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集会報告
印刷博物館「ヴァチカン教皇庁図書館展II 書物がひらくルネサンス」 オープニング講演・シンポジウム「図書館再生―なぜ図書館は生まれ変わるのか」
山崎 美和
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2015 年 58 巻 4 号 p. 319-321

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  • 日程   2015年4月25日(土)14:00-17:30
  • 場所   東京大学情報学環・福武ホールB2F ラーニングシアター
  • 主催   印刷博物館,東京大学附属図書館

配布資料等には「ジャン・ルイ=ビュルゲス」大司教と表記されているが,当日の紹介およびパネルディスカッションの名前表示に従い,本文中は「ジャン・ルイ=ブリュゲス」大司教とした。

1. はじめに

「図書館は研究の場であり,研究は図書館員と所蔵資料を閲覧するために訪れた研究者との相互作用やコラボレーションによってなされる」というヴァチカン教皇庁図書館は15世紀中頃に誕生し,神学以外に,歴史,文学,芸術,地理学,医学,法学など,人間にかかわるあらゆる学問領域の資料を収集・保管し,研究者たちに提供している。印刷博物館注1)での2回目の企画展「ヴァチカン教皇庁図書館展II 書物がひらくルネサンス」注2)を記念して,初日の4月25日(土)に,東京大学情報学環・福武ホールで開催されたシンポジウムに参加したのでその報告を行う。

1回目のヴァチカン教皇庁図書館展は2002年で,サブタイトルを「書物の誕生:写本から印刷へ」とし,聖書を中心とした展覧会だった。今回はルネサンス期に焦点を絞った構成で,天正少年使節団の花押(かおう)が押された非常に貴重な史料なども展示されている。

さて,なぜ印刷博物館の企画展の記念シンポジウムが東京大学で開催されたのかは,モデレーター役の印刷博物館館長であり,東京大学名誉教授でもある樺山紘一氏の挨拶によって明らかになった。「世界中の図書館が今,変革の時を迎えている。奇しくも2007~2010年の大改修を終えて新たな時代に踏み出したヴァチカン教皇庁図書館と,新図書館のための工事を進めている東京大学という世界に誇れる東西の図書館が一堂に会する機会があって,実現した」シンポジウムなのだ。

2. ヴァチカン教皇庁図書館 基調講演と事例報告

大司教ジャン・ルイ=ブリュゲス閣下の開会の挨拶(1)に続き,図書館長のチェーザレ・パジーニ氏の基調講演では,ヴァチカン教皇庁図書館の基本を貫く精神,歴史,所蔵資料等を含めた概略とリニューアルの経緯がそれぞれ紹介された。そして,日本をはじめとしたさまざまな国との収蔵品のデジタル化連携共同プロジェクトは,「発展し続ける情報科学技術によって可能性が広がり,大きく進歩した」と紹介された。スピーチの概要は企画展図録1)と,企画展期間中限定販売するヴァチカン教皇庁図書館を紹介する資料2)にも掲載されているので参照されたい。

つづいて,副館長のアンブロージオ・ピアッツォーニ氏が写本を中心とした貴重書について「未来の人が享受できるよう,貴重書を管理するための安全な場所にする使命と,現在も利用に供する使命がある」と,利用と保存という矛盾の中での取り組みについて語った。修復は歴史情報の損失・改竄(かいざん)につながるので,科学的研究と物理的研究に基づき最小限にし,各国の最先端の技術と連携したデジタル化も進められている。同館では1937年に「フォトラボ」をつくり,「科学研究所」では,当時としては画期的な紫外線,赤外線,文献複写を扱い,当時はかなり注目されたのだという。

最後に印刷本部長のアダルベルト・ロト氏がインキュナブラ(15世紀の,初期活版印刷本)の管理保管と国際的なアーカイブシステムとネットワーク作りを紹介した。知の普及を早く広く,を可能にした活版印刷術が発明された時期,ヴァチカン教皇庁では,「新しい技術は,神のたまものとされ“聖なる技術”」と呼び,積極的・組織的に利用したという。

