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この本!~おすすめします~
この本! おすすめします 事件は会議室で起きている:岩手県災害対策本部の裏側
江渡 浩一郎
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2016 年 59 巻 8 号 p. 570-572

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映画『シン・ゴジラ』が大きな話題となっている。この映画は,12年ぶりのゴジラの新作であり,『エヴァンゲリオン』を制作した庵野秀明氏が監督を務めたことでも話題になった。事前には徹底した秘密主義をとり,公開前にはほとんど情報が公表されなかった。公開後には大きな話題となり,私も早速見に行ったが,さすがに話題どおりの傑作だった。事前に情報を伏せていたのは,できるだけ何も知らない状態で見てほしいからだろう。私としても,同感である。もし,『シン・ゴジラ』をご覧になっていないのであれば,映画館でもDVDでもいいので,今すぐ見てほしい。できるだけネタバレは避けたいが,本稿ではほんの少しだけネタバレすることになる。ご容赦いただきたい。

災害対策本部を舞台とした物語

さて,『シン・ゴジラ』では,「災害対策本部」が重要な舞台となる。映画の中では,ゴジラは一種の災害と位置付けられる。災害対策本部に属するメンバーが,組織力でゴジラに立ち向かうのがこの映画のハイライトとなる。災害対策本部とは,災害に対する計画を立案し,実行を指示する場である。つまり,場所としてはただの会議室でしかない。このような場にいる人々の活動に焦点が当たっているのだ。この映画のモチーフが何かは明解だろう。そう,東日本大震災である。未曾有(みぞう)の災害となった東日本大震災でも,災害対策本部は重要な役割を果たした。とはいっても,災害対策本部がどのような場なのか,知っている人は少ないのではないだろうか。

河原れん著の『ナインデイズ:岩手県災害対策本部の闘い』は,そのような災害対策本部の裏側を描いた小説である。東日本大震災の際の岩手県災害対策本部が舞台となっている。前提となる情報はすべて関係者からのヒアリングとなっているが,著者はこれを「ノンフィクション小説」としてまとめることを選んだ。それにより,話はとてもわかりやすく,流れるように読むことができる。読みやすさの代償として個々の事象は深掘りされていないが,概略を理解するには適しているといえるだろう。『シン・ゴジラ』を見て災害対策本部の現場に興味を持った人に,ぜひおすすめしたい。

『ナインデイズ:岩手県災害対策本部の闘い』河原れん著 幻冬舎,2014年,600円(税別) http://www.gentosha.co.jp/book/b7416.html

災害対策本部に初めて設置された医療班

本書では,当時,岩手医科大学附属病院助教だった秋冨慎司氏(現在,防衛医科大学校准教授)が主人公となっている。実は,災害対策本部の中で医療が重要な役割と位置付けられたことはそれまでなかったのだという。けが人や病人を発見・救護し,病院に運ぶまでが役割で,その後は病院が対応するものと切り分けられていた。医療の現場からすると必要な処置が後回しになってしまい,本来であれば救えるはずの命を救えないといったことが生じていた。秋冨氏は,その状況を変えるべく,災害対策本部内に医療班の設置を主張し,初めて認められたのだという。

また,ここで岩手県は日本で初めて広域医療搬送注1)モデルを実現した。広域医療搬送モデルとは,病院に運びこまれた患者を,県境をまたいだ広域の病院に搬送するモデルである。それに対して一般的なモデルでは,災害現場で患者を救護したら,その患者を近くの病院に運びこむところまでしか考えない。医者に引き渡したら,あとは病院の責任となる。そのため,普通の事故では対応できても,大規模災害時には対応できない。一か所にあまりにも多くの患者が発生してしまい,近くの病院がすぐにパンクしてしまうからだ。せっかく運びこんだ患者も診てもらえないということになる。

広域医療搬送モデルは,あらかじめ県をまたいだ広域の病院との協定を結んでおき,大規模災害時には患者を越境して運ぶ。そうすることで,対応できる患者の数を飛躍的に増やすことができる。また,さらには現場付近の病院に入院している患者のうち,安定している人を事前に広域に移動もさせる。そうすることで,現場付近の病院にあらかじめ空きを作り,大量の患者に対応できるようにするのだ。

話だけ聞くと簡単そうに聞こえるかもしれないが,これを実現するには事前の綿密な準備が必要となる。秋冨氏は,日本における災害医療の専門家としてこの広域医療搬送モデルを岩手県に導入し,そのリハーサルを2010年9月に行った。そして,翌2011年3月に東日本大震災が発災した(発災とは災害対策で使われる用語で,災害の発生した時点を表す)。日本で初めて広域医療搬送を実現することになった。

本書には,その実現にあたっての苦悩も描かれている。広域医療搬送とは,本来は移動させる必要がない患者を移動させることでもある。自宅近くの病院であれば,何かあった際には家族に来てもらうことは容易だろう。広域に移動させることで,そのようなことも難しくなる。ただでさえ入院で心細くなっているところを,見知らぬ土地に1人で移動することになるのだ。患者に大きな負担を強いることになる。そうしてでも,災害時に発生する多くの患者を受け入れるべきというモデルなのだ。

