2017 年 60 巻 9 号 p. 666-668
科学コミュニケーション研究会は,日本における科学コミュニケーションの発展に寄与することを目的にボランタリーに運営される任意団体である。本大会注1)では,学術系クラウドファンディングをテーマとして扱った。
クラウドファンディングとは,クラウド(群衆)とファンディング(資金調達)から成る造語であり,インターネット上で多くの人から資金支援を求める活動を意味する。大学の運営費交付金が減少傾向にある中,学術系クラウドファンディングが新たな研究資金の獲得方法として注目されている1)。クラウドから支援される研究プロジェクトが増える中,新たな課題も出てきている。そこで,学術系クラウドファンディングの経験者やクラウドファンディングプラットフォームの運営者,大学職員,一般参加者が集まって議論を行った(図1)。
年次大会当日は最初に,筆者(横山広美,東京大学Kavli IPMU教授)が本大会の趣旨説明を行った。その後,5名の登壇者がそれぞれ30分程度の話題提供を行った。登壇者による話題提供の概要は,以下のとおりであった(図2)。
海部陽介氏(国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長):「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」注2)でクラウドファンディングによる資金調達に成功した経験を基に,クラウドファンディングの課題と可能性について述べた。クラウドファンディングには従来の研究とは異なるプロセスが多く,民間プラットフォームによる支援が大いに役立ったことが語られた。また,クラウドファンディングに挑戦する際には,十分な準備期間およびしっかりした周知方法を立てて臨むことの重要性が強調された。
斉藤卓也氏(徳島大学副学長):徳島大学が一般社団法人大学支援機構と連携して2016年から開始した大学発のクラウドファンディングプラットフォーム“OTSUCLE”注3)の運営状況を中心に紹介した。同支援機構が,特に地方貢献型大学の共通プラットフォームとしてクラウドファンディングを実施していること,クラウドファンディングが若手研究者にとって少額研究費を獲得するための新たな手段となる可能性が強調された。
白井哲哉氏(京都大学学術研究支援室):学術研究支援室注4)の紹介,および同支援室でガイドライン「クラウドファンディングを用いた研究費獲得について」を作成した経緯とその内容が紹介された。また,研究支援の現場において現在生じている課題についても言及された。
Mark Jackson氏(Fiat Physica):学術系クラウドファンディングプラットフォーム「Fiat Physica」注5)の立ち上げ・運営の経験から,主に天文・宇宙系の研究におけるクラウドファンディングの可能性について述べた。周知の構成や工夫について紹介があったが,多くのことが日本の学術系クラウドファンディングにも共通することであった。
筆者(一方井祐子,滋賀大学教育学部特任講師):学術系クラウドファンディングに参加した研究者,および一般市民を対象に実施したアンケートの結果を紹介した。また,科研費等の公的資金と学術系クラウドファンディングの獲得プロセスにはいくつかの違いがあることから,今後,学術系クラウドファンディングが科学にさまざまな影響を与えていく可能性を紹介した。
話題提供後,高梨直紘氏(東京大学EMP特任准教授)の司会で,参加者全体と約1時間程度のディスカッションを行った。ディスカッションから,学術系クラウドファンディングに関して以下の3つの課題が見いだされた。
しかし,従来の「科学」をイメージするとき,ピアレビューを受けた「科学」をイメージしていることが多い。こうしたイメージに合致した科学かどうかは,挑戦者が研究機関に所属しているかなどから,ある程度判断することもできる。しかしこのような参加制限を設けていない一般的なクラウドファンディングのプラットフォームでは,プラットフォームによる審査はあるが,基本的には誰でも参加でき,これを利点ととる人もいるであろう。少なくとも,支援者や社会に対して誠実に組まれたプロジェクトなのか,見極める必要がプラットフォーム運営者にはある。
課題1の支援体制については,各研究機関で対応が異なっており,研究者が所属機関から受けられる支援の程度も異なっているのが現状である。所属機関が学術系クラウドファンディングによる外部資金獲得を推奨する場合には,特に周知面で支援体制があることが望ましい。
課題2のプロジェクトの審査については,各プラットフォームの判断に委ねられているのが現状である。学術系クラウドファンディングには,ピアレビューがないからこそ科研費等の公的資金では不可能な研究を提案できるという声もあり,このような利点を維持しながら,一方で研究としてのある程度の「質」をどのように担保していくかを考える必要がある。
課題3で挙がったさまざまな可能性については,プラットフォームでのチェック体制を強化し,各研究機関が日頃から研究者に注意喚起を行うためのガイドラインを作成するなど,今から十分な対策を行う必要があるかもしれない。研究現場の実務者や民間のプラットフォーム運営者も含め,学術界全体として学術系クラウドファンディングへの対応を今後も引き続き議論していく必要がある。
年次大会当日の準備・運営は,東京大学 Kavli IPMUの全面的な支援の下行われた。また,全体ディスカッションの司会を行っていただいた高梨直紘氏に厚くお礼申し上げる。
(滋賀大学 一方井祐子/東京大学 マッカイ,ユアン; 横山広美)