図1 ジャン・ルイ=ブリュゲス大司教

3. 東京大学附属図書館 新図書館計画報告

東京大学大学院総合文化研究科教授/東京大学附属図書館前副館長の石田英敬氏が新図書館計画「アカデミック・コモンズ」の5つの理念3)を紹介した。その中の1つ,電子情報と実物の書物との融合を目指す「ハイブリッド図書館」の考え方が説明された。ほかにも最新の脳神経科学の研究に基づく,より深く理解するための読書,ハイブリッド・リーディング時代の図書館や,どうしたら「深く読む」ことができるか,機器環境をサポートすることで読書をサポートすることができるのではないか,という考え方も紹介された(2)。

図2 東京大学附属図書館のパネル

4. パネルディスカッション

石田氏から,前日の企画展内覧会で展示されている古典籍を見て,読む側として感じた話,という前置きの後,「専門家でなければ読めず,本来の研究の前に言語等を学ばなければならない」「古典籍等の資料を,デジタル環境やインターフェースと合わせることにより,読書のハードルを下げ,内容がすぐに読めて,本来の研究にすぐに入れるような読書環境を作れないか」との問い掛けがあった。ヴァチカン教皇庁図書館側から「研究者が結果ばかり求めて,『探す』という大事なプロセスを省くことにはならないか」と危惧を抱くような発言がされた。「大学はきちんと本を読み,思考を組み立てるということを教えなければならない」「単に検索して終わりではなく,きちんと読む教育のための環境支援をしたい」という石田氏の言葉と,ヴァチカン側の「何百年にもわたって生きている本の,内容だけではなくて,刊記や印等によって当時の読み方を知ることができる」「だからこそ教養と忍耐と時間が必要」という,それぞれの歴史や立場から生まれるやりとりが大変印象に残った(3)。

図3 パネルディスカッションの様子

5. おわりに

今や図書館資料のデジタル化やインターネット配信は珍しいものではない。今後も情報環境の進展に伴い,図書館も変わり続けるだろう。過去から引き継いだ資料を物理的に未来へ残し伝えること,その時々のIT技術を駆使し,より多くの利用に供する姿勢を保つことはこれからも変わらないはずだ。この2つの図書館だけではなく,今後,図書館がどのように変化していくのか,とても楽しみだ。

後日,印刷博物館を訪れ,こちらも変わっていくであろう博物館での展示の可能性を考えた。今回のシンポジウムで得た知見から,いつもとは違う視点で展示を見ていることに気づいた。

(科学技術振興機構 山崎美和)

本文の注
注1)  印刷博物館は,凸版印刷株式会社が創立100周年記念事業の一環として,コミュニケーションメディアとしての印刷の価値や可能性,歴史と文化を広く一般に伝えるために設立し,2000年に開館した博物館である。同社は1998年にはシスティーナ礼拝堂のVR作品を作成し,その後ヴァチカン教皇庁図書館所蔵のグーテンベルク42行聖書の高精細デジタル化や,上書きされる前の羊皮紙文書を特殊な撮影方法とデジタル技術で浮かび上がらせる「キケロプロジェクト」など,いくつかの共同プロジェクトを行っている。

注2)  「ヴァチカン教皇庁図書館展II 書物がひらくルネサンス」

会期:2015年4月25日(土)~7月12日(日)

会場:印刷博物館(東京都文京区)

http://www.printing-museum.org/

参考文献
  • 1)  印刷博物館編. ヴァチカン教皇庁図書館II:書物がひらくルネサンス(図録). 凸版印刷 印刷博物館, 2015.
  • 2)  ヴァチカン教皇庁図書館編,  中西 保仁訳. ヴァチカン教皇庁図書館. ヴァチカン教皇庁図書館, 2015.
  • 3)  東京大学附属図書館. 図書館の窓増刊. New Library Project. 2015-03. http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/koho/kanpo/vol54/vol54-s.pdf, (accessed 2015-05-11).
 
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