生体と義手を接合することができるが,皮膚からコネクタが突き出るかたちとなるため,コネクタと皮膚の間から感染症が生じるといった問題も報告されている26)27)

6. 次世代の筋電義手

筋電義手を高機能,多自由度にするにつれて,前述のようにコマンド入力の複雑さが増してしまうため,直感的に使うことができる多自由度義手の開発が望まれている28)。そこで筆者の所属する電気通信大学横井研究室では,コマンド入力などなしに,直感的にさまざまな手の姿勢を制御することができる個性適応型筋電義手の開発を行ってきた29)。個性適応型筋電義手は,コマンド方式の筋電義手とは異なり,筋電をONかOFFかではなく,どのような波形であるかを識別することができる。たとえば手を握った際もピースサインを出した際も,筋肉が活動しているためどちらも筋電が計測されるが,その波形は異なっている。個性適応型筋電義手では,その波形の違いを識別し,異なる波形を異なるコマンドとして自由に設定することができる(2)。たとえば,手を握るように力を入れた際の筋電を義手の手を握る動きに割り当て,手首を掌屈するように力を入れた際の筋電を,義手の手首の動きに割り当てるといった具合である。この技術を達成するために,脳の働きを模したニューラルネットワークと呼ばれるアルゴリズムを義手に搭載し,筋電の波形特徴を記憶・照合することで,使用者が意図した動作を識別する。義手の使用の際には筋電の波形特徴を義手に教示する必要があるが,教示は1つのコマンドにつき1秒以下で完了するため30),使用者への負担も少ないと考えられる。この個性適応技術を小型のマイクロコンピューターに集約することに成功したことや,識別精度が実用的になったことから30),この技術を用いた筋電義手を実用化するために株式会社メルティンMMIを設立した。

横井研究室および株式会社メルティンMMIの開発する筋電義手は,ワイヤけん引による関節の駆動と,パターン識別による義手の制御31)を特徴としている。筋電義手のもつ課題の1つとして大きなものに,装飾義手や能動義手に比べ,重量が大きいことが挙げられる。特に前腕切断の場合,義手はソケットを用いて装着するが,この際,義手の全重量をソケットに接している断端部で支えるかたちとなる。このため,義手の先端部の重量が大きいと,手を水平にした時に力のモーメントが大きくなり,本来の重量よりも重く感じてしまうという問題がある。筋電義手においては,指を動かすためのモーターが指付近にあるために特に重く感じてしまうのだが,ワイヤけん引駆動を採用することで,モーターをソケットに近い位置に設置することが可能となる(3)。また,モーターとワイヤにより義手の指を動かすことは,筋肉と腱で指を動かす人体の構造と同様の構成となるために,動きが手に近づくという特徴もある(4)。さらにワイヤのルートを調整することで,モーターの出力を増大することや32),特に制御を行わずとも把持対象物の形状に適応した把持形態が取れるといった長所がある33)。この機構により,より軽量で,より力の強い筋電義手を開発することが可能となった29)

また横井研究室では,幼児用の筋電義手の開発も行っている(534)。幼児の場合,切断以外にも先天異常として手を失うことがある。幼児用の義手は,成人用の義手に比べ,モーターなどを内蔵するスペースが非常に小さくなっているが,ワイヤけん引駆動を用いることで,非常に小さい多自由度の筋電義手を開発することが可能である。手で作業を行うことは脳の発達にも重要であることや,幼児期は環境適応能力が高いことから,幼児の段階から多自由度義手を使うことは特に重要であると考えている。

また,義手本体にかぶせるグローブの改良も行っている(6)。これまでの筋電義手では,耐久性や汚れに対するメンテナンス性から,塩化ビニール製のグローブが用いられてきた35)。しかしながら塩化ビニールは硬く,義手の動きを阻害する問題があった36)。そこで,柔らかく人の手のような質感を有しながら,耐摩耗性を改善したグローブの開発を行っている。