災害対策における情報通信の重要性

本書を読んでいて感じるのは,現場から切り離された場所から指令を出すことの難しさだ。とにかく現場から情報が上がってこない。当たり前である。現場では建物が流され,通信手段がなく,連絡の取りようがないのだ。携帯電話があったとしても,場合によっては局舎が流されている。各市町村には,緊急用の衛星電話が配備されているが,各自治体に1台くらいであり,音声通話しかできない。メールの送受信などは行えないのだ。本書では,現場の情報が得られずに不安な様子が繰り返し描かれている。

私自身は情報通信が専門であり,この点に一番興味があった。私は,実際に2011年5月に,岩手県広聴広報課や大船渡市役所の責任者の方に,発災時の情報通信のあり方について話をうかがった。みえてきたのは,現状のITの進化に即した新しい災害時の通信のあり方を検討するべきということだ。たとえば具体的には,災害時であってもインターネット接続は必須であり,Excelのファイルを添付してメールを送受信するといった環境が必要である。

野生の開発者による共創で災害に立ち向かう

私にとって,この被災地でのヒアリングは自分の研究の転換点となった。ITの研究をしているといっても,自分の研究は被災地では役に立たない。どうすれば人の役に立つ研究ができるのかを考えたとき,ITといった枠にとらわれずに,人が共同で活動する際に必要な情報のあり方を本質にさかのぼって考えるようになった。結果として,ITとは関係なく,人が集まり活動する場に必要なルールを考えるようになった。一見離れてみえるが,私がニコニコ学会β注2)のような共創の場作りに取り組むことになったのは,被災地におけるヒアリングがきっかけなのである。

また,災害の専門家ではない,一般のIT技術者による貢献を力強く感じた。災害に関する研究にかかわっていると,「災害時に使うシステム」の提案を多数目にするが,そのようなシステムは往々にして提案のみで終わる。災害時のシステムは,災害対策のみを目的としている場合,普段使っていないシステムなので活用されない。普段から使っているシステムでなくちゃだめなのだ。たとえば東日本大震災では,限られた情報通信しか使えない現場で,Twitterが活躍した。そのときその瞬間に使われているプラットフォームを前提に,アドホックにシステムを提供する必要がある。そして,そのようなアドホックなシステムの提供において,一般の技術者によるボランタリーな活動は大きな貢献をした。東日本大震災の際には多くのIT技術者が自主的にWebサイトを立ち上げ,それによって情報流通がスムーズになった。このことは,ニコニコ学会βで野生の研究者の活動に目を向けたきっかけの一つとなった。野生の研究者とは,組織に属する取り組みとしてではなく,自主的な取り組みとして研究を行う研究者である。前述の災害対策システムを作るIT技術者を「野生の開発者」というのであれば,それに類する活動は他のさまざまな領域でも見ることができる。私の専門である科学の現場においても,野生の力を感じることはできる。そのようなことから「野生の研究者」の重要性を考えるようになった。

プロとしての能力を生かしてボランティアを行う人をプロボノというが,彼らはまさしくプロボノである。そして,私はそのようなプロボノが集まるイベントとして,「IT×災害」会議注3)の発足にかかわることとなった。さらに,それをきっかけとして「減災ソフトウェア開発に関わる一日会議」注4)を立ち上げた。そして,そのような減災にかかわる会議を経て,2014年1月に「情報支援レスキュー隊(IT DART)」注5)が結成されることになった。IT DARTは,災害時の救急医療支援の枠組みであるDMAT(災害派遣医療チーム。本書にも登場する)を参考に,災害時にIT技術者が被災地でITにかかわる支援を行う団体である。そのように,IT分野だとしても,人の集まる場のルールを考えるという形で,被災地支援は行えるのである。そのような思いを強くすることとなった。

2011年3月の東日本大震災から,5年が経過した。また,2011年11月に発足したニコニコ学会βも間もなく5年を迎え,その活動を終えようとしている。この5年間は,自分にできる被災地支援のあり方を考えてきた。この経験をふまえて,次に進むべき道について考えようと思っている。

図1 2011年5月の被災地の様子

執筆者略歴

撮影:Yoichi Onoda

  • 江渡 浩一郎(えと こういちろう)

国立研究開発法人 産業技術総合研究所企画主幹/ニコニコ学会β実行委員会委員長/メディアアーティスト。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。ニコニコ学会βは,グッドデザイン賞,アルス・エレクトロニカ賞を受賞。主な著書に『ニコニコ学会βのつくりかた』『進化するアカデミア』『パターン,Wiki,XP』。

本文の注
注1)  『ナインデイズ』では「広域搬送」という用語に統一されているが,行政では「広域医療搬送」という用語が一般的であるため,本文中では後者に統一した。

注2)  ニコニコ学会βに関する記事:http://doi.org/10.1241/johokanri.55.489

注4)  減災ソフトウェア開発に関わる一日会議:http://gensai.itxsaigai.org/

注5)  情報支援レスキュー隊(IT DART):http://itdart.org/

 
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