これら研究開発の成果として完成した筋電義手を普及させるため,自由度を削減した簡易型筋電義手37)において,完成用品部品登録に向けた臨床実験を開始し,数年以内に補装具登録を目指す。

図2 使用者の筋電信号と義手をシンクロさせる
図3 ワイヤけん引駆動により,モーターがロボットハンド本体から離れた位置にあることがわかる
図4 ワイヤけん引駆動を用いた触手話用ロボットハンド
図5 小さく実用化が困難な幼児用義手にも取り組んでいる
図6 筋電義手に適した人工皮膚

7. 筋電義手のもつ可能性

筆者は「世界中の人々から身体的なバリアーを取り除く」というスローガンの下,技術開発を続けている。このスローガンには,あえて障害者,健常者といった言葉を含ませていない。なぜなら,身体的なバリアーは誰もが直面するもので,そこに障害者と健常者の垣根はないと考えているためである。筋電義手と聞くと非常に限定された領域となるが,その研究分野のもつ意味は,人のもつ物理的な制約を取り除くことにほかならない。

たとえば車の運転は,ある程度のトレーニングを経て初めて可能となるものである。これは,人間の体の構造と,車の構造が異なることに起因する。個性適応技術を応用すれば,さまざまな機械を直感的に制御することが可能なインターフェースも開発できるはずである。このインターフェース開発に向けて,株式会社メルティンMMIでは,汎用(はんよう)筋電インターフェースの実用化を通じて,大規模な筋電データの解析を行うことを計画している。汎用筋電インターフェースは個性適応技術を内蔵する予定で,使用者の特定の筋電波形を,使用する機器の特定の操作に割り当てる。筋電は前腕以外の筋肉でも計測できるため,たとえばこの汎用筋電インターフェースを首に取り付け,歯を食いしばることで音楽プレーヤーの操作をするなど,さまざまな活用ができる。さらに汎用筋電インターフェースはインターネットに接続されており,どのような機器をどのように制御する際に,どのような筋電が計測されるか,という情報を大量に収集する。この情報をビッグデータ解析することにより,多くの人に共通した筋電特徴を見つけ出し,筋電の識別精度をより向上させていく。これによりさらに汎用筋電インターフェースの利用用途が広がると同時に,筋電義手の機能も向上していくことになる。

このように個性適応技術の適用範囲を広げることは,身体拡張につながる考え方であるといえる。株式会社メルティンMMIでも,手を3本に拡張するという試みを行っている(7)。この試みでは,口の動きや首の動きを用いて,腰に固定された3本目の手を補助としてハンダ付けを行うというものである。近年,この身体拡張の考え方が世界各地で広がっており,パラリンピックにおいて健常者に迫りつつある記録が出されていることからも,人の身体機能は機械との融合により,本来もっている以上の機能を発揮できるのではないかという議論が起こっている。その結果登場したのが,2016年に世界で初めて開催される,障害者を対象としロボット技術を積極的に使用した競技会Cybathlon38)である。国内でも,身体的な垣根なしに誰もが参加できる競技会を目指し,超人スポーツ協会が2020年の国際大会開催を計画している。このような動きを通じて,いつの日か障害者の方が優位になるスポーツや職業が生まれ,障害者という言葉の意味が変わる日も近いかもしれない。

これに関連し,近年義手のあり方を再定義する動きも広がってきている。従来,人の手と異なる外観の義手は避けられてきた。しかしながら,たとえばRSL Steeperは,あえて皮膚のような外観ではなく,ロボットのような外観を前面に押し出した。また,同じく横井研究室で筋電義手の研究を行ってきたメンバーにより設立されたイクシー株式会社も,義手をファッションとしてとらえ,個性を表現する媒体とすることで,義手の社会的イメージを革新するというアプローチを取った。ここで重要なのが,義手をロボットのような外観とすることや,ファッションとしてとらえることを強要していくのではなく,選択肢の1つとして位置付けていることである。これまでの福祉機器は,その多くが小さい市場の中で,限られた機能・デザインのバリエーションから選択することしかできなかった。これに対し,さまざまな会社がさまざまなコンセプトによって選択肢を増やしていくことは,切断者が自分らしく使用することができる義手と出会う機会が増えることにもなると考えられる。こういった動きが広がっていけば,Cineplastyのような手法も,使用者のニーズに合わせ再び用いられるようになるかもしれない。また,選択肢の1つであるという認識は,外観面だけでなく機能面についても同様である。多自由度の筋電義手は,単自由度のものに比べ,当然生産にコストがかかるため高額となる。制御も単自由度の筋電義手に比べると複雑であることから,切断者の義手の使用用途や使用頻度によっては,単自由度を選択する方がメリットの大きい場合がある。

筆者は最終的に,脳波を用いてさまざまな機械を自由に操作することが達成できれば,この世界から身体障害という言葉は消えるはずであると信じている。そのために横井研究室では脳波を用いてロボットを制御する研究も行っているが,これらの研究が実用化されるまでには,多くの時間が必要となる。しかし,身体の制約が問題にならず,誰もが純粋に人生における可能性を追求することができる世界を作っていくために,これからも研究開発に専念していきたいと思う。

本研究の一部はAMEDによるA-STEP(課題名:「個性適応機能を有する筋電義手の開発と一般流通化」)と,文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムにより実施された「BMI技術を用いた自立支援,精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発」の助成を受けて行われた。

図7 腰に取り付けた3本目の手を用いたハンダ付けの様子

執筆者略歴

  • 粕谷 昌宏(かすや まさひろ)

2012年早稲田大学大学院先進理工学研究科修士課程修了。同年電気通信大学大学院情報理工学研究科博士後期課程入学,現在も在学中。2013年に日本学術振興会特別研究員を経て,2014年に株式会社メルティンMMI執行役員に就任。2015年に同社取締役執行役員に就任,現在に至る。専門分野はロボット工学,生体医工学,生体信号処理。日本ロボット学会,生体医工学会,IEEEに所属。

  • 加藤 龍(かとう りゅう)

2008年東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)を取得。東京大学大学院工学系研究科,電気通信大学大学院情報理工学研究科を経て,2014年横浜国立大学大学院工学研究院准教授となり現在に至る。Brain machine interfaceおよび医用福祉機械に関する研究に従事。日本ロボット学会,精密工学会,IEEEに所属。

  • 高木 岳彦(たかぎ たけひこ)

2000年慶應義塾大学医学部卒業。2010年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。(独)国立成育医療研究センター,Christine M. Kleinert Institute for Hand and Microsurgeryを経て,2013年より東海大学医学部講師。現在に至る。手外科,肘関節外科,筋電義手,先天異常に興味をもち研究を行っている。日本整形外科学会,日本手外科学会,米国手外科学会(ASSH, AAHS)等に所属。

  • 伊藤 寿美夫(いとう すみお)

大学にて機械工学を専攻。卒業後,大田区の町工場に就職。超精密工作機械の設計製作を担当。そこで培った技術・ノウハウを基に独立して,(株)クラフトワークスを設立。電気通信大学・横井教授の筋電義手の開発に初期段階より参加したことから,(株)メルティンMMIの共同創業者となり,代表取締役に就任した。

  • 高山 真一郎(たかやま しんいちろう)

1978年慶應義塾大学医学部卒業,医学博士,1998年慶應義塾大学整形外科専任講師,2003年国立成育医療センター整形外科医長,2011年国立成育医療研究センター 臓器・運動器病態外科部部長。専門領域は整形外科,小児整形外科,手外科,肘関節外科。

  • 横井 浩史(よこい ひろし)

1993年北海道大学大学院工学研究科精密工学専攻博士後期課程を修了(工学博士)し,東京大学大学院 工学系研究科助教授を経て,2009年に東京大学 情報学環客員教授(現職),電気通信大学 電気通信学部教授(現職)。2015年に脳科学ライフサポート研究センター長就任,現在に至る。

参考文献
 